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異界の古代魔道士  作者: 焔場秀
第二章 東国動乱
40/73

第三十五話 裏の密命 表の会合

※前書きの小説はネタです!

 とある読者様のご感想から思いついたもので、本編とは一切関係ありません。しかもキャラが崩壊しています。

 苦手な方はそのまま本編まで飛ばしてくださいw 

 本当に根本的に崩壊してます。忠実な本編のみを好まれる方は、お読みいただくことを激しくお勧めしません!


 IF第三十四話 魔道少女の嫉妬 終盤より エルフさんのNG TAKE1 


「キリヤ王弟殿下。及び、デルクレイル宮廷魔道士殿であらせられますね?」

「ん?」

 俺が四民平等の素晴らしさを二人に語ってやろうとした時、後ろから掛かる静かな声があった。

 振り向いた先に居たのは、黒い礼服を身に纏った耳の鋭い長身の男が一人。俺の予想が正しければ、恐らくエルフっていう種族だった気がする。 

「そうですけど……あたしたちに何かご用ですか?」

 セレス嬢が素っ気無く返答すると、エルフの男は恭しく頭を垂れて右手を左胸に押し当てた。



 ……………………え?



 たしかにエルフの男は右手で左胸を押さえていた。“セレス嬢”の……左胸を。


「あ、あるぇ~……」

 俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 それもそうだろう。

 さっき台本を何度も読み返した限り、こんなセクハラ行為をしろだなんて何も書いてなかったはず。

 お嬢を見てみる。

 彼女も彼女で、現状がさっぱり理解できていないようだった。

 自分の薄べったい胸に触れる男の手をまじまじと睨みつけ、その顔をエルフの男に向ける。

「何をしてるんですセレスさん。早く次のセリフを言ってください」

 

 いやあんたが何してんだよ……。

 というかこれもう、言い逃れとかの問題じゃないよね……?


「な、なな、ななな何なになに……何を――――」

 これは本格的にやばい!

 俺はセレスを落ち着かせようと、彼女の肩に触れる。

「セ、セレス! これは何かの手違いだ。そ、そう手だけにっ。だから一旦深呼吸し――――」


「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」


 顔を真赤にしたセレスのグーパンチが俺たちの顔面に炸裂する。

「ぐへぇ!」

「うぐっ!」

 男二人は沈んだ。


 な、何で俺まで……。 





 王都アロンダイトの王城地下には、もしものための要人脱出通路が建設されている。

 ただ、十数年前まで比較的平和な国であったランスロット王国にとっては、その通路もほとんど利用されることもない廃れた道として今まで残ってしまっていたが……。

 褐色煉瓦の外装は所々が剥がれ落ち、土が剥き出しになった箇所からは黒くなった苔がびっしりと覆っている。壁に掛けられたランタンに火は灯っておらず、明かりなしでは到底先に進めそうにない。

 点火式魔道灯を手に掲げ、口元を布で押さえたヴィヴィアンがその道を行く。明かりがあっても数メートル先は完全な暗闇だ。道筋が一直線であるからといって、長年放置されるこの場所で警戒を解くのは危険だろう。慎重に歩みを進める彼女の足取りは随分ゆっくりとしたものだった。

(本当にこの場所に、例の石像オブジェクトが……?) 

 長時間居させることを生理的に躊躇わせる、カビと土が混ざったような異臭が鼻を突く。確かに人目を避ける場所としては十分最適な空間ではあるが、如何せん移動だけでかなりの時間を費やしてしまうのは否定できない。

 だがこれも任務のためであるから文句は言えない。

 我が上官であり、ランスロット王国の実質的支配者である宰相代理の命令は絶対だ。例えそれがどんなに残酷な内容であっても、祖国のためなら命令を遂行するしかないのである。

(そう……これも祖国のため)

 一時間前、ガードナから告げられた任務説明がヴィヴィアンの頭をよぎる。

 あくまで隠密行動を最優先とし、ランスロットを内部より崩壊させることを目標としていた帝国諜報員。任務遂行に事足りる条件や材料が備わっていたからこそ成りえたはずの手玉取りも、侵攻軍壊滅という大きな損失によって変更せざるを得なくなってしまった。

