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異界の古代魔道士  作者: 焔場秀
序章 与えられし使命
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第四話 魔道士少女の追い求む者

※注意 この文章は全てセレス視点です。

魔獣からの逃避行をセレスの立場で描いたものですが、ストーリー進行上重要なので、お読みになることをお勧めします。

    

(あたしはこんなところで終わるつもりはないっ。死んでたまるもんですかっ!)


 セレスは走っていた。凶暴な魔獣の殺戮範囲から逃れ、一人の少年に助けをうために。

 視界の全てが植物で覆われた森の中、無造作に立ち並ぶ木々の景色が次々と後ろに流されていく。

 少しでも油断すれば、もしくは前方から目を逸らせば、自分は間違いなく無数に立つ樹木のどれかに衝突してしまうだろう。

 そうなれば一環の終わりだ。死は確実に免れない…。


 セレスの背後からは相変わらず、身体中をびっしりと毛で覆った巨大な魔獣が木々をなぎ倒しながら追っていている。

 その魔獣は体躯に似合わず脚が速く、素早さはセレスとほぼ互角か、魔獣の方が少し速いといったところ。もし追われる場所が何もない平地だったら、セレスは既に魔獣の餌食になっていただろう。

 魔獣の行く手を遮る針葉樹たちが、少なからずセレスの盾になってくれていたのは言うまでもない。


「……はぁ……はぁ……はぁ……」


 しかし、その『命掛けの追いかけっこ』も永遠に続くわけがなかった。

 足場の悪い森の中を、眼前に迫る木々を回避しながら全力疾走していたセレスは、その速度を維持するにも身体的に限界であり、徐々に魔獣との差を縮めていた。


「グガァァァァアアアアア!!!!」

「うっ……!」


 やがてその差が歩幅十歩分と迫った時、突如魔獣が凶器な咆哮を上げて突風を撒き散らした。

 

 背中にぶつかった強風は息切れのセレスの身体を押し倒そうとするが、彼女は逆にその風流を背中の帆に変え、背を低くして走り抜けた。


「グルルルルル……」


 また獲物との差が伸びたことに悔しがっているのか、魔獣が背後で唸っているのが聞こえた。

 だが、木がへし折れる鈍い音は収まらず、まだセレスを追いかけるつもりなのだろう。この魔獣は随分と飢えているのかもしれない。

 それとも、セレスがもう走り続けることに限界なのを、長年の狩りによって気づいているのか。

 

 どちらにせよ、セレスは止まるわけにはいかなかった。

 魔獣から逃げきることもその理由の一つだが、何より、あの少年を……小さい頃からの憧れでもあり、ずっと追い求めてきた古代魔道士エンシェントウィザードを再び拝むためにも、ここで死ぬわけにはいかなかった。

 

 そのためなら何処までも走る覚悟がある。

 秘境の果てだろうと海の底だろうと地獄であろうと、絶対に立ち止まるものかと……


(絶対にあきらめないっ! それがあたしの、モットーなんだからっ!)


 セレスは自らの胸に刻んだ目標を再確認し、顔を上げて前を見据えた。




「……っ!?」



 


 その願いが天に通じたのかはわからない。

 だがこの時、確かにセレスは嬉しさと安堵に崩れ落ちそうになっていた。

 薄暗闇の視界の隅に映る、黒い影を見つけた途端に……。


 セレスは痺れる足を無理やり動かし、最後の希望へと懸命に向かう。


 夜空のような漆黒の髪に、それに連なる黒装束。

 そして……今は見えないが、自分に背を向ける先にあるはずの『英雄』の証、黒の双眼が…。

 少年の走りは衰えてはいなかった。その一歩一歩は今だ力強く地を踏みしめ、目前に迫る木々は身体を軽く捻る動作でたくみに避けている。



「グガァァァァアアアアア!!!!」

 背後で再び魔獣が吠えた。

 しかし、セレスにはその咆哮を怖いとは思わなかった。やっと見つけたのだ。希望を。

「や……やっと…追いついた……」


 漆黒の少年が後ろを振り向く。

 その表情はいぶかしむようであったが、こちらにセレスと魔獣の存在を確認した途端、つり上がった目を大きく見開いた。


 だが、それだけだった……。


 少年は再び前を向いた後、自分たちから逃れるように獣道から逸れ、茂みの中へと飛び込んだ。


 セレスは絶望に覆われそうになった。

 まさか、自分は彼に拒絶されている? それとも敵視されているのか。だから助けてはもらえない。

 泣きそうだった。

 必ずとはなくとも、それでもどこかにあの少年が助けてくれるという思いがあった。いや、それしかなかったと言うべきか……。

 自分は見捨てられたのだという真実が、何よりもセレスの心に重くのしかかっていた。

 いつも誇り高くて、誰に対しても負けず嫌いで、それでいて常に勝気かちきだった少女は、脆くも崩れかけていく。


 セレスは悟った。

 このまま力尽きた自分は、魔獣になぶり殺されるんだ。短い人生に終止符を打ち、死ぬ……。


 彼女の胸中には王都にいる知人たちが浮かび上がっていた。

 この森の調査に赴く数日前、地味な仕事を任されて憤っていた彼女を、呆れながらも笑顔で見送ってくれた友人や仕事仲間。

 彼らの笑顔に報いるためにも、早く任務を終わらせて帰りたかった。それなのに……

(みんな、ごめんなさい……。あたし、帰れそうにない……)


