群星の輝き
カルノスの巨体が壁際で動かなくなり、発進ステーションから上がる黒煙が天井を覆う。異臭(焼けたプラスチック、オゾン、そして濃厚な鉄臭)が実験室に充満していた。しかし、中央の培養槽から伸びるケーブルはなおも脈動し、**プロトタイプ**は紫色の光を不気味に放ち続けている。残存する自律殺戮ドローン群は、わずかに混乱したように旋回しながらも、赤い照準線を再びソラや仲間たちへと向け始めた。
「標的、再捕捉。排除継続」無機質な合成音声が、カルノスの血の海を照らす青白い光の中で響く。
「カルノス…!」**ソラ**の声は嗚咽を帯びていたが、彼女の目はカミヤ支部長の背後、発進ステーションの破壊でむき出しになった壁内の**メインサーバーラック**へと釘付けになっていた。配線がちぎれ、基盤がむき出しの状態だ。そこがシステムの中枢神経だ。
「ソラ、今だ! あのサーバーに繋げ!」**ジャビール**が叫んだ。彼はサブマシンガンの残弾を威嚇射撃に使い、ソラへ向かおうとするドローンの注意を引きつけようとしていた。弾丸がドローンの装甲を弾き、火花を散らす。
ソラは深く息を吸い込んだ。涙が頬を伝うが、手元は震えていない。彼女はタブレットを左手でしっかり握り、右手でポーチから**Bluetooth接続用の超小型強力トランスミッター**を取り出した。それは指先ほどの大きさで、先端にピンのような接点が付いている。カルノスの犠牲が開いた道だ。彼女は床に伏せ、煙とコンソールの影を縫うように、むき出しのサーバーラックへと這っていった。
**アキラ**と**リュウ**がソラの盾となった。二人は互いに目配せし、複雑な鳴き声(短く鋭い警戒音と低いうなり声の組み合わせ)で意思を通わせる。リュウが左後肢で床を蹴り、体を右斜め前方へ放り出す! 彼の動きに引きつけられ、二機のドローンの照準がリュウへ集中する。リュウは空中で体をひねり、無理な姿勢で右前肢の鎌状爪を振り回し、ドローンのプロペラをかすめて軌道を乱した。
その隙に**アキラ**が動いた! 彼はコンソールの影から低い姿勢で飛び出し、ソラの進路を横切るようにジグザグに疾走。ドローンの赤い照準線が彼の後を追うが、アキラは予測不可能な動き(突然のピボットターン、壁を蹴っての方向転換)でかわし続ける。一発の弾丸が左前腕の廓羽をかすめ、黒と白の縞模様の羽毛を数枚散らしたが、彼はひるまない。ソラがサーバーラックの直下まで到達するのを、その俊敏さで守り切った。
「繋がれ…!」ソラが呻くように呟き、右手のトランスミッターをむき出しのサーバー基盤の接続端子へと押し当てた。タブレットの画面が激しく点滅し、接続確立を示す青いアイコンが表示される。ソラの指がタブレット上を高速で動いた。複雑なコマンド列が入力されていく。彼女の狙いは一つ。暴走状態にあるプロトタイプの生体組織そのものに、さらに過剰な負荷をかける信号を送り込み、機能を停止させることだ。
「警告:外部からの不正アクセス検知。生体インターフェース、防御プロトコル起動」合成音声が響く。
培養槽内の**プロトタイプ**が激しく痙攣した! 紫色のオルガノイドから泡が噴き上がり、接続されたケーブルが火花を散らした。ソラのタブレットに表示される生体信号モニターが、危険な赤色に染まり、警報音を発した。
「くっ…耐えろ、もう少し…!」ソラが歯を食いしばる。タブレットに表示されるプロトタイプの神経活動が、限界値を超えて暴走するグラフ。ソラは意図的にその暴走を加速させる信号を送り続けていた。
その時、実験室奥の**防護シールド**(強化ガラスと金属格子)の向こうから、**カミヤ支部長**の怒声が響いた。
「ふざけるな! システムを守れ! お前たち、あの女を止めろ!」
カミヤは制御室(シールドの奥)から指示を出していた。数人のPR兵士がシールド横のドアから突入してきた!