 これからは裏で密かに行動を起こすことは不可能。ガードナの新たな作戦は、今までの小規模な裏工作を逸した、極めて大胆な作戦行動であった。


「なっ――――!? ガ、ガードナ様、それは本当ですか……!?」

「私が嘘を吐いているとでも?」

 細められたガードナの視線を真っ向から受け止め、ヴィヴィアンは思わず身を竦ませる。

「い、いえ。そういうわけでは……」

「なら何も問題はあるまい。直ちに作戦準備にあたってくれたまえ。日没までには行動に移りたい……」

 彼の言葉に迷いは見受けられない。

 恐らく本気で言っているのだろうが、果たしてそれが正気の人間が放つ言葉だと言えるのか。

 いつも通りの不気味な微笑を貼り付けたガードナの表情を窺い、ヴィヴィアンは小さく眉を顰める。 

「納得いかない、と言いたげな顔だな。……どうした? 意見があるなら遠慮なく言うといい」

「……では、失礼ながら。――――我々が祖国より受けた任務、ランスロットでの犠牲を極力少数に、小被害で遂行せよとの事でしたが……?」

「……たしかにその通りだ」

 彼女が何を言いたいのか察したのだろう。ガードナの表情から笑みが消える。 

 ヴィヴィアンは固唾を飲み込んだあと、より一層身体を緊張させた。

「閣下の仰る任務内容は――――その……あまりにも大規模で、司令本部の意向に背いておられる節があります。これでは、ランスロット国民に多大な犠牲を払ってしまう可能性が――――」


「それがどうしたというのかね?」


「は……?」

 だが、ガードナの返答はヴィヴィアンに反論を許さないとても残酷なものだった。

「わかってないな、君は……。私たちの義務は与えられた任務を確実に完遂すること。その過程でいかなる犠牲が伴おうと知ったことではない。――――いや、この言い方はあまりよくないな。ふむ……任務のためには仕方がないことなのだ。そう……帝国繁栄のための、小さな犠牲だ」

 ヴィヴィアンは戦慄し、そして同時に理解した。

 彼の思考や価値観は、自分の考えるそれとまるで次元が違う、と。

 ガードナは狂気染みた笑い声を上げることがなければ、残忍に表情を歪めているわけでもない。この男は最初から正気なのだ。任務の上で人が犠牲になることを当たり前だと思っている。ガードナに何を言っても無駄だ。何故なら彼は他人の死が理解できないのだから。

 そう思った瞬間、ヴィヴィアンはガードナへの反論の一切をやめた。

 全ては祖国のため。自分と彼が共感する理想だけが、ヴィヴィアンが彼に従う唯一の理由であった。


 一体どれほどの時間歩き続けたのだろう。

 通路が下り坂になっていくにつれ、呼吸も苦しくなっていく。    

 それに地下だというのに、何故か生暖かい風が前方から微かに吹いてきているのを感じた。

 何処かに換気するための通気孔があるのかもしれない。考えるのも嫌になってくる蒸し暑さの中で、ヴィヴィアンは何気なくそう思った。

 魔道灯を掴む手が痺れる。額には汗が滲み、砕けた石畳の上を歩く足が悲鳴を上げ始めた。

 ここは一度引き返して、万全な態勢になってから出直した方が良いかもしれない。行けども行けども似たような道ばかりが続くものだから、さすがにうんざりして弱音の一つでも吐きたくなってくる。

 魔道灯の魔力も無尽蔵ではない。この空間で明かりが消失するような事態が発生すれば、もう完全に周りから孤立してしまうだろう。戦いで命を落とすならまだしも、地下迷宮で遭難して餓死するような無駄死には勘弁である。

