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異界の古代魔道士  作者: 焔場秀
第二章 東国動乱
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第四十五話 千年前の遺産

            =======【ランスロットside】=======


「すみませんでした……余計な手間をかけさせてしまいましたね」

 一通り応急処置が済んで少しは楽になったのか、意識を取り戻したヴィヴィアンは言葉を話せる程度にまで回復していた。

 彼女の頭を持ち上げて水筒の水を飲ませる傷の男は、相も変わらず不機嫌な表情を貼り付けてそれに答える。

「まったくだ。人命救助は俺の任務に入っていない。あとで報酬の倍以上の額を次期宰相殿に要求してやるから覚悟していろ」

「ええ、その時は、私からも閣下に掛け合ってみます……」 

 彼なりの冗談のつもりだったのだろうが、生真面目な女性秘書官には伝わらなかったようだ。ヴィヴィアンは身体の痛みに顔を顰めながら、男に向かって大仰に頷いてみせる。

 こうなってはもう何を言っても無駄だと悟ったのだろう。男は大きなため息を吐き、やれやれと肩を竦めた。

「駄目だぜ、おっさん。そんな厳つい顔じゃ洒落にもならねぇよ。笑えるもんも笑えなくなっちまう」

「…………」

 後ろで何か聞こえた気がしたが、あえて男は無視する。話し口調からして、“あの少年”とは無口な自分と徹底的に性が合わないことに気づいていた。増長させないために、会話を持続させないようにしているのである。

 だがヴィヴィアンはそうでもないのだろう。男から視線を外し、その背後にいる魔道士の少年に目を向けた。

「魔道士殿、あなたのお陰で命拾いしました。改めてお礼を言わせてください」

「いいっていいって! 目の前で困ってる人を見かけたら、助けるのがオレの身上しんじょうなの。それと、オレのことはマルシルって呼んでくれ! あ、名前の前に“道化”って付けてくれてもいいぜ? そっちの方がなんかサマになってそうでカッコイイし!」

「道化……?」

 聞いたことのない二つ名だった。

 諜報員という職業柄、有名な将兵や傭兵のことは大方知っているつもりだったが、彼女の脳内リストにそのような異名の人物は存在しない。彼の纏うローブの色からしてランスロット軍所属の魔道士でないことは明らかだが、だとしたらこのマルシルと名乗る少年は一体何者なのだろう。

 まさか自分たちを助けたこの魔道士が敵だと思うはずもなく、警戒心より興味心が擽られたヴィヴィアンは素朴な疑問を口に出していた。

「失礼ながらマルシルさん、あなたは見たところランスロット従事の魔道士ではないようですが、一体どこの組織に所属しているのでしょうか?」

 その問いかけにいち早く反応を示したのは、マルシルではなく傷の男である。彼はつい先ほど、この少年から直接その身元を明かされたばかりであった。

 通常、匿名で動く任務は所属する組織の如何を問わず己の身元情報を死んでも口にしてはいけない。それが組織全体の危機に繋がるし、下手をすれば国家の権威に泥を塗りかねないからだ。だというのにこの軽快な態度の少年ときたら悪びれる風でもなく、まるで友人の知人に自己紹介するような溌剌な口調で自分の素性を全部吐き出したのである。しかもよりにもよってこのマルシルなる魔道士が所属する国家はランスロットの仇敵、ヴァレンシア王国だというのだから手のつけようがない。まさか危機一髪助けてくれた恩人を口封じのために殺害するわけにもいかないだろう。男の都合はともかく、ヴィヴィアンがそれを許すとは限らないからだ。この少年の正体がヴィヴィアンの知るところとなれば、果たして彼女はそれを黙認することができようか。否、自国のためならどんな犠牲も厭わない冷血諜報員にそんな心のゆとりを持ち合わせていなるとは思えない。負傷した身体に鞭打ってマルシルを撲殺しにかかるだろう。

 そしてまさにこの時、一番恐れていた事態の引き金になる質問を、ヴィヴィアンはこの少年にしてしまったのである。それが何を意味するのか? 傷の男の取る行動はただひとつだった。

