花の咲く頃
小説家になろう春のチャレンジ企画作品。
テーマ:「学校」
作品には理由あってこの体になっていますが、それについては後書きで。
花の女王に会いに行き、彼に恋をしたと正直に訳を告げて、人間の世界に行けるように請うた姫が居た。
そうか分かった。人間を知るには経験が良い……学は良きもの。お前に名を与え、人の形を成し与え、三年の時を与える。
許可しよう、人間界での生活を。
ただし一つだけ約束だ。お前の正体、絶対に見破られるな明かすな。もしこれを守れなければ、お前に死、罪と罰を与える。
目覚めると、「あげは」は一面の花畑の中に居て、そうここは、彼と出会った場所だった。
あの時は泣かずに、なぜそんな顔をしているの……? と立ち尽くした、月の出ていた夜。
彼は見上げて、姿を変えて、かき分けてどこかへと去ってしまった。
あれはキツネだった――でも人間だ。あげはは彼を追いかけたかったが、速すぎてできなかった。
どこへ行ってしまったのだろう、忘れる事ができない。憑りつかれたように、苦しかった。
それは恋だよと教えられて、決心をした。花の女王に、お願いをするのだ――まさか本当に人間になるなんて、と、あげはは自分を信じる事に時間がかかった。
「君が、あげはちゃんだね」
茫然としていたあげはをそっと傍から現れて導いてくれたのは、これから家族になる父親、リリーフといった。
「おいで。他の家族を紹介しよう」
連れられて家まで、小さな車で。リリーフは穏やかに、人間の世界を説明してくれる。
興味津々であげはは窓から見える景色に夢中だった。これが人の――知っている事もあるでも知らない事の方が当たり前だけれど圧倒的に多い。
あの人が食べているものは何だろう、ソフトクリームだよ、おいしいの? 甘くて冷たいのさ、甘いのは好き。
あげはちゃん、後で花王様から頂いた水を飲もうか。知識の泉から分け与えられたものでね、それを飲むと人間の世界の事がある程度は分かってくる。
人間の世界の事が?
そう、全部ではないけど、あげはちゃんがこれからの生活で困る事がないように、必要なだけの知識が与えられる。
そうなんだ、ありがとう。すごく助かる、実は不安だらけなの、泣きそうなくらい。
そうか、大丈夫、私達家族が、あげはちゃんを全力でサポートするよ。花王様のお力で、あげはちゃんや私達は安心して暮らせるからね。
うん、分かった。すごく楽しみ。興奮して今日は眠れるかしら。
家に着く。大所帯が住むだろう大きな家で、南向きで日当たりが良く、車をガレージに停めると、その音で何人かが出迎えてくれた。
あげはは、「花野揚羽」になった。
広いリビングに通されて、フカフカのソファに座っていたら奥から奥様、もとい母親になる「サニーナ」が香りたつ紅茶を持ってきてくれた。
隣に座った主人、リリーフは、先に座っていた者から順番に紹介してくれた。
兄のアトリックス、姉のビオレとニベアは双子で、妹はブローネ、弟はケープ、犬はバブといった。
この場には居ないがイトコにサクセスとホワイトという双子が居る。ちなみにこの家を造ってくれたのは、セグレタ、サクセス、ジアンサーというおっさん三人衆だよと言った。
ホーミング博士という人も居るからね、と付け加えた。
揚羽はワクワクとドキドキが止まらない。しかも明日から学校に通うだって!?