「ん――――?」

 そろそろ引き返そうと足を止めた時、顔を撫でる風の種類が変わった。 

 さっきまでの湿った風ではなく、肌を刺すような冷たい風。それが前方だけでなく、横や後方からも平等に吹いてくるのである。

 建物構造や地形が変わったのかもしれない。少なくとも、この狭い空間が開けでもしない限り風が側面から吹くのは有り得なかった。

「――――何者だ?」

 不意にヴィヴィアンの耳を掠めた低い声。

「――――っ!?」

 身構えようと腰を落としたがもう遅い。

 ヒュッという風を切る音が響いたかと思うと、ヴィヴィアンの首筋に冷たい得物が押し当てられた。

「動くな……」

 姿の見えない誰かが忠告する。

 彼女も伊達に帝国の諜報員をやっているわけではない。この手の脅迫を下手に拒否し、反抗した者の末路を身を持って知っていた。否、むしろ自分も任務のために人を脅すことが多々あったからよく分かる。

「くっ……不覚!」

 仮に自分が敵に得物を押し付けた時、それを無力化するためには手段を選ばない。

「……良い判断だ。俺も無闇に人を屠りたくはない。……そのまま大人しくしていろ。あんたの記憶を消したあと、無事地上に返してやる……」

 だがヴィヴィアンは“声”には応答せず、冷静に状況の打開策を分析した。

「……言葉の自由は保障しよう。文句くらいなら聞いてやってもかまわん……」

「――――このにおい……カレヒメ草の根ですか。なるほど、断末魔を上げる間もなく殺すには打って付けの猛毒です。誰にも気づかれることなく各個殺していくには最適でしょう……」

「…………」

 首に当てられた得物が若干ぶれた気がした。

 感触からして恐らく毒針。通常の威力は武器の中で最弱だが、毒を仕込めばその有用性も大きく変わってくる。まさに一撃必殺。一部の冒険者と暗殺業者に愛用される代物からして、この“声”の主が兵士職の者である可能性は限りなくゼロに等しい。だからといって、国家の重要管理地区であるこの地下空間に冒険者が入り込むことも考えられない。

 ――――相手の出所は明白だった。

「……あなたは『暗殺者裏組合アサシンズギルド』の方ですね? 一体誰に雇われたのですか?」

「……雇い主の正体摘発は禁じられている。教えるわけにはいかない」

「あら? ここでの記憶を抹消してしまえば、私がその正体を知ったところで意味はないはずですが?」「それでも、だ。組織の掟に反することは、俺自身の信憑性にも関わって――――」

 わざわざ相手の事情を聞いてやるつもりはない。ヴィヴィアンは見えない暗殺者の雇い主の正体をあらかた把握した。

「ガードナ01ゼロワン

「何……?」

 そこで初めて、感情の起伏のなかった平淡な声に驚きらしき声音が加わった。    

 ――――やはり、間違いない……。

「このお名前をご存知のようですね。あなたの雇い主ですか?」

「……知らん」

 まだ白を切るつもりか。ならば――――

「私は帝国諜報員のヴィヴィアン。ガードナ様の補佐として、リディアでの証拠隠蔽工作を任されております。もしあなたの雇い主がガードナ様であるというのなら、私を敵と見なすのは少々誤りかと……。この場所へ赴いたのもとある任務を授かったがためです」

「…………」

「武器を引いてください。雇い主の部下の任務を妨害したとなれば、あなたはギルドの掟以前に仕事の達成させままならなくなりますよ?」

 沈黙。

 ほのかに光る魔道灯の明かりがなければ、自分の周囲に時間停止タイムストップの魔術が施されているのではないかと錯覚してしまいそうだ。 

 しかしそんな不思議な感覚も一瞬。

 先に声を発したのは暗殺者の方だった。

「あんたがガードナの部下だという証拠はどこにある? それが確認できなければ、俺もただで解放することはできかねる……」

 ――――食いついた……!