「うん? オレの所属か? それはだなぁ――ぐむッ!?」

 それは目にも止まらぬ早業はやわざだった。

 調子に乗って前にしゃしゃり出てきたマルシルの顔面目掛けて伸ばされた男の手が、その頬を鷲掴みにする。手の平で口を覆い隠したりはしない。これをしてしまうと、対象者に指を噛まれる危険性があったのだ。

 こうして思い通りに喋れなくなった少年は、男の指を引き剥がすことに集中せざるを得なくなった。だが所詮魔道士の筋力は微々たるもので、男の方は片手に対しマルシルは両手を使ってでも歯が立たない。

「んーー! んーー! へめぇひゃいひやらるッ! ひやひゅるひょのへおははへ!!」

 ――――てめぇなにしやがるッ! 今すぐその手を離せ!!

 腹話術に秀でた者がここにいれば、彼がこんなことを叫んだと理解できたかもしれないが、生憎ここにはそんな技能を兼ね備えた人物はいない。

 傷の男はそんな状態の少年を苛立たしい表情で眺め、その二人の様子を傍から見ていたヴィヴィアンは訳がわからず首を傾げていた。

「ふ、二人して何をしているのですか?」

「ひらへぇよ! ほおおっはんあいひありあっへひらんら!(知らねぇよ! このおっさんがいきなりやってきたんだ!)」

「いや、こいつが危うく俺たちの組織の所在をバラそうとしたんでな。『暗殺者裏組合アサシンズギルド』の掟に従って口を封じたまでだ」

「ああ!? はひへひおうらほろひっへんらお!?(はぁ!? 何適当なこと言ってんだよ!?)」

 勝手な言い草にマルシルが抗議するが、傷の男は澄ました表情でそれを聞き流していた。そもそも彼にも少年の話す言葉が理解できていないのだから当然である。   

「ちょっと待って下さい! ではマルシルさんは、あなたと同じ『暗殺者裏組合』のメンバーなのですか!?」 

「んはあへあるはッ! おれおあんはへんはいえうあひゅうらんおいひょひふんらへえ!(んなわけあるかッ! オレをあんな変態根暗集団と一緒にすんじゃねぇ!)」

「どうやらそのようだ。もっとも、俺はギルドでこいつに会ったことはないから、今回が初対面だがな……。何でもあんたの上司が別の要件をこいつに依頼していたらしい。そしてその任務中、偶然俺たちの姿を見つけて助けてくれたとか」

 人間誰しも窮地に立たされると嘘も達者になるらしい。

 男の口からすらすらと出た言葉は全てでっち上げの虚言であったが、ヴィヴィアンに信じさせるには十分な効力を発揮してくれた。

 やはり“命の恩人”という先入観が大きな役割を果たしてくれたようである。警戒が少ない分、誤魔化すのも容易い。

「そうでしたか……。いえ、閣下の策謀が一筋縄で終わるとは思っていませんでしたが、偶然通りかかったというのは私たちにとっても幸運であったのは確かです。ふっ……暗殺者アサシンは皆根暗で変態ばかりの集まりだというのは、私の思い過ごしなのかもしれませんね」

 目の前にその暗殺者の一員がいることを知ってか知らずか、ヴィヴィアンは自嘲に乗せてその心内を吐露する。

 対して男はそれを否定したりはせず、複雑な表情を浮かべて聞き流していた。少年の方はというと、目を剥きながらしきりに首を横に振っている。どうやらヴィヴィアンの言葉に遺憾を示しているようだが、男がマルシルの耳元で何やら一言二言呟くとすぐに大人しくなった。


 一連の出来事から二半針(約十五分)後、地下通路の脇でヴィヴィアンの治療に専念していた一行は、マルシルの強い申し出により移動を急がせることになった。

 何でも彼の感知範囲センスエリアに高濃度の魔力を察知したらしく、このままここに留まっていると危険かもしれないという。       

「さっきの石像の化け物と同じ波長を感じた。ここに長居してたら、いつまたあいつが襲ってくるかわからないぞ?」

 石像の化け物とは、セイレーン像のことを言っているのだろう。

 崩落した天井で完全に押し潰されたと誰もが予想していた分、その探知はヴィヴィアンたちに衝撃をもたらした。

「あのセイレーン像、まだ動けたのか……。ちっ……旧世代の魔道具とは思えない頑丈さだな」

「ええ、そうですね……」

 不機嫌な態度丸出しの男に比べ、ヴィヴィアンの表情は暗いともいえず、どこか安心した感情が窺えた。それも当然だろう。彼女は石像オブジェクトを起動させ、それをとある作戦に用いるようにと上司のガードナから命令されている。大事な石像を壊してしまったとあっては、ガードナに会わせる顔がない。自分を瀕死に追いやった危険な兵器が存続している事に不安感を覚えると同時に、作戦遂行に必要な品を損なわずに済んだ事に安堵感を抱き、その微妙な両方の感情のせめぎ合いから複雑な思いであるのは違いなかった。  

