第一話 序幕:臆病者と不思議少女
都市郊外の公立高校に通う高校生、神崎桐也にはわからなかった…。
いや、わからないからといって、何も出された課題や問題に頭を捻っていた訳ではない。それに今は学校での退屈な授業も終わり、長時間の机との格闘によってガチガチに固まった身体をほぐしながら自宅への帰路に着いている。
つまり、下校途中であった。
ならいったい何に対してわからなかったのか、と問われれば答えてやらないこともない。しかし、それは架空の相手にであって、現実の人物には話してもいいかと言われれば、これはこれで無理な話なのだ。
と言うのも、桐也は外見こそ平凡な顔立ちと体形を有していながらも、性格はかなりの臆病で、他人付き合いがめっぽう苦手であった。普段は物静かで、無表情かつ少しつり上がった目つきの悪い表情をしているが、いざ他人との交流をするとなると途端に縮こまり、ろくに会話らしい会話も出来ない。
これはただ不器用などではない。勘違いされると後で困るので念を押して言っておくが、桐也は料理と裁縫を除けば、どちらかと言うと器用な方なのである。ただ、人付き合いに関しては『不器用』と言うより『苦手』といった色合いが強く、自分から相手を避けていた節があった。
…俗に言う対人恐怖症である。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
話が大幅にずれてしまったが、詰るところ神崎桐也の特徴的性格は理解してもらえた筈。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
話を冒頭に戻したい。
現在桐也は、今までの人生で経験してきた不可解な出来事ベスト2に匹敵するほどの状況に立たされ、あまりの対処のしようのなさにわからなくなっていた。
ちなみにベスト1は、噴水の脇に取り付けられた高圧電流のスポットライトを素手で鷲掴みにしながら、何やら独り言をぶつぶつと言っている中年男を目撃した時だが、それはあまりに不気味だったため、臆病な桐也は無言のまま現場の道を引き返したのであった。
そして今起こっている状況もそれに負けず、不気味であった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
小学生ぐらいのおかっぱの少女が、桐也が下校する細い道に立ちはだかっていたのである。
それだけならまだ、少女の悪ふざけか子供たちで何やら新しい遊びでもやっているのだろうかと片付けられたのかもしれないが、原因はその少女の容姿であった。
まずその少女は、フリル付きの黒いドレスに身を包んでいたのである。西洋で見かけるような古めかしい衣装は、誕生会のようなイベントで用いるパーティグッズとは違い、年期が入ってる高級感が漂っており、桐也自身見たことはないが貴族のお嬢様を生で見たとするならば、大体こんな感じだろうと勝手に思い込む程だった。
そして何より目を引いたのが、眉の上で綺麗に切り揃えられた銀髪であった。最初の一瞬はカツラかと思ったが、その眉の下でこちらをじーっと見つめる大きな紅い瞳を見つけ、少女が日本人である可能性は費えた。
ならば、この少女は何者なのか。紅い目を持つ人種など聞いたことがない。
よし、ならばこの子を家に連れ帰って詳しく調べてみよう、などという犯罪行為を臆病な桐也ができるはずもなく、それ以前にロリータコンプレックスたる幼女好き属性も持っていないのでこの少女と干渉したいとはまず思わない。
よって導き出された結論はこの場からの早期脱出であり、余計な面倒を被る前に自宅に帰還することであった。
桐也はこちらをずっと見つめてくる少女から目を背けると、早足に彼女の脇を通り抜けようとした。
…抜けようとしたのだが……。
「なっ・・・・・・!?」
「・・・・・・・・・・」
なんと少女が桐也の前の回りこみ、再びその道行きを塞いだのであった。
しかも今度はその短い腕を横に精一杯広げ、完全に道を封じてしまった。
その道の番人?少女の顔はさっきと同じく無表情で、相変わらず桐也の顔を穴が開くほど見つめているが…。
