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異界の古代魔道士  作者: 焔場秀
第一章 偽りの王子
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第二十二話 動き出した大国。それは変動の始まり

 リディア王国とランスロット王国を隔てる山脈は、大陸でも五本の指に入るほどの高山を抱える山岳地帯として知られている有名な秘境である。


 国家の利益向上のため、リディアは昔から北部山脈の秘境開拓計画を推進してきたが、大陸中で盛んに行われる人外討伐により難を逃れた凶暴な魔獣たちがこの山脈地帯に住み着き、山地の開拓事業をするにも護衛として冒険者や傭兵団を雇わなければならなかった。


 しかし経済力や人口比率の小さいリディア王国に、それほどの大事業をする金があるはずがない。

 仕方なく、山の麓に点在する町や村には各自自警団を組織することによって、魔獣からの襲撃に備え、秘境開拓に関しては次期予算の都合で決定すると、王国政府は計画を先延ばしにしている状態だった。


 だが現在。その開拓事業断念が、リディア王国に大きな幸運をもたらした。


 宣戦布告もなしに、突如侵攻してリディア北部一帯をその支配下に置いたランスロット軍。

 次は王都デュルパンの攻略であったが、その戦略は思いもよらぬ形で遅らせられることとなる。


 リディア北部の山岳地帯に生息していた魔獣たちが、侵攻中のランスロット軍に牙を向いたのだ。


 これにはランスロットの将兵たちも想定外だった。

 いくら好戦的な魔獣だからといっても、武装した者たちが大集団で行動すれば大抵の場合魔獣たちも臆病になって襲い掛かってくることはない。


 しかし度重なるリディア自警団の襲撃妨害や、丁度その頃が魔獣たちの繁殖期も重なってか魔獣たちの神経は張り詰めるほどに気が昂ぶっていた。


 その険悪な雰囲気の中、ランスロット軍のリディア王国侵攻である。


 これにはさすがの魔獣たちも混乱し、縄張りを乱すた兵士たちに手当たり次第襲い掛かったのだ。

 ランスロット軍本隊を離れ、対王都工作部隊として先発していた一個小隊は、この怒り狂った魔獣たちに襲撃され壊滅。

 わずかに生き残った兵士たちが死に物狂いで本隊に合流した頃には、後方拠点の国境砦は魔獣の攻撃を受けた後だった。


 事態の深刻さに気づいた将兵たちは直ちに魔獣討伐隊を編成。主に野戦を得意とする獣人族の兵士たちを積極的に討伐隊に加え、補給線周辺及び進軍方向に蔓延る魔獣たちの討伐が開始された。




 岩肌があらわになった地面には、長身の木々は一切生えていない。

 開けた荒地の中、濁流のように押し寄せる魔獣たちを迎え撃つは獣人族で構成された討伐隊。先頭には特大のバトルアックスを構えた重装歩兵が二列横隊に展開し、その後ろには槍兵が。最後列には極少数の魔道士と長距離用ロングボウを携える弓兵が指揮官の合図を待っていた。


 やがて脚の早い四足歩行の小型魔獣が重装歩兵に肉薄。

 しかし人間の筋力の数倍以上の力を持つ彼らが、小動物の突進如きで怯むはずもない。すかさず大盾で攻撃を受け流し、その細い背中に刃を振り下ろした。

  

 断末魔もなく地に沈んだ魔獣を踏みつけ、重装歩兵たちは身体の前を大盾で防ぐ。

 次の瞬間、一足遅れて飛び掛ってきた魔獣たちがその鉄の壁に激突した。


 



「よぉっし、見たかっ! オレの天才的な魔術工作を屈指すれば、魔獣の群れで軍隊と戦うことも朝飯前のお安い買い物(、、、)なんだよ!」 

 

 その戦いの様子を遠く離れた丘の上で満足そうに眺める少年が一人。

 彼の名はマルシル・ランクス。

 ヴァレンシア王国魔道士団諜報課所属の魔道士であり、先週軍務大臣の命によりランスロット王国へ潜入し、ヴァレンシアにリディア侵攻の報を伝えた斥候である。

 魔道士階級は、マスターランクよりも二段階劣るミドルランクだが、偵察や工作に関しては諜報課でも上位の功績を出すほどの逸材で、押し寄せる魔獣軍団をこの荒地に誘導したのも彼の仕業によるものだった。

 

「これでしばらくは奴らも進軍できないし、進路を開けるには魔獣を倒すしかない……。ヴァレンシアの援軍が到着する時間稼ぎにもなって、この一帯からは魔獣が減って一石二鳥! くうぅ~……オレって頭いい! この戦争が終われば、オレは国の命運を救った英雄としてリディア王国に感謝されたりしちゃったりなんかしてそんでもって褒美もたくさんもらって豪華な屋敷に住んだり美味しいものたらふく食べて毎日遊びほうけて…ああもうたまらねぇぜぇぇ!!」


 空を仰いで大声を上げるマルシル。

 だが魔獣や兵士たちの絶叫や怒号が木霊するこの山地で、彼の声が響くことはなかった。

 そんなことも気にせず、マルシルは戦場に背を向けて丘の頂上を一気に駆け下りる。

 藍色のローブが向かい風に煽られて翻り、被ったフードが取り払われてね上がった褐色の髪が露になった。

 

「首長くして待ってやがれ、ファーナグのクソじじい!! 偵察だけがとりえじゃないってことを、この『道化のマルシル』さまが証明してやるぜっ!」



 ――――――はーっはっはっはっはっはっはーー…………!


 

 自信満々に高笑いしながら、マルシルは小山の向こうに消えた。

 彼自身、何もかも上手くいった自分の工作に有頂天になっていたのは間違いなく、その後しばらくして彼の大声に殺気立った魔獣たちが一斉に追撃を始めたのは言うまでもない。 

 



               ===============




 ランスロット軍との決戦を間近に控え、山中を進軍するリディア軍はただならぬ緊張感に包まれていた。

 木々が生い茂げ、魔獣が徘徊するこの山に山道はない。頼りなのは、その魔獣たちの利用する獣道だけだった。

 リディア騎士団の証たる紅い鎧は、ことこの環境に置いてはとても目立っている。魔獣や敵の偵察に見つかる危険性が高い今、兵士たちの警戒心は尚のこと張り詰めていた。


 そんな重々しい空気の中、一人泰然と歩みを進める者がいる。


 このリディアの精鋭軍を預かる総指揮官であり、さらには王国の未来をも託されるべき男。

 名をレイニス・クルド・アリギエーリ・リディア。リディア王国現国王の息子にして、次期王位継承者の第一王子である。

 岩のように重い鎧を身につけているにも関わらず、彼のその足取りは未だ衰えてはいなかった。むしろ然るべき戦いを前にして普段より勇ましくなっているようである。


「……立ち木が少なくなってきてるな。……もうすぐ荒地に出るか……?」

 周りを見回したレイニスがふと声を漏らした。

 隣を歩いていた副団長がそれに頷く。

「恐らく…一針もしないうちに森を抜けるかと……。警戒を強めるに越したことはありません」

「ああ。飛竜隊の奇襲を受ければひとたまりもないからな……」


 早朝の迎撃戦で、レイニスは飛竜隊の恐ろしさを体験している。

 そのときリディア騎士団は馬に乗ってランスロット軍を左右より攻撃したが、敵の飛竜隊は騎馬隊の俊敏さを上回る機動力で我が軍を翻弄したのだった。

 上空から強力な酸を吐き出して迎え討つワイバーンに、リディア軍は成すすべなかった。たちまち三千の軍勢は混乱に陥り、瞬く間にその形勢を覆されたのである。


「鎧も容易く溶かす液体か……。まさか、そんな恐ろしくも奇妙なものを、飛竜どもは腹に飼っていたなんてな」

「まったくです。飛竜の内臓がどんな構造をしているのか、医術とは無縁の私でも気になって仕方ありませんよ」

「鋼鉄の鋼を溶かしたんだ。きっと内臓は酸を溜め込む特殊な金属でできているのだろう……。溶岩を原動力にするゴーレムと似たようなものだ」

「それがまことなれば、飛竜は自在に空を飛ぶことも、地べたを這いずり回ることもできますせぬな。何せ金属の臓物が重くて重くて仕方がないのですから」

「はは……。違いない」


 副団長のちょっとした冗談に、周囲の兵士からも少なからず笑いが漏れる。

 必ず生きて故郷に戻れるとは限らない戦いの前であるのに、彼らは楽しい感情をまだ封じてはいなかった。

 無謀過ぎる戦いに半場自棄になっていたのかもしれないが、二人の会話に勇気をもらった兵士がいたことも否定することはできない。

 騎士を除き、大半の兵士や魔道士たちは祖国や家族を守るために志願した戦士たちだ。死ぬ覚悟は既にできていても、今まで戦とは縁のない国の兵士たちが戦場に身を投じることに不安がないはずないのだから。

 

 

 それからしばらく無言の進軍が続く。

 目立つ音といえば、彼らの何千という足音と、各部隊の隊長の兵士を励ます鼓舞だけだ。

 これから起こるであろう戦を静観するかのように、山の中はひっそりと静まりかえっている。魔獣の気配も皆無だった。


「おかしい……。魔獣の姿がどこにもないぞ……?」

「棲家で鳴りを潜めているのやもしれません。さすがにこの大人数では襲撃も憚られるのでしょう」


 副団長の指摘は確かに理に適っているが、レイニスはまだ納得できなかった。


 元々好戦的で知られる魔獣でも、小型のものなら数で勝る相手に攻撃を仕掛けることはまずないが、中型以上の魔獣は玉砕覚悟で襲い掛かってくるのもいるという。ただでさえこの『トーテム山地』の魔獣は大陸でも凶暴な魔獣の巣窟として知られる秘境で、単体でこの山に入るのは自殺行為に等しいと、冒険者たちの間の口文句としてされているほどだった。

     

 ここまで来る道中、二度や三度の襲撃があっても何ら不思議でもないはず。

 常識や自然の摂理が予想を裏切り、レイニスの不安はランスロット軍以外の“何か”へも向けられた。


(何だ? いったいこの国で何が起こっている? まさか、我々はすでにランスロットの術中にかかっているとでもいうのか……?)


「殿下!」


 自分を呼んだ副官の声に、レイニスは咄嗟に意識を切り替えた。

 そして目に入ったのは、前方から土煙を上げて走る数体の馬。その背に軽装の鎧姿の兵士たちを乗せ、物凄い速さでこちらに駆けて来る。


 突然の乱入者に兵士たちは慌てふためきながらも戦闘態勢へ入った。

 弓兵が弓を構え、兵士を撃ち落そうとする。


 だが、それをレイニスは手を上げて制した。 


「やめろ、武器を引け! 彼らは敵ではない。我が軍の偵察隊だ!」

 

 冷静に話す上司に、少しずつ興奮が収まっていく兵士たち。

 騎兵たちがレイニスの元へ辿りつく頃には、乱れた隊列も元通りになっていた。


 兵士たちが馬を降り、レイニスの前で膝を突く。


「申し上げます! ここから1000デイズ北方にランスロット本隊と思われる陣営を確認。場所はトーテム峠周辺です」


 部下の報告に、レイニスはただならぬ疑問を感じた。


「陣営……? 奴等は進軍しているのではないのか?」

 一万の軍勢を動かすとなると、多大な兵糧を消費するのは必然。ともなれば、一刻も早く戦争を終わらせるために侵略を急ぐべきであるはずだ。

「それが……敵本隊とは別に、別働隊二千程が動いているようです」

「……一体何をするつもりだ? 兵種の構成は?」

「獣人族の重装歩兵を主力として、他に槍兵や弓兵、少数の魔道士も従軍しています。どうも任務内容は魔獣討伐のようですが……」

「魔獣討伐? 何ゆえ今に行う必要があるのだ?」


 副団長が横から口をはさむが、その問いに答える者は誰もいない。

 皆一様に首を傾げ、敵の行動に疑問を感じていた。


「……騎士団長。その……私事なのですが、少しばかり奇妙なことも……」


 沈黙の包む隊列の中、不意に声を出したのは、同じく後ろに控えていた偵察兵だった。

 

「何だ? 言ってみろ」

「は……。それが…敵の偵察に当っていた任務中、ただ一度も魔獣と遭遇することがなかったのです」

「…? どういうことだ?」

「魔獣の姿がないのです。……まったく、何処にも。まるで……種族関係なく魔獣そろって大移動したかのように、へし折れた木々や荒れた地形だけを残して、魔獣だけが……どこにもいないのです……」

 

「なん…だと……」


 信じられなかった。

 過ごしやすい環境を求めて大陸を大移動する魔獣は確かにいるが、それはあくまで群れ単位の話である。種族関係なく全ての魔獣が消えるなど、その土地に大災害が発生でもしない限り、本来はあり得ないはずであった。


 だが事実、レイニスたちがこのトーテム山地に足を踏み入れてから一度として魔獣の襲撃を受けなかった。そればかりか魔獣の気配すらない始末である。軍隊に怯えて姿を隠していると副団長は言ったが、偵察兵の報告通り本当に何処にも魔獣の姿がないのだとしたら、やはり警戒すべきことなのだろうか。

  

「騎士団長。ランスロットの別働隊は、魔獣討伐の任に就いたとのこと。もしやこの魔獣失踪に関係があるのでは……?」

「考えられないこともないな……」


 リディアの地理に疎いかの国の者なら、突然の魔獣の襲撃に混乱して進軍を停止することもある可能性もある。


(……となると、この魔獣の消失にランスロットは絡んでいないのか……?)


 てっきり裏でランスロットが糸を引いていると思ったが、違うとなると何故魔獣は一斉に姿を消したのか。まさかランスロットの侵攻で全ての魔獣が怒り狂ったとは考えられないし、それが本当だとしてもこちらが一切の被害を受けないというのもおかしな話だ。

 

(やはり……何者かの工作か……?)


 一番考えられる可能性…それは第三勢力の存在だった。


 この戦争で秘密裏に介入する何者かがいる……。

 それが他国の陰謀なのか、はたまた傭兵集団のようなギルド団体の荒稼ぎ狙いかは今のところわからない。


(まあいい。何を企んでいるのか知らないが、こちらもそれを利用させてもらう……)


 どういう方法か知らないが、この山に住まう凶暴な魔獣たちを別の場所へと誘導させる実力を持つなど、ただ者でないことは事実だ。国の命運がかかっている今、下手にその者と争って貴重な戦力を失うのは痛い。それに魔獣の討伐に向かった別働隊二千がいなくなった本隊をたたく絶好の機会を逃すほどレイニスは思慮深くなかった。


 レイニスは背後を振り返り、出発を待つ兵士たちを見下ろした。

 皆偵察隊の報告に不安を隠せない様子だったが、戦う意志を失ってはいないようだ。指揮官たるレイニスの合図を一度受ければ、彼らは喜んで戦地へ飛び出すだろう。


「諸君! 天は我らに味方した! これより、我々リディア王国軍は仇敵ランスロットの蛮軍ばんぐんを滅する! 命の惜しいものは直ちに背を向け故郷へ帰還するがいい。死の恐怖に怯える者を、私は咎めはしない。しかし、それを覚悟してなおも私と戦うというのなら、その命、死地まで私に預けてもらいたい……!」


 ――――我らが王国のために!!


 次の瞬間、何千の兵士たちによる決意の叫びが、静寂のトーテム山地一帯に響き渡った。       

 




                ===============




「殿下は鎧をお付けにはならないのですか?」

「ああ……」

 アレンさんの突然の質問に、俺は無意識の内に肯定してしまった。

 考え事をしたり何かに集中したりすると、他の事が適当になってしまうのが俺の悪い癖である。


「えっ? でも……ローブだけじゃ心もとなくないですか? 戦いが始まったら色々と危険ですし」

「戦い……?」


 物騒な事をさも当然のように話すアレンさんに、俺は思わず彼を振り返った。

 俺に襲い掛かった兵士たちを止めたときと違って鬼気迫る気配はすでになく、アレンさんは気の抜けたような優男然とした感じの表情で俺を見つめて首を傾げている。

 

 “戦い”って魔獣に遭遇した際のことか?

 確かにあんな「もじゃ毛ゴリラもどき」が一斉に襲ってきてでもしたら、俺一人では間違いなく生き残れない。

 

 あくまで“俺一人だけ”ならな……。


 俺は乗馬したまま後ろを振り返った。

 そこには視界を埋め尽くさんばかりの人、人、人の大集団。

 皆統一性のとれた白銀の鎧に身を包み、先頭を行く俺とアレンさんの後ろを整列しながらついて来ていた。

 徒歩の人たちがほとんどだが、その中には馬に乗っている者もいたし、見たこともない生き物に跨って、馬鹿デカイ大砲のような筒を運ばせている者もいた。


「な、なあキムナー中佐……」

「はい。何でしょう?」

「この兵士たちは、皆今回の作戦に参加する人たちなのか?」

「ええ、もちろんですとも。そのために殿下と行動を共にしているのですから」

「それはわかってる。ただ、少しばかり大げさ過ぎやしないか?」

 

 たしか俺たちは宮殿の支柱の代わりとなる柱を造るため、山に材料を取りに行くはずだ。

 削岩工事に必要な人数とその材料の運搬者を十分に確保したとしても、これほどの大人数に発展するのは何か手違いがあったようにしか思えない。


 俺の疑問を図りかねたのか、アレンさんはさらに首を捻った。


「大げさ……でしょうか? これほどの軍隊がなければ、作戦遂行も困難な気もしますが……」


 どこか返答が曖昧なアレンさんに、俺の疑問はさらに膨れ上がる一方だった。


 そもそも修繕工事の材料を手に入れるために軍隊を派遣するというのがどうも胡散臭い。兵士たちも鎧に武器と、これまた物騒な装備でついてくるし、作業道具らしきものを持ち歩いているようには見えなかった。唯一それらしい道具といえば、あの大筒ぐらいなものだしな……。


 いや、もしやこの兵士たちはガードマンみたいなもので、作業員を魔獣から護衛する役割を担っているのかもしれない。あんな恐ろしい生き物が集団で襲い掛かってきたときのために、念には念を入れている可能性も考えられる。 


 俺は気になって、兵士たちの数をアレンさんに聞いてみた。 

 するとアレンさんは自信満々に胸を張って、  

「一般の歩兵が五千、弓兵と銃兵が四百ずつに、騎馬兵が二千。後その他軍属魔道士や後方支援の兵士が六百ほどです。ほとんどが第八旅団の兵員ですが、一部第六師団旗下の一個連隊が我が軍に従軍しているんですよ」

「…………」


 おい、余計にややこしくなったぞ。

 詰るところ兵士の人数はどれほどのものなんだ?


「それよりも殿下? こちらの鎧なんてどうでしょう?」


 俺の質問に答えるや否や、アレンさんは何処から出したのか両手で大きな甲冑を掲げてきた。

 乗馬に慣れてるのか、手綱を放しても器用に足だけで馬を操っている。


「実はこれ、属性変化系の魔術を跳ね返す防御魔術プロテクト付き“プラチナアーマー”なんです。知り合いの魔道職人ブラックスミスに昇進祝いでもらったものなんですが、生憎と自分の体格に合わなくて……」


 アレンさんが恥ずかしそうな笑みを浮かべた。


 その人懐っこいような微笑に、常人ならば釣られて笑ってしまうところだが、俺はそうはいかない。

 『人見知り事情の無表情』の影響もあるし、何より俺はアレンさんのもう一つの素顔を知っている。この表情を見て、あのときのアレンさんの厳つい表情は気のせいだったのだろうか、と思うほど俺の思考回路は単純じゃない。俺の記憶にある限り、アレンさんの俺から見た印象は「普段は人懐っこい性格で物腰の柔らかい性格だが、こと怒りの感情を露わにしたときに限り性格が豹変」ということになっている。


 つまり何が言いたいのかというと、アレンさんの今の表情は、果たして一途な感情のみによって成り立っているのか怪しい、ということである。

 二重人格のようだから、何か内心とんでもないことを考えているのではないかと、俺は不安で不安で仕方なく、アレンさんとこうして並んで進んでから一時間近く経過した今でも、次は俺に当ってくるのではないかとずっと彼を警戒しているのだ。


「装備できないからといって自宅に飾るだけなのでは意味がありませんし、せっかく頂いた貴重な武具を処分するなんて尚のことできません。ならば、その体格に見合う人が実用してこそ、その鎧の本領が発揮されるというもの。この防具のためにも、ぜひ殿下に使っていただきたいのです」


 目を輝かせて生き生きと話すアレンさんに、俺はまた別の人格を見たような気がした。

 

 もしや二重人格だけに止まらず、この人は多重人格なのであろうか。

 そんな確証のない不安が胸中をよぎったが、俺にとって害あることではないので一応目を瞑っておく。

 そして俺に鎧は必要ない。そんな重いもの着けて歩いたら、いざってときに思うように逃げられないじゃないか。


「中佐の気持ちはわかるが、身を守る手段に関しては十分間に合っている……」


 途端、アレンさんはがっくりと肩を落とす。

 あ、あれ? 何かまずいことでも言っただろうか。

「そ、そうですか、残念です……。あ、いえっ、お気になさらず。これは私が言い出したことなので」


 空気を抜いたバルーンのように、瞬く間に落ち込んだアレンさんは、それ以降口を閉ざしてしまった。

 いやいやいや、物凄く気にするって!

 見るからに気使えよみたいな雰囲気なってるよアレンさん。そんなにもらって欲しかったのかよその鎧……。


「はぁ……」


 規則的に響く足音の中、俺にまで聞こえる大きなため息をついたアレンさんは、俯いた頭のまま視線だけを一瞬俺の方に寄越したのを見た。いや、見てしまった。


「…………」

「はぁ……」

 ちらっ。


 こ、この男……見た目は随分と人当たりの良さそうな顔してるくせに、腹の内は結構どす黒く染まっているみたいだ。しかも落ち込んだ状態を相手に見せて憐れさせようとするというのが何とも餓鬼臭い。

 

 ちらっ。


「…………」


 ああああああちくしょう!!

 なんで俺はこんな人と一緒に仕事しなきゃいけないんだ!

 こんなことならいじられ覚悟でアレクと一緒の方が断然マシだよ。いや、この際あのファーボルグ将軍っていう厳つい大男でもよかった。っていうかお嬢はどうした!? 出発してから一向に姿を見せないし、そもそもアレクと喧嘩してたんじゃないのかよ。いや、まあその発端の原因は俺にあるんだが……じゃなくて! セレス嬢は何処にいるんだ!


 などと、心の中で拭いきれない不満や疑問をぶつけても、それが丸く治まるはずもない。

 結局俺のイライラは、またしても他人の都合によって募らせる一方だった。




               ===============



 場所は変わり、人気ひとけの少なくなった東部戦線陣営。

 一万三千もの軍勢が任務遂行のため出払った陣営は、戦線を維持できる最低限の守りの兵士二千ほどが駐在しているだけだった。

 ヴァレンシア王国軍第六師団師団長ファーボルグ将軍率いる東方方面軍は、“東部領土奪還”と“リディア王国救援”を大義名分として正式に発表したヴァレンシア王国政府上層部の命令により、とっくに軍を東に発している。


 そしてこの東部陣営は、最前線を進む東方方面軍の拠点。いわば最後の生命線と言っても過言ではない。そもそも長期戦を予期して造られたこの陣営には、膨大な兵糧や医療用具が抜かりなく蓄えられていた。兵士たちの天幕もそこそこに、補給物資をありったけ詰め込んだだけの天幕も劣らず、陣営内に多く配置されているのである。


 三日に1回のペースで天幕群の点検にやってくる兵士たちも、地図を頼りに捜索しなければこの迷路のような天幕の森の中を自由に動き回ることができない。

 万が一迷ったときのため、専属の魔道士が一人同行するのが決まりであり、今回も担当になった兵士が二人、保険の魔道士を連れて仕事を行っていた。


 だがその雑務中、兵士たちは自分たち以外に何者かがこの天幕群にいることに気づいた。

 というのも、予備の馬具を収めている天幕の点検を行っているとき、そう遠くないところで人のすすり泣く声が聞こえたからである。

 何事かと思った兵士たちが周辺の探索を行ったところ、その声の主は馬具の収納天幕のすぐ隣、応急治療用魔道具が収められている一際小さい天幕の中にいた。


 隅々まで積み重ねられた大箱によって足の踏み場もない暗がりの中。丁度箱と箱の間にすっぽりと納まる形で何者かが“挟まって”いる。


「うっ……ううっ……出してぇ……だれかぁ……ぐすんっ……うううっ……」


 自分から押し進もうとしたのだろうか。尻を外に突き出し、頭を向こうに埋めたまま必死に足掻いている。

 何とも滑稽な眺めに、兵士たちは少しの間行動に移せずにいた。

 しかし、その少女と思われる嗚咽と助けを求める声で正気に戻り、慌てて引っ張り出す。


「おい君! 大丈夫かっ? どこか、怪我はないか?」

「で、出られた……。やっと抜け出せたぁ……うう……兵士さんありがとう……!」


 暗がりでよく見えないが、ローブを着ているため、魔道士であるのは間違いない。だが何故あんな場所に埋まっていたのかが謎だった。


「それにしても、何故この中に挟まっていたんだ? 何か探し物でもしてたのかい?」

「え? うんまあ、探してるのは“人”なんだけど。ただ、この天幕の中の魔道具が何なのか気になっちゃって……」

 それでいろいろ漁っていたら動けなくなったの。と、少女は悪びれた様子もなく、恥ずかしそうに経緯を説明した。詰るところ、珍しい魔道具があるか興味本位で天幕に首を突っ込んだら抜け出せなくなってしまった、ということらしい。


 何とも間抜けな理由だが、魔道士が魔道具に興味を持つのは別段不思議ではない。窃盗を行えば流石に魔道士といえど罪人となって捕まるが、この魔道士の少女曰く「気になっただけ」というので、ただどんな魔道具があるのか拝見しようとしただけなのだろう。

 

「はぁ……それで? 君はここで誰が探しているんだろう? この際だ、我々もそれを手伝おう…」


 すっかりあきれ返ってしまい苦笑を隠せない様子の兵士たちであったが、少女自身気にしていないようだった。それとも気づいていないだけなのか。

 兵士たちの捜索の申し出に、礼を述べながらも了承した少女は、その探しているという人物の特徴を手短に話した。


「全身真っ黒の魔道士よ。あと仮面も着けてる」

「は?」


 いや、それは手短というよりも、端的であった。

 そもそもその魔道士の外見的特徴自体不自然なのではないか。魔道学に疎い彼らが偉そうに言える立場ではないが、同行している魔道士ならば何かわかるかもしれない。何せ全身漆黒の魔道士で仮面まで装着しているのだ。知らない方がおかしいだろう。


 だが話を振られた魔道士ときたら、少女の魔道士に顔を固定したままぴくりともしない。

 不審に思ってその魔道士に近づいたとき、彼は不意に口を開いた。


「もしや……あなたは噂の……」

「げっ! まさかあなたもあたしの無茶苦茶な噂を信じてるの? 言っとくけど、その話のほとんどは捏造に捏造を重ねた大嘘だからね!」


 突然大声を上げた少女に、兵士二人は首を傾げる。

 “噂”とはつまり、この少女は結構知られた魔道士なのだろうか。担当の魔道士も目を見開いたまま固まってしまっている。

 

「あの……魔道殿? どうされました?」

「――――――控えて」

「はい?」

「お、お二人とも! 控えてください!」


 いきなり兵士たちの腕を引っ張って後ろに下がらせる魔道士。

 その動作の変貌に、兵士たちは驚いてされるままに従った。


「ちょ……いったいどうしたのです!?」

「こ、この方は私のような凡人魔道士ではありません! あのローブをご覧なさい!」


 再び視線を少女に向けると、今度は兵士たちにもはっきりと見えた。

 少女の纏っていたローブは純白。

 そしてこの国でその色のローブを着ることが許されているのは『国家の守り手』と名高い宮廷魔道士のみ。つまりこの少女は……。


「セレス・デルクレイル様です。世界で数少ないマスターランク継承者にして、ヴァレンシア王国の宮廷魔道士のお一人」

「なっ!? で、ではこの方が陛下とアレな関係の……」

「“例の噂”で有名な……あの……」

「だから違うって言ってんでしょうがっ!!」


 セレスの叫びは、虚しく天幕の間を吹き抜けるだけだった。


 そして彼女は知らない。


 彼女が探す漆黒の魔道士は、もうすでにこの陣営を遠く離れているということを。 

   

 二十二話目終了…

 


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