絆、空を裂いて
**2033年4月29日 午前0時04分 PR基地 中枢実験室**
カミヤ支部長の「掃除」の命令が発せられるより早く、壁際に整列していた**自律殺戮ドローン群**が一斉に起動した。低いブーンという駆動音が実験室に満ち、機体下部のレーザー照準器が赤い光の十字線を床や壁に投げかけ始めた。その動きは滑らかで、生命体とは異なる不気味な機械的な俊敏さを持っていた。
「プロメテウスの目、作動開始。標的識別:非登録生命体。排除モード、イニシエート」
無機質な合成音声が実験室に響く。培養槽内の**プロトタイプ**が激しく痙攣した。紫色に変色した網膜オルガノイドから、異常な電気信号が奔流のように流れ出し、ドローン群の「目」となっていた。
「まずはあの飛び道具からだ!」カミヤがプテロスを指さす。
**プテロス**は実験室の天井近くを旋回していた。AGI制御の筋肉補助装置が右翼を支え、左翼の力強い羽ばたきで姿勢を保っていた。しかし、彼の大きな目が、下方のドローン群が一斉に自分へとレーザー照準を向けた瞬間、恐怖に見開かれた。
「ピィーー!」警戒音が甲高く響く。
遅すぎた。四機のドローンが底部の弾薬ポードから小型ミサイルを発射! 煙の跡がプテロスへと伸びる!
プテロスは必死に体を左に傾け(バンク)、左翼を大きく羽ばたいて急旋回を試みた。筋肉補助装置が右翼基部の筋肉に最大出力の刺激を送り、かろうじて姿勢を制御する。二発のミサイルが彼の尾の先端をかすめて壁に炸裂したが、三発目が右翼の翼膜の外縁部を直撃!
**バァン!**
鈍い炸裂音と共に、合成繊維で補強された翼膜が大きく裂けた! プテロスは苦悶の悲鳴「グオォアァン!」を上げ、制御を失って墜落し始めた! 筋肉補助装置が故障し、右翼から火花と白煙が上がる。彼は天井の配管に左翼をぶつけながら、実験室の中央に広がる巨大なメインコンソールへと落下していった!
「プテロス!」**ケイ**の絶叫が響く。
その瞬間、小さな茶色の影がケイの懐から飛び出した。**トビ**だ。恐怖で全身の羽毛が逆立っていたが、動きは電光石火だった。彼はケイの右肩を蹴り、強力な後肢で床を蹴って跳躍! 翼を広げ、落下するプテロスの軌道へと一直線に向かった。トビの小さな体はプテロスの巨体を支えられないが、彼の狙いは「減速」と「方向修正」だった。トビはプテロスの左肩付近に着地し、鋭い鉤爪(第II趾の大きな爪)をプテロスの首元のハーネスに引っ掛け、全身の重みで引っ張りながら「キィキィ!」と鋭い警戒音を発した。そのわずかな抵抗が、プテロスの落下速度をほんの少しだけ和らげ、コンソールの端っこではなく、比較的平らな天板への墜落を誘導した。
**ゴトン!** 重い衝撃音。プテロスはコンソール上に横たわり、苦しそうに喘いでいた。右翼の裂傷からは、薄い体液が滲み出ている。トビはすぐにプテロスの首元から離れ、小さな体を震わせながら彼の頭部を警戒して見守った。
「標的、再捕捉。排除継続」ドローンの合成音声が冷たく響く。数機のドローンが旋回し、墜落したプテロスとその傍らのトビへと再び照準を合わせた。
「やめろ!」**リュウ**の咆哮が轟いた! 彼はコンソールの陰から猛然と飛び出し、強靭な後肢で床を蹴って跳躍した! 空中で体を回転させ、右前肢の特大の鎌状爪を完全に伸展させながら、プテロスを狙うドローンの一機めがけて体当たりした! 爪がドローンのプロペラガードを捉え、金属が軋む鈍い音を立てた。ドローンはバランスを崩し、壁に激突した。
**アキラ**も動いた。彼は左側の配電盤の陰から、ジグザグの不規則な動きで疾走した。ドローンの赤い照準線が彼の軌道上を追いかける。アキラは突然、右後肢を軸に体を左に回転、長い尾をムチのようにしならせてバランスを取りつつ、次の瞬間には強力な跳躍で空中へ! その動きに惑わされたドローンの照準が一瞬外れた隙に、アキラは左前肢の第I指(親指)で壁を蹴り、体勢を整えて別のドローンへと突進した。鎌状爪はドローンの機体下部をかすめ、レーザー照射装置に傷を負わせた。
「ジャミング、最大出力! 照準システムを撹乱しろ!」**ジャビール**が叫びながら、サブマシンガンを構えてドローンめがけて威嚇射撃を放った。弾丸は分厚いドローン装甲に跳ね返されたが、注意を引くには十分だった。
**ブルーアイ**が応えた。「ウォーーン!」低く長い遠吠えのような唸り声と共に、額から後頭部のRSFフレームが真っ赤に輝いた! 強力な電磁波が室内に放射される。ロックとシエラも同調し、三重のジャミングフィールドを展開した。直撃したドローン数機の光学センサーが一瞬乱れ、赤い照準線がぶれて無意味な円を描いた。しかし、「プロメテウスの目」の中枢である培養槽プロトタイプは、生体システムゆえにジャミングの影響を直接受けにくく、ドローン群への指令は止まらなかった。
