EP66 慟哭
大変お待たせして申し訳ありません!
Side:碧乃
「私の愛し子ガァーーー!!」
OIDO日本支部の地下にある格納庫に前園博士の絶叫が響く。両腕を床につけて涙を流して肩を震わせる彼女に。私とノクスをはじめとする帰還したプラネスフィアの面々や、整備士の人たちはどう声を掛けていいか分からずにいた。
「大体!外部の損傷はしょうがないのよ!何で中に海水入れちゃうのよ!おかげでコクピットマルっととっ換える必要があるじゃない!」
「う、うぇ……!?ご、ごめんなさい……」
前園博士は私の肩を掴んで、揺らしながら泣きついてくる。
「あんたが、もうちょっと早く重力使ってたら陸地に降ろせてたかもしれないのにい!?」
「は、はい……言い訳のしようもございません」
私たちがヒュブリスに最後の一撃を入れた後、やり切った~という気分になり地球の引力に身を任せて、気ままに堕ちてしまう時間があった。それがなかったら減速時間や落ちる場所を調節する余裕が出てきたはずだ。そう考えると、私の責任は重い。
「ま、まぁ……ママ、そのぐらいにしてやろうよ……」
「何よアルス!あんたの弟が傷ついたのよ!恨み言の一つも言いたくなるわよ」!
助け舟を出そうとしてくれた人間姿のアルスさんだが、博士は息子さんをきっと睨みつけて反論する。
「それはそうだけどさ……こいつも、鋼魔と戦うために生まれてきた兵器なんだ。傷ついてしまっちゃいるが、本命の鋼魔人を倒せたんだ。こいつも本望だろ。だから、いい方に考えようぜ」
同じ機械だからいえる言葉、ということなのだろうか?アルスさんは優しい声で博士を諭した。
「ふーっ!……そうね、それでこの子の真価はどうだった?太平洋の半分を飛び越える相当な無茶をしたみたいだけど?」
「え?あ、はい……ほんの少し魔力を入力しただけなのにものすごい力が背中から放出される感じで相当な距離飛んだのに、全然体力に響いて無くて……すごいパワーでずっと戦い続けることが出来ました」
前園博士は息を吐いて気分を一気に切り替えて私に訊いてきた。
私は素直な所感を話す。最後は結局ガス欠に陥ってしまったことはひとまず置いていく。
「人類の希望になるような凄い発明品だと思う。この世界の人類が積み上げてきた科学技術というものは本当にすごいものだって分かった感じだ」
「……!」
私の言葉の続きを言ったのはノクストスだった。私が言おうとしていたことも大体似たようなことだった。今はリンクをつないでいないが同じ思いを共有出来ていたと分かって私は嬉しかった。
「……そう、それなら……ここ数年の私の苦労も、少しは実を結んだってことかしら……」
彼女はブスッとした顔のまま、今度からは丁寧に扱うようにとだけ私たちに言い残して去っていった。
「おまえら~~~!」
「ひっ!」
「うわ来たよ……」
鬼が去ったあとまた鬼が来た。顔を顰めたミサト教官が、カツカツと音を立ててこちらに近づいてくる。威圧対象は私たちに限らず、プラネスフィア全体のようだ。速度はそうでもないはずなのに、まるで猪が突進してくるような、迫力があった。
「碧乃ペアの独断行動、町や組織施設への建物への甚大な被害……いろいろ、いいたいことはあるが……」
その二つ以外に何か起こられるようなことがあっただろうか。……まずい、みんなはともかく私は不出来なことには底抜けがないので、心当たりは特定できないほどいっぱいある。
「お前たちよくやった。この規模の攻撃を受けて、死者は出ない。建物や物はまた修理すればいい……大人がお手上げな化け物どもを相手にしてたんだ。ホント大した奴らだ……」
「へ……?」
私はつい気の抜けた声を出してしまった。教官が、そこまでまっすぐに私たち……(もしかしたら落ちこぼれの私が褒められたことがないだけで、個別にならいくらでもあるのかもしれないが……)を褒めたことがなかったはずだ。周りを見てみると、隊長以外は驚いた顔をしていた。
その時の共感は優しい女性を絵にかいたような、それこそ母親を思わせるような表情をしていた。
「特に星原、お前やっぱすごいよ!ずっとアルスと二人だけで日本を守ってそれだけでも死ぬほどしんどいはずなのに……今度はこんな色物連中のまとめ役なんて押し付けられたのにしっかりそっちもこなしてる」
ミサト教官は感極まった声で涙をにじませながら、星原翼に賛辞を贈る。色物……確かに私たちはカラフルではあるけれど、問題児はいな……私がいるか……。
「ホント、お前がいなかったらどうなってたことか……今までありがとうな。そしてこれからも無理を去ることになってしまう。言葉では言い表せないほど歯がゆいが、頼むな」
「はい!みんな……頼もしい仲間です。私だけなら、大丈夫なんてとても言えないけど。みんながいればきっとうまくいく……そう言いきれます!」
先輩は涙を流しながらも、はっきりと言ってくれた。教官と先輩の付き合いは私たちのそれよりずっと長い。私たちには想像もできないほど辛い死地に立つシンセリー・テルスを教官は見ているはず、そんな二人の間にある万感の思いというものには計り知れないものがある。
「そうだな、つい最近まで戦場を知らない中坊だったやつらが大きくなった。お前らも本当によくやった。まだ妖精界にでも鋼魔人を倒したという実績はない。お前らが、この世の誰よりも結果を出しているということだ」
