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異界の古代魔道士  作者: 焔場秀
第一章 偽りの王子
23/73

第十八話 あ~眠い。もう眠い。じゃあお休み… by桐也

  

「キリヤ。さっそくお前の力、俺たちに見せてもらうときがきたぜ」


 背後にアル姐さんとセレス嬢を従え、部屋に入ってきたのはアレクだった。

 両手に花とはまさしくこのことを言うのだろうな、と俺は内心いいご身分なアレクに内面的距離間を感じた。


「……ノックぐらいしたらどうだ?」


 睡眠不足な働かない頭で喋る気はしなかったが、自然と口に出てしまった。

 ふぅ……この世界に来てから、俺も随分と積極的になった気がする。良いことなんだろうが、やはり自分の中の何かが変わるような感じで、そのことを素直に受け入れられない。


「すみません、キリヤ殿。私がちゃんと陛下に言い聞かせますので」


 何故か知らんがアル姐さんが謝った。

 本当に責任感の強いお人らしいが、ダメな人間を甘やかしたら、ろくな大人にならないぞ?


 しかし、アレクはそのことに不満だったのか、口を尖らせてアル姐さんに突っかかった。

「おいアル。お前が昨日ノックの音がうるさいって言うからそのまま入ったんだぞ? むしろ成長した俺を褒めるべきだろう?」


 アレクが大げさに肩をすくめる。

 して、アル姐さんの返答は如何に?


「それでキリヤ殿? 昨夜はよくお休みになられましたか?」

「っておい!」


 華麗なる無視だった。

 目上の人相手に物凄く不敬な気がするが、そのことをアレク自身咎めるつもりはないようなので、特に問題はないのだろう。


 だが俺としては問題ありだ。


 この場合素直に寝ていないと答えるべきだろうか? いや待て、もし寝ていないと答えて、さらに何故寝れなかったのかと重ねて質問されたら、どう言い訳するんだ?

 

 頭で変な幻聴が聞こえて、その声が一晩中俺に話しかけてきたって言ったら俺は変人扱いになりかねないし、下手をすれば病院送りなんてことにも繋がるかもしれない。それは非常にまずい。俺の面子が危うくなるかもしれない。


 仕方ない。またホントのようなウソで乗り切るしかないな。


「……昨夜は一日中起きていた。精神統一で体内の魔力を練りこむ必要があったからな……」


 うん。これなら魔道士然って感じだし、上手く誤魔化せ――――――


魔力供給メディカルチャージのこと? でもあれって、睡眠取れば自動的にしてくれるはずだけど……?」


 それまで黙ってきたお嬢が話に加わった。


 メ、メディカル、チャージ? いや、なんすかそれ? 全然わからないです……。


「そういえば確かに。魔道士の精神統一での魔力の供給は、主に非常事態のみ行われる措置と聞いたことがあります。睡眠で魔力の補給が可能なのに、何故わざわざ精神統一を行ったのですか?」


 別にアル姐さんに悪気があるわけじゃないってことはわかってるが、そこまで直球に質問されると何だか脅されているみたいだ。

 

 俺はセレスに感情を悟られないよう顔を背けながら、

「俺の場合は例外だ。睡眠以外にも、一週間に一回供給を行う必要がある」

 苦しまぎれの嘘を堂々と言い切った。


「えっ? そうなの!? じゃ、じゃあ一週間に一回は必ず、一日中寝られないってことじゃない!」

 セレス嬢が驚きの声を上げる。

 え? 信じたのか?

「……『玉座の間』でのあの膨大な魔力。あれほどに強力な魔術を発動させるための裏には、精神統一という地道な苦労があったからなのですね……」

 い、いやアルテミスさん? そんな尊敬の篭った目で俺を見つめないでください。俺にも何も期待しないで!

