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EP40 戦士の黄昏 後編その1

後半は長いから切ったのにまだ半分です。

追伸 前回の文を加筆修正しております。クォリティーがだいぶ上がっていると思うので一度見た人も気が向けば見てみてください。


Side:碧乃


 葬儀から帰ったころには夜になっていた。けど、胸の中のもやもやは消えてくれなかった。無性に一人になりたくて、屋上へ向かう。いや、ひょっとしたら期待していたのかもしれない。そこに行けば胸の内のわだかまりに対する何かが得られると。ただ一人になりたいなら、ベランダでもいいし、自室に籠ればいい。ノクスはそこに踏み入るようなデリカシーのないことはしない。


「ん……」


 屋上へ続く外階段の扉を開けた時、私は顔全体に圧力を感じる。屋上はベランダよりも風が強い。夜の乾いた風は湿った心を乾かしてくれるようでとても心地いい。これを求めて私はここへ来た。今日は月が明るい、都会でそもそも空が明るいこともあるが、周りの様子が見える。予想外に月光浴日和かもしれない。


「あ……」


 ビルの最上部、つまりヘリポートのところまで登り切った時、私の視界に人影が見えた。そのシルエットは遠めに見て女性だと分かった。もしかして……。先客がいるのは予想外だがここは共用スペースなので問題はないけど、なぜか彼女の空間に立ち入るのは悪いことのように思ってしまう。しかしわざわざ、引き返すほどの理由もなく私はそのままゆっくりとヘリポートの中心あたりまで足を進めた。


「誰……?」


 彼女が振り返った時、狙ったかのように強い風が吹いてその長髪をなびかせた。


「…………!」


私は言葉を失った。心臓を掴まれたような気分になり、呼吸も忘れてしまう。それぐらい綺麗だった。月明かりの下でその少女、星原翼は泣いていた。風に散る涙が宝石みたいに光りながら消えていくのを、私の目はコマ送りのようにとらえて脳内に記録した。

 これが本当の月下美人、これが本当の女の武器たる涙。私は不謹慎にも憂鬱な気分を一瞬完全に忘れ、その絶景に見入っていた。


「……さん……碧乃さん?……碧乃さん?」


一度の呼びかけでは反応できなかったばかりかその声色に心配の色が混じるまで私は硬直していた。声と一緒に彼女の顔も訝し気になっていたので私はよっぽどの顔をしていたのだろう。


「……すいません。人がいるとは思わなかったから……」


 言えない。目が焼かれるかと思うくらいあなたが美しかったので完全にフリーズしてたなんて言えるわけがない。


「……邪魔だよね。私、帰るから……」


「あ、待ってください……」


階段の方へ向かおうする彼女に私は慌てて言う。先客はあっちだ、私の方が帰りますと言いかけてやめる。そして言うべきか迷ったが、覚悟を決めて続きを言った。


「私にできる事があれば何でも言ってください……話を聞くだけとかしかできないかも……ですけど……」


お節介だったか?後輩が何言ってるかと呆れられないか?言葉にする途中で不安になった私は声が尻すぼみになっていた。


「……!ふふ……それ、あなたの方が言うんだ」


彼女は一瞬キョトンとした顔で驚いて少し、笑った。やはりそうか、大きなお世話だっただろうか?後私がモヤモヤしてここにきていることもしっかり見抜かれている。恥ずかしいやら、照れるやら。


「……でも、そうだな……少し話そうか……こんな、良い夜なんだし」


「……は、はい!」


 やべー、胸が爆速でドキドキしてきたぞ。なんだこのシチュエーション、ドラマかよ。これから話すこともきっとかなり深刻なことなのに急に情緒がおかしくなっていく。気を張っておかないと何かとんでもない奇行をしでかしちゃいそうだ。


「隣、おいでよ」


「は、はい、ご一緒させて、いただきます!」


「ふふ、何?その言い方」


 私の頬が恥ずかしさで一気に赤くなって熱を持つのが分かった。夜の冷えた空気がそこにあることに感謝したくなるほどだった。

 私はぎこちない動きで彼女の隣、ヘリポートの端の方で体育座りになる。そうしてしばらくは黙って二人で月を見ていた。良い夜という言葉がぴったりだと感性に乏しい私でもわかるほどきれいな月と夜空だった。


