第4話「追放の宣告」
翌朝、アーデルハイト城は異なる空気に満ちていた。昨夜、セントリム公爵からの書簡が届いていたのだ。その内容は、王都の貴族社会全体に波紋を広げていた。
「追放された貴族が、領主の許可なく魔力を操作した」
この報告は、王国内の重要な貴族たちの知るところとなった。そして、それは同時に、アーデルハイト家への圧力となった。父・アーデルハイト公爵は、王城から帰還した。その足で、すぐに家族会議を開いた。父は配下に命じ、すぐさまレオンを呼び戻す。
数日後、レオンは配下の騎士に連れられ、騎士の前にいた。そこには、父、兄エドガルド、そして顧問弁護士がいた。母と妹は、呼ばれていない。
「レオン」
父は、冷徹な声で言った。
「お前は、何をしたか、自覚しているのか?」
「はい。村の大地を修復し……」
「黙れ。お前がしたことは、修復ではない。反逆だ」
父は、書簡を掲げた。
「セントリム公爵は、お前の行為を『領主の権限侵害』と報告した。これは、王国法で極刑に相当する罪だ」
「しかし、私は村を救ったのです。飢饉に苦しむ人々を……」
「村の救済は、領主の責務だ。それをお前がするなど、領主の立場を脅かすものだ」
顧問弁護士が、静かに言った。
「貴族の身分を持つ者が、領主の権限を侵すことは、王国法第七条にて、剥奪と追放に値します」
レオンは、その言葉を聞いて、すべてを理解した。これは、昨日の追放ではない。これは、王国全体からの追放なのだ。
「さらに申し上げれば」
と弁護士が続ける。
「セントリム領での行為が明かされれば、貴族籍の剥奪だけでなく、禁錮刑が下る可能性もあります」
「では、どうすれば……」
「一つの道がある」
父が、冷たく言った。
「お前を、公式に『死亡した者』として記録する。そうすれば、王国法上、お前は存在しない者となる。追放ではなく、死亡扱いだ」
「父上……」
「これ以上の詮索は無用だ。明日の朝、お前はこの城を去る。以後、アーデルハイト家の者ではなく、王国の人間でもない」
「兄上は……」
レオンが兄に目をやった。エドガルドは、目を合わせない。
「兄上。何か言うことはありませんか?」
「……ない」
兄の返答は、完全な拒絶だった。
「わかりました」
レオンは、立ち上がった。
「では、明日の朝、ここを出ます」
「ひとつ、言っておく」
父が、レオンを呼び止めた。
「もし、お前がこの城の外で、アーデルハイト家の名を使うなら、王国軍を差し向ける。
わかっているな?」
「……はい」
「そして、二度とこの土地に戻るな。戻ったなら、抹殺する」
その言葉は、親の言葉ではなく、領主の脅迫だった。レオンが部屋に戻ると、妹のエリーズが待っていた。
「兄上」
エリーズは、涙を流していた。
「何をしているんですか?」
とレオンが聞いた。
「お父様とお兄様に、反対しました。でも、聞いてくれませんでした」
「エリーズ……」
「兄上。私も、一緒に来たいです」
「そんなことはできない。お前は、この家の者だ」
「嫌です。兄上を見捨てるくらいなら、私も出ていきます」
レオンは、妹の頭を撫でた。
「エリーズ。お前だけは、この家に留まりなさい。そして、いつか……」
「いつか、何ですか?」
「いつか、兄が世界を作り直すまで。待っていてくれ」
エリーズは、兄の言葉を理解できず、ただ泣いていた。
夜が更けた。レオンは、荷造りを始めた。持って行けるものは、わずかだ。服と、本を数冊。そして、自分の日記帳。そこに、リナが現れた。
「坊ちゃん。準備をしました。馬も、食料も」
「リナ。お前も、一緒に来てくれるのか?」
「当然です。貴方をお見捨てするわけには、いきません」
レオンは、リナに感謝の言葉を述べることはなく、ただ頷いた。
「では、城を出よう。二度と戻らないように」
朝が来た。城の門は、開かれていた。だが、家族の誰も、見送りに来ていなかった。兄のエドガルドも、母も、そして父も。ただ、城の高い塔の窓から、エリーズの姿が見えた。彼女は、窓から身を乗り出し、兄を見つめていた。
レオンは、一度だけ手を上げた。エリーズが、それに応じる。その後、レオンとリナは、城の門を通った。背後で、重い音を立てて、門が閉じられた。
城の外は、広大な領地だった。かつてレオンが歩いた道。見慣れた景色。だが、今はすべてが他人のものに見えた。
「坊ちゃん。どこに向かいますか?」
リナが聞いた。
「わからない」
レオンは、正直に答えた。
