表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/22

第十六話 銀白の都と、凍れる狂騒

 一夜明けて、吹雪は嘘のように止んでいた。

 空には、突き抜けるような蒼穹が広がっている。

 極寒の澄んだ空気の中、一行はセレスの魔法で保護された馬車に乗り込み、雪原をひた走っていた。

「見えてきましたよ、アビスさん! 懐かしいですね!」

 御者台でリディアが声を弾ませた。

 彼女が指差す先。

 雪原の果てに、かつて訪れたリュミエール領の首都があるはずだった。


 だが。


「……なんですか、あれ?」

 リディアの声が裏返った。

 街があるはずの場所には、巨大な半透明のドーム状の結界が覆いかぶさり、内部を完全に外界から隔絶していたのだ。

 太陽の光を反射してギラギラと輝くその姿は、巨大な氷の牢獄のようだ。

「へえ、すっげぇ……! 街全体が氷の中に閉じ込められてるのか?」

 テトも身を乗り出して絶句する。

 馬車から顔を出したアビス(人間形態)は、その異様な光景を見て、不快げに鼻を鳴らした。

「……趣味の悪いスノードームだ」

 アビスが吐き捨てる。

「以前来た時は、ただの石造りの堅苦しい街だったはずだがな。……リュミエールが死んで、管理システムが暴走した成れの果てか」


 ◇


 馬車は、ドームの表面に開いた裂け目(セレスが魔法でこじ開けた入口)をくぐり、都市の中へと入っていく。

 ドームの内部に入った瞬間、風が止んだ。

 そこは、時が止まっていた。

 かつてリディアたちが歩いた石畳の道も、レンガ造りの建物も、街路樹も。

 その全てが、分厚い透明な氷によってコーティングされ、硝子細工のような姿に変貌していた。

「うわぁ……。地面も壁も、全部カチコチです」

 リディアが氷に覆われた建物の壁をコンコンと叩く。

 氷の奥には、以前泊まった宿屋の看板が透けて見えていた。

「氷でできた街……じゃなくて、普通の街が丸ごと凍らされてるんだな」

 テトが身震いする。

「こんなの、どうやったらできるんだよ。一瞬で凍らせないとこうはならないだろ?」

 そして何より異様なのは――そこにいる「人々」だった。

「ひッ……!?」

 テトが短い悲鳴を上げた。

 道の至る所に、住民たちがいた。

 だが、彼らはピクリとも動かない。

 まるで精巧な蝋人形のように、生きたまま、その動作の一瞬を氷の中に閉じ込められているのだ。

 パン屋の店先では、店主がパン生地を空中に放り上げた瞬間のまま凍っている。

 酒場の前では、男たちがジョッキを掲げて乾杯しようとした姿勢で固まっている。

 そして、彼らの表情は一様に――「異常なほどの笑顔」か「血管が切れそうなほどの激怒」で歪んでいた。

「な、なんだこれ……」

 テトが青ざめた顔で呟く。

「みんな、笑ってる……? いや、怒ってるのか? 顔を真っ赤にして叫んでるポーズのまま、凍ってるぞ……」

「……これが、『感情の逆流』の末路ですわ」

 セレスが眼鏡を直し、冷静に、しかし沈痛な面持ちで解説する。

「数年前、アビス様がリュミエールを討伐し、彼が敷いていた『感情抑制の支配』が解かれた際、それまで抑圧されていた人々の心が一気に爆発しました。喜び、怒り、悲しみ、快楽……。 それらが制御不能な濁流となって溢れ出し、人々は精神崩壊を起こしたのです」

 セレスは、顔を真っ赤にして拳を振り上げている男の氷像を指差した。

「見てください。このまま放置すれば、彼は興奮で脳の血管が切れて死んでいたでしょう。……この街を覆う氷は、そんな彼らを物理的に『冷却』し、強制的に生命活動を停止させることで、死から守っているのです」

「守っている……? これが?」

 リディアが悲しげに眉を寄せた。

「まるで、氷の棺桶じゃないですか……」

「……緊急避難措置だな」

 アビスがつまらなそうに鼻を鳴らした。

「リュミエールは死んだ。だが、奴が作り上げた都市管理システムは生きていたんだろ。主を失い、暴走する市民たちを見て、システムが導き出した最適解。それが『全市民の冷凍保存(コールドスリープ)』ってわけだ」

 アビスは、凍りついた街並みを冷徹に見回した。

 かつて自分が歩いた、整然とした街並み。

 潔癖症で、完璧主義だったリュミエールの気質を反映したその街は今、見るも無残な氷の廃墟と化している。

「……あいつなら、こんな雑な保存方法は選ばなかっただろうな。美しくねえ」

 その時。


 キィィィィィィィン……。


 頭上から、耳鳴りのような高い音が響いた。

「わあ、空を見てください!」

 リディアが指差す。

 結界ドームの天井付近に、突如として鮮やかな光の帯が現れた。

 エメラルドグリーン、紫、そして深い青。

 揺らめく光のカーテン――オーロラだ。

「高濃度の魔力光です」

 セレスが目を細めた。

「あのオーロラが、この都市の凍結結界を維持しているエネルギー源……。おそらく、発生源はあそこですわ」

 セレスの視線の先。

 街の最北端、かつてリュミエールが居城としていた、高くそびえ立つ尖塔を持つ城。

 今は氷に覆われ、白銀に輝いている。

「あそこに行けば、この氷を溶かす方法……そして、アビス様所望の『アイスクリーム』があるはずです」

「……行くぞ」

 アビスが歩き出した。

 その背中には、有無を言わせぬ支配者の覇気が漂っている。


 ◇


 一行は馬車を降り、徒歩で城へと向かった。

 凍りついた人々を縫うように進む。

 まるで博物館の展示物の中を歩いているような、奇妙な感覚だ。

 城門の前に辿り着いた時だった。


 ガシャン……ガシャン……。


 規則正しい金属音が響き、城門の左右から何かが現れた。

 それは、人間の女性の形をしていた。

 だが、肌は陶器のように白く、関節部分は銀色の球体で繋がれている。

 身に纏っているのは、氷の繊維で織られたメイド服。

 リュミエールが生前に作り上げた最高傑作、自律思考型自動人形(オートマタ)のメイドたちだ。

「侵入者ヲ、確認」

「生体反応、アリ」

「体温、高スギマス。規定値ヲ超エテイマス」

 二体のメイド人形が、無機質な硝子玉のような瞳で一行を見下ろした。

 彼女たちの手には、巨大な氷のモップと、銀色の盆が握られている。

 だが、そこから放たれている殺気は、熟練の戦士以上だった。

「当都市デハ、感情ノ高ブリハ禁止サレテイマス」

「興奮ハ、破滅ヲ招キマス」

「速ヤカニ、冷却処理ヲ行イマス」

 メイドたちが盆を掲げた。

 瞬間、周囲の大気が凍りついた。

「うわっ!? くるぞ!」

 テトが短剣を構える。

「あらあら、せっかくのお客様に対して、いきなり冷却スプレーですか?」

 セレスが一歩前に出た。

 その手には愛用の杖が握られている。

「生憎ですが、私の『情熱(アビス様への愛)』は絶対零度でも冷やせませんよ? ……掃除されるのは、あなた達の方です」

 セレスの杖先に、紅い炎が灯る。

 メイドたちの目が赤く点滅した。

「脅威レベル、A」

「排除行動ヲ開始」

氷結葬送(フローズン・サービス)、開始シマス」


 ヒュッ!!


 メイドのモップから、猛烈な冷気がビームのように射出された。

 セレスが炎の壁で防ぐ。


 ジュウウウウウウッ!!


 炎と氷が衝突し、大量の蒸気が視界を奪う。

「リディアさん! テトさん! 下がっていてください! この程度の鉄くず、私がスクラップにして……」

「――待て」

 その時。

 戦場に、場違いなほど気だるげな声が響いた。

 アビスだった。

 彼はあくびを噛み殺しながら、セレスの前に出た。

「アビス様!?」

「下がってろ、変態。……こいつらは壊すな」

 アビスは、蒸気の中からトコトコと歩み出るメイドたちを見据えた。

 彼女たちの動きには、殺意こそあれど、どこか「守る」ための悲壮さが滲んでいた。

「対象、高エネルギー体」

「脅威レベル、測定不能」

「……排除、不可能?」

 アビスを認識した瞬間、メイドたちの動きが止まった。

 彼女たちの思考回路(AI)が、目の前の魔人の存在感にエラーを起こしかけているようだ。

「おい、ポンコツ人形ども」

 アビスが傲然と見下ろす。

「主人が死んで数年……よく留守を守ったな。だが、その『過剰な冷房』設定は少し効きすぎだ。……それに」

 アビスは鼻をヒクつかせた。

「城の奥から、甘ったるい匂いがするぞ。テメエら、そこで何を作っている?」

 メイド人形たちが顔を見合わせた。

 その無機質な表情に、僅かな動揺が走ったように見えた。

「……質問ニ、回答シマス」

 一体のメイドが一歩進み出た。

「我々ハ、暴走シタ市民ヲ救済スルタメノ『鎮静剤』ヲ開発中デス」

「コードネーム、『エターナル・アイスクリーム』」

「現在、完成率98%デ停滞中。……最後ノ素材ガ、不足シテイマス」

「……98%だと?」

 アビスの眉がピクリと動いた。

「つまり、あと一歩で完成するってわけか。面白い」

 アビスはニヤリと笑った。

「なら、話は早い。その残り2%……この俺様が埋めてやる。厨房へ案内しろ」

 アビスの有無を言わせぬ命令(コマンド)

 それは、かつてリュミエールが発していた支配者の波動と同じものだった。

 メイドたちは抵抗判定(レジスト)を試みるも、即座に服従を選択した。

「……承知シマシタ」

「黒イお客様ヲ、特別顧問トシテ招キ入レマス」

 城門が、ギギギ……と重々しい音を立てて開き始めた。

 その奥から、冷気と共に、濃厚なバニラの香りが漂ってくる。

「さあ、行くぞ」

 アビスは振り返り、リディアたちに言った。

「凍った街を溶かす鍵は、アイスクリームの中にあるらしい。……デザートの時間だ」

 一行は、メイドたちに先導され、白銀城の奥深くへと足を踏み入れた。

 そこには、冷酷な機械仕掛けの料理人たちと、未完成の「奇跡」が待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