第五十五話 アロンダイト救出作戦(後編)
※第四十五話から、略式のあらすじでまとめてみました。必要のない方は本編まで飛ばしてください。
【第四十五話 千年前の遺産】
王都地下に安置されていた石像がヴィヴィアンたちの手によって起動される。その後、石像が地上に出現して大暴れ。アロンダイトが壊滅的被害を被る。
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【第四十六話 夕刻】キリヤ、アレクより密命を帯び、ヴァレンシア軍八千を率いてランスロット国境へ向かう。アレクとアルテミスは本国へ帰郷。
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【第四十七話~四十八話】キリヤ率いるヴァレンシア軍、行軍途中魔獣の襲撃を受けるもキリヤが撃退。無茶をするキリヤに対し、セレスが心配するようになる?
一方、王宮に帰還したアレクが家臣からアロンダイト壊滅の報を知り、激怒。
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【四十九話、五十話】早朝、キリヤの軍がランスロット国境沿いに到着。砦に篭るランスロット側の警備隊と一時膠着状態になるも、使者との交渉により開門。
アロンダイト壊滅を受け、アレクが王宮にて家臣たちと緊急の作戦会議。結果、救援軍をアロンダイトに派遣することを決定。
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【五十一話 もっとも高貴な戦乙女】
グルセイル帝国皇族のロベリアが、帝国軍一万三千を率いてランスロットに進入。王都アロンダイトを目指す。道中、同行していた傭兵団の一隊が離反。
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【第五十二話、五十三話】
離反した帝国軍の傭兵がランスロットの村を襲撃。村人を皆殺しにして行方をくらます。翌日の早朝、キリヤが騎兵隊を率いて砦を出発。夕方に小休憩を挟み、その最中近くの村が襲撃にあったことを聞く。村に急行し、村人の遺体を弔う。生き残りの少女を発見、保護。
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【第五十四話 アロンダイト救出作戦(前編)】
マルシル、ヴィヴィアンらと共同戦線でアロンダイト生存者の救出活動。管理局支部を避難所に設け、援軍の到着を待つ(グルセイルorヴァレンシア)。
キリヤ率いるヴァレンシア救援部隊、アロンダイトに突入。
以下、本編に続きます。
アロンダイト王城、玉座の間。
防御結界の加護によりゴーレムの攻撃を免れているその大広間は、破壊の痕跡は愚か外の惨事が嘘のように静まり返っていた。
大窓から降り注ぐ月光と城下町の炎によって照らされる上段の王座には、頬杖を突いて虚空を睨むガードナの姿が見て取れる。
「きたか……」
不意に彼は呟き、気だるそうな動作でゆっくりと椅子から立ち上がった。
そのまま黙して佇むこと十数秒。前方の暗闇を睨みつけるガードナの耳に、神経質そうな声が響いた。
「十年ぶりですか、ガードナ01。例の作戦、順調に進行しているようですね」
声の正体は姿を見せない。近くに人がいる気配はないのに、男か女かわからない機械的な声色だけが頭の中に響いてくる。
「作戦過程の不祥事は……まぁ、この際良しとしましょう。今作戦は閣下の注目のみならず、帝国の大陸統一の第一歩となる計画の一部です。万事抜かりないとはいえ、完遂するまで油断はなりませんよ?」
「……は。重々承知しております、アインハルト様」
誰もいない闇に向かって、ガードナは深々と頭を下げる。
久しぶりに再会した相手であるのに、お互い必要以上の会話はしない。元々こうなることがわかっていたかのように、作戦の最終確認が行われていく。
「結構。では、後は貴方にお任せします」
その言葉を最後に、闇の声はぽつりと途絶えた。
心臓の音さえ聞こえてきそうな張り詰めた無音が玉座の間を包み込む。頭を上げたガードナは玉座に戻ろうとはせず、そのまま懐に手を差し入れて一つの水晶玉を取り出した。
頭上高く掲げられた水晶玉は月光を浴びながら鈍い輝きを放つ。さっきまでの能面な無表情はどこへ行ったのか、水晶を見上げるガードナの表情は恍惚と緩んでいた。
「大陸統一の第一歩、か……フフ、ええそうですとも。“この力”さえあれば、大陸の覇者となるのも夢見事ではない」
彼の言葉に反応するかのように、水晶玉が一段と強い輝きを放つ。
――そして、その強烈な光は映し出してしまった。
見開かれたガードナの左目。伝説の魔道士のみが許される黒い瞳を――。
「古代魔道士の大いなる力を体現させた、この私であれば…!」
=======【キリヤ視点】=======
ランスロット王国、王都アロンダイト城下町市街区。
『……なるほど、大体の事情は察しました。つまり、ワタクシたちにあの無骨な人形を排除してほしいと、そう仰りますのね?』