「ただ、南へ。そして、あの村へ」
「ミーナとルリアがいる村ですね」
「ああ。彼らだけが、俺を必要とする」
二人は、歩き始めた。王国の領土から、辺境へ。その時、何かが音を立てた。
馬蹄の音だ。レオンとリナは、身構えた。
「誰だ?」
と、声がした。馬の上から、武装した兵士が降りてきた。王国軍の兵士だ。
「我ら、アーデルハイト領の治安維持部隊だ。そこの者たち、身分を名乗れ」
「私たちは、この領地を出ていくだけです」
リナが答えた。兵士は、レオンの顔を見た。その瞬間、彼の表情が変わった。
「貴様!」
兵士は、レオンを指差した。
「アーデルハイト家の追放者か!」
レオンの身体が、緊張した。
「違う。俺は……」
「黙れ。領主の命だ。追放者は、見つけ次第殺せと」
兵士が、剣を抜いた。
「動くな」
「坊ちゃん」
リナが、レオンの腕を掴んだ。
「逃げましょう」
二人は、走り始めた。背後から、兵士たちが追ってくる。弓矢が、二人の前に落ちた。
「うわっ」
レオンは、方向を変えた。森へ。森の中なら、馬は追ってこられない。やがて、二人は森の奥へ消えた。森の中で、レオンとリナは息を整えた。
「坊ちゃん。大丈夫ですか?」
「ああ。兵士たちは、もう来ていない」
二人は、少しのあいだ、黙ったまま座っていた。やがて、レオンが口を開いた。
「これでもう、戻れない」
「そうですね」
「王国にも。家にも。俺は、完全に」
「死んだということですね」
リナの言葉は、冷徹だった。だが、それは事実だ。レオンは、アーデルハイト家の三男ではない。王国の貴族でもない。今、彼は「何もない」者だ。
「しかし」
と、リナが言った。
「同時に、制限もないということです」
「制限?」
「王国の法に、縛られない。貴族社会の序列に、支配されない」
リナは、微かに微笑んだ。
「貴方は、自由です」
レオンは、その言葉を反復した。
「自由……」
それは、彼が人生で初めて手にしたものだった。完璧さを求められない。才能を示す必要もない。ただ、生きることだけが、要求される。
「リナ。あの村へ向かおう」
「ミーナとルリアですね」
「ああ。俺たちは、新しい何かを始める必要がある」
「何ですか?」
「わかりません。だが、古代遺跡が教えてくれた。俺のギフトは、壊れたものを直すことができる力だと」
レオンは、森の中で立ち上がった。
「なら、俺たちは直そう。この壊れた世界を」
夕方、二人は村の入り口に着いた。村では、ミーナとルリアが、レオンを待っていた。
「坊ちゃん!」
ミーナが、走って飛びついた。
「どうしたのですか?怪我を?」
「ああ。兵士に追われた。だが、無事だ」
ルリアは、黙ったまま、レオンを見つめていた。その目は、何かを悟っていた。
「家から、追い出されたのですね」
「そうだ」
「私たちと同じように」
「ああ」
ルリアは、微かに微笑んだ。
「では、決めました。私は、あなたについて行きます。完全に」
「ルリア……」
「家も、王国も、もう私を必要としません。ならば、私は自由です」
その時、村長が現れた。
「レオン殿。ご無事でしたか」
「村長。すみません。問題を起こしてしまいました」
「いいえ。むしろ、我らに希望をくれました」
村長は、村人たちを連れてきた。
「レオン殿。彼らも、あなたについて行きたいと申しています。この村は、もう死んだ地です。だが、あなたと共に、新しい地を作り直すなら」
レオンは、驚いた。
「村長。それは……」
「我らは、あなたについて行く準備ができています」
村人たちは、旅装束を身につけていた。彼らは、本気だった。レオンは、自分が何をしたのか、理解した。
自分は、単なる追放者ではない。自分は、人々を導く者になりつつあるのだ。
「わかりました。では、みんなで行きましょう」
「どこへ?」
村長が聞いた。
「わかりません。だが、この大地を再構築する。新しい国を作る」
レオンは、南の地平線を見つめた。
「俺たちは、世界を作り直すんだ」
その夜、小さな村から、新しい一団が旅立った。レオンを中心に、リナ、ミーナ、ルリア、そして村人たちが。
彼らは、何もない。だが、彼らは自由だった。そして、それ以上に——彼らには、目的があった。
朝が来た。一団は、王国の領土を完全に出た。辺境の荒野へ。そこには、何もない。だが、何もないからこそ——すべてが始まるのだ。
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