「魔道具? 何言ってんだおっさん。あれは魔道具じゃねぇよ」

 そう横から口を挟んだのは、頭の後ろで手を組んで呑気に歩く魔道士の少年。

 単なる雑談であれば男も無視していたところだが、彼の口から聞き捨てならない言葉が出てきて、已む無く質問を返した。

「魔道具じゃない? では一体何だというんだ?」

自動人形ゴーレム

 思わぬ単語が少年から告げられ、ヴィヴィアンたちは絶句する。

 まさか、そんなはずがない。“それ”はもう、過去の遺物と化したのではなかったのか。

「信じてないって顔だな。オレも見た時は驚いたぜ、何でこんな辛気臭い場所にあんなバケモノがあるんだってな。あれは間違いなくゴーレムだ。しかも初期に作製されていた“ストーンゴーレム”の型さ」

「なっ、そんな馬鹿な!? ゴーレムは巨人戦争ギガント・マキアにおいて全て破壊されたはずではないのですか!?」

 巨人戦争ギガント・マキア

 かつてこの大陸に存在していた巨人族ジャイアントと、人間・エルフの間で争われた古代戦争のことである。この戦争の結果、少数部族であった巨人側は敗北。その数は激減し、五百年前の巨人絶滅という悲劇を招いてしまったのだ。しかしこの戦いは十年という長い年月を要し、お互いにかなりの消耗戦を強いられたのである。その理由として挙げられるのは、巨人族ジャイアント側がその兵数不足を補うために戦場に送り出した自動人形ゴーレムに原因があった。ゴーレムは巨人族とドワーフ族が労働支援のために共同開発したのが起源とされている。その種類は初期型の“ボーンゴーレム”や“ストーンゴーレム”に加え、中期型の“ウッドゴーレム”。後期継承型の“アイアンゴーレム”と“エレメンタルゴーレム”に分類され、その用途は幅広かったようだ。

 元々作業用人形であったそれらゴーレムが、最初で最後の戦争兵器として使われたきっかけが巨人戦争なのである。当時大陸で稼動していたゴーレムの八割方を巨人族側が保有しており、彼らは直接的な白兵戦を良しとせず、兵器転用したゴーレムを主戦力として人間たちの前線に投入した。

 戦争長期化の原因はこのゴーレムにあり、その圧倒的な戦力は人間側にも多大な犠牲をもたらしたという。

 終戦後、その常軌を逸したゴーレムの力を恐れたドワーフ族以下、他種族の長たちはゴーレムの一斉解体を決定。巨人族ジャイアントのゴーレムはもとより、エリュマン大陸のゴーレムは作製途中の分も含めて全て破壊される。無論、その製作方法も禁忌とされ、現在ではドワーフ族にもその製作手段を知る者はいない。

 しかし、戦争終結から千年の間にどのような経緯があったのか、失われたはずの技術の結晶がこの地下墓地で保管されていた。神話や童話で少なからず登場する伝説的な自動人形ゴーレム。それが今、ヴィヴィアンたちの手によって動力を与えられて稼動し、あまつさえ制御できずに暴走している。

 作戦如何どうこう以前に、国際的な大問題に繋がりかねないのは確かだった。

「いや、待て。そもそも何故お前はあの石像がゴーレムだと判った? ゴーレムの残骸ならともかく、起動したゴーレムを見るのは今回が初めてなのだろう?」

 男の疑問はもっともだ。

 いくら魔道士だからといって、詳細がはっきりしていない残骸レムナントの実体を研究や照合なしで見破ることなど並大抵のことではない。ましてやこの少年は魔道士になってまだ日も浅いはずだろう。ゴーレム関連の研究を推進する魔道研究者であったとしても、一発で正体に気づくのは不可能なのでは――――