窓もない息苦しい個室に四人も集まるとさすがに息が詰まる。しかも壁が石造りであるせいで、空気の流れも悪い。地下室だから窓がないのは理解できるとして、換気設備がなっていないのはさすがにまずいのではないだろうか。扉を開けていなければ半日も持たずに酸欠になりそうだ。この民家の主人に会うことがあれば、ぜひとも現実的な改修を提案したい。
「排除といっても、別に倒す必要はないわ。背中部分に装着されているゴーレムの稼動装置を外すだけでいいの。きっとそれで奴の暴走は止まる」
お嬢が説明すると、マネキンドールさんはそっぽを向く。
『貴女に聞いたのではなくてよ、子猫ちゃん? そちらの…“契約のブローチ”の所有者である無粋な殿方にお聞きしましたの』
「こ、子猫ちゃん!?」
言いえて妙な喩えに、お嬢は変な裏声を出した。
それはそうと無粋な殿方って俺の事か? いや、確かに異性との交流に疎いのは認めるが、そうはっきり言い切るかね…。
『申し訳ない、お嬢さん。我輩もできれば、天使のように可愛らしい君の願いを叶えてやりたいが……自由を奪われ現世に縛られる守護妖精というのは厄介なものでね。“ブローチ”の所有者の指示にしか応えることができないのだよ、まったく」
そう言ってセレス嬢の肩に手を回してため息を吐くのは、デュルパンの王城でアル姐さんをナンパした命知らずなフレンチ紳士――もとい、ジェームスという名の男性型妖精である。相手が女性であれば年なんて関係ないのか、お嬢に対する執拗さはアル姐さんのそれと被る。…はっきり言わせてもらおう、口説き文句からして露骨過ぎだし、初対面のくせに随分と馴れ馴れしい。あの誘惑に落ちる女性はきっとゲテモノ趣味か、相当男に飢えるビッチぐらいだろう
と、ふざけるのは大概にして――
「……魔術が、完全に通用しないとなると、さすがの俺でも打つ手がない。未知の力を持つ妖精の、あなた方なら、ゴーレムを止められるのではないかと…」
気まぐれな連中なので、あまり刺激しないように慎重に言葉を選ぶ。もう他に方法が思い浮かばない。ピロにもわからないとなると、現状で助っ人となり得るのは妖精たちだけだ。
とにもかくにも、こんな事態になった経緯を語らねばなるまい。
勇む騎兵たちと共にアロンダイト救出作戦に挑んでいた俺が、何故廃屋の地下室でお嬢やデュルパンの妖精と窮屈な話し合いを強いられているか。
きっかけは三十分前に遡る――。
キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
《キリっち!》
――わかってる!
遠目で見ただけでもかなりの迫力を感じたのに、近くで見上げるとゴーレムの禍々しさたるや全てを圧倒するような存在感がある。
俺は本当にこいつに勝てるのか……と、一瞬抱いた弱音を振り払い、作戦通り両手を掲げて意識を集中する。
「我らに仇なす全ての敵を阻め…プロテクトフィールド!」
俺の両手を介して溢れ出す魔力の濁流。ピロのコントロールを受けて形成された七色の膜は、空気の波を防ぐダムのように全方位に広がり、瞬く間に巨大なドームに完成した。
間一髪。一瞬遅れてゴーレムの音響攻撃が展開した防御膜に衝突する。最初のうちは互いの魔力が拮抗して激しい閃光を発生させたが、やがて威力を失った音の波が完全に沈黙した。
「す、すごい……!」
俺の馬に相乗りしているお嬢が、後ろから感嘆の声を上げる。興奮しているのか、他にもまだ言いたそうに言葉を詰まらせつつ俺の肩を小刻みに叩いた。
「え、援護が必要になったらあたしに言ってね! あまり役に立てないかもしれないけど、魔力の供給ぐらいはできるから」
「ああ、わかった」
その時がきたらありがたく頼らせてもらう。
うむ…しかし問題は、あのゴーレムをどうやって止めるかだが――
「全隊、射撃準備! 目標は上空を浮遊するゴーレム!」
少し遅れて街の大通りに現れたアレンさんが、率いてきた騎兵たちに向かって号令を下す。俺たちが見守る中、彼らは馬上で器用に銃を構えると、その銃口を上空に停滞するゴーレムへ定めた。
「てぇッ!」
アレンさんが剣を振り下ろし、それを合図に騎兵たちが一斉に銃を発砲する。ゴーレムの音響攻撃にも劣らぬ破壊音が周囲一帯に響き渡り、銃弾の赤い閃光が夜の暗闇を幾重にも貫いた。
ズガガガガガッ!!
内、ゴーレムに直撃したのは全体の八割程度か。第二の攻撃体勢に入っていたゴーレムは、その突然の反撃に驚いた様子だった。空中で体躯を傾け、銃の射程外へ逃げるようにゆっくりと高度を上げて退いていく。致命傷には至らなかったものの、怯ませることはできたようだ。
「やはりデルクレイル嬢のご推測は正しかったようです。鉛弾を調達していて正解でした」
部下たちと同じく銃を構え、上空に向けて一発発砲したアレンさんが、俺たちを見つけて馬を寄せてくる。顔中汗だくだったが、その表情にはまだ苦笑を浮かべるほどの余裕があった。
「ねえアレンさん。その銃って魔力凝縮型の魔道銃よね? 鉛弾とか詰めても大丈夫なの?」
魔力凝縮型? なんだそれ、凝縮した魔力を弾丸に使うのか?