「ケイ、今だ! 煙幕で隠せ!」ジャビールがケイに指示を出し、自身はドローンの集中砲火から彼女をかばうように、コンソールの陰へと飛び込んだ。
**ケイ**は震える手で腰のポーチから円筒形の**煙幕弾**を二本掴み取った。安全ピンを歯で引き抜き(「カチン」)、プテロスが横たわるコンソールの手前左右に、力いっぱい投げ込んだ!
**ポン! ポン!**
白く濃密な煙が噴き上がり、瞬く間にコンソール周辺を覆った! 煙は非毒性だが、可視光と赤外線を遮断する特殊な微粒子を含んでいた。ドローンの照準レーザーは煙の中で拡散し、有効なターゲティングが不可能になった。
「トビ、場所を教えて!」ケイが煙幕に飛び込んだ。目は染みるし、呼吸は苦しい。トビの「キィ、キィ」という警戒音が、煙の奥からプテロスの位置を伝える。ケイは声を頼りに進み、煙の中でうずくまるプテロスの巨体にたどり着いた。彼女はすぐにプテロスの首に手を当て、脈拍を確認する(速いが、かすかに打っている)。「大丈夫…大丈夫よ…」ケイが必死に呟き、プテロスの首元に残るハーネスのバックルを外そうとした。煙が舞い上がる中、彼女はプテロスの大きな目が、苦しみとどこか感謝の色を浮かべて自分を見つめているのを感じた。
* * *
煙幕の外では、戦いが混戦状態になっていた。**ソラ**はメインコンソールの端にあるサブ端末にしがみつき、タブレットを接続して必死にハッキングを試みていた。彼女の指がタブレットの画面を高速で撫でる(スワイプ、タップ)。汗が額を伝う。
「くそっ…セキュリティプロトコルが三重にかかってる! 生体認証と動的暗号…プロトタイプの神経信号が鍵になってる!」
彼女はプロトタイプの状態モニターを呼び出そうとした。画面には、組織の壊死が急速に進行し、信号パターンが異常な高周波で暴走している様子が映し出されていた。このままではシステムを止める前にプロトタイプが完全に破壊される。
「ソラ、下がれ!」
**カルノス**の警告とも思えるうなり声がした。ソラが顔を上げると、三機のドローンが煙幕から飛び出し、彼女めがけてレーザー照準を向けていた! カルノスはソラとドローンの間に飛び込んだ! 彼は短い前肢を体の下に引き、後肢を踏ん張り、細長い首を前に突き出して威嚇の姿勢を取った。
ドローンは迷わず発砲した! 機関銃の弾丸がカルノスの体を襲う!
**ダダダダッ!**
鈍い音が連続して響く。カルノスの胸部と肩を覆う頑丈な鱗と原始的な緑褐色のプロトフェザーが弾丸を受け止め、火花を散らした! しかし、数発が鱗の隙間を縫い、肉に深く食い込む! カルノスは「ガオォッ!」と凄まじい悲鳴を上げ、体を大きくのけぞらせた。鮮血が弾痕から噴き出し、冷たい床に飛び散った。
「カルノス!」ソラの悲鳴。
カルノスは激痛に目を見開いたが、足を踏みしめた。左後肢がぐらつく。彼は流血する傷口を見つめ、次に自分を撃ったドローン群、そしてその背後にある**ドローンの発進・充電ステーション**(プテロスが墜落したコンソールの反対側の壁際に並ぶ台座)へと視線を移した。そこにはまだ起動していない予備ドローンが数機、充電中だった。
一瞬の躊躇もなく、カルノスは動いた。彼は傷だらけの体で、驚異的な瞬発力を振り絞って発進ステーションへと突進した! 歩行はよろめいていたが、加速は恐ろしく速い。ドローンからの追撃の弾丸が彼の足元や背中をかすめる。
「止めろ! あの怪物を!」カミヤ支部長の怒声。
遅かった。カルノスは発進ステーションの真ん前に到達すると、最後の力を振り絞って跳躍した! 空中で体を左にひねり、右後肢を大きく振りかぶる。太ももには強力な尾大腿筋が盛り上がった。彼は落下しながら、その強靭な右後肢の鉤爪(第II趾の巨大な爪)を、ステーションの制御盤と充電ケーブルの束めがけて、斧のように振り下ろした!
**ドガン! バキッ! バチッ!**
金属が粉砕され、火花が大爆発を起こした! 制御盤はめちゃくちゃに破壊され、充電中のドローンはショートして煙を上げた。ステーション全体の電源がパッと落ちた。カルノスはその爆発の衝撃で吹き飛ばされ、壁に背中から激突して、無残に床に転がった。彼の体は深紅の血の海に沈み、動かなくなった。細長い吻からは、かすかな息が白くかかっているだけだった。
「カルノス…!」ソラが絶叫し、思わず一歩前に踏み出そうとした。
しかし、実験室の主電源が落ちたわけではなかった。メインコンソールと培養槽は無事だ。「プロメテウスの目」は、まだ開いていた。残存ドローンの赤い照準線が、煙の切れた場所に立つソラへと、ゆっくりと向けられようとしていた。
ドローンの発進ステーション破壊というカルノスの犠牲は大きかったが、戦いは終わっていなかった。プロメテウスの瞳は、なおも冷たく光を宿し、次の犠牲者を探していた。