「あいつの駆動音を聞いただろ? フツウ、魔道具ってのは魔力が暴走して大惨事にならないように、自動ヨクセイ機能っつー鍵みたいな制御装置が取り付けられてるんだ。だから、制限された魔力量以上の魔力を魔道具に注いでも暴発しないし、変な駆動音も聞こえたりしない。けど、あの石像は違った…」

 その容姿に似合わず、魔道士らしい専門用語が少年の口から次々と放たれる。魔道学の知識のない男には何のことかさっぱりだったが、その背中で真剣に話を聞いていたヴィヴィアンは大きく目を見開いて納得するように頷いた。

「ええ、そうです。多大な魔力を消費する魔道砲にも、似たような暴発対策が施されていて……確かそれは――――」

「魔力を注入された魔道砲は、そのキテイ量を超えた余分な魔力を光に転換することによって、魔力摩擦や暴発感染パンデミックを回避している――――つまりはそういうこと。現代の魔道具や魔道兵器は安全性をコウリョして設計された完全体に対して、あの石像はその機能のどれ一つとして組み込まれていねぇのさ。放出する魔力量が桁違いな上に、法陣を用いない魔術の行使。大昔の魔道具の型だぜ、アレ? しかもざっと千年は昔の代物だ」

「…………」

 的確な指摘に、ヴィヴィアンたちはぐぅの音も出ない。

 まさかこの少年は、石像を目撃したあの短時間で全てを把握したというのか。実際に近くで実物を確認したわけでもなく、ヴィヴィアンたち救出に魔術を行使して時間稼ぎまでしていた彼に、石像を観察する余裕や集中力が備わっていたと?

(すごい……子供だと思って侮っていたけれど、この少年の魔道士ての才は本物だわ……。どうして彼のような非凡の魔道士が、『暗殺者裏組合アサシンズギルド』の一員なのかしら?)

 素直に感心したヴィヴィアンが、改めて少年の容姿を観察した。

 魔道士であることを示すローブがなければ、どこにでもいる普通の少年に見えただろう。無造作に撥ね上がった褐色の髪の毛は健康的で、表情も年相応ではきはきとした印象を受ける。それとも健全そうな外見は見せ掛けで、普段はもっと暗黒面に染まっているのだろうか。

 ヴィヴィアンの疑問や違和感は尽きないが、今はそれどころではないと悟るとすぐに思考を切り替えた。この事態の顛末をガードナに報告しなければならない。それまでは、他の事に気を取られているわけにはいかないのだと……。

「……出口だ。外に出るぞ!」

 そう言った男の前方には、大人ふたりが横に並んで何とか通れるくらいの小さな穴が開いていた。

 ヴィヴィアンがこの地下通路に下りてきた入口とはまた別のものだろう。そもそも王城とは反対方向であるから、この出口の先は地下水路か、それとも下町の脱出口に繋がっているはずである。

「用心してください……。私たちの姿を人に見られてしまっては、口封じのために殺さなくてはなりませんから……」

「言われるまでもない。……おい、お前。先に行け」

 男がマルシルに先に行くよう促す。

 少年は明らかに不満げな顔を作ったが、断れない理由でもあるのだろう。口元で文句を垂れながら、渋々と穴の中に身を躍らせた。

 続いてヴィヴィアンを背負い直した男が慎重に足を踏み出す。段差状になったその出口は煉瓦造りも名ばかりで、砂や小石に埋もれた足場は悪くおぼつかない。ヴィヴィアンが視線を上に向けると、一足先に地表へ出た少年がこちらを見下ろして声を掛けてきた。

「大丈夫かー? 何なら、オレも手伝うけど?」

「馬鹿が! 早く物陰に身を隠せ! 誰かに見つかったらどうする!?」  

 声を押し殺して傷の男が激昂する。

 すると少年は呆れた風に頭を振って、自分に親指を向けた。

「あのさぁ……オレ一応魔道士なの。わざわざ身を隠さなくても魔術使えば万事解決。わかる?」

「ちっ……ならそこをどけ。通行の邪魔だ」

「……へいへい」


 それから程なくして、奇妙な三人組は誰にも見つかることなく地下通路からの脱出に成功した。

 どうも彼らが這い出した場所は下町の川岸に繋がっていたらしく、出口となっていた穴は石橋の下に隠されていた。さらに雑草でカモフラージュされていたため、よくよく調べなければ見つからないだろう。構造から推測してかなりの年月が経っているのは明白。崩れずに残っていたのは不幸中の幸いであった。