「ブルーアイ!」ジャビールが叫ぶ。
「了解!」**ブルーアイ**の唸り声が応えた。彼はロックとシエラを率い、新たな脅威へ向かった。三匹のオオカミが低い姿勢で散開し、兵士たちの進路を阻む。ブルーアイは額のRSFフレームを再び赤く輝かせ、兵士たちの通信機器と暗視装置への干渉を開始した。ロックが左側から、シエラが右側から威嚇の咆哮を上げ、兵士たちの注意を分散させた。兵士の一人が無謀にもブルーアイへ銃口を向けたが、RSFジャミングで照準が狂い、弾丸は天井をかすめた。ブルーアイはその隙に前に詰め寄り、強靭な顎で兵士の足首を狙い、防護服を引き裂いた!
* * *
「…今だ! アキラ、リュウ、カミヤを止めて!」ソラの絶叫が実験室に響いた。彼女のタブレットから、プロトタイプの生体信号を示すグラフが垂直に落ち、ゼロに張り付いた! 培養槽内の光がパッと消え、紫色のオルガノイドは完全に黒ずみ、崩れ始めていた。接続された**ドローン群**の動作が突然、不自然に鈍る。赤い照準線がぶれ、機体がゆらゆらと浮遊した。生体信号に依存した高度な標的識別と自律判断が停止し、単純な待機モードに落ちたのだ。
**アキラ**と**リュウ**は即座に反応した。二人は互いに目を見交わす必要さえなかった。長い共同生活で培われた信頼と連携が、次の行動を決定づけた。リュウがわずかに右に動き、アキラの進路となる空間を作る。アキラは強力な後肢で床を蹴り、コンソールの上へと軽やかに跳び乗った! 彼の目は、防護シールドの奥、制御室に立つカミヤ支部長を捉えていた。虹色の冠羽が逆立ち、青紫の構造色がドローン群の放つ不気味な光に照らされて輝いた。
停止したドローンの間を、アキラは影のようにすり抜ける。彼の動きは滑らかで、長い尾がバランスを取る。リュウが後ろから続く。リュウは時折、動作が鈍ったドローンのプロペラに右前肢の鎌状爪を引っかけ、わざとらしく軌道を乱し、アキラへの注意をそらした。
防護シールドの手前まで来たアキラは、躊躇なく跳躍した! 空中で体を半回転させ、強靭な右後肢を振りかぶる。足首を返し、第II趾の巨大な鉤爪を、シールド下部のヒンジ部分めがけて蹴り込んだ!
**ガシャーン!**
強化ガラスはびくともしなかったが、古いヒンジの固定ボルトが悲鳴を上げて外れた! シールドがわずかに傾いた。
「リュウ!」アキラが鋭い警戒音を発する。
次の瞬間、**リュウ**が助走をつけて跳躍した! アキラが開いた隙間めがけて、彼は体を鉄砲玉のように放つ。空中で左肩を前に出し、全身の重みを込めて傾いたシールドに体当たり!
**ドゴォン!**
金属の歪む鈍い音。外れたヒンジがさらにゆるみ、シールドは大きく傾いて固定を失った。リュウと共に制御室内へと倒れ込んだ!
「な、なにをする…!?」カミヤが驚愕して後ずさる。彼は腰の拳銃に手をかけた。
遅すぎた。**アキラ**が倒れたシールドの隙間から滑り込んでいた! アキラはリュウの体当たりとほぼ同時に動き、カミヤの懐へと飛び込んだ。アキラは空中で体を左にひねり、右前肢を伸ばす。鎌状爪はカミヤが拳銃を抜こうとする右手首を狙い、精密に、しかし容赦なく斬りつけた!