お嬢の不安げな問いに、アレンさんは大丈夫だと言いたげに頷いた。
「はい。実はこいつ、魔弾・金属弾両方に対応した最新型の魔道銃なんです。一ヶ月前に王立の魔道中央工房からその試験器が届きまして、せっかくなので実戦検証できるように一個部隊分用意してもらいました。弾丸の方については、砦の輜重部隊から補給してただけで……はは、ホント不幸中の幸いっていうか……」
なるほど。アレンさんの用意周到さと用心深さが功を証したというわけか。
同じ事を考えていたらしいお嬢がそのことでアレンさんを褒めると、彼は照れ笑いを浮かべて首を横に振った。
「いえいえ、とんでもない! 偶然に偶然が重なっただけですよ。私なんかよりも、ゴーレムの弱点を見事に指摘したデルクレイル嬢と、奴の先制攻撃を防いで我々に反撃のチャンスを作っていただいた殿下の方が功績に相応しい」
正確には俺ではなく、俺が使う“魔術”の功績なんだがな。まあ、この際どうでもいいや。誰かに感謝されるのは実に気分がいい。
《愉悦に浸るのも結構ですが、やるべきことをやってからにしませんか?》
ピロの横槍の忠告に、俺ははっとなって気持ちを切り替えた。
そうだ。俺たちにはまだ住民の捜索という重大な任務が残っているではないか。ゴーレムを一時的に追い払ったぐらいで調子に乗っている場合ではない。
「……そろそろ行こう」
俺が先を急ぐように促すと、お嬢が「あっ」と声を上げた。
うん……どうやら彼女も忘れていたようだ。まあ無理もないだろうなと思う。ゴーレムという強敵相手の突入作戦最前線で生き延びたのだ。少しばかり浮かれてしまうのが人の性というもの。
「そ、そうだわ。ゴーレムの危険がなくなったんだから、市民の捜索に専念しないと……」
「では、私もお二人に同行致します!」
アレンさんが敬礼して同行を願い出る。
心強い申し出だが、俺は即座に首を振って拒否した。
「中佐は、引き続きここでゴーレムの迎撃を。部下たちへの指示も必要なので…」
アレンさんが俺たちに同行すれば、戦力の傾きが著しくなってしまう。ゴーレムの牽制と住民の捜索という役割分担が必要な現状、アレンさんには司令塔として全体の中心にいてもらわねばなるまい。
「し、しかし! 護衛もなしで危険では!?」
「それに関しては問題ありませぬ」
その時、俺たちの後ろにすぅっと馬を寄せる人影があった。
食い下がるアレンさんの言葉に対抗するかのようなその言葉は、低いながらもしっかりと俺の耳に届く。
「あなた方は…近衛騎士の」
アレンさんが正体を言い当てて、俺はようやく後ろを振り返った。
一色違わぬ鎧兜を着込んだ長身の男たちが、これまた一寸違わぬ姿勢で馬に乗り隊列をそろえている。いやはや、一体どんな訓練で鍛えればこんな歪みなく統一できるのか。彼らの指導教官はほぼ間違いなくアル姐さんだろう。そうとしか考えられない。
近衛騎士の一人が重々しく口を開く。
「殿下の護衛は我々が引き受けましょう。中佐殿は己のご役目に専念されよ」
“王子は俺らが守るから、アンタは石像と仲良く遊んでいろ”。言葉はある程度装飾されているが、本心はこういうことを言っていそうだ。要するに、俺の護衛役という「タイヘンメイヨ」な役目を一端の軍人に任せたくないのだろう。いや、言葉が悪かったか。俺はアレンさんのことを一端の軍人なんて思っちゃいないが、この連中はそう見下しているはず。
「別に護衛は必要ない……」
俺がぼそっと呟くと、背後のお嬢がすかさず突っ込んだ。
「駄目よ。あなたは大切なひ――コ、コホン! こ、この国の大切な象徴なんだから。もしものことがあったら、仕方がないで済まないの」
だから違うっての。
「俺はヴァレンシアの王子として身分を偽ることは容認したが、完全に王子になった覚えはない。象徴などと、あまり大袈裟なことを言って行動を縛らないでくれないか?」
なんか誤解されてそうなので、自分たちはあくまで協力関係であるということを今一度改めて伝えておく。
対してお嬢の反応は……狐につままれたような顔をしていた。
「い、いや、そういうことじゃなくて――」
「??」
どういうことだ?
「あたしが言ってる“象徴”っていうのは、古代魔道士としての象徴のことよ。ヴァレンシア王国はソーサラー教派だから、信仰の対象はもちろん賢者になるでしょ? だから、賢者の使徒である魔道学の祖エリュマンをはじめ古代魔道士たちは皆“聖人”の立場にあるの。……って、もしかして当事者なのに知らなかったとか?」
「…………」
……初耳だ。あの銀髪少女が信仰対象だって? いや、確かこの世界を創ったらしいから、神として崇められるのも当然か。だが納得いかんのは、古代魔道士が賢者の使徒だということだ。そもそも使徒とは何か。弟子? 従僕? パシリ?