「……まあ魔術のことはよくわからんが、要するにキリヤはすごいんだろ? ならなお更、その力を出し切ってもらわないとな!」


 そう言ってアレクは、いきなり懐を探り出したかと思うと、内ポケットの部分から何やら黒光りする物体を取り出し、俺に差し出した。


「……これは?」

 俺の問いに、アレクは不敵に笑った。

「その黒い目を隠すためのマスクだ。あんたの正体が、古代魔道士エンシェントウィザードだと気づかれると後々面倒だからな。人前で仕事するときは、そのマスクを常につけておいてくれ。あくまで”俺の弟”として振る舞ってもらうぞ? いいな?」


 アレクの弟というのが気に入らないが、アレクが言った“仕事”という単語に俺は少し表情を改めた。

 

 働かざるもの食うべからず。


 この世界にやって来てほとんど迷い込み状態の俺は現在、金銭なしの無一文だ。

 今はセレス嬢の恩人(アレクの恩人でもあるらしい)という客人の立場だが、それがいつまでも続くわけがない。職を見つけなければ野垂れ死ぬだけだし、仕事を探そうにも、この世界の労働の仕組みがよくわからない以上、下手に街を歩き回るのは自殺行為に等しい。いっその事俺の私物を売り飛ばそうかとまで考えていた矢先、なんとアレクから「俺の家族にならないか?」と誘いを受けてしまった。


 俺は愛の告白プロポーズをされているのかと一瞬ゾクッとしたが、本人曰く俺の立場は弟ということだ。確かに養子として迎えるには年が近すぎるし、婚約者としては……まあ言わんでもわかるだろう。というか俺が言いたくない。


 で、その後アル姐さんにも力を貸してくれと頭を下げられて頼まれてしまい、断るに断れない状態になってしまった。

 いや、頼まれなくてもこちらから頼んでいたかもしれない。

 何だって今の俺は無職であるし、破壊してしまった柱の償いもしなければならない。


 そう言えば…あの柱結構重要みたいだったぞ? この宮殿自体に悪影響はないのだろうか……。




              ===============




 弟を紹介するとアレクより聞かされて、ヴァレンシアの国家中枢を担う国王の重鎮たちは、小会議室に席を移していた。

 前王ガレスに隠し子がいたということに皆驚愕したすぐ後だったせいか、この場の雰囲気はどこか重々しい。


 その中で軍務大臣のファーナグは、隣に席を取る内務大臣と“国王の弟について”議論していた。


 内務大臣の名はオレイアド。背に羽毛の翼を持つセイレン族の男である。

 セイレン族は、同じ鳥人種の中では一番寿命が短いが、その年月は人間族とほとんど変わらない。

 ただ、ある一定の年を越えるとそれっきり肉体的成長が一切止まってしまうため、運動や力仕事を行うセイレン族はほとんどいない。代わりに魔道士や錬金術師といった頭脳を使う職に就く者が多く、このオレイアドという男も、その衰退しない脳を最大限に利用して長年大臣職を勤めてきた政治家の一人である。


「ランスロットのリディア侵攻の報といい、弟君の件といい、陛下はいつも、私達が予期せぬ場面で驚かせてくれますね」


 淡い青色の髪を揺らし、オレイアドは顎に指を添えて優雅に微笑んだ。

 人間の寿命ならとっくに初老を迎えているはずなのに、その皺一つない整った顔立ちは二十歳を少し過ぎた美青年にしか見えない。


「リディア侵攻に関しては驚くこともなかろう? ランスロットの軍事的威圧は今に始まったことではない。近々第二の進撃を開始するだろうと、軍上層部はすでに予想していた。ただその対象がリディア王国であっただけのこと……」


 腕を組んだファーナグが、横目でオレイアドを窺う。

 しかし内務大臣はそれを特に気にすることもなく、口元の微笑を絶やさぬままファーナグに視線を向けた。


「私が言っているのはそういう意味ではありませんよ。何故陛下がリディア侵攻の報を誰よりも先に知っておられたのか、という真相に対してです」

「斥候からの連絡だと、陛下がお話になっておられたのを聞いていなかったのか?」

「もちろん聞いていましたとも。ただ、その斥候が何者なのか気になっておりましてね……」

 