「……がっかりするかもしれない話だけど、聞いてくれる?」


「……!はい、たいちょ……先輩が話したいと思ってることなら、どんなことでも」


私はなんとか真剣な顔と声で言う。顔を膝につけてこちらを覗くその顔は蠱惑的ですらあった。

 でもそれで怯まないくらい彼女の話が聞きたくなった。人間として頼りにされてるような気がして、だからこの場では隊長ではなく、先輩と呼びたかった。


「……私、昼間はあなたにああ言ったけど、ほんとは割り切れてなんかいないんだよ」


「…………」


がっかりはしなかった。ただ驚きではあった。


「私の過去、知ってるよね?それもあってどんなに悲しいだろう、とか馬鹿正直に考えちゃって、胸がどうしようもなく締めつけられてて泣いてた」


そうか、シンセリー・テルスでもこのことは簡単に飲み込める現実ではなかったのか。それが分かって私は安心にも似た気持ちになった。


「それで、あそこにいたのが私じゃなかったら何か変わったのかなとか考えちゃって……うっ、考え出したら……止まんなくなってっ……」


彼女の目にまた涙が浮かぶ。気持ちは痛いほどわかる。彼女も同じことを考えていたのかと親近感がわいてくる。でもそれはうぬぼれかもしれない。私の想像する被害者の気持ちと彼女のそれでは解像度の次元が違うのだろう。


「割り切らなきゃいけないって、分かってる……いちいち感情移入して気にしてたら心が持たないって……分かってるけどやっぱり無視することはできなくて……!」


相当ため込んでいたのだろう、彼女は堰を切ったように話しだした。吐き出して楽になるならどれだけでも吐いて欲しかった。けどその経過ですらとても辛そうでいたたまれなかった。もしかしたら自分はとんでもなくギリギリで成り立っていた彼女の精神のバランスを崩してしまったんじゃないかと不安にもなった。

 でも私は最後まで聞き届ける覚悟を決めて、ただ聞いていた。そんな私の決意を知ってか知らずか彼女の話は続いていく、涙と一緒に。


「でも私が立ち止まっても、鋼魔は止まってくれなくて、私しかいなくて、やらなくちゃまた私と同じような思いをする人が増えていく」


私には、その重圧がきっと理解できないし、理解しようとすることすらおこがましいことなのだろうと思った。


「アルスがいてくれなかったら私、とっくにダメになってたと思う」


私達が戦いに加わって、少しは楽になれただろうかすぐに聞きたい気持ちを抑えて、今はただ先輩の望むままに話してもらう。


「私が魔法少女になったのはね。ホントは鋼魔を倒したいからじゃなくて、あの日の私を殺したかったからだと思うの」


「そんなっ!?……!?」


余りの言葉に私は、固く閉じていた口を開く。彼女は私の口に指を当てて言葉を先に制する。


「少し言い過ぎた……私はあの日動けない家族を置いて、鋼魔から逃げた私を否定、したくて……戦ってきたんだと思う」


先輩の家族を奪った8年前の世界初の鋼魔獣の出現。その仔細は養成学校で嫌でも習う。

最初だったが故か、犠牲者は一つの家庭のみだった。対処部隊が向かった時には鋼魔は姿を消していたらしい。生き残ったのは家から逃げ出すことに成功していた長女だけ。フィールドに耐性を持っていたがゆえに、先輩は生き伸びた。彼女は世界で最初に見つかった魔法少女適正者。

 先輩は、ずっとその過去に苦しめられている。


「分かってる。9歳だった私に何ができたわけじゃないって。でも……何かできたんじゃないかって、でなければいっそ死んでおけばよかったって……そんな考えが頭から抜けなくて……そこから目を背けたくてずっと戦ってきた。あいつの代わりに、他の鋼魔獣を倒して、家族の代わりに他人を助ける」


 そんな思いを抱えて今まで……。


「つまり、私は希望の星なんて……みんなの思うようなヒーローじゃないんだよ。過去におびえて逃げながらもがくちっぽけな人間」


 そう言いながら泣いている星原さんはとても儚くて、今にも崩れて消えてしまいそうで、どうしようもなく美しかった。



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