 ヴィヴィアンは内心ほくそえむと、声の主に自分の上着のポケットを調べるよう促した。

「ガードナ様より、例の石像オブジェクトを起動させる手筈を整えよとの命令を受けました。私の上着の衣嚢いのうにそれを動かすための魔玉まぎょくが入っています。確認するのならどうぞご勝手に」

「…………では、失礼する」

 しばらくの間を空け、相手が応答した。

 すぐあとに上着の裾が揺れる感覚。それが一、二秒続き、再び辺りを沈黙が包む。

 恐らく上着から魔玉を抜き取られたのだろう。心なし衣服の重みが軽くなった気がする。

「…………」

「――――今手元にある証拠になるようなものはそれだけです。でも、十分でしょう?」

 もしこの暗殺者が例の石像オブジェクト絡みで動いているのだとすれば、雇い主であるガードナから事前に情報提供を受けているはずである。

 ガードナもそれを見越してヴィヴィアンを此処に向かわせたのだろう。まさか石像の起動装置である魔玉の詳細を知らず、この地下にやってきた者たちを片っ端から地上送りにしていたら意味がない。 

「……たしかに本物だ。ちっ――――まさか本当に、あのデカブツを使う羽目になるとはな……」

 とりあえず、本物だということは理解してくれたらしい。

 いつの間にか首に突きつけられた得物の感触がなくなり、全身を圧迫するような殺気も消え失せていた。

 これは、もう“身体の自由を与えられた”と捉えてもいいのだろうか。

 念のため、人の気配がする方向に恐る恐る魔道灯を掲げてみる。  

 壁の端まで照らし出すことはできなかったが、それでも目当ての人物を見つけるには十分過ぎる光量だった。丁度ヴィヴィアンの背後に、首から下を黒いマントで覆った黒装束の長身が闇からぬぅっと現れる。

 赤土色の髪を短く刈り込んだ、顔の彫が深い男だ。年の程は三十歳前後だろうか。こめかみから顎に至る顔の側面に、生々しい切り傷が刻まれている。まるで人生の不遇さに絶望したと言わんばかりの仏頂面も合わさり、その男の経歴が決して楽なものではないことをよくよく物語っていた。

「侵入者と疑って悪かった。ただ俺の事情もわかってもらいたい。仕事上必要なことなんだ……」

「ええ、承知しております」

 いかに暗殺者とはいえ、無礼を働いた時の礼儀は弁えているらしい。

 傷の男は魔玉をこちらに投げて寄越し、顎でしゃくってついて来るように示した。

 ヴィヴィアンの返事も待たず、男は身を滑らせるように明かりから遠ざかる。目的の場所まで案内してくれるというのか。

(……考えていても仕方ないですね)

 ヴィヴィアンは内心覚悟を決めると、黒いマントを見失わないように先を急いだ。


        

              =======【アレク視点】=======



「いい加減、その夢遊病患者のような放浪精神を何とかしていただきたいですね。王都を離れるならまだしも、少数の護衛だけで国を縦断するなんて乱心もいいところです」

 容赦のないアルテミスの言葉に、アレクは痛む顎を擦りながら反論する。

「誰が夢遊病患者だ、誰が! 愛する弟のことが心配で堪らなくなって、急いで駆けつけてやったというのに。その言い方はあんまりじゃないか?」

 もちろん、「心配だから駆けつけた」なんてことはほとんど嘘で、アレクの本当の目的はリディア王城で働く年若いメイドたちであるが。

 そしてそんな嘘に簡単に騙される近衛騎士団長でもない。

 椅子にふんぞり返る主を無情に見下ろし、その後ろに控えるアレク親衛隊の面子に指を突きつけた。

「たとえ陛下の仰ることが百万分の一の確率で真実だとしても、護衛が彼らだけというのはあまりにも無謀過ぎます。盗賊や刺客の襲撃を懸念しなかったとは言わせませんよ……?」