 微かに眉を顰めた軍務大臣に、オレイアドは笑みをさらに深くして目を細めた。


「昨日送られた偵察隊は皆優秀な偵察兵でした。しかし、現在はその部隊とも連絡が取れず、任務達成も成しえていないご様子……。彼らにできなかった任務が、何故その斥候とやらは潜入を成功させ、しかも滞りなく情報をヴァレンシアに届けることができたのですか?」

「それを知ってどうされる? 内政を担う貴公が、軍略に首を突っ込んだところで政治に進展など得られんぞ……?」


 素っ気無いファーナグの返答にも、オレイアドは顔色一つ変えずさらに問う。


「その斥候は魔道士なのですか? それとも、北方から雇った情報屋サーチャーなのでしょうか?」

「くどいぞオレイアド公。たとえ高等幹部の一人である貴公であろうとも、これは軍事機密に関わることだ。おいそれと他人に話せるものではない……」

「……はぁ。わかりました。そこまで言われては、諦めるしかありませんね」

 

 頑として口を割らないファーナグに、オレイアドは小さくため息をついて引き下がった。

 しかしその表情は相変わらず微笑を含んだままで、何がそんなにおかしいのだろうかと、ファーナグは時々不気味に思う。


「ところでファーナグ公?」

「……何だ?」

 他の大臣たちの話に加わろうと席を立ったファーナグに、オレイアドは唐突に話しかけてきた。

 それがまるで見計らっていたようで不快だったが、そのオレイアド本人が普段と違って真剣な表情をしていたため、ファーナグは内心舌打ちしながらも渋々席に戻った。

「昨日の、『玉座の間』での事件はご存知ですか?」

 声を潜めたオレイアドが、ファーナグに身を近づけて呟く。

「…………例の…ランスロットの刺客のことか……?」


 そのことならファーナグも昨晩秘書から伝えられている。

 今までアレクの命を狙うものは多々いたが、『玉座の間』までその魔の手が潜んでいたとはファーナグにとっても予想外だった。アレクの命に別状はなく、その刺客は、たまたま『玉座の間』に居合わせた客人の魔道士によって取り押さえられたらしいが、宮殿内部にまで敵に潜入されたとなると、これからはさらなる厳重な警戒を敷く必要がある。“アレクのお忍び失踪”を防ぐよい手立てではあるが、宮殿に住まう他の者達に余計な不安を与えかねなかった。


「まさかオレイアド公。王族の命を狙ったその大罪人が逃亡したとでも言うまいな?」

 鋭い視線を内務大臣に投げかける。

 鬼人族は魔人の端くれだが、それでも魔人種なのには変わりない。睨みだけで飛竜ワイバーンを怯ませることができる“魔眼”を持ち、その威力は獣人族やドワーフ族をも凌駕するほどだ。

 しかし睨まれたオレイアドは表情を強張らせるどころか、その顔に笑みをつくった。

「違いますよ。実は、暗殺者から陛下の命をお救いしたその魔道士殿。どうも陛下の弟君らしいです」

「なっ、なにぃ!?」


 あまりの驚愕に、ファーナグはらしくもなく声を荒げた。

 周りが一斉に静まりかえり、視線がファーナグに注がれる。


「ふぅ……やれやれ……」

 隣でオレイアドが首を振って呆れていたが、それを気にしている場合ではない。

 何とかして場を取り繕ろうと、ファーナグが咳払いしたときだった。


「よぉ! 国家の何たるかを担っている何たるか諸君ッ!――――――ってあれ? 何だこの空気?」


 突然何の合図もなしに扉を開け放って入ってきたアレクは、まるでなってない適当な挨拶を済ませた後、この部屋の状況を見回してから眉を顰めた。


「“何たるか”って何ですか!? やる気がないんなら後から入ってきてくださいよ!」

 さらに響いた大声に続いて入ってきたのは、宮廷魔道士のセレス。


「まったく……どうするのですか陛下? この部屋の温度が低下の一方を辿っていますよ?」

 そして次に現れたのは、ヴァレンシアを守る『国家の盾』、近衛騎士団を率いる若き女性団長アルテミスであった。


「言っておくが“これ”は俺のせいじゃないぞ? 部屋に入ったときはすでにこうなっていた」

 アレクは弁解するが、後から入室した者たちにはそれが嘘だとしか思えない。

 唯一その真実を知る部屋の住人たちも、いきなりの国王陛下来訪と緊張感の欠片もないアレクの態度に、気を引き締める機会を完全に見逃してしまっていたのだから、どうしていいのやら決められずにいた。