桐也はとうとうわからなくなってきた。
いったいこの道を封鎖して何をしようというのか。それとも自分はこの先に行ってはいけないのか。ならこの先に何があるのか。学生には言えないことなのか。それともただの遊びなのか。
等々いろいろ考えたが、最後の疑問はすぐに取り消した。
なにせ昼間からドレスを着た外国人少女が、しかも人気のないこんな裏道で何を遊ぶというのだ。
来る行く人を足止めするごっこなんてふざけるにも程がある。
とあれこれ悩んでいると、唐突に少女が口を開いた。
「ずっと、あなたを待っていた・・・・・・」
鈴のような透き通った声が微かに響く。
「えっ? お、俺を・・・・・・?」
少女が小さく頷く。
彼女の一言は桐也の今までの疑問を全て取り払ってくれた代わりに、さらに大きな疑問を植えつけた。
自分を待っていたというのは、それは学生としてなのか、それとも神崎桐也としてなのか。
少なくとも自分は、目の前にいる少女のことを知らない。なら、一体なぜ…
しかし考えても何もわからず、桐也は勇気を振り絞り少女に聞く。
「待ってたって、どれくらい・・・・・・?」
「・・・・・・」
我ながら馬鹿な質問だと、桐也は内心後悔した。
なぜこの少女は自分を待っていたのか、と聞こうとしたのに、初めて聞いた少女の「ずっと待っていた」が頭から離れず、思わずその件で質問してしまった。
人見知りの激しいがゆえに、あまり他人と会話したことのない桐也の落ち度である。
「詳細な時間はわからない。『時の賢者』の時間の概念は皆無に等しいから・・・・・・」
「えっ? あ、ああ。そう・・・・・・なのか」
「・・・・・・そう」
ここで納得するほど桐也は間抜けではなかったが、いかんせんこの無口な少女との対話は桐也がもっとも苦手とする部類であり、しつこいようだが臆病な性格の桐也にとって、自分から話を振るなんて到底無理なことだった。
だから今の少女が言った『時の賢者』という単語に関しては、この少女が電波系に属しているということにして、納得することにした。
それなら、この少女がこんな格好で外をうろつき、自分を足止めしてているのも説明がつく。
彼女は実は、一般人とは異なる趣味の持ち主で、親に隠れてそれに没頭するにはこの裏道がちょうど人気がなく絶好の遊び場だったに違いない。しかし運悪く自分がこの道を通ったがために、その格好を見られた少女は恥ずかしさのあまり|(無表情だが)桐也を足止めし、自らの誤解を解こうとしているのだろう、と。
頭の回転が速い桐也は、自分の憶測で考えた予想に息をついて安堵した。
なるほど、それならば全て理に適ってる。何も不気味に思うことはない。なぜ自分はこの少女を恐れていたのだろうか。この少女の羞恥を無視して、逃げ出そうとした自分に腹が立つ。
桐也は罪悪感に包まれながらも、今だこちらを注視しながら首を傾げる少女に向かってできるだけ優しい声で、
「大丈夫。このことは誰にも言わな――――」
「時間がない。今すぐあなたをフィステリアへ転送する」
またしても唐突に口を開いた少女はすっと手の平を空に掲げた。
一瞬その行動に桐也は驚いたが、すぐに気を取り直すと、少女の目線に合わせるように膝を折った。
「君は、時間の概念がないんじゃないのか・・・・・・?」
「皆無に等しいと言っただけ。より大きな時間の周波は古代魔道士でも感知できる。あなたもじきに気づく・・・・・・」
何なんだこの少女は。いったい何を言っている。
冗談のつもりかと思ったが、少女の顔は何の感情もうつさない顔で桐也を見つめている。いや、本当に自分を見ているのかもわからない。濁りのない真紅の瞳は、まるで人形のように虚空を見つめているようだ。
「一体、あんたは・・・・・・」
次の瞬間、桐也の身体を電撃が走ったような感覚に襲われた。
「ぐっ・・・・・・! ぐああああああああああぁぁ!!」
その痛みは桐也の想像を絶し、やがてその意識を刈り取った…
ほとんど思いつきで書いた処女作です。
一話目からファンタジーっぽくしていくつもりですので、心を広くして読んでくれたら幸いです。