サニーナが用意してくれた制服や鞄、飲んだ知識の泉のおかげで怖いとは思わない少しも。揚羽はその夜、よく眠れて、翌日に早速と中学校に転入し、堂々と中学一年生として、一年一組の生徒になった。
季節は春で四月、入学式も終わり始業式も終わり授業も始まっていて、何で今に転入? という所だが、それを解消できる仕掛けがあった。
花王様より頂いたシャボン玉で、「バブルボブル」という。これに触るとみんな疑問が消えて頭がスッキリしてしまうという。
予め仕掛けていたおかげで悠々とクラスに溶け込めた、初めからそこに居たかのように。
教壇で紹介をした池沢先生がクラスの担任で、そこに座ってと言われて揚羽が後ろへ進むと、驚いた。
空いた席の隣に、彼が居たのだ。伏せて寝てはいるが、わずかに見えたその顔に胸がときめいた。
しかし何も言えず座った。紅潮した顔が隠せない、俯いていると「花野さん」と小声が聞こえた。
横を向くと活発そうな女子が見ていた。「教科書、まだ無いんでしょ?」と机を寄せて、広げて見せてくれる。
「あ、ありがとう……」
彼女は後で時輪実花っていいますと自己紹介してくれた。そして揚羽にとっては重要な事だが、彼――眠り続けていた彼は、夜野起太という。
実花とは小学校からの幼馴染で、ちっとも笑わないし無口だし、よくどっかに行っちゃうしで気ままで、何考えてるか全っ然分かんない、と言っていた。
もう憤慨、と興奮がピークに達して落ち着いたら、今度はしおらしく、中学になったらもっと明るくなってくれればいいんだけど……と心配がった。
そんな実花を、まさか実花さんて起太くんの事が……と揚羽は不安になる。だが実花はちゃんと否定した。そんな事ある訳ないだろー! ばかー! と元気溌剌に。
揚羽の学校デビューは、困り事が滞りなく終わった、かに思えた。
一人で校舎を出てすぐで、歩いて来た足を止めてしまう。正門からは他の生徒が帰り道を急いでいる。放課後の生徒達はそれぞれ思い思いに過ごし次へと進んで行く。
授業は終わって実花はどこかへと行ってしまって、教室を出る前にまたずっと寝ていた起太を見ていたが、どうにもできないので諦めて帰る事にした。
昇降口を出たものの、そこでやっと気がついたのだ、これからどうする。もちろん家へと帰るのだが、どうやって?
学校へは車で送ってもらえた、だがしかし帰りはどうするんだっけ、何て言ってたっけ、しまった聞いていなかった?
引き返して実花を探して家を聞いてこようか、いや待て自分の家が分からないなんて怪しまれたら正体がバレてしまうのでは、と揚羽は焦って自分が何を考えているのかさえ分からなくなっていた。
要するに、パニック。
「そう遠くはないはずで……」
朝は車で学校に来た、その時に景色は見ていたし、割と近かったはずだ、と何とか感覚で思い出そうと試みた。
歩き出し、正門を出て、闇雲と言えなくもないが、自分を信じて進んで行った。
(こっちな気がする……)
時折風が吹く、春の気持ちがいい風だ。自分は人間である前に花だったのだ、相性がいいに決まっている。同じ自然界の生き物ではないか、貴方は風、私は花、貴方は人間、私は今は人間……。
空に浮かび上がったのは貴方の顔、どの雲を見ても同じ顔が見える。恋は盲目というけれど、まさに今がそれである。
何十分が経過しただろうか、歩いて歩いて、家や店も通り過ぎたし車も横を何台も走っていったし、人に挨拶だってした。
人間だけではない、鳥が上を飛んでいき、猫が横切り、散歩で連れられた犬がこっちを覗く。これが人間達の生活か、全てが知っていたような、斬新なような、不思議な感覚。
ここはどこだろう……心細さは、わずかでも消えない。太陽が沈んでいくんだよね……ええ、そうとも、夕日っていうんだよ。
私、どこに居るの。
帰りたいよう。
わずかな不安が膨らんでいく。コンビニの看板が近くになってきた、トボトボと重い足取りは、コンビニのある駐車場を通過し角を曲がった所で視界に入ったそこに驚いた。
見覚えがあった。「あの野原は!」何メートルも先だが、直感も押して確信になった。
起太と出会った野原だ!
早歩きになって追いかけるように加速して走り出す。まっしぐらだ、そこしか見えない。
遠いように感じたが近かったのだろうか、距離感がつかめない。
(まさか、ね……)
誰か居る。よく似ている。後ろ姿が――制服。
(まさか?)