 だがその空間でただ一人、背に白い翼を持つセイレン族の男はその急な訪問に慌てることなく、しかも好意的な微笑さえ浮かべてアレクを援護した。


「陛下のおっしゃる通りですよ。この部屋が沈黙と化した理由は、ここにおわす軍務大臣殿が実にくだらないご冗談を言われたからです。いや~今思い出すだけで身も心も凍り付いてしまいそうです」

 

 その悪びれた様子もない愉快な口調は、何故か加害者になったファーナグ自身ですら、本当に自分が悪いのだろうかと思いそうになったほどである。

 その一時の思考の混乱がファーナグに反論の隙を与えず、オレイアドの弁解に同調したアレクが眩しいくらい明るい表情でファーナグを振り向いた。


「グレン。お前の趣味は冗談だったんだな!」

「えっ? い、いや…その……」

 

 違うと言い切りたかったが、そうなるとアレクが再び女性陣二人に責め立てられてしまう。

 それは国王を守るべき家臣としてどうなのか、となれば、やはり簡単に反論できず、ついうろたえた応答をしてしまった。

 

 結局そのままファーナグの冗談好きの話は、ファーナグにとって何も解決しない形で終了し、オレイアドを睨みつける彼を、アルテミスは同胞を見守るような穏やかな表情で見つめていた。


「よし! 皆揃ってるな? それじゃ、入ってきてくれ!」


 アレクが扉に向かって手招きする。

 

 それに釣られるようにファーナグたちも横を振り向いた瞬間、彼の視界の隅に黒が舞った。


「ほう……」

 

 背後からオレイアドの感嘆が聞こえる。いや、オレイアドだけでない。元々この場に集まっていた官僚や他の大臣たちも、“その人物”を注視してそれぞれ驚きや怪訝といった表情をつくっている。


 ファーナグ自身例外ではなかった。

 

 ゆっくりと部屋に入ってくるその者はまるで影だった。

 容姿も含め、気配や感知範囲センスエリアに感じる魔力の波動。その全てが空気に溶け込む寸前のようで、このまま消えてなくなるのではないかと信じてしまうほどに。


「紹介しよう。こいつが俺の弟で、名をキリヤ。キリヤ・ファレンス・カンザキ・ヴァレンシアだ。今作戦の援軍部隊総指揮官として、一時的ヴァレンシアの東方軍に加わることになった。以後よろしく頼む」


 事務的な口調になったアレクに、家臣たちは姿勢を正しながらも、その視線はやはりアレクの隣に立つ人物に向けられてどこか落ち着きがない。


 しかしそれは仕方がないと、ファーナグも同じ気持ちだった。


 “その人物”を一言で表すとしたら“影”。もしくは“闇”といったところだろう。

 ヴァレンシアの王族の証である黒髪に、同じく艶のある黒いローブ。ローブから覗く服装も全て黒一色。そして何より目を引いたのが、目元を隠す金属製の仮面だった。

 

 夜間専門の暗殺者でも、ここまで黒を追求する者は滅多にいないはずだ。

 しかも朝方にこんな容姿が何とも不思議で、ファーナグも思わず目を奪われてしまった。


「キリヤは魔道学にとても秀でていてな。魔道研究者も度肝を抜かすような見たこともない魔術を使うんだ」


 まるで友人に自慢話をするかのように、アレクはキリヤの肩に手を乗せようとする。



 ――――――だが



「俺に触るな」


(な、何っ!?)