「ぐああっ!」カミヤの悲鳴。拳銃が床に転がる。手首から鮮血が噴き出した。アキラは着地と同時に体を回転させ、長い尾をムチのようにしならせてカミヤの足首を払い、完全に転倒させた。リュウがすぐに飛び乗り、カミヤの背中に乗り、右前肢の鎌状爪をカミヤの首筋に触れさせて動きを封じた。カミヤは恐怖に目を見開き、冷たい床に貼り付くように固まった。
* * *
「目標、制圧完了」**ジャビール**が無線で報告した。彼はサブマシンガンを構えたまま、残存兵士の武装解除をブルーアイ群れと共に行っていた。兵士たちはRSFジャミングとオオカミたちの威圧に完全に戦意を喪失し、跪いていた。
ソラはむき出しのサーバーからトランスミッターを外し、よろめくように立ち上がった。彼女の目は真っ先に壁際のカルノスの元へ向かった。血の海…。彼女は唇を噛みしめ、タブレットをポーチにしまい、代わりに**サンプル採取キット**を取り出した。小さなピンセットとシリンジ、サンプル袋が入っている。
「ソラ、脱出路を確保する!」ジャビールが呼びかける。「ドローンが完全に停止したとは限らない!」
その言葉に応えるように、天井近くで翼がはためく音がした。**プテロス**だった。彼はケイとトビの支えで何とか起き上がり、損傷した右翼を引きずりながらも、左翼を大きく広げていた。翼膜の裂傷は深いが、骨自体は折れていなかった。トビがプテロスの左肩にとまり、「キィキィ」と鋭く鳴いて方向を示している。
「飛べる…飛べるよ、プテロス!」**ケイ**が必死に励ます。彼女はプテロスの首を支えている。
プテロスは深く息を吸い込んだ。痛みで顔が歪むが、意志の力で目を見開いた。彼は強力な後肢で床を蹴り、左翼を大きく一振りした! 筋肉補助装置が故障した右翼は無力だったが、左翼の力とバランス感覚だけで、彼はかろうじて浮上した! 高度は低く、姿勢は不安定だったが、飛翔は可能だった。トビがすぐに離れ、先導するように入口の方へ飛んだ。
「こ、こいつらを…!」床に押さえ込まれたカミヤが呻く。
「静かに」リュウが低いうなり声を上げ、鎌状爪を微かに押し付けた。カミヤは息を詰めた。
ソラはカルノスの元へ駆け寄った。彼の巨大な体はまだ温かく、かすかに胸が動いている。ソラは跪き、涙をこらえながら手早く作業を始めた。まず、首元の鱗と原始的なプロトフェザーの境目から、ピンセットで**羽毛と鱗のサンプル**を慎重に採取した。次に、首の動脈が拍動している位置を探り、**シリンジ**を慎重に刺し、**血液サンプル**を採取した。深紅の液体がシリンジ内に満ちていく。緊急性と、この生命への畏敬の念が、ソラの手を震わせた。サンプルを専用の袋とチューブに密封し、ポーチへしまうと、彼女は最後にカルノスの大きな頭にそっと手を置いた。「…ありがとう」
「ソラ、行くぞ!」ジャビールが呼ぶ。ブルーアイ群れが入口を確保し、プテロスが不安定ながらも脱出路となる廃棄物搬入口の方へ飛び始めていた。アキラとリュウはカミヤを拘束したまま後退を始め、ジャビールがそれを援護する。
プロメテウスの目は閉じた。カルノスの血と、プロトタイプの残骸に囲まれた中枢実験室は、静寂と異臭に包まれていた。種を超えた絆がもたらした勝利の代償は、あまりにも大きかった。しかし、戦いは終わった。今は脱出しなければならない。仲間たちが待つ山岳ステーションへ、そして未来へ。