信じられなかった。
「起太くん!」
叫んで呼んでしまった。立ったまま振り返った男の子は、記憶の中の彼だった。
そうです僕が俺が、起太です――夜野起太っていいますって顔だ、と揚羽は勝手に思っている。
「よお」
授業中でもそれ以外でも、起太の声を聞いた事がなく、これが初めてだった。高くも低くもない少年の声。声変わりはまだだろうか。
「私の事、わかる?」
「知ってる」
なぜ? 聞いてみれば教えてくれそうだが、聞かなかった。なぜ教室で寝てた彼が今ここに居るの? それもどうでもよかった。
そんな不思議より、揚羽の目から涙がこぼれ、喉や頭が熱くなった。「どうしよう……」か細く声が上擦る。
「……?」
困った顔でもない、表情はない、ただ、ちょっとだけ低い背の揚羽を見ているだけ。揚羽を待っているだけ。
「ウチに帰れないの……」
その言葉を聞いただけで、起太の顔は何も変わらず、手だけが動いた。
揚羽の頭をナデナデしながら、心配ないよ、と言った。
それだけの事で、揚羽にあった不安が跡形もなく消えてしまった。胸が熱くて、熱は高く上がる。
貴方に出会えてよかった。
ふいに、近くで振動音がした事に気がつく。辿ると鞄の中から聞こえた。スマートフォンを持っていた事さえ知らなかった揚羽は取り出して、画面に書かれていた「アトリックス」に着目した。
あ、電話なんだ。お兄ちゃんからの電話だ、と分かってすぐに出た。確かに兄に似た声だ。
『揚羽? どこに居る? 迎えに行くから帰りは電話してって言っただろう』
と、ああ何だ、と溜息が漏れそうになった。やっぱり自分が聞いていなかったんだと納得して、ごめんなさいと謝った。
「ここがどこかは……わかんない」
ぽつりと呟くと、貸して、と隣の起太が腕を掴んだ。渡したスマートフォンに出て、答えていく。
『君は誰だ?』「夜野起太、友達です」『そうか、一緒に居てくれているんだね、ありがとう。それで今君たちが居る場所って分かる?』「はい。〇〇町の四丁目……セブイレ前の野原に居ます」
ポカンと尊敬の眼差しで起太を見ていた揚羽だったが、やがて電話が切れて揚羽を見ながら「行こうか」と起太は誘った。
「どこに」「コンビニ」
なぜ、とは言わず、先に歩いて行った起太について行った。コンビニに入るとアイスを買い、二つ買っていた一つを揚羽に差し出し、外へ起太が出て行ったのを追いかける。
自由で気まま、実花が言っていた事が分かる気がすると、アイスの袋を開けて美味しいミルクの味が舌先からじわじわと伝わって、さっきまで泣いていた事など忘れて、至福感に包まれた。
手すりにもたれて食べていた起太の横に並び、無言の時を過ごす。アイスが残り少なくなると、もう終わるんだと残念に思いながら。
やがて、兄の迎えが来た。父もついてきていた。「お待たせ」兄は降りて揚羽と起太とを見ると「君が」と見つめた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。話を聞いてなかったみたい。ずっと一緒に居てくれてて」
「分かったよ。学校がもう終わっているはずなのに遅いから、何かあったのかと心配でかけてみた。お友達と一緒で良かったよ。まだ来たばかりで慣れていないからね」
兄の口ぶりは、転校してきたばかりでというよりは、まだ人間になったばかりで、というニュアンスが含まれていた。正体がバレないように振舞わらなければいけない事が慎重になる。
「ぜひ御礼がしたい。今度の日曜、家族で花見に行くんだ、良かったら君も行かないかい?」
笑顔で兄が聞くが、起太は「いえ」と首を振った。「用事があるので」とも言った。「そう……」ではまたの機会に、とそれ以上は言わなかった。
「じゃあな」
起太は振り返る事なく離れて行った。「ありがとうー」と御礼を叫んでも。
言葉では足りないもどかしさはあった。「あの子が……揚羽の」と兄は見つめている。ただ頷いた。
「不思議な子だね」
「知識の泉でも分からないんだね。分からない方が、いいのかな……」
貴方はキツネなの、と聞いてみたかった、いつか。
花の咲く頃、出会っていた二人は、再会を遂げて、進み出る。
これは、タンポポ姫が、キツネ王子とケッコンする話なのです。
まだ始まったばかりの二人は、共に歩き出していくのです。何が待ち受けているのでしょう、闇でしょうか?
それでも面白いかもしれません。けれど今はここまで。
また夏にお会いしましょう。
ご読了ありがとうございました。
今回も締め切り間際でそこは治りません!涙
ともかく、企画の趣旨に従い「お姫様が学校にチャレンジ」で早々に決めていました。そして長編連載したいという欲望が湧き、設定は進んでいくも、最後まではまだまだかかりそうなまま仕事など時間が足りず、途中で放置した設定でも書くには時間が足らず、結局は頭を切り替えました。
どうしてしまったか。
長期連載で季刊でする。今回は、春の章。次回は夏に続く。
中学三年間、姫と王子はどうなってこうなってケッコンするのか。
書きながら楽しもうと思います。
独立化して短編ごとに出してもいいですね。あげはシリーズ?
自ブログの方でも同じ事を書いておきます。余裕あったら(無いか涙)イラストも描きたいです。
いずれコピー本でイベント出店までこぎつけたらいいですね。
ではまた、夏頃に。お元気でー(私もな笑)。