 

 アレクの伸ばされた手を、キリヤは身体を横にずらす動作でかわした。

 これには大臣たちも絶句。

 もちろん、ファーナグも例外ではない。


 たとえ同じ王族でも、仮にもアレクは国王なのだ。接触を拒んだのは良しとしても、一国の君主相手に軽口を叩くのは身内でも許されるべき行為ではない。


「お、おいキリヤ。避けるなよ、傷つくだろう…」

 口元を引きつらせながら苦笑するアレク。

「ふざけるな。あんたは俺のことを知ってて尚、俺を触るのか……?」

「? ……どういうことだ?」

 アレクは首を傾げる。

 言われている本人は何もわかっていないようだ。

「もういい……」

 ため息をついたキリヤは、そのまま後ろに下がり壁に寄りかかった。


「…………」


 張り詰めた空気が支配する部屋を、異常なほどの緊張感が包む。

 アレクに同行していたセレスやアルテミスも、この場の状況に困惑しているようで、アレクとキリヤを交互に見比べているだけで何も言おうとしない。大臣たちも同じだった。

 しかしオレイアドなら何とか現状の打開策でもあるのではないかと、彼を振り返ってみたが…… 


「…………」


 相変わらず何を考えているのかわからない微笑を浮かべ、他の大臣たちと同じく成り行きを見守っていた。  

 だから何がそんなにおかしいのか。

 いや、待て待て。余計な疑問に考えを怠るな。どうすればこの状態を――――――


『頼む! ここを通してくれっ』

 突然、切羽詰った声が扉を隔てた向こうから響いた。

 全員の視線が扉に注がれる。

 警戒したアルテミスがアレクの前に立ち、セレスが指を合わせて詠唱の構えに入った。

『何者だ! 所属の部隊と階級を言え!』

 もう一人別の声が聞こえたが、これは恐らく扉の番をする近衛兵だろう。察するに、いきなりやって来た兵士を足止めしているといった状況だろうか。


「……何事でしょうか?」

 ファーナグに近づいたオレイアドが、声を潜めて問う。

「わからなぬ……」

 ただ一言そう呟いて、ファーナグは部屋を見回した。

 この場に詰めるほとんどの者は戦闘経験がない。大臣の中で唯一戦いに自信のあるファーナグを除けば、他の文官は戦いとは無縁に等しいのだ。 

 皆怯えと不安の表情で扉から遠ざかっているのに対し、やはり国家の守護者たちはさすがと言うべきだろう。

 アルテミスは構えこそ取っていないが、その目は油断なく扉を睨んでおり、セレスに至っては確認する前に魔術を発動してしまいそうだ。

 

 そしてその状況下で、ファーナグが一番関心したのがキリヤの態度だった。

 緊迫した状況であるにも関わらず、キリヤは興味なしといったふうに先ほどから体勢を変えず、腕を組んだまま壁にもたれている。

 何が彼をそこまで余裕にさせるのか。

 ファーナグは外の騒ぎよりも、キリヤの悠然とした態度が何より興味を引いた。

 そもそもアレクの手を避けたとき、彼は傲慢や高飛車というような口調なしに、言葉に高圧的な雰囲気を漂わせていた。

 離宮育ちで世間知らずな青二才と思っていたが、それはどうやら間違いだったらしい。

 

 キリヤの人に触れられるのを極端に嫌う徹底した孤立は、自分自身をさらなる高みに進める戒めという名の代償だと、ファーナグは確信していた。

 何故ならファーナグ自身、この地位を確立するまで必要以上に他人と関わることはなかったからだ。

 

(キリヤ殿下は魔道学がご優秀らしい。ならば、その腕前も伊達ではないのだろう……)


 一人だけ場違いなことを考えていたファーナグはしかし、扉を開け放った一人の兵士によって思考を中断させられた。


「も、申し上げます!」

 その兵士は息も絶え絶えで、ふらつきながらアレクの前に屈んだ。

「どうしたのです。いったい何事ですか!」

 アレクを背に庇うアルテミスが、兵士を見下ろして問う。


 ファーナグは一瞬、横目でキリヤを窺った。

 しかし彼は未だに身体を起こさない。兵士を見向きもしなかった。

  

