池の神様の話
「みっちゃん」
「なに、ゆうちゃん」
「池の神様のお話知ってる?」
「あ、知ってるよ!」
森の奥の古い池。
そこには神様がいるらしい。
見つけたら、なんでも願いを叶えてくれるって。
そんな噂が、昔からあった。
みっちゃんこと私は最近引っ越して来たばかりなので、ゆうちゃんはそれを教えてくれようとしたらしい。
「みっちゃん、探しに行かない?」
「でも、子供だけで森に入っちゃいけないよって…」
「えー、みっちゃんとなら探せると思ったのにー」
ゆうちゃんはつまらなさそうに口を尖らせる。
仕方ないなぁ。
「じゃあ、二人だけの秘密ね」
「!…みっちゃんありがとう!」
そして私達は親に「ピクニック」と嘘をついて、お弁当とレジャーシートを入れたリュックサックを持って神様を探しに森に入った。
「暗いねー」
「怖いねー」
私達は手を握って、森の奥へ奥へ進む。
道標に、その辺で拾った小石を目立つように落としながら。
そして、森の奥深く。
池が、見つかった。
「みっちゃん!」
「ゆうちゃん!」
私達は手を取り合って喜んだ。
そして池の中を覗き込む。
淀みのない綺麗な池の中を、一匹の金の鯉が泳いでいた。
「…神様?」
「神様かな」
「お願いごとをする?」
「お願いごとをしようか」
私たちは、金の鯉さんに手を合わせて同時に祈った。
「「どうか、村長さんが助かりますように」」
私たちは、お互いに願い事は同じだねと笑い合った。
この村の村長さんは、とても優しい人だ。
他所者だった私達家族を優しく受け入れてくれたし、幼くして親を亡くして祖父母のもとで育てられているゆうちゃんなんか孫のように可愛がってくれたらしい。
村長さんのおかげで私達家族はすぐに村に馴染めたし、ゆうちゃんも村長さんのおかげで寂しくなかったらしい。
そんな村長さんは、ある日突然脳卒中?で入院してしまった。
私達村のみんなは、村長さんに元気になって戻ってきて欲しいと思っている。
「対価はなんぞや」
「え?」
「え?」
優雅に泳いでいた、金の鯉さんがぷかっと浮いて来て私たちに問いかける。
「対価はなんぞや」
「対価?」
「対価って?」
「神に願いを託すなら、対価を差し出さねばならぬ」
「え?そうなの?うーん………」
ゆうちゃんは腕を組んで悩む。
私はブルーシートを広げた。
「みっちゃん?」
「ゆうちゃんもブルーシート広げて」
「え、うん」
ゆうちゃんもブルーシートを広げた。
「神様、神様って人間の食べ物食べれる?」
「うむ」
「じゃあ神様に私達のお弁当を捧げます。だから村長さんを助けてください」
ブルーシートの上にお弁当を広げて土下座する。
ゆうちゃんも真似して、お弁当を広げて土下座した。
子供の土下座は、なかなかインパクトがあるだろう。
「…ふむ。だがここまで来るのに腹が減ったのではないか」
「だからこそ、目の前のお弁当は私たちにとって価値があります。だから、捧げ物に相応しいと思います」
「………そなた、神と相対するのは初めてではないな」
「ふふふ、前のはいい出会いではなかったですけどね」
「前のは、か。今回はいい出会いであったと」
神様は池の上に浮かび上がると、お弁当の中身を同じく宙に浮かせてゆっくり食べ始めた。
目の前の光景にお腹を鳴らす私達。
「…うむ。美味であった。親が、祖母が、子を思い作ったのがよくわかる」
「じゃあ!」
「よい。ここに対価は払われた。疾く帰るが良い。帰りは夕暮れになるぞ」
「はい!ありがとう、神様!」
「ありがとう!」
とてとて帰る私達。
神様は何も言わずに見送ってくれた。
帰りは本当に、夕暮れになった。
早く帰らないと門限に遅れちゃう。
「じゃあね、みっちゃん!また明日!」
「じゃあね、ゆうちゃんもまた明日!」
そしてその日の晩、村長さんが全快したと村中に知らせが届いた。
「みっちゃん、ゆうちゃん、こっちにおいで」
「なあに村長さん」
「どうしたのじいさま」
村長さんはすっかり元気になって、散歩がまた日課になった。
そんな村長さんにちょいちょいと手招きされて、近寄ったら「金の鯉の刺繍」が入った「お守り」を渡された。
「神様がなぁ、二人にこれをと」
「え、いいの?」
「やったぁ!」
「二人とも、ありがとうなぁ。助けてくれたんだな。でもなぁ、あんまり無茶しちゃいかんよ。森へはもう大きくなるまで行かないこと。な?」
「「はーい!」」
ということで、神様は願いを叶えてくれた。
でも。
実はこの噂には、今は消えてしまった続きがある。
もし、神様に願いを叶えてもらった子が「明確な悪意を持って」「酷い悪事」を働けば。
その子は金の鯉の腹の中に収まってしまうだろう。
…はぁ、知りたくなかった。
「ゆうちゃん、金の鯉さんのお守りに誓って悪事をしちゃいけないよ」
「もっちろん!神様からお守りまでもらったんだもん!悪いことなんてしないよ!」
「私も悪いことしないようにする」
管狐がクスクスと笑う。
不快だが、村に来る前にこれと接触したのは私自身だ。
神様にも色々いるなぁと思いつつ、今日も私は穏やかな日々を謳歌する。
まあ、金の鯉さんのお守りもあるししばらくは大丈夫なことでしょう。