第10話「飢えた人々」
翌朝。ミーナは、いつもより早く農業管理棟に到着した。昨夜は、ほとんど眠れなかった。
古い魔力のこと、レオンの消耗のこと、そして町の食料供給のことが、頭の中をぐるぐると回り続けていた。
机に座り、昨日の調査報告書を改めて見直す。全区画で古い魔力が検出されている。このまま放置すれば、すべての畑が使えなくなる。
ミーナは、食料備蓄の記録も引っ張り出した。現在の備蓄量は、約三ヶ月分。もし、収穫が止まれば、三ヶ月後には食料がなくなる。そして、町の人口は千人を超えている。
「三ヶ月……」
ミーナは、呟いた。時間は、あまりない。窓の外を見ると、太陽が昇り始めていた。
「坊ちゃんに、相談しなければ」
ミーナは、報告書と食料備蓄の記録をまとめて、レオンの執務室へ向かった。執務室の扉をノックすると、すぐに「入れ」という声がした。ミーナが入ると、レオンは既に机の前に座っていた。昨夜ミーナが提出した報告書が、机の上に広げられている。
「おはよう、ミーナ」
「おはようございます、坊ちゃん」
レオンは、報告書を指差した。
「昨夜、これを読んだ。全区画で古い魔力が検出されているんだな」
「はい。南区が最も深刻ですが、他の区画も時間の問題です」
「そうか」
レオンは、窓の外を見た。朝日が、町を照らしている。
「ミーナ。君の意見を聞きたい。この状況で、何をすべきだと思う?」
ミーナは、少し驚いた。レオンが、自分の意見を求めることは珍しい。だが、それは同時に、この問題が深刻であることを示している。
「坊ちゃん一人では、対応しきれないと思います」
ミーナは、率直に答えた。
「昨日の浄化作業で、かなり消耗されていました。もし、全区画を浄化するとなると…」
「俺が倒れるかもしれない、ということか」
「はい」
レオンは、頷いた。
「君の言う通りだ。俺も、それは理解している」
レオンは、立ち上がって、窓の外を見つめた。
「古代遺跡で学んだ時、俺は再構築の力を過信していた。何でも直せる、世界すら変えられると」
「坊ちゃん……」
「だが、現実は違う。俺の力には、限界がある。一人では、この町すら守れない」
レオンは、ミーナに向き直った。
「だから、君たちの力が必要なんだ」
「私たちの力?」
「ああ。ミーナ、君は農業の専門家だ。土壌のこと、作物のこと、俺より遥かに詳しい」
レオンは、机の上の地図を広げた。
「この古い魔力に対抗するには、二つの方法がある。一つは、俺が浄化を続けること。もう一つは、君たち農業係が、魔力に汚染されにくい作物を育てることだ」
「魔力に汚染されにくい作物?」
「ああ。古い文献によれば、ある種の植物は、負の魔力に対して耐性を持っている。それを育てれば、土壌が完全に浄化されなくても、食料を確保できる」
ミーナは、その提案に目を輝かせた。
「それは、どのような植物ですか?」
「例えば、赤い根を持つ野菜。それから、苦味のある穀物。これらは、負の魔力を吸収して、無害化する性質がある」
「そのような植物が、本当に存在するのですか?」
「古代文明では、使われていた。だが、王国では、その知識が失われている」レオンは、本棚から一冊の古い書物を取り出した。
「これは、古代遺跡で見つけた文献の写しだ。この中に、詳しい記述がある」
ミーナは、その書物を受け取った。古い文字で書かれているが、図解も多く、理解できそうだ。
「これを、研究してみます」
「頼む。そして、もし可能なら、試験的に栽培を始めてくれ」
「わかりました」
ミーナは、農業管理棟に戻ると、すぐに書物を読み始めた。古代文明の農業技術。負の魔力に対する耐性植物。その中に、いくつかの植物の記述があった。
「赤根草……苦麦……耐魔芋……」
ミーナは、それぞれの特徴をノートに書き写した。赤根草は、根が赤く、負の魔力を吸収して成長する。苦麦は、苦味が強いが、栄養価が高く、負の魔力の中でも育つ。耐魔芋は、芋類で、負の魔力を無害化する性質がある。
「これらの種は、どこで手に入るのだろう」
ミーナは、考えた。王国では、これらの植物は栽培されていない。だが、辺境の野生植物の中に、似たものがあるかもしれない。ミーナは、立ち上がった。
「調べてみよう」
午後。ミーナは、数人の農業係と共に、町の周辺の野生植物を調査した。
荒野には、様々な植物が生えている。その中から、書物に記載された特徴を持つものを探す。
最初の場所では、何も見つからなかった。
次の場所へ移動した。そこで、ミーナは一つの植物を見つけた。赤い根を持つ、小さな草。
「これは……赤根草に似ている」
ミーナは、その草を慎重に掘り起こした。根は、確かに赤い。葉の形も、書物の図解と一致している。
「見つけた」
ミーナは、その草を袋に入れた。
さらに調査を続けると、別の場所で苦麦に似た穀物も見つけた。耐魔芋は見つからなかったが、二種類の植物を確保できたのは大きな成果だ。
夕方近くになって、ミーナたちは町に戻った。農業管理棟に戻ると、ミーナはすぐに試験栽培の準備を始めた。小さな区画を用意して、そこに赤根草と苦麦を植える。土壌は、あえて南区の汚染された土を使った。
「もし、これらの植物が本当に負の魔力に耐性があるなら、この土でも育つはずだ」
ミーナは、慎重に種を蒔いた。水を撒き、土を整える。後は、待つだけだ。
窓の外を見ると、太陽が沈み始めていた。ミーナは、疲れを感じている。朝から動き続けていからだ。だが、同時に、希望も感じていた。
もし、この植物が育てば、町の食料問題は解決できる。レオンの負担も、減らすことができる。
「頼む、育って」
ミーナは、小さな区画を見つめながら、祈った。
その夜。ミーナは、農業管理棟の自分の部屋で、報告書を書いていた。
今日の調査結果。見つけた植物。試験栽培の開始。すべてを記録する。
書き終えると、ミーナは窓の外を見た。町には、灯りが灯っている。人々が、夕食を食べ、家族と語らっている。この平和な風景を守るために、自分たちは戦っている。
「絶対に、守ってみせる」
ミーナは、そう呟いた。
翌朝、また新しい一日が始まる。そして、その日も、町を守るための戦いが続く。ミーナは、机の上のランプを消して、ベッドに横になった。
明日のために、休まなければ。窓の外では、星が静かに輝いていた。
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