第9話「荒れ地の村」
朝の光が、窓から差し込んできた。ミーナは、農業管理棟の自分の机で、帳簿を広げていた。
リコンストラクト領が建国されてから、半年が経っていた。彼女は今年で十七歳になり、この町の農業を管理する責任者として働いている。
帳簿には、各区画の収穫量が記録されている。北区、東区、西区は、順調だ。だが、南区の数字を見て、ミーナは眉をひそめた。
「先月より、15パーセント減っている」
彼女は、計算を確認した。間違いではない。確かに、南区の収穫量が落ちている。
「なぜ……」
ミーナは、窓の外を見た。遠くに見える南区の畑は、緑に覆われている。一見すると、問題はなさそうだ。
「自分の目で、確かめなければ」
ミーナは、帳簿を閉じて、立ち上がった。南区へ向かう道は、約三十分の距離だ。ミーナは、麦わら帽子をかぶり、農業用の鞄を肩にかけて歩いた。
途中で、畑仕事をしている村人たちに挨拶をした。
「おはようございます、ミーナさん」
「おはよう。今日も暑くなりそうだね」
「ええ。水はたっぷり撒いておきました」
ミーナは、その言葉に安心した。水の管理は、農業の基本だ。この町では、レオンが再構築した灌漑設備があるおかげで、水不足の心配はない。
南区に着いた。畑は、確かに緑に覆われている。麦が背丈ほどに育ち、風に揺れている。だが、ミーナは違和感を覚えた。
「色が、薄い」
彼女は、畑の中に入った。近くで見ると、葉の緑色が、他の区画より淡い。穂を手に取ると、軽い。実が小さい。
「やはり、何かおかしい」
ミーナは、しゃがみ込んで、土を掘り始めた。表面の土は、黒く、肥沃に見える。だが、もう少し深く掘ると——
「これは……」
土の色が変わっていた。黒ではなく、茶色がかった灰色。ミーナは、その土を手に取った。
かすかに、硫黄のような臭いがする。
「土が、腐っている?」
彼女は、立ち上がって、周囲を見回した。この畑全体が、同じ状態なのだろうか。ミーナは、別の場所に移動して、同じように土を掘った。
同じだった。表面は正常だが、深い部分の土が変色している。
「これは、坊ちゃんに報告しなければ」
ミーナは、すぐに町へ戻ることにした。
町に戻ったのは、昼前だった。ミーナは、急いでレオンの執務室へ向かった。扉をノックすると、中から「入れ」という声がした。
ミーナが入ると、レオンは机の上に地図を広げて、何かを書き込んでいた。
「坊ちゃん、お忙しいところ申し訳ありません」
「ミーナか。どうした?」
レオンは顔を上げた。彼は、以前より少し痩せているように見えた。目の下に、薄い影がある。
「南区の畑に、異常があります」
「異常?」
レオンの表情が、険しくなった。
「はい。収穫量が先月より15パーセント減少していて、現地を見に行ったところ、土壌に問題がありました」
「どのような問題だ?」
「土の深い部分が、変色しています。茶色がかった灰色で、硫黄のような臭いがします」
レオンは、すぐに立ち上がった。
「案内してくれ」
再び南区へ向かう道を、二人は歩いた。レオンは、黙ったまま前を見つめている。ミーナは、横を歩きながら、レオンの様子を伺った。
「坊ちゃん、何かご存じなのですか?」
「わからない。だが、良い予感はしない」
レオンの声は、重かった。南区に着くと、レオンはすぐにミーナが掘った場所へ向かった。しゃがみ込んで、土を手に取る。
しばらく、黙って土を見つめていた。
「坊ちゃん……」
「これは、古い魔力の残滓だ」
レオンが、静かに答えた。
「古い魔力の残滓?」
「ああ。かつて、この大地で強力な魔法が使われたか、あるいは魔導装置が暴走したことがあるんだろう。その時に放出された魔力が、土の中に残っている」
「それが、今になって現れたのですか?」
「そうだ。俺が半年前に、大地の魔力を解放した時、封じられていた正の魔力と一緒に、負の魔力も動き出したんだろう」
レオンは、目を閉じた。地面に手を置き、集中する。古代遺跡で学んだ感覚で、大地の「構造」を読み取ろうとしている。