「どうやらここは、アロンダイト郊外の農業区域のようですね……」

「ああ……アロンダイト南西の穀倉地帯だ」

 土手に上がって周囲の様子を確認したところ大きな建物や人通りは皆無で、放逐された家畜や耕された畑、あと幾つかの小屋と背の低い林が閑散としているのみ。唯一石畳で舗装された街道に沿って視線を前方に辿らせると、城壁に囲まれた大きな街が目に入った。小国とはいえ、やはり国の心臓部たる王国の首都である。夕暮れに染まるアロンダイトの街並みは、遠目に眺めても無視できない存在感を放っていた。

「ほぉ~あれがランスロット王国の王都、アロンダイトね……。確かにデカイ都市って感じだけど、イグレーンに比べたら大したことないのなー」

 両手で日傘を作って城塞都市を眺めていたマルシルが、感心や落胆ともつかない調子で感想を漏らす。自国の首都であるイグレーンを引き合いに出した時には傷の男も肝を冷やしたが、幸運にもヴィヴィアンに勘ぐられずに済んだようだ。彼女は少年の言葉に同調するかのように、苦笑を浮かべて小さく頷く。

「それはもちろん、『四大国家』の都市に比べれば何てことはありませんよ。所詮は小国家。そもそも人口が乏しい国に大規模な街など必要ないのです」             

「けっ……あんたの国なのにひでぇ言い様じゃねぇか。何か嫌な思い出でもあるのか?」

 その発言に、今度こそヴィヴィアンは眉を顰めた。

「私の故郷はグルセイル帝国ですが。まさかマルシルさん、私の身元を閣下から知らされていないわけではないのでしょう?」

 知らされてるも何も、この魔道士は敵国ヴァレンシアの諜報員だ。

 そう突っ込みをはさんでやりたかった男だが、その結果起こり得る騒動を予感して思うようにいかない。

 少年の方はというと、困ったように首を捻って考え込んでいた。

 さっき迂闊に正体を明かすなと脅しをかけておいたから、真実を話すことはまずしないだろう。どんな言い訳にしようか迷っているに違いない。

 だがその不自然な間が、かえってヴィヴィアンに不信感を募らせてしまった。

「マルシルさん? どうかしたのですか?」

「ん? いやさ、今オレの感知範囲センスエリアに一瞬物凄い魔力波が流れ込んできて……」

「…………」

 誤魔化してるつもりだろうか……。無茶な話の逸らし方に、男はますます呆れた。       

「う、嘘じゃねーよ! ホントに今、馬鹿げた量の魔力を感じて――――」

 しかし、少年の言葉がそれ以上続くことはなかった。皮肉にも彼の言葉は、突如響いた爆発音によって証明されたのである。

「な、何だ……!?」

「っ! あ、あれを……!」

 瞬時に警戒態勢を取った男の行動とは別に、ヴィヴィアンがアロンダイトの街を指差した。

 城壁内の市街区辺りだろうか、大きな黒煙がもくもくと空に上っているのが見える。それも一箇所だけに留まらず、時間差で周囲にも爆発が連続して発生した。

 ただの事故とは考えられない規模である。まさかヴァレンシア軍の奇襲かと、最悪な事態を想定させたヴィヴィアンであったが、その推測はマルシルの叫び声によって回避された。

「おい見ろよアレ! はっ! やっぱりオレが察したとおりだ! あのストーンゴーレム、地上に出てきやがったぜ!」

「まさか……」

 濛々と立ち込める煙の中。

 一際目立つ紫色の靄に覆われた“それ”は、石質の体躯を空中に浮かばせて悠々と翼を羽ばたかせていた。

 