「魔道…管理局に、先ほど急報が……」

 兵士の言葉に、アレクが眉を顰めた。

「急報だと? どこからだ?」

「とう…東部戦線です。……斥候からの報告が……リディアより届いた、と……」

 

(リディアだと!? あの小僧め……勝手に持ち場を離れたな……)


「それで? その報告には何とあったんだ?」

 アレクが先を促す。

 全員が固唾を呑んで見守る中、息を整えた兵士が口を開いた。




「つい先ほど、王都に集結したリディア軍が北に向かって軍を発したとのことですっ!!」



  

 その声が響いた途端、キリヤが身体を起こすのをファーナグは目撃した。




              ===============



 

「ちょっと陛下! キリヤ君を弟にするなんていつ決めたんですかっ!?」

 廊下を歩きながら、先頭をゆくアレクにセレス嬢が突っかかった。


 お嬢が部屋を飛び出した後だ、と言ってやりたかったが、生憎と俺は今眠気を堪えるのに精一杯で話すのも一苦労な状態にある。とてもじゃないが話に加われなかった。いや、俺の場合健康体でも会話に加わらないかもしれない。


「いつって…昨日の昼だ。お嬢に任務での話をいろいろ聞いて、飯食って、執務室で雑務やって、キリヤに挨拶してねぇなあ~と思ってアルと一緒にキリヤに会いに行ったときだな」

「えっ!? じゃ、じゃあ、あたしとすれ違いになってたの……?」

 ちらっと、俺を見るセレス。

 その表情はどこか悔しそうに俺に見えたが、たぶん見間違いだろう。

 この仮面思ったより、というか思った通り視界が悪すぎる。至近距離で他人と向かいあったら、絶対鼻周りしか見えないはずだ。

 

 くそ! 素性を隠すためか何だか知らないが、その前に俺の視界を覆い隠してどうするよ!? 


「何だぁ? もしかしてお嬢もキリヤの部屋に行ってたのか?」

「うっ…………! 少しだけキリヤ君と話しただけですけど……」

 ちらっと、またしても俺を見るセレス。

 ……そんなにこの仮面が変か? 俺笑い者だけにはなりたくないぞ?


「それで陛下。キリヤ殿の正式なお名前はどうされるおつもりですか?」

 と、それまで黙っていたアル姐さんが話を振る。


 しかし姐さん。俺の正式名は神崎桐也だ。

 他の何者にもなるつもりはないから、“正式”なんて言わないでくれ。


「名前か? う~ん、そうだな……。キリヤ、お前は幼名とか旧姓とか、今使ってない氏名はあるか?」


 何だそりゃ? 俺は生まれたときからずっとこのままだよ……。


 とりあえず首を振って否定しておく俺。


 だがそれを見た他三名は目を丸くするという反応を取った。いったい何なんだ?


「ないのか? そんなわけないだろ? お嬢が言うに、お前は貴族の出らしいじゃないか」



 き、貴族だぁ!?


 お、俺が貴族ぅ? いやいやいやいや!! それは何かの大間違いだ! 

 この世界に来てからというもの、俺は存在自体何者なのかわからなくなってきているがこれだけは断じて違うと言い切れる。

 

 性別→男

 

 性格→根暗(他マイナスポテンシャル付属)


 特技→“秘技”を除けば特になしだったが、こっちに来てからチート能力に開花。今後、チートの使い方次第で特技が増えていくように思われる。

 

 家族関係→妹が超能力者かもしれない(信憑率50%)。ただ、確率に関しては俺の人間不信という面も合わせて正確な数値とは限らない。両親も上記に同じ。 

   

 職業→学生だった。こっちでは無しょ……ではなくっ! 魔道士と呼ばれる魔術の使い手。しかし実際問題、俺は魔道士を一つの職業として捉えることはできていない。むしろゲーム感覚。じゃあやっぱりニートか……。


 経済状況→今のところ無一文。しかし元いた世界と大して変わらない。俺は根っからの貧乏人である。


 そうだ。俺は貧乏人なんだ。

 自分で言うのもなんだが、否定したところで現実は変わらない。いや、俺の場合現実からかけ離れたが懐はフリーなのには違いない。

 

 そんな俺が貴族の出だって?