「んなことねぇよ。こいつらは俺の選んだ最強の騎士たちだぞ? たかが盗賊や夜盗の十人や百人、簡単に蹴散らしてくれるさ。……なぁお前ら!」

 話を振られた親衛隊はというと、隊長らしい一人の騎士が前に進み出て応答するように敬礼した。

「はっ! 盗賊までならず、魔獣や軍隊も華麗に屠ってご覧に入――――」

「黙りなさい」

 泣く子も黙るアルテミスの鋭い眼光が、親衛隊隊長の兜の奥を貫く。

 するとどうだ。それまで誇らしげに胸を張っていた隊長に続く親衛隊の面々は、近衛騎士団長の氷海のような冷たい言葉に身を竦めて縮こまった。

 ただアレクだけは、そんなアルテミスの威圧感にも平気な顔をしている。長年の経験が功を成したというか、それが原因で特殊な耐性をつけたというか――――慣れというのは怖いものである。

「とりあえず、この会議が終わったら陛下はイグレーンにお戻りください。反論は許しません」

「お、お前……俺に対する指図が何かと漬け込んでどんどん露骨になってはいまいか?」

 口元を引きつらせて半眼をつくるアレク。

 アルテミスはそんな主にも、涼しい顔で即答した。

「気のせいでしょう。たとえその気があったとしても、それはきっと陛下の責任かと思われますが?」

「……なんか納得いかないぞ……?」

 事実、国王らしい振る舞いを怠り、好き勝手呆けるアレクがそもそもの原因であるのは間違いないが、一方でアルテミスの命令的口調にも問題があるのではないかと、アレクは密かに考えていたりする。

 仮にアレクが真面目に仕事をしていたとしても、アルテミスとアレクの立場関係が逆転するとは思えない。どちらに転んでもアルテミスはアルテミス。彼女はそういう人間なのだ、きっと。

(そもそもだ。何でアルは俺じゃなくてキリヤの所へ行ったんだ?)

 家臣が主の命を守るは当然だ。

 立場的にキリヤも王族の人間なれど、アレクは国王でその弟は二の次と考える。国の大黒柱を優先して助けに向かうはずだが、何故かこの女騎士団長はキリヤの方へ向かった。

 普通に考えれば、アルテミスはキリヤに気があるのではないかと推測するのが妥当。

 しかし前述したように、アレクは長年の経験でアルテミスの肉食獣のような支配思想を身を持って知っている。よって今回アルテミスが取った行動は、キリヤを国王と同じように自分の制御下に置くため、密かに丸め込もうとしているのではないかと、アレクは恐ろしいことを思った。

 親衛隊に説教くれているアルテミスをこっそりと窺い、アレクはまさかというように頭を振る。

(いやいやないない。キリヤは古代魔道士エンシェントウィザードだぞ? 教会の連中が喉から手が出るほど欲しがってる最強の人材を、まさか自分のモノにしちまおうなんて考えるわけ――――)

 瞬間、アレクは顔を真っ青にして再びアルテミスを振り返った。

 いつの間にか正座させられている親衛隊十数人が、俯きながらアルテミスの暴言ないし説教を受けている。座らせたのはきっとアルテミスの意思じゃない。“そうさせる”圧力というべき何かが彼女から発せられているから、他の者は皆自然とそれに従う。アルテミスの前では、一国の王ですら頭が上がらないのだ。その人知を超えた彼女の存在は、もはや自然の理と言ってもいい。彼女がいる限り、この世界は常にアルテミスの下で動いているのだと……。

(神の落とし子。いいや、神の化身と言ってもいい……)

 そもそも考えが甘かった。

 古代魔道士には及ばない? 否、“神の化身”であるアルテミスが“神の使徒”に引けをとるはずがないではないか。

 神に及ばざるものなし。大昔の伝記に綴られていた言葉を思い出し、アレクはぶるると身を震わせた。 自分はとんでもない人物を部下に持ってしまった(実質的な立場抜きに)。このままだと、キリヤは本当に彼女の手足と化してしまうことになる。いや、すでに上手いこと丸め込まれ、アルテミスの手足としてこき使われているかもしれない。そうなってしまってはもう手遅れだ。一度彼女の支配下に置かれた者は死ぬまで抜け出すことは不可能。何故なら自然の理に覆せるものはないのだから。

 下流から上流に向けて水は流れない、火のないところに煙は立たない。それが当然の理。そう――――もうどうしようもないのである。

「今後二度と、私の許可なしに陛下に付き従うことを禁じます。わかりましたね?」

「はい……。我が剣と誇りにかけて、必ずや守ると誓います……」

「よろしい」

(我が弟よ、兄はお前の無事を祈るばかりだ……)

 アレクの肥大化した虚言と妄想は止まらない……。  

  

             =======【ランドルフ視点】=======


 キリヤ王子への使いを任されたエルフ族の男、ランドルフは困惑していた。

 アレクシード国王の弟が優れた魔道士だということは事前に知らされてはいたが、その詳細な容姿はまったくわからなかったので、てっきり兄と似て粗暴な少年だと思い込んだのが仇になったのである。

 いざ実際に対面すれば、その態度や言動は不敵王とは似ても似つかず、まさに王族の人間として相応しい風貌を備えていると言っても差し支えなかった。

 兄との共通点を挙げるとすれば漆黒の髪色くらいなもので、その他どれを取っても正反対。

 ――――人間とはわからないものだ。過去の風習や習慣に依存し、本来王となるべき人材を無駄に扱っているように思える。ランドルフは、キリヤ王子こそヴァレンシアの国王に相応しいと考えた。決して下手したてに回らず、だからといって高圧的に相手を卑下するわけでもない。常に王族としての自覚を持ち、国民に対する己の在り様を理解している。

 ランドルフは歩みを進めたまま、後ろに続く王子を盗み見た。

 黒いローブを翻しながら颯爽と行く足取りは軽い。すぐ隣に付き従う金髪の少女は、あの天才と噂されるヴァレンシアの宮廷魔道士、セレス・デルクレイル。なるほど――――有能な魔道士の前で、下手に手を下す刺客などいないはずだ。身近に忠臣を置くことで、自らの安全の確保を優先しているということだろう。そしてその行動は間違ってはいない。要人というのはいついかなる時も保身を万全にしなければならず、利用できるものは遠慮なく利用する立場にある。家臣に情をかけてはならない。もし油断して、次の瞬間には首と胴が斬り離されてしまったら元も子もないからだ。


 裏道に続く通路を抜けて城外に出ると、アーチ状の屋根が取り付けられた石畳の渡り廊下に繋がっている。

 その渡り廊下のさらに最奥。王城と市街区を隔てる城壁に埋め込まれるような形で建てられた正多角形の建築物が国会議事堂である。数世紀という長い間、リディア王国国政の決議に用いられた採択の間。古代リディア王国の繁栄を象徴するそれは、今も尚長き時代を超えてリディアの為政者によって使われ続けていた。

「――――リディア王国の議事堂は、いわば太古のリディア人たちが現代人に託した遺産ともいうべき大集大成です。リディア王国初代国王ヴァルイスが残した記述にも、王都デュルパン繁栄の祈りを謳ったと共に、王城及び国会議事堂の存在は我々リディア人の技術力を大いに示す象徴として、未来永劫残すことを願っておられました。あの“土掘り”どもでさえ、我らの建築技術には目を剥いて驚くほど――――あ、ああ失礼致しました。“ドワーフ”族でありましたね……」

 “土掘り”という侮蔑言語にセレスがあらかさま苦い顔を作ったため、ランドルフは慌てて言葉を訂正した。

 ――――しまった。つい熱が篭り過ぎたあまり、彼らが人間であることをすっかり忘れてしまっていた。 エルフ族にとって、ドワーフ族は忌み嫌われる存在。それは向こうも同じで、こちらを差別の対象として捉えている。ただ比較的種族間の軋轢がない人間族というのは、言い換えればどの種族とも仲良くなれるということだ。このセレスという人間の少女に、ドワーフの知り合いがいないという保障はない。友人を悪く言われて嫌な気になるのはどの種族でも変わりはないというのに……。

「デルクレイル殿。先のは失言でありました。お心に傷を負わせてしまったのなら謝罪致します。申し訳、ありませんでした……」

 深々と頭を下げるランドルフに、セレスは目を丸くして首を振った。

「い、いえっ。エルフとドワーフのご関係は存じていますし、あたしがどうにかできる立場じゃありませんから。その――――あたしの方こそ、何かごめんなさい……」

 種族の対立関係は別に今に始まったことではない。

 気が遠くなるような遥か昔に根付いた民族意識に齟齬が生まれ、それが長い年月を掛けて種族の間に亀裂を生じるきっかけになってしまったのである。仮に悪があるとするならば、それは自分たちの先祖に責任があるのだろう。

 ランドルフは恐る恐るキリヤ王子を窺い、その変わらない態度にそっと胸を撫で下ろした。

 もしや彼は自分の失言に怒っているのではないかと肝を冷やしていたのだが、どうやら深く考え過ぎたらしい。この二人は、自分が想像している以上に現実をよく知っている。人種などという壁など範疇にないと言わんばかりの冷静さに、ランドルフは内心感嘆した。

 

 議事堂前の通路の左右に、白銀の鎧を着込んだ騎士十数人が直立している。

 よく観察しなければ銅像と間違いかねないそれらの正体は、アレク王が自身の護衛として連れてきたヴァレンシア王国の騎士たちであった。 

 主を守るべき戦士が何故アレクの傍を離れて外に出ているのか疑問だったが、いちいちそのことに追求するのも野暮というものだろう。

 ランドルフは彼らに軽く会釈すると、そのまま騎士たちの間を素通りした。そしてキリヤたちもそれに続こうとした時――――


 ――――ガシャン!


「な、何!?」

 騎士たちが居合わせたように最敬礼の格好を取ったのである。

 もちろん、それがランドルフに対して行われたことじゃないのはわかっていた。騎士たちの視線は、彼の背後を行く漆黒の魔道士に注がれていたのである。

「ん? 何だ……?」

 落ち着き払ったキリヤの低い声が、騎士たちに向けられる。

 それだけで、彼らは驚きや感動ともつかない声を上げた。

「おお……。陛下の弟君とは聞き及んでいたが、何という神の悪戯か。アレク様とは似ても似つかぬ貫禄を感じるお声だ……」

「う、うむ……殿下はガレス様の血を色濃くお受け継ぎなられたのやもしれぬ。我々にも動じぬこのお出で立ち、まさに生前の賢王を思い起こさせる……」

「キリヤ殿下。遅くなりましたが、勝利の凱旋おめでとうございます……!」

「いやはや、殿下がご壮健で何よりです。敵に襲われ、お怪我をされたらとご心配でご心配で……」

「馬鹿を言えアレックス。このお方は最高位の魔道士だぞ? 空飛ぶトカゲにも遅れを取るはずがあるまい」

「ところでキリヤ殿下。もしお時間よろしければ、ぜひ次の機会にでもトーテム戦の武勇伝をお聞き賜りとうございます!」

「貴様っ、抜け駆けとは卑怯な! 私も殿下のご戦術には興味があったのだ。魔道士の前衛戦というものを、ぜひともこの目で見てみたいっ」 


 ――――これは……少々想定外だ……。


 瞬く間に騒ぎ出す騎士たちに囲まれ、ランドルフたちは完全に気後れしてしまった。  

 さすがのキリヤ王子も動揺を隠せていない。迫る騎士を避けるように右往左往していた。

 まさかランドルフが彼らを叱責するわけにもいくまい。ここはリディア城内なれど、彼らヴァレンシア騎士団は王家のみに忠誠を誓う誇り高い軍人と聞いている。下手に刺激して、関係を悪化させるのはあまり芳しくない。

 使いの身でしかないランドルフにとっては、キリヤ王子が早急にでも騎士たちに自重するよう喚起することを祈るばかりであった。

 ――――だが、その注意の喚起は思いもよらぬ人物から発せられることになる。    

 

「いい加減にしなさーーーい!!」

 

「!?」

「うおっ!」「な、何だ!?」「何事です!?」

 突如響いた叫び声。

 声の主は王子の付き人であるセレスであった。

 筒を作った両手を口元に添え、拡声器の具合で大声を張り上げたらしい。一瞬で静かになった一同を腰に手を当てて見渡し、騎士たち一人一人に睨みをきかせていく……。

 ――――これは、何とかした方がよいのではないか……?

「あの……デルクレイル殿?」

「ランドルフさん!」

「は、はいっ。何でしょう、か!」

 ――――何故……私が怯えているのだろうか……?

「この騎士たちのことは全然気にしなくていいですから、議事堂の中に案内してください」

「し、しかし、彼らはアレク陛下の親衛隊で――――」

「キリヤ王子!」

 次に話の矛先が向いたのはキリヤ王子だった。

「な、何だ?」

「騎士様方に、時と場合を控えるようご忠言なさってくれませんか? このままだと、アレク陛下の誇りに傷をつけかねませんので」

「…………俺が言うのか?」

「はい。よろしくお願いします」

 何やら不本意気味な空気がキリヤ王子から漂っている。

 王家のために尽くす騎士を、あまり粗末に扱いたくないのかもしれない。少なくともランドルフはそう思った。

「……では――――」 

 誰もが黙して王子の答えを待つ。

 キリヤの一言で、騎士たちが一斉に姿勢を正した。


「そこの芝生で、腕立て腹筋100回ずつやっててくれ。ああ、あと背筋も50回……」

      

「「「は?」」」

 騎士団内の統率力は伊達ではないらしい。

 騎士たちの疑問の声が綺麗に揃った。

「何だ? 何か不満か?」

 脅しのようなキリヤの低い声に彼らは顔を見合わせたあと、再び王子に視線を向けて元気よく敬礼する。

「め、滅相もございません! 我らアレク陛下親衛隊一同、王家の忠誠に従い喜んで筋力強化に励む所存であります!」

「「「ヴァレンシア王家の名にかけて!」」」

 キリヤに誓いを立てたあと、騎士たちは思い思いに通路脇の芝生へと駆けて行った。

 彼らは少し天然気質なのかもしれない。健気というか何というか――――

「ホント……あの陛下が選んだ騎士なだけあるわ。似てるというか何というか……馬鹿正直もいいとこね」 

 ――――ば、馬鹿……正直……。

 嗚呼、たしかにそれはよく的を射た表現だ。馬鹿正直……なるほど。確かに馬鹿正直と聞けばあのアレク王を連想する。

「さぁ、ランドルフさん。これで問題なく議事堂に入れますね」

 清々しいくらい明るい笑顔で言われてしまった。

 とりあえず、その笑みが邪気のない純粋なものからきたことを願うばかりである。

「で、では気を取り直して。……キリヤ王弟殿下。及びセレス・デルクレイル宮廷魔道士殿」

「はい!」

「ん……」

 二人の返事を聞き、ランドルフは後ろを振り返った。

 大扉の錠前部分に埋め込まれた黒い水晶石に手を翳し、小さく開放の呪文を口にする。

『扉の守護たる古の精霊よ――――我、汝らに願い奉らん。法に従え、掟に順せよ。内に入りたるは神学の追及者なり……』  

 

 ――――やがて扉は、音もなく内側へと開放された。

 前書き……少し調子に乗りすぎました。すみません……。


 三十五話目終了…


 クールビューティな女騎士として登場する本作のヒロインの一人、アルテミス。

 もうお気づきの方もいらっしゃると思いますが、「アルテミス」という名前はギリシャ神話に登場する狩猟の女神から取った名前です。


 後には月の女神とも呼ばれたらしく、同じギリシャ神話に出てくるアテナ神同様、処女神であったみたいですね。純潔の女神なんて言い方もされるそうですよ。


 結構男勝りな性格で、時には気性の荒い場面を見せることもあったとか。


 いいですね……男勝り。

 たまにデレてくれるともっと良い(何を言っとるんだ私は…)

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