仮に私たちがヒュブリスを殺しきれていたとして、それは敵にとってどんな意味を持つのだろうか?私たちには大きな成果でも、鋼魔にとってはなんてことない損失かもしれない。
いや、こんな後ろ向きな考え方はやめよう。できることを少しずつ積み重ねていく。泣こうが喚こうが、私たちにはそれしかできない。
「だが、残念ながら……今回のやつを倒せたとしても、戦いは続く。しっかり体を休めて次に備えろ」
教官の訓示を聞き終えて私たちは、養成学校で仕込まれた返事をする
「イェッサー!!」
そうして私たちは一つの大きな戦いを終えた。
※
施設で検査と簡易的な治療を終えた私たちは諸々の復旧をスタッフの皆さんに任せ、自宅に帰った。私たちが家にたどりついた時には夜になっていた。
本音を言うと、帰ってすぐにベッドに飛び込んで寝こけたかったがそうはいかない。なぜなら、ある意味私の仕事はここからだ。
「ノクス、帰ってそうそうなんだけどさ。屋上、行こう!」
私はうつむきがちになって暗い顔をしているノクスに提案する。
「今からか?」
ノクスにも疲れがあるのだろう、私の態度に訝しむような顔をする。いつも察しのいい彼だけれど今回は私の意図がピンと来ていないようだ。
「いいから!今日も月が綺麗だと思うし」
困惑するノクスの手を無理やり引いて、無理やりに連れていく。
※
私が先にヘリポートにあがる。今日は同じ発想の先客などはいないようだ。少し安心する。
「やっぱり、三日月だけどきれいだね」
私は頭上にある月を見て言う。翼先輩と一緒に見た月より大分細いけど、奇麗なことには変わりない。
「そうだな……」
困惑が続いているのかノクスが返すのは生返事だ。私はかれの疑問に答えるために本題に入る。
「ノクス……私に言いたいことあるんでしょ?ここなら話しやすいかなって」
「それを聞くために、ここに?」
ノクスは少し笑った。確かに客観的に見ればおかしいのかもしれない。別に下の部屋でもいい。防音は完璧だから、上の階の先輩たちに会話が聞こえることは無いだろう。それでもこんなところに来たのは私の方も気合を入れる必要があったからだ。雰囲気のため、視界の中に映るものをお互いだけにするため、視界が空で埋まるここに来たかった。
「少し重い話なんだが、いいか?」
ノクスは一生一台の告白をする前の男の子のように目線を泳がせながら確認してくる。
「もちろん。私言ったでしょ?ノクスを支えたいってノクスが抱えてるモヤモヤがあるなら、私に全部物ぶつけていいよ。体全部で、受け止めるから」
私はヘリポートでノクスに対しまっすぐ立ち、その目を見据える。
「そうか……じゃあ、言うぞ……一実、俺な……思い出したんだ……たぶん、全部を……」
ノクスは意を決した様子で、本当に吐き出すように辛そうな様子で言葉を出した。
私はその答えを予測していた。でも彼に対して誠実に向き合うために、彼の言葉を受けて初めて私は真実として胸に受け止めた。
「そっか……分かった。ノクスはまず、何したい?」
脈絡のない言葉……これもノクスの心にとことんまで寄り添うための言葉だ。どう頭を捻っても、ノクスの胸中を察しきることはできないのだから、今は彼がして欲しいことだけをするために、彼の言葉を待った。
「分からない……戦いが終わってから頭がぐちゃぐちゃで、胸が苦しくて、重くて……」
ノクスは顔を歪ませて、涙をにじませて自らを抱くようにして、身体を丸め込む。やはり勇者にも耐えがたいほどの過去が彼に襲い掛かっている。それに対して私ができることは……。
「ノクス、今すぐ全部の苦しみを消してあげることは私にはできないけど、私の胸で、叫んだり泣いたりしていいから……変身してもいいよ?」
私はノクスを包むように抱きしめて、ささやきかける。そして変身すればリンクを通してその激情の一部を直接引き受けることが出来るが……。
「変身はいい……あの姿だと泣けないから……ただ、少し甘えさせてくれ……」
ノクスは、私の薄い胸に顔を預け、震える声で言った。彼の手が私の背中に回るのが分かる。すぐに服を通して、水気と熱が伝わってくる。
「うっ、くふっ……俺は、一人だ……リヴァリエも……みんなも誰もいない……」
既にその声は涙に濡れていて、とぎれとぎれだ。これまでノクスから、そんな弱々しい声は聞いたことがなかった。
「俺は一人だ……一人死にぞこなって……うっ、うぅ――――――」
そこからもう言葉ではなく慟哭だけが空へ響いた。私は一人じゃないよと、行ってあげたかったがそう言ってあげる資格があるのか自信がなかった。違う、きっと私では代わりにならないと言われるのが怖いのだ。
「…………っ」
私は、言葉の外で私の存在を伝えるために、ただノクスの頭をできる限りの力で、抱きしめていた。彼の悲痛な哭き声は、私の心を軋ませる。それは彼の悲しみの受け皿になれているということなのだろうか?私はそうありたいと願いながら、いつまでも泣き続ける彼を受け止める。
これでとりあえず第一部完結となります。
次回からはノクスの過去編に入れたらと持っております。これからも読んでいただければ幸いです。