 セレス嬢は俺のどこをどう見て貴族なんて思ったんだ? 


「俺は貴族ではない。見たら判るだろう……?」

「いや。見たまんまなんだが……」


 未だ俺の否定を信じられないアレクが、俺の姿をまじまじと見る。

 

「はい、私も同感です。その衣服は、一庶民では到底手が付けられないほどの高級な品に違いありません。私でも、ここまで手の込んだ布地は持っていませんから……」


 アル姐さんは眼鏡を押し上げ、俺のローブの襟元から覗く学校のブレザーに顔を近づけた。

 

 うっ。お、俺には触らないでくれよ……?


「へぇ~、公爵家のアルテミスさんでも持ってないなんて……。キリヤ君、実は王族だったりするの?」

「ああそうか! だから貴族って聞いて否定したんだな? 悪いなキリヤ。お前は王家の人間だったんだな」

「い、いや、そうではなくて……」

「王族の古代魔道士エンシェントウィザードですか。なるほど、これは新しい謎の解明ですね」

「ええそうよ! 世紀の大発見だわ!」

「…………」


 や、やばい! また話が大きくなっちまった!

 くそ! どうしてこの世界の連中はどいつもこいつも思いこみが激しいんだ?

  

 あ~なんか頭がクラクラしてきたぞ? ストレスと睡眠不足のせいで、思った以上に疲れるてるみたいだ。



 この疲労状態であの“ショタ声効果音野郎”が話しかけてきたら、俺はきっと倒れるな…。


「陛下! お待ちしておりました。大臣の方々も、すでにお集まりしております」

 突如前方から聞こえた声に、俺は足を止めた。

 見るといつの間にか廊下の突き当たりまで来ていたらしくて、声の主は扉の前に立つ兵士のもののようだ。

 っていうか兵士多いなぁ。凶器片手に家ん中動き回られてるのに、アレクは怖くないのだろうか。


「ああ。部屋の護衛ご苦労さん」

「い、いえっ! これが自分の仕事ですから、当然です!」

 かしこまった兵士が声を張り上げて答える。

 頼むから静かにしてくれ…。


 扉を開けようと横に身体を引いた兵士に、アレクは手で制して自ら扉を開け放った。


 バァアン!


 気持ちいいぐらい頭に響いた打撃音は、寸でのところで眠りに落ちかけてた俺の意識を戻させる。


「よう! 国家の何たるかってのを担っている何たるか諸君ッ! ――――ってあれ? 何だこの空気?」


 Zzz……


「あ、あんの…馬鹿陛下ッ……!」


 はっ!? い、いかん! 思わず立ったまま寝入ってしまった……!


 頭を振って眠気を払い、狭い視界の中、周囲を見渡す。

 だがお嬢とアル姐さんはもう部屋に入った後なのか、廊下には怪訝な表情をして俺を見る兵士だけしかいなかった。

 しかもその兵士も、俺と目が合った途端急に直立して身体ごと視線を逸らしやがった。


「…………」


 そんなにこの仮面って変か?

 俺って他の人から見たらアブナイ人みたいに映ってるんじゃね?


「――――それじゃ、入ってきてくれ!」


 部屋の奥からアレクが俺を手招きするのと同時に、俺は部屋の中に足を踏み入れた。


 なるべく他人と目を合わさないように、『影行動シャドウアクション』を駆使してアレクたちの元へ歩み寄る。

 うぅ~…仮面越しに感じる視線が痛い……。

 

「紹介しよう。こいつが俺の弟で、名をキリヤ。キリヤ・ファレンス・カンザキ・ヴァレンシアだ。今作戦の援軍部隊総指揮官として、一時的ヴァレンシアの東方軍に加わることになった。以後よろしく頼む」

「……!?」


 ちょっと待てい!!