               =======【キリヤ視点】=======



『ヴァレンシア国王並びにキリヤ王子、それから勇ましい近衛騎士団長とこの城の兵士さん。ああ、あとアーガスも。この度はワタクシのダンスパーティにご参加いただいたこと、大変嬉しく思いますわ。その結果、予期せぬ騒動を引き起こしてしまったことについては弁解の余地もありません。ここはワタクシが妖精を代表し謝罪をさせていただきます。本当にモウシワケアリマセンデシタ』

 そう言って俺たちに頭を下げたマリオネットの表情は、その時に限って恐ろしいほど真顔だった。

 だが頭を上げた次の瞬間にはいつも通りの微笑を浮かべており、前髪を指で払う動作はお嬢様特有の上品さを漂わせていた。見間違いだろうか? いや、深く考えないでおこう。

『アルテミスさん、これでよろしくて?』

「良いわけないでしょう。まったく反省の色が窺えない謝罪でした。もう一度やり直しです」

『まぁ……反省に色彩がございますの? 一体何色をしているのかしら?』

 あ、やべぇ……アル姐さんの眼光がより鋭利なものに……! マリオネットさん、冗談だろうが天然だろうが、その発言はさすがにやばいぞ。

「な、なぁアル。俺たちは気にしてないからさ。マリー嬢の件は許してやれよ、な?」

 さすがに危険を察したのだろう。アレクが俺に目線で合図を送りながら、怒りに染まりつつある姐さんを宥めにかかる。    

 俺も頷き、それに同意を示した。「これ以上騎士団長閣下を怒らせてはいけない」、そんな声が聞こえてきそうなアレクの必死な眼力にただならぬ恐怖を感じたためである。

 被害者二人が許すということで、さすがの姐さんも戸惑いを禁じえない。

「し、しかし……」

「あー反論はナシだ! なーし! 終わったことをいつまでも引きずるのは俺の性に合わないんでね。別に取り返しのつかない大怪我でも負ったわけじゃないんだ、もうそれくらいでいいだろ?」

「ああ、俺も同意見だ」

 うん、姐さんの逆鱗に触れることを回避できるなら異論はない。

「……わかりました。お二方がそう仰られるのであれば、私めも引き下がりましょう。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 本来マリオネットが言うべきだった台詞をアル姐さんは難なくこなした。おや、もっと食い下がると思ったんだが、意外とすんなり了承してくれたな……。やっぱり、王族としての立場は伊達ではないのか。

 俺たちに一礼して後ろに一歩下がった姐さんはしかし、相変らず険しい視線をマリオネットに注いだままである。

「陛下と殿下のお情けに感謝するのですね。でなければ今頃あなたは、不敬罪として私に処断されていました」

『まあ、恐ろしいご冗談ですこと。ワタクシ、恐怖で心が引き裂かれそうですわ……!」 

 胸を押さえたマリオネットが、苦しそうに身体をよじらせてその度合いを表現する。きっと演技だろうから、本当のところうんとも寸とも感じていないんだろうな。

(いや、冗談なんかじゃない……あれはマジの目だ、アルなら絶対にやる……)

 隣でブツブツとアレクが何か呟いているが、まぁこっちも気にかけるほどのことじゃない。どうせマリオネットの身体でも眺めながら、やましいことでも妄想してるんだろう。念のために言っておくが、俺は視線を逸らしているから女性陣たちの姿は見えていない。誤解を招きかねない素振りや行動はあの『王子逆強姦疑惑騒動』で熟知済みだ。第三者の思い込みって恐ろしいよね、まったく……。

『けれど、王族らしからぬあなた方の寛大さに感心したのは事実。久しぶりの舞踏会の招待者ゲストなんですものね。これは特別に、ワタクシからのお礼です』

 慈愛に満ちた微笑に見えなくもない表情を浮かべたマリオネットが、唐突に両手を二回打ち鳴らした。 一体何が起こるのだろうかと、その場の全員が息を飲むのも束の間、俺の胸元で何か光り輝く物体が出現する。

「うお! な、何だこれ!?」

 隣を見ると、アレクにも同じような現象が発生していた。ピンボールほどの大きさだろうか、その光る物体は光明を維持しながら徐々にこちらに近づき、俺の纏うローブの分け目部分に吸着した。発光が収まると、そこには精巧に装飾が施された銀色のブローチが一つ。恐る恐る手にとって見ると驚くほど軽い、どうも金属ではないようだが、これは一体――――