 涙で視界が霞む。もう右も左もわからない。

 わかっているのは、自分がとても惨めな存在だということと、一人では何もできないちっぽけな魔道士であるということ。


(何が宮廷魔道士よ。あたしなんか、あたしなんか……)

『慣れない環境に足挫いて、歩けなくなるんじゃねぇか』

『なりませんよっ! あたしを誰だと思ってるんですかっ?』

『あ~はいはい。国家の盾たる宮廷魔道士って言いたいんだろ? もうそれ飽きる程聞いたっての』

『なら馬鹿にしないでくださいっ! 後国家の盾じゃなくて、国家の守り手です! 国王のあなたが間違えてどうするんですか!』


 セレスの脳内に、玉座の間での会話がフラッシュバックする。

 現地調査出発の朝、自分は唐突に国王に呼ばれた。

 何事かと思いきや会見早々、手ぶらで帰ってくるなとか迷子になるなよ、と馬鹿にされる始末。

 調査依頼の事も含めて不機嫌だったセレスは、とうとう国王の御前で怒鳴り返してしまったのだ。


『んな小せぇこと言うなよ。どっちも大して変わんねぇじゃねぇか』

『変わります! 国家の盾は近衛騎士たちです! 一般兵でも知っていることをどうしてあなたが――』『ソーサラー教会承認、セレス・デルクレイル!」

『な!? い、いきなり何ですか……?』

『直ちにラズルクの森へ向かい、ヴェラの異常本流を調査せよ!』

『…って話逸らすなっ!』

『無礼者! 敬語を使えじゃじゃ馬娘!』

『誰がじゃじゃ馬娘よっ! だいたい陛下は――――』

『おーい、衛兵! このうるさい娘を連れ出してくれ』

『!? ってちょっと! 離しなさいよっ!』

『話は帰ってから聞いてやる。せいぜい大手を振って帰れるような手柄でも取って来くるんだな』

『何をむちゃな……。…っ!? ってあんたどこ触ってんのよっ!』


 衛兵によって両脇を掴まれ、部屋から引きずられる自分。

 それを傍目で見ながら、不敵に笑っていたあるじ

 

 不本意な主従関係。


 それ以外に何もなかったはずなのに――――――




 それなのに――――――





『野垂れ死ぬんじゃねぇぞ、お嬢……』

 

 ――――――自分は主を誰よりも尊敬していた――――――

   


(命令は……絶対、だったっけ…)

 それに誓ったはずだ。絶対にあきらめるものかと……。


 信じていたから何だ。裏切られたから何だ。

 だったら助けてもらうまで求め続ければいい…。

 理不尽な話なのはわかっている。だから自分は全てを捨てるのだ。

 

 セレス・デルクレイルとしてのプライドを、

 宮廷魔道士としての誇りを、意地を。


 その決意はとても長いようで、一瞬の出来事であった。



 セレスは最後の力を振り絞って、少年の消えた茂みへと飛び込んだ。

 植物の鋭利な棘が肌を傷つけたが知ったことではない。生き残ればいくらでも治療できるのだから。

 地面に着地した時は木の根で足を挫いた。だが我慢できる。まだ行ける……。

 

 ふらつく身体で懸命に足を前に出す。

 涙で視界が霞み、足の痛みと筋肉の痺れに今にも転びそうだった。

 だからセレスは叫ぶ。

 『最後の希望』を呼び止めるために、今出る限り声を張り上げて……



「……待ってっ! お願い行かないで!」


 長時間の疾走によって喉は渇ききり、声はかすれていた。

 それでも少女は手を伸ばす。

 その手を掴み取ってくれると信じて…

 

 少年がこちらを向いていた。

 その表情は目に溜まった涙で見えなかったが、それでも彼は立ち止まってこちらを見ていた。


 自分の声が届いた……!


 魔獣の上げる騒音の中、しかもかすれて小さかった声を聞き取ったのだ。 

 それがとても、今のセレスにとっては嬉しかった。

 

「……助けて……」


 最後の望みは呟きとなり、少年に聞こえるとは思わなかった。





 だが――――――

 


 


 

 それでも――――――






 差し出した手のひらに確かな温度を感じ―――――――





 自分は助かったのだと思うのに十分だった……。




  

 やがてセレスの身体は倒れるように少年の懐にぶつかり、その安堵に震える身体は少年の腕によって包まれた。

 

 

 少年は笑っていた。

 右手を掲げ、何か楽しいことをするかのような…そう、いたずらが成功した時の不敵な顔で。

 

 それがとてもむかついて、それでいて懐かしくて、とても複雑な感じだったが……


 ……ただ、嫌な気はまったくせず、その表情に不屈の存在感があるような気がした。


「…失せろ。化け物め」


 その言葉を合図に、セレスの感知範囲センスエリアから禍々しい魔力が消えた。

 そして同時に彼女は知ることとなる。



 この漆黒の少年は正真正銘、古代魔道士エンシェントウィザードであるということを……。

 4話目終了……

 まだまだ、話が見えてこない。

 次こそは必ず……!

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