《“使命を遣わされた者”……ソーサラー教の聖典ではそう定義されていますね》
すると頃合よく、ピロが説明を始める。
《賢者様よりお言葉を賜った者は古代魔道士としての偉大な力を手に入れ、その一生を世のために尽くさなければならぬ。そして教会は、古代魔道士に惜しみない助力を捧げん。……とまあ、これがソーサラー教の基盤というか教訓というか、少なくとも世間で古代魔道士とは、世界を救う救世主という考えが根付いているようです。もっとも、ある程度誇大化された表現もあるようですが……小生は嫌いじゃないですよ? 本心は別として、賢者様を敬うという心意気は大したものかと。ぬふふ…》
何がぬふふだよ。
まさか、エンシェント何とかがそんなに影響力のある職種であることは思わなかった。正体を知る唯一の術は黒い瞳だけで、存在そのものも伝説化されていると聞いたぞ。いきなり国の象徴とか言われても、誰も俺の正体を知らないのだから守られる義理もない。仮に俺が使命の遂行途上で死んでも、ヴァレンシアやソーサラー教会とかいう連中は関与すらできないわけだ。
――待てよ。じゃあ近衛騎士たちが執拗に俺を守ろうとするのも、俺が古代魔道士って知っているからか!?
《いや、彼らの自己犠牲行動は恐らく職業柄でしょう。あなたの護衛を指示したのはアレク王ですし、戦場で王族を守れるのであればこの上ない名誉だと彼らは考えるはずですから。キリっちのことは国王の弟ぐらいしか認識していないのでは?》
――そうだろうか。俺にはもっと意味深なら理由がある気がしてならない。
「……ちょっとキリヤ君。いきなり黙っちゃってどうしたの?」
俺の沈黙を不審に思ったセレス嬢が、心配そうな表情で話しかけてくる。おっと、少しピロとの念話に集中し過ぎたか。
俺は黙って首を横に振ると、馬首を東の大通りの方に向けた。
「あとはよろしく…」
言葉数少なくアレンさんに後のことをお願いして、手綱を握り馬の腹を蹴る。
お気をつけて、と叫び返すアレンさんを尻目に、近衛騎士たちが物言わず馬を駆っているのが見えた。
事件が発生したのは、馬を走らせて十分ほど経過した頃だろうか。
まず最初にピロが異変を感じ取った。
《……おかしい》
――どうしたピロ!
馬を走らせながら念話で応じると、少年声の精神体は少しの間を空けて話し始めた。
《九時の方向、街の北区に巨大な魔力反応を感知しました。でも、これは……》
――誰かが魔術を使っているのか?
《いいえ、そんな易しい類のものではありません。もっと大きな……そう、例えるなら、ゴーレムの衝撃波と同じ濃度の魔力が拡散しています。属性は……火、水、土……》
ぶつぶつと呟いて思考に耽るピロには、もう俺の声は届いていない様子だった。だからといって俺にはどうすることもできないので、ただ馬を走らせ続ける。
俺たちが住民の捜索を担当するのは、街の東部に位置する行政区の一画だ。唯一ゴーレムの攻撃を免れている場所らしく、生き残った市民たちが避難所として身を潜めている可能性が高いらしい。
「っ……キ、キリヤ君! 止まってッ!」
「む……!?」
突然、セレスが鋭い制止の声を上げた。
すかさず手綱を後ろに引いて馬を急停止させる。その拍子に馬が驚いて前足を振り上げたが、魔術によって乗馬能力をものにしている俺には苦でもない。俺に続いて、近衛騎士たちも次々と馬を止める。中には、敵襲かと早速剣を構えている血の気の多い騎士までいた。
「どうした……何があった?」
後ろを振り向いて訊いてみると、セレス嬢はこめかみに手を当てて目を瞑っていた。
「感知範囲に何か引っかかったわ。とても大きな魔力の塊……ゴーレム、じゃない。これは……多種型属性?」
《多種型属性の魔力反応を確認! で、デカイのですよ!》
お嬢とピロの言葉が同時に頭に届く。
“多種型属性”。……新しく聞く単語だ。今度は一体何がくるというのか。警戒態勢を取る近衛騎士の一人が、俺に近づいて声を潜める。
「敵ですか……?」
「……いや、わからない。だが、何か計り知れないものがいる……」
俺が素直に話すと、騎士は息を飲み、弾かれたように周囲を見渡した。今のところ、別段変わったものは見受けられない。倒壊した建物に、根元からへし折れた街灯。かつて並木が植えられていた花壇は、今は見る影もなく炎に焼かれ黒こげになっている。立ち込める臭いといえば、何かが焦げたような煙の臭いだけ。音に関しても、遠くの方で轟く発砲音とゴーレムの叫び声くらいだ。
――ただ物凄く、嫌な予感だけがする……。
「殿下、ここは危険です。端に移動しましょう」
ここは行政区に続く大通りのど真ん中だ。敵に一番察知されやすい場所に当たり、前後から強襲されれば包囲網を敷かれる危険性もある。
騎士の対応はもっともだろう。だが、隅に避難して身を隠しても、この胸の奥の不快感が抜けそうにない。
「こっちに近づいてくる……?」《こちらに近づいてきているようです!》
「っ……!?」
ああ。俺も今感じた。
馬の足の裏を通じて伝わる微細な地面の震動。それが一定間隔おきに大きくなっていく。
「な、なんだ……?」
「揺れてる……」
近衛騎士たちもさすがに気付いたようだ。皆得物を構えて、臨戦態勢を取る。
「くっ……だ、駄目! 移動が速すぎて距離と方向がつかめない……!」
お嬢が悔しそうに歯切りをする。ゴーレム並の魔力の持ち主で、物凄く移動が早い多種型属性の何かがどこかにいるのだ。この地響きと連想して、恐ろしく禍々しい化け物を想像してしまうのは、やはりこれまでの経験がトラウマ級だからだろう。
《キリっち! 地中です!》
――は? なんだって?
《魔力を放出する何かが地中を高速で移動しています! 場所は……北北西を百メートル……い、いや違う。北に五十メートル? な、なんてこと! 見失ったぁー!》
「キリヤ君逃げてッ!!」
ピロが目標を取り逃がしたと同時、セレスは鬼気迫る表情で俺に叫んだ。
その時である。
ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラッ!!
ドンと突き抜けるような衝撃で地響きが止まったかと思うと、今度は大通りの真ん中がぱっくりと裂けて崩落し始めた。まるで砂時計の中の砂が、時間の経過とともに沈んでいくかのように、硬い地面が溶解されながら窪みに堕ちていく。そしてついに、その元凶が姿を現した。
くぼみ始めた地面が途端に盛り上がり、細かい砂利を弾き飛ばして巨大な光の玉が地上に飛び出す。赤、青、緑……不規則に変色しながら明滅を繰り返すそいつは、船の汽笛のような音を轟かせてゆっくりと形を変えていった。
《エレメンタル……ゴーレム》
ヴォォォォォオオオン
ピロの呟きを最後に、俺の身体は抗う隙もなく宙を舞っていた。
何が起きたかさっぱりわからない。気付いた時には空中にいて、ぐるぐる回る視界のなか必死にお嬢の姿を探していた。薄れゆく意識の中で俺が見たものは、七色に発光する巨大な人型の何かだった。
……そして時間は現在に戻る。
正直、今生きているのが不思議なくらいだ。ゴーレムの不明な攻撃を喰らって馬から弾き飛ばされた俺とセレス。混濁する意識の中、顔を撫でる冷たい感触に目を開けると、間近にマリオネットの端整な微笑があった。どうやら彼女の膝枕になっていたようで、隣ではセレス嬢が紳士妖精ジェームスの膝の上で気を失っていたのである。何故膝の上なのか、どうしてリディアの守護妖精がランスロットにいるのか、俺はどうして気を失っていたのか、普通ならそんな疑問を抱くだろうが俺の場合はそうじゃない。
免疫のない相手の膝の上に頭を乗せていること……何より女性が俺の顔を指で撫でているという現実に堪えられなくなり、情けなくも発狂してしまった。幸いお嬢には見られずに済んだが、妖精たちに弱点を知られてしまったのは間違いあるまい。
一通り落ち着いて目覚めたお嬢と共に妖精の話を聞いたところ、彼らは俺に呼ばれたと口を揃えて答えた。お詫びの印にとマリオネットからもらった銀のブローチが役に立ったのだ。一部始終を見ていたピロ曰く、どうも俺は宙を舞っている間に、無意識のうちにブローチを強く握り締めていたらしい。それが結果的に彼らを呼び寄せる条件を満たし、召喚に応じた妖精たちが咄嗟に反応して俺たちをこの地下室に瞬間移動させたというわけだ。
――があ! 急展開過ぎて俺まで頭がおかしくなってきた!
要するに、だ。一体だけでも面倒なゴーレムを二体も相手にしなければならないという絶望的現状、妖精なら何とかしてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いていたりする。
『エレメンタルゴーレム……確か、ゴーレム最盛期の後半に継承型として作製された無機質の人形でしたわね』
頬に手を当てて首を傾げるマリオネットを一瞥して、セレス嬢が険しい顔をして頷く。
「ゴーレム最盛期時代の末期といえば、巨人戦争勃発の初頭。実用され始めた時期と照らし合わせて考えてみると、戦争目的のために開発された可能性が高いのよね。火、水、土、風……四大自然属性の魔力によって構成されるゴーレムで、起動装置の術式に支障さえなければ大気中の魔力を吸収して半永久的に稼動できたみたい。『秘録 器械人形の末路』って題名の禁書に書いてあったわ」
禁書って読むの禁止になってる禁忌本のことだろ? なんでお嬢がそんなものを――。
いや、この際読書の是非は問うまい。今は少しでもゴーレムの情報が欲しい。むしろ彼女が知識として有していたことに感謝すべきだろう。
ただちに対策を練らねばならない。取り残された近衛騎士たちの安否も気になる。あのゴーレムを放っておけば、間違いなく尋常じゃない被害が発生するのだから。
「ストーンゴーレムにエレメンタルゴーレム。どちらも得体の知れない相手だけど、強固な鎧を纏っている割に、脆く傷つきやすい弱点を持っているのは確か」
達弁になったお嬢が、身振り手振りで妖精たちに説明する。
「ゴーレムの全ての原動力になっているのは魔道術式が組み込まれた“起動装置”のみ。コアを破壊、もしくは取り外すことさえ叶えばゴーレムは止まる……はず」
確信をもって言えないのは、古文書の数少ない内容が確実な手段と言いがたいからか。
『それで。お嬢さんは、我々古都の隠者に何をお求めかな?』
フレンチ紳士ジェームスはあくまで涼しい顔を浮かべてお嬢を急かす。妖精たちは間接的に尋ねているのだ。自分たち妖精は一体何をすればいいのか。そこに不本意な感情や好意的な肯定が含まれているのかはわからない。彼らが了承しようとも拒否しようとも、俺たちにそれを責める権利は……そもそもないのだ。
だが、黙っているだけではそもそも答えは得られないだろう。沈黙するお嬢に代わり、意を決して、俺は口を開いた。
「あなたたちが行使可能なあらゆる手段で、ゴーレムたちの攻撃を阻止してほしい」
『む……』
お嬢ではなく、俺が返答したことで紳士ジェームスは不満そうな顔をする。対比して、マリオネットは上機嫌そうに目を細めた。
『ゴーレムの攻撃を阻止するだけでよろしいの?』
――追加注文いいっすか。
「できれば排除で」
『ふふ、お安い御用ですわ』
これ以上ないくらい楽しそうな笑顔を見せたマリオネットが手を打ち鳴らす。
一体何が起こるのかと身構えるや否や、次の瞬間には視界が砂嵐に覆われていた。耳に突き刺すようなノイズ音に混じり、マリオネットの笑い声が響く。この感覚は身に覚えがあった。確か、妖精のアネッタに手を握られて過去の幻影を見せられた時だ。なるほど、妖精の瞬間移動は全てこんな感じなのか。
『はい、移動完了ですわ』
あっという間だった。恐る恐る目を開けると、目の前に、マリオネットとジェームスがさっきと変わらぬ位置で立っているのが見える。
「…………」
俺は視線をゆっくりと上に向けた。そこに、カビで黒ずんだレンガ式の天井はない。狭苦しい地下室から脱出したらしい俺たちは今、満点の星空の下瓦礫が埋もれる広場に佇んでいた。
「そ、外……?」
お嬢がキョロキョロと視線を彷徨わせ警戒する。
「な、なんで? さっきまで個室にいたのに、どうやって移動したの……!?」
『空間同士を介した瞬間移動ですわよ。…なんですのそんなに驚いた顔をして。貴女も魔道士なら、転送魔術くらい使ったことがおありでしょう?』
「ぐ……妖精の万能性を改めて思い知ったわ。羨ましい……」
肩を落として落ち込むセレス嬢に、マリオネットは首を傾げる。
『声を荒げて驚いたかと思えばいきなり落ち込んだり……人間とはつくづく変わった生き物ですわね』
「それはお互い様でしょ? あたしたち人間からしたら、妖精も変わった生き物なんだから」
まあ俺から感想を言わせてもらえれば、あんたら全員性格が濃すぎる。変わり者同士という点では、特に大差ないだろう。
『ふむ……それはそうと、諸君らが倒して欲しいと願うゴーレムはあれかな?』
それまで黙っていた紳士妖精が、シルクハットを取って天を仰ぎ見た。
俺も釣られて空を見上げる。最初は暗闇に瞬く星しか見えなかったが、目を凝らして意識を集中させるとその実体がはっきりした。闇夜に浮かぶ黒い物体……間違いない、空飛ぶ石像だ。
「あれは……女像の」
『やはり、さっき申していたストーンゴーレムであるか。うむ、風の魔力を浮力に変えて空中を滑空しているようだが、あの二枚の翼がその役割を……ほうほう、これは興味深い』
紳士ジェームスは納得したようにコクコクと頷くと、首だけ動かしてマリオネットに視線を寄越した。
『ミス・マリー、“彼女”の始末は我輩に任せてほしい』
『まあ珍しい。貴方自ら面倒役を買って出るなんて……何か気になることでもあるんですの?』
『いやなに、麗しのレディたちに汚れ仕事を引き受けさせられないからね』
そう言って彼は踵を返すと、呆然と立ち尽くすお嬢に近づき、傍で膝を突いた。
「え? な、なに?」
『愛しの天使よ。我輩の武勇、ぜひともご覧あれ』
お嬢の右手を取り、手の甲に軽く口付けする。
周囲の空気がニ、三度下がった気がした。頭の中でピロが茶番だ茶番だと連呼し、お嬢はお嬢で顔を引きつらせている。どうも笑顔を見せようとして失敗したらしいが、嫌なら素直に手を振り払えばいいと思う。まあ、そうしないのはジェームスが演技でも何でもなく大真面目だからだろう。
『それでは、しばしの暇をいただこう。さらば!』
シルクハットを目深に被り直し、妖精の紳士はマントを振り払う。
瞬きした次の瞬間、ジェームスの姿は跡形もなく消えていた。
「えっと……あの人、大丈夫なの?」
微妙な空気を取り払うように、お嬢が何気ない質問をマリオネットにする。
『大丈夫とは……信用性の話かしら?』
「それもあるけど、性格の方も」
マリオネットは肩を竦めた。
『五百年以上一緒にいますけど、彼が約束を破るようなことは一度もありませんでしたわ。ゴーレムの件は、一任しても大丈夫でしょう』
性格の方に関しては触れないんだな。何というか、あの男は根底からブレないということがよくわかった。
『それでは、ワタクシも少なからずあなた方に手を貸しましょう』
マリオネットがドレススカートの端を摘んでお辞儀をする。
『取り残されし民草の元へ、及ばずながらエスコートさせていただきますわ』
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キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!
耳障りな音響攻撃が近くの時計塔に直撃し、木っ端微塵に粉砕する。
壊すことに特に意味はない。『彼女』の見るもの全てが破壊対象として映り、感情《機能》に従うまま死の唄を奏でる。
――街を瓦礫に、建物を塵芥に、生ける者を肉塊に。
その本能は最初から定められていた。安らぎも喜びもない、美しき破滅だけの世界。記憶の片隅に残るかつての広大な海は何処か。息を飲むほどの大きな客船。時化に攫われそうな小型の漁船。荒々しい海人を連ねる無骨な軍船。セイレーンとして名を馳せた、懐かしきあの日々――
「撃てぇ!」
闇を貫く銃弾の雨が、重たい身体を容赦なく削る。しかし『彼女』は泣かない……いや、泣けない。痛みを感じることもできなければ、死を実感することもできない。これは遥か昔、古代人によって与えられた永遠の呪いだ。
――もう一度、『あの人』に会いたい。ああ、“私”から歌声を奪った憎くて愛しい『あの人』に。
しかし感情《捨て去りし恋慕》は従わない。
『彼女』に求められるのは全ての破壊。海底よりも深い悲しみと、海水よりも濃い涙を生むだけの存在。
ひび割れた翼を動かし、表情の作れない顔を地上に向ける。燃え盛る街のなか、こちらを睨みつける勇敢な戦士たち。
――ああ、壊してやりたい《望まぬ本能》。肉片一つ残さず消し去ってやりたい《無情の憎悪》。
『彼女』は息を吸い込んだ。全てを無に帰すことが彼女の役目。感情も記憶も何も残らない。残してやらない。
『本当にそれでいいのかな?』
――誰? “私”の心に語りかける憐れな人は。
『うむ、生憎我輩は人ではない。貴女と同じ、人の記憶より生まれし者である』
そして、その男は姿を現した。『彼女』と向かい合うように、宙に浮かぶ礼服の男。恐れを知らぬ目をしたその男は、夜の闇より深い色の帽子を取り、柔らかな動作でお辞儀を披露した。
『我輩はジェームスという。石像に閉じ込められた慟哭の歌姫よ、そなたは望んで破壊を尽くしているのだろうか?』
――望んでいる《嘘》。そして、望んでいない《嘘》
礼服の男が腕を組んで思案する。
『謎掛けはあまり得意ではない。だが、レディが求めるのであれば答えてみせねばなるまい』
男は右手を上げた。指先が石像の硬い皮膚に触れ、さらにそれをすり抜けて心の奥底の『彼女』の手を掴む。
キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
激しく拒絶する甲殻。暴れだした感情《機能》が全方位を死の領域に塗り替え、男の身体をバラバラに切断する。
――ほら、やっぱり“私”の本心は“私”にしかわからない。
『否、我輩はわかったぞ』
死んだはずの男。しかし、それは幻想で……
――何故?
『貴女は歌を捧げたいのだろう。かつて世の男たちを虜にした上辺の歌声でなく、貴女が恋した男のために……対等でいられる愛の歌を』
石の殻を破り、男が『彼女』の心に触れる。千年以上開かれなかった孤独の檻を砕き、驚きに目を見張る『彼女』の手を握る。
『恋に焦がれ、愛に忠実であれ。幾千の時を越え、解き放たれし自由の乙女よ。まことの本能に従い、美声を奏でよ。永劫の檻から解き放たれし、水上の歌姫よ。…やはり貴女は、素顔のままが一番美しい』
ジェームスは詩を綴り、微笑みを浮かべる。その笑顔の向こうに偽りはない。
『彼女』は涙した。本能《真実》に従うまま、喜びと悲しみに満ちた笑顔を浮かべて。
――ありがとう……『 』。
そして、狂気は終焉を迎える。
=======【マルシル視点】=======
「ゴーレムが……壊れた!?」
大通りから夜空を見上げていたマルシルは、空中で暴走する石像が粉々に砕け散るのを見逃さなかった。先ほどから断続的な攻撃は続いていたが、外部からの干渉が影響したとは考えられない。まるで自ら自爆したような……そう、あれは内側から破裂している…?