『それはワククシたち妖精と同じ魔力波を発する装置ですわ。もし人の手に負えない一大事が起こったのなら、そのブローチを掴んで祈りなさいな。どんなに遠く離れていようとも、ワタクシたちがすぐさま助けに駆けつけますわよ?』

 とても良い事をしたと言わんばかりに胸を張るマリオネット。対していまいち話の内容が理解できていないらしいアレクは、首元に装着されたブローチを指でもてあそびながら首を傾げていた。内心俺も同じ気持ちなのだが、如何せん感情が態度に出せない。俺とアレクを交互に見て反応を観察していたマリオネットは、そんな根暗仮面に興ざめしたのかその的をアレクに集中させた。はっ……どうせ俺は卑屈野郎ですよ……。

「助けにって……い、いやちょっと待て! あんたらはこの街の守護妖精だろ。いいのか? そんな勝手なことしても……」

『何も全員が街を離れるわけではありませんもの。それに助けるといってもあくまで一時的、ずっとあなたの傍に付き添うわけではありませんわ。……それとも――――』

 突如妖しげな笑みを浮かべたマリオネットは、その豊満な胸を見せ付けるように屈みこんだ。胸元を大きく開けたドレスであったこともあり、そこに窮屈そうに収まった双丘が無駄に強調される。

『それ以外の御用で、ワタクシをご所望かしら?』

「お、おぉ……!」

 この下心丸出しの間抜け声はアレク。

 俺はというと、一瞬そのふくらみに目線が吸い込まれそうになったのを間一髪逃れ、顔を逸らすことに成功していた。

 いくら相手が妖精とはいえ、健全な男子高校生に女性の肉体というのはあまりに刺激が強すぎる。裏を返せば、性別が女であれば誰にでも欲情する変態男子になってしまうがそれは大きな間違いだ。俺にだって好みの女性はいるし、そんな人に言い寄られたらそれこそ理性に歯止めが効かなくなって――――俺は何を言っているんだ?

「陛下、どうもお顔の形がよろしくないようですから私が矯正して差し上げましょうか?」

 劇薬になりうるアル姐さんの『親切』が、そのままアレクを脳内お花畑から覚醒させる。

「け、結構だケリュネイア騎士団長。ああそれとマリー嬢、この素敵なブローチはありがたく頂戴しよう。もしもの時は、遠慮なく使わせていただく。うん、万が一の時だけ……」

『あら、そうですの? では、ワタクシたちが存分に活躍できる場面でお使いくださいませね?』

 愛嬌のある笑顔でそう念を押すと、今度はその顔を俺に向けた。

 このシチュエーション的に考えて、マリオネットは俺に「お前も何か言えやコラァ」と無言の脅迫を強いているような気もする。はぁ……理不尽感が拭えない。

「俺もありがたく使わせていただく」

『……それだけですの?』

 他に何を言えと。

 さすがにイラッときた俺は、ムキになって言い返してやった。

「俺には近衛騎士団長という頼れる守護騎士がいる。わざわざあなたたちに助けてもらう必要はない」

「っ!? キリヤ様……」

『まあ……』

 ん? 何だよその反応……。

 てっきり調子を狂わせられて怒り出すのかと思ったが、マリオネットは口元を手で覆って驚いた仕草をした。しかもアル姐さんまで大袈裟なリアクションを見せているではないか。

 ――――もしかして俺、何か失言をしてしまったとか?

 だとすると俺はかなりの恥さらしだぞ。偉そうに挑発して、その結果このざまって――えぇ~……。

『ふふふ……堅物同士、何か惹かれ合うものでもあるのかしら? ねぇ、アルテミスさん?』

「なっ!? わ、私と殿下は別にっ、そのような関係では……!」

 顔を赤くしたアル姐さんが、マリオネットの言葉を即座に否定する。話の内容はさっぱりだが、どうも姐さんにとってもマズイ会話であるらしい。アレクまで、まるで自分の顔を生まれて初めて見たような表情で騎士団長を凝視していた。


 え……ええ?

       

読了お疲れ様ですw

今回は専門用語連発で読みづらいですよね。

また後日、詳細設定の方で解説を載せたいと思います。 

  

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