ミーナは、黙ってそれを見守った。
数分が経った。レオンは、目を開けた。
「予想より、深刻だ」
「どういうことですか?」
「この古い魔力は、南区だけではない。町全体の地下に広がっている」
ミーナの顔が、青ざめた。
「では、他の畑も……」
「時間の問題だ。南区に最初に現れたのは、ここの魔力の流れが一番強いからだろう。だが、いずれ東区も、北区も、西区も、同じことが起きる」
「どうすれば……」
「俺が、浄化する」
レオンは、もう一度地面に手を置いた。
「再構築で、この古い魔力を取り除く」
青白い光が、レオンの手から放たれた。地面に染み込んでいく。ミーナは、息を呑んでその光景を見つめた。光は、徐々に広がり、やがて畑の一角全体を覆った。
数分後、光が消えた。レオンは、深く息をついた。
「これで、この区画は浄化できた」
ミーナは、すぐに土を掘って確認した。深い部分の土も、黒く戻っている。変色も、臭いも消えている。
「すごい……ありがとうございます」
「だが、問題は残っている」
レオンは、立ち上がった。彼の額には、汗が浮かんでいる。
「南区全体を浄化するには、まだ時間がかかる。そして、他の区画も同じだ」
「坊ちゃん、無理はしないでください」
ミーナが、心配そうに言った。レオンの顔色が、さらに悪くなっている。
「大丈夫だ。だが、一度に多くはできない」
レオンは、空を見上げた。太陽は、既に頭上を過ぎている。
「ミーナ。今日はここまでにする。君は、他の区画も調査してくれ。どこまで古い魔力が広がっているか、把握する必要がある」
「わかりました」
町に戻る道で、ミーナは考えた。もし、この古い魔力が町全体に広がっているなら、レオン一人では対応しきれない。そして、レオンは既に疲れている。
何か、別の方法を考えなければならない。だが、今は情報が足りない。まず、他の区画の状況を確認することだ。
町に戻ると、ミーナは数人の農業係を集めた。
「これから、東区、北区、西区の土壌調査を行います。深い部分の土を掘って、色と臭いを確認してください」
農業係たちは、すぐに作業に取りかかった。ミーナも、一緒に東区へ向かった。
東区の調査を終えたのは、午後の遅い時間だった。結果は、予想通り。深い部分の土が、わずかに変色し始めていた。南区ほど深刻ではないが、確実に進行している。
次に北区へ移動した。そこでも同じ結果だった。最後に西区を調査した時には、既に夕日が傾き始めていた。
西区も、他と同じ状況だった。すべての区画で、古い魔力の影響が始まっていた。
ミーナは、調査結果をまとめた。
•南区:深刻(変色が顕著、臭いが強い)
•東区:軽度(わずかに変色)
•北区:軽度(わずかに変色)
•西区:軽度(わずかに変色)
夕方になった。太陽が、西の空に傾いている。ミーナは、調査書を持って、再びレオンの執務室へ向かった。扉をノックすると、リナが開けた。
「ミーナさん。坊ちゃんは、今休んでいます」
「休んで?」
「はい。南区での浄化作業で、かなり消耗されたようです」
ミーナは、胸が痛んだ。
「では、この報告書を渡してもらえますか?明日、改めて説明に来ます」
「わかりました」
リナは、報告書を受け取った。ミーナは、執務室を後にした。外に出ると、夕日が町を照らしていた。
緑の畑。人々が行き交う通り。半年前には何もなかった荒野が、今では生命に満ちている。だが、その下では、古い魔力が蠢いている。
「どうすれば……」
ミーナは、夕日を見つめながら、考え続けた。明日、坊ちゃんと、もう一度話し合わなければならない。この問題を、どう解決するのか。
ミーナは、農業管理棟へ戻った。机の上には、まだ他の仕事が残っている。だが、今日はもう集中できなかった。窓の外を見ると、星が出始めていた。
ミーナは、深く息をついて、明日の準備を始めた。
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