「あの化け物は朽ちたのか? まさか、さっきまでの銃撃が……」
近くの瓦礫に身を伏せていた傷の男が、ゴーレムの爆発に驚いて立ち上がる。その隣では、同じく身を伏せていたヴィヴィアンが呆然とした様子で空を仰いでいた。
「小一時間も撃ち続けて、致命傷さえ与えられなかった鉛弾がゴーレムを粉々に? 常識的に考えて、そんなのあり得ません……」
そう言って、彼女はマルシルを見る。本当のところどうなのか、正確に答えてほしいということだろう。
「ゴーレムをやったのは銃弾じゃねえ。あのゴーレム、自分で爆発しやがったんだ…」
「何故だ?」
「俺が知るかよ! ああくそっ! 一体何が起こってやがるんだ!」
自分たちの知らないところで何かが起こっている。だがその原因が判らないから、マルシルは苛立ちを抑え切れていない。
そもそもの発端は、管理局内に居たマルシルたちが発砲音を聞きつけたのがきっかけだった。
今後の住民の避難やガードナの処遇をどうするか局員たちと作戦会議をしていた最中、突然外で発砲音が鳴り響いたのである。驚いて外に出てみれば、上空に退避するゴーレムと闇夜を貫く幾つもの光線。何者かがゴーレムを迎撃していると気付いた時には、ゴーレムはすでに空中で膠着状態に陥っていた。
それから約一時間。正体不明の銃撃集団について色々考察したが、未だ正体の解明に至っていない。そもそも姿が見えないのだから調べようもなく、接近して確認するのも危険過ぎるということで現状維持で待つより他にないのだ。
(ランスロット軍は魔道銃を所持していない。だから、生き残った警備隊が態勢を立て直して反撃している可能性はまずない。とすると……)
魔道銃を所持している国で、この街にいち早く駆けつけられる組織的集団に絞られる。そして、それに当てはまる勢力は、現状二つしかない。
マルシルの心の声に応答するかのように、ヴィヴィアンが言葉を漏らした。
「やはり、グルセイル帝国の援軍なのでしょうか……」
「ヴァレンシア王国の援軍、という可能性もあるぞ?」
ついムキになってマルシルが言い返し、ヴィヴィアンは呆れた顔を作る。
「ヴァレンシアは、ようやくアロンダイトの異変に気付いたぐらいでしょう。東部戦線基地からここまで援軍を派遣しても、到着までに最低三日はかかりますし」
ゴーレムが出現したのは今から二日前。マルシルは事件の当日すぐに壊滅の報をヴァレンシアに伝えたから、軍部が行動に移っている可能性はほぼ間違いないだろう。問題は援軍派遣から到着までの猶予期間についてだが……ヴィヴィアン曰く、ここから東部戦線基地まで最低三日の距離だという。仮に当日にヴァレンシア軍が出動していたとしても、アロンダイト入りするには後一日足りない。さすがに無理か。
『そんなところで何をしておりますの?』
「いや、ちょっと今後の身の振り方をどうしようか悩んでるんだよ」
『まあ大変ですわね。行き先がないのならデュルパンにいらっしゃいな。小さい街ですが、親切な住人ばかりで住み心地が良いと評判ですわよ』
「デュルパンってリディア王国の首都だろ? いやいや、他国に亡命するのはちょっと……」
(あれ?)
そこで、ようやくマルシルは異変を悟った。
(俺、今誰と話してるんだ?)
背中が凍りつく。肩を強張らせゆっくり後ろを振り向き、そこにいた人物を見て心臓を吐き出しそうになった。
『残念。古風で落ち着きのある街なのに…』
目の前に、真っ赤なドレスを着た金髪の女性が立っている。その後ろには仮面で顔を覆った黒いローブの魔道士。見るからに妖しい組み合わせだ。だが、マルシルが真に驚いた相手は彼らではなかった。
「セ、セレ…セレッ……!」
舌が上手く回らず、名前が出てこない。何故こんなに震えてるんだ? いや、それ以前になんで彼女がここにいる?
「マルシル……あんた、どうして……」
暗闇の中でも淡く光る白いローブ。生き物のように背中で跳ねる二房の金髪。くるくる動く丸くて蒼い目は、得物を狙う肉食獣のそれに近い。
ヴァレンシア王国の宮廷魔道士セレス・デルクレイル。怖いものなしのマルシルが唯一天敵として恐れる少女が、目の前にいた。
サブタイがほとんど反映されておりませんが、とりあえず救出作戦の後編です。
詰め込んで書いてもこの進展…一体何が間違っていたのでしょうw