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異界の古代魔道士  作者: 焔場秀
第一章 偽りの王子
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第十三話 Each desire ~それぞれの想い~

 俺こと神崎桐也は憲兵にひっ捕らえられて地下牢の堅くて冷たい石床に転がされていた…という展開になると思ったんだが案外そうでもなかった。


 いや、これに関しては素直に驚いたのなんの……。


 実は俺は現在、体育館のような広間からホテルの最上階スウィートルームみたいな大部屋のソファに座っていたりなんかしちゃったりする。

 何でこうなったのか? 俺にもよくわからないこととか結構あるんだが、どうやら出会った頃にセレス嬢が言っていた“客人”としての立場の当然の結果らしい。

 

 すでに宮殿広間の“支柱爆破事件”から数時間は経っているみたいだが、俺はその容疑を掛けられて捕まるようなことはなかった。むしろ“国王陛下の命の危機を救った大恩人”として兵士たちから持てはやされ、現状の不理解に苦しむ間もなく如何どうこうしていたら何故かこの大部屋にいた、ということだ。


 そういえば俺の魔術の暴走に巻き込まれたおっさんは大丈夫だろうか?

 眼鏡のお姉さん…もといアル姐さんは気絶してるだけだと言っていたが、俺の魔術に変な副作用効果なんてあったら大変だ。これは自分でもよくわからない能力だからな。調子に乗って無闇やたらと使わない方がいいだろう……。

 俺の身のためだし巻き込まれる相手のためでもある。


 魔術というのがいかに恐ろしいