表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

第十一話 大地の聖女

 ハーベスト・シティの中央広場。

 そこで繰り広げられた一方的な蹂躙劇――教団最強の幹部が「視線一つ」で爆散した光景は、広場にいた数千の信徒たちを沈黙させるのに十分すぎた。

 アビスが教会へ向かって一歩踏み出すたびに、信徒たちは左右に割れ、道を開ける。

 誰もがガタガタと震え、目を合わせることすらできない。

 恐怖は、狂信をも凌駕していた。

「……チッ。どいつもこいつも、魔力酔いで目がイッてやがる」

 アビスは左右に並ぶ信徒たちを冷ややかに見回した。

 彼らの肌は一様に土気色に変色し、筋肉が異常に隆起している。

 黄金小麦に含まれるバザルトの残留魔力を過剰摂取した結果だ。

「アビス様、測定しました」

 背後からセレスが小走りでついてくる。

「この街の空気中にも、微細な小麦の粉塵が漂っています。呼吸するだけで軽度の興奮状態になる濃度ですわ」

「なるほどな。街全体が巨大な阿片窟ってわけか。……臭えはずだ」

 アビスは不快げに鼻を覆った。

 小麦の香ばしい匂いに混じって、欲望と狂気が発酵したような、甘ったるい腐臭が漂っている。

 それは、彼の愛する「食」の香りではない。

「行きましょう、アビスさん! 元凶の『聖女』さんを懲らしめて、美味しいパン作りを再開させるんです!」

 リディアが拳を握りしめて先陣を切る。

 テトだけが、周囲の異様な殺気に涙目になりながら、へっぴり腰でついてきていた。

「ね、ねえ……本当に殴り込みに行くの? 俺たちだけで?」

「何言ってんのテトくん。私たちにはアビスさんがいるじゃない!」

「そうだけどさぁ……!」


 ◇


 教団本部である大聖堂。 その巨大な扉を、リディアが物理(筋肉)で押し開けた。


 ギギギギ……ズドォォン!!


「あ、勢い余って、扉を壊しちゃいました。てへ」

「何が『てへ』だ。似合わねーんだよ、テメエみたいな筋肉馬鹿には」

「ひどーい! 私だって乙女なのに!」

 リディアの抗議をアビスは華麗にスルーする。

「それより、人を呼べ」

「あ、はい! たのもおー!!」

 リディアの元気な声が響き渡る。

 聖堂の内部は、外見以上に悪趣味な空間だった。

 壁一面に金箔が貼られ、祭壇には純金で作られた巨大な「小麦の穂」の像が鎮座している。

 ステンドグラスからは極彩色の光が差し込み、焚かれている香炉からは、精神を高揚させる薬草の煙が立ち上っていた。

「……成金趣味ここに極まれり、だな」

 アビスが侮蔑の色を隠そうともせずに呟いた。

 その聖堂の最奥。

 一段高くなった祭壇の上に、豪華な玉座があり、一人の女がふんぞり返っていた。

 年齢は二十代半ばほど。

 派手な金色のドレスを纏い、黄金の冠を被っている。

 顔立ちは美しいが、その瞳は黄金色に怪しく輝き、焦点が定まっていない。

 そして何より異様なのは、彼女の周囲にだけ、重力に逆らって無数の小麦の粒が浮遊し、衛星のように回転していることだった。

「……あらあら。賑やかだと思ったら、招かれざる客ね」

 女が、気だるげに頬杖をついたまま口を開いた。

 その声は、聖堂全体にビリビリと響いた。

 拡声魔法だ。

「ようこそ、私の楽園へ。私は『大地の聖女』マリアンヌ。偉大なる大地の神(バザルト)の声を聴き、その力を管理する唯一の巫女よ」

「聖女、ねえ」

 アビスは鼻で笑い、カツカツと足音を立てて祭壇へと歩み寄った。

 彼から放たれる漆黒の覇気に、周囲に控えていた近衛兵たちが威圧されて動けない。

「おい女。単刀直入に言うぞ。テメエが配っているその小麦……品質改良しろ」

「……は?」

 マリアンヌがキョトンとした。

「ひ、品質改良……?」

「そうだ。味はいい。認めてやる。 だが、食べた人間を戦闘狂に変える副作用が邪魔だ。今すぐその余計な魔力を取り除いて、純粋な食材として流通させろ。そうすれば、テメエがここでどんな『おままごと』をしていようが、見逃してやる」

 アビスの要求は、あまりにも斜め上だった。

 世界平和のためでも、人々を救うためでもない。

 ただ「美味いパンを静かに食いたい」という、個人的なワガママ。

 マリアンヌの顔が引きつった。

 彼女はプライドを傷つけられたように、黄金の目を吊り上げた。

「……おままごと、ですって? この私が作り上げた、最強の軍団を……新世界の秩序を、おままごとですって!?」

 彼女が立ち上がると、浮遊していた小麦粒が激しく回転し始めた。

「愚かな男! この力は神の祝福なのよ! 人々は力を求めている! 弱者は強者を、強者は更なる高みを! 私はその願いを叶えてあげているだけ! 見てご覧なさい、この素晴らしい力を!」

 マリアンヌが手を掲げると、聖堂の天井から巨大なコンテナが出現した。

 中には、黄金色に輝く微粉末が詰まっている。

「これは『超高濃度・黄金小麦粉』。通常の小麦の百倍の魔力を濃縮した、最強の強化剤よ! これを浴びれば、凡人ですら一騎当千の戦士に生まれ変わるわ!」

 彼女の視線が、アビスの隣にいるリディアに向けられた。

「そこの赤髪の娘……素晴らしい肉体ね。溢れんばかりの生命力、鋼のような筋肉……。貴女、私の最高傑作(ジェネラル)になりなさい。この粉を浴びて、私と共に世界を征服しましょう!」

「えっ、私ですか?」

 リディアがきょとんと自分を指差す。

「お断りします! 世界征服より、美味しいご飯の方が大事ですから!」

「あらそう。なら、無理やりにでも従わせてあげるわ!」

 マリアンヌが指を弾いた。

 天井のコンテナの底が開き、黄金の粉末が滝のように降り注いだ。

 狙いはリディアだ。

「危ないっ!」

 とっさに動いたのは、アビスでもリディアでもなかった。

 恐怖で震えていたはずの少年、テトだった。

「姉ちゃん、避けろぉぉぉっ!!」

 テトはリディアを突き飛ばした。

 だが、その代償として――。


 ドサァァァァァァッ!!


 大量の『超高濃度・黄金小麦粉』が、テトの頭上から彼を直撃した。

 視界が黄金の粉塵で埋め尽くされる。

「テ、テトくん!?」

 リディアが悲鳴を上げる。

 粉塵の中、テトの咳き込む声が聞こえた。

「ゲホッ、ゴホッ……! う、うわぁ……口の中がパサパサする……。粉っぽい……水……水をくれ……」

「あら、ハズレね」

 マリアンヌがつまらなそうに鼻を鳴らした。

「そんな貧弱な子供が浴びても、魔力許容量(キャパシティ)を超えて破裂するのがオチよ。掃除の手間が増えたわ」

 粉塵が晴れていく。

 そこには、全身金粉まみれになったテトが、ゆらりと立ち尽くしていた。

 白目を剥き、口からよだれを垂らしている。

 ピクリとも動かない。

「テト……君?」

 リディアが眉をひそめた。

 その時。


 ドクンッ!!


 テトの心臓が、大太鼓のような音を立てた。

 次の瞬間。


 カッッッ!!


 テトの全身から、目も眩むような黄金のオーラが噴出した。

「う、うおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 テトが絶叫した。

 だが、その声はいつもの情けない少年のものではない。

 野太く、そして自信に満ち溢れた、狂戦士(バーサーカー)の咆哮だった。

「ち、力が……! 力が湧いてくるぜェェェッ!! 見える! 見えるぞ! 世界が止まって見える!!」

 テトがバッと顔を上げた。

 その瞳は黄金色に輝き、全身の筋肉がパンプアップし、服がパツパツに張り詰めている。

 元スリの貧弱な少年は消え去っていた。

 そこにいたのは、黄金の粉を全身に纏った『覚醒テト(一時的)』だった。

「な、なんですって!?」

 マリアンヌが驚愕する。

「あの濃度の魔力を浴びて、自我を保っている!? その子供、どれだけ『器』が空っぽだったのよ!?」

「アビス様! 解析しました!」

 セレスが冷静に解説を入れる。

「テトさんは元々、魔力回路がほぼゼロの『無能』でした。そのため、急激な魔力の流入に対する拒絶反応が起きず、スポンジのように全て吸収してしまったようです! 言わば、空っぽの胃袋に最高級ステーキを詰め込んだ状態ですわ!」

「要するに、ただのバカ食いか」

 アビスは呆れた。

「ヒャッハー!! 今の俺は誰にも止められねえ!!」

 覚醒テトが地面を蹴った。


 ドンッ!!


 衝撃波で床の石畳が砕け散る。

 テトの姿が消えた。

 いや、速すぎて目に見えないのだ。

 バザルトの魔力が、テトの特技である「手先の早さ」と「逃げ足」に過剰反応し、超高速機動を実現させていた。

「速い!」

 近衛兵たちが反応する間もなかった。


 シュバババババババッ!!


 風が吹き抜けた直後。

 数十人の近衛兵たちが、一斉に悲鳴を上げた。

「あ、あれっ!? 剣がない!?」

「鎧のベルトが外れてる!?」

「パンツがないぞ!?」

 一瞬にして、兵士たちの武装(と下着)が剥ぎ取られていた。

 広場の隅に、奪い取った武器とパンツの山が出現し、その頂上にテトが仁王立ちしていた。

「へへっ! どうだ! 今の俺にかかれば、竜の鱗だって盗んでみせるぜ!」

 テトはドヤ顔で鼻の下をこすった。

 すごい。

 確かにすごい能力だ。

 だが、やっていることは「超高速スリ」であり、あまりにもセコかった。

「……しょぼい」

 アビスがボソリと呟いた。

「せっかく力を得ても、やることはコソ泥か。性根までは変わらんようだな」

「な、舐めるな小僧!!」

 マリアンヌが杖を振り上げた。

「近衛兵団、一斉攻撃! そのコソ泥をミンチにしなさい!」

 パンツを奪われた兵士たちが、怒りの形相でテトに殺到する。

 だが、テトは笑っていた。

「無駄無駄無駄ァ! 残像だぜッ!」

 テトは黄金の軌跡を残しながら、聖堂内を縦横無尽に駆け巡った。

 壁を走り、シャンデリアを飛び移り、兵士たちの攻撃を紙一重で回避しながら、次々と服を剥ぎ取っていく。

 聖堂は一瞬にして、パンツ一丁の男たちが右往左往する地獄絵図と化した。

「き……気持ち悪い!!」

 リディアが顔を覆う。

「テトくん、なんで服ばっかり盗むの!? 変態なの!?」

「違うよ姉ちゃん! 武装解除だよ! 一番効率的なんだよ!」

 テトは叫びながらも止まらない。

 魔力の過剰摂取によるハイ状態。

 ブレーキが壊れた暴走機関車だ。

「ええい、鬱陶しいチョロネズミね!」

 マリアンヌが業を煮やして叫んだ。

「私が直接潰してやるわ!」

 彼女は浮遊する小麦粒を操り、弾丸のように射出した。

 黄金の散弾がテトを襲う。

「っとと! 危ねえ!」

 テトは驚異的な反射神経で回避するが、徐々に追い詰められていく。

 所詮は付け焼き刃の力。

 本職の魔法使い(しかも魔力増強中)には分が悪い。

「そこよ!」

 マリアンヌが床から巨大な小麦の蔦を出現させ、テトの足を絡め取った。

「うわっ!? し、しまった!」

 テトが転倒する。

 黄金の粉末が舞い散り、彼の体の輝きが少し弱まった。

 魔力切れが近いのだ。

「死になさい、下等生物!」

 マリアンヌが巨大な岩石の槍を生成し、動けないテトに向けて投擲しようとした。


 その瞬間。


「……おい」

 戦場に、冷ややかな声が割り込んだ。

「いつまで茶番を見せられるんだ、俺様は」

 アビスだった。

 彼はあくびを噛み殺しながら、マリアンヌとテトの間に割って入った。

「ア、アビスの旦那!?」

「どきなさい! でなければ、貴方も串刺しよ!」

 マリアンヌは構わず岩石の槍を放った。

 バザルトの加護を受けた、城壁をも貫く必殺の一撃。

 だが、アビスは視線すら向けなかった。

 ただ、迫りくる槍に向けて、左手を無造作にかざしただけ。


 ――パァン。


 軽い音がして、岩石の槍が「小麦粉」に変わった。

 サラサラと白い粉になって崩れ落ちる。

「……は?」

 マリアンヌが呆然とした。

「な、何をしたの……? 私の『大地の槍』を……?」

「物質構成を書き換えただけだ」

 アビスは退屈そうに言った。

「岩も小麦も、元を辿れば同じ大地の元素だろ? テメエが使っているのは、所詮バザルトの残滓だ。 構成が雑すぎて、書き換えるのもあくびが出る」

 アビスは足元の小麦粉(元・岩石槍)を踏みしめ、マリアンヌを見据えた。

「さて、聖女ごっこは終わりだ。テメエには聞きたいことが山ほどある。このふざけた麦の栽培法と、品種改良の手順……そして、俺様の時間を無駄にした詫び料についてな」

「ふ、ふざけるな……ッ!」

 マリアンヌが後ずさる。

 本能が叫んでいる。

 この黒服の男は、自分とは「格」が違う。

 バザルトの魔力を借りているだけの自分と、自身の魔力だけで世界をねじ伏せる魔人。

 その絶望的な差に、彼女の精神が軋みを上げる。

「認めない……私は選ばれた聖女……! この私が、こんな無名の男に負けるはずがない!」

 マリアンヌは狂乱し、祭壇の奥にあるレバーに手をかけた。

「こうなったら、あれを使うしかないわ! バザルト様が遺した、最強の遺産! 目覚めよ、大地の守護神!」


 ガガガガガガガ……ッ!!


 聖堂の床が割れ、地響きと共に「それ」が姿を現した。

 全長二十メートル。

 全身が黄金の小麦と、巨大な岩石で構成された巨人。

 『超大型・小麦ゴーレム』。

 かつてバザルトが使役していたアース・ゴーレムの核を、マリアンヌが小麦で培養・強化した怪物である。

「ブオオオオオオオオッ!!」

 ゴーレムが咆哮すると、聖堂の屋根が吹き飛んだ。

「あはははは! 見なさい、この圧倒的な威容! これぞ神の化身! 貴方たちごとき、踏み潰してくれるわ!」

 マリアンヌが高笑いする。

 リディアが口を開けて見上げる。

「うわぁ、大きいですね……! でも、なんか美味しそうです!」

 テトは魔力切れで白目になり、泡を吹いて倒れていた。

 セレスは「巨大な的ですわね」と冷静にメモを取っている。

 そして、アビスは。

 見上げるような巨体を見据え、心底うんざりしたように吐き捨てた。

「……デカいだけで、中身がスカスカのパンだな。不味そうだ」

 アビスの右手から、どす黒い魔力が立ち昇る。

 黄金の国での戦いは、最終局面(クライマックス)へと突入しようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