 今の発言はいろいろと突っ込みどころがある!

 まず何で俺の苗字が中間名ミドルネームになってるんだ!? 

 そして総指揮官って何だよ!? トーホー郡? わけわかんねぇ! 俺に行政関係の仕事しろってか! 壊れた柱の修復作業とかじゃないのかよ!?


「キリヤは魔道学にとても秀でていてな。魔道研究者も度肝を抜かすような見たこともない魔術を使うんだ」


 と、気軽に俺に触ろうとするアレク。


 俺の体質のことはセレスより聞かされているはずなのに、それでも俺と接触しようとするこの男は鬼畜というべきか、それとも単なる馬鹿なのか。


 どちらにせよ、俺は他人に触れられるわけにはいかない。

 人を避けるために、長年培って(?)きた反射的回避力でこれをけた。


「俺に触るな」


 アレクの表情に、困惑と驚きが浮かぶ。

 その顔を見て、俺はしてやったりと内心歓喜した。


 どうだアレク! これこそが俺の第三秘技、名づけて『避躯ひく』。


 グィアヴィアの街でセレス嬢に腕を掴まれる瞬間は身体が反応しなかったので、もしかしたら知らず知らずのうちに忘れてしまったのかと不安だったが、まだ身体は覚えていてくれたらしい。

 

 しかし何故お嬢にだけ俺の秘技が通用しないのだろうか。

 『影行動シャドウアクション

 『人見知り事情の無表情』

 『避駆ひく


 今までこれを看破した者は妹ただ一人の独占王者だったが、短期間で俺を見切ったセレス嬢はある意味妹よりも性質たちが悪いかもしれない。

  

「お、おいキリヤ、避けるなよ。傷つくだろう……」

 アレクは俺に手を伸ばしたまま、顔を引きつらせている。


 ふんっ。知ったことか!


「ふざけるな。あんたは俺のことを知ってて尚、俺を触るのか……?」



 その瞬間だった。



「……っ!?」



 アレクの苦笑した顔が唐突に歪んだかと思うと、視界が一気に黒く染まりだした。

 身体の平衡感覚が定まらず、吐き気がこみ上げてくる。


「―――――――――だ?」


 アレクが何か喋った気がするが、そんなこと気にしている場合ではない。


 そう……俺は今、精神的に大分弱って倒れそうになっていたのだ。

 

 ただでさえ何か考えただけでも頭がクラつくのに、その上激しい運動なんかしたら完全に体の方がまいるに決まってる。この際俺が激しい運動をしていたのかということは置いといて、要するに身体動かすこと自体が苦痛であり、ここまで歩いてきた俺は相当頑張った方だと自覚しているわけだが、たかが寝不足如きで何が頑張っただ! ということになってしまうわけで……ってうがああああああああああ説明めんどくせぇーーーー! 


「もういい……」


 はぁ……。もう何もかもがどうでもいい。人間である以上、人が“睡眠”という欲求に勝てるわけないんだ。何で今まで我慢してたんだ? 俺。

 

 よし、寝よう。


 俺はそのまま後ろに下がり、壁にもたれる。

 身体を支えるものが加わっただけで、普通に突っ立っているより随分と楽になった。

 しかも部屋の中は物音一つしないほどの静けさに包まれていて、それがさらに眠気を誘う。


 なんだ。皆ジロジロと俺を見る変態かと思ったが、眠る俺のために静かにしてくれるなんて結構気が利くじゃないか。


 周りの人たちに感謝しつつ、俺は仮面の暗がりの中ゆっくりと瞼を閉じた。





















「――――――を発したとのことですっ!!」 

「!?!?!?」


 な、何事ッ!? はっ!? えっ!? 

 

 しかし俺の安穏とした睡眠は、理不尽にも誰かの大声によって破られることになる。

 十八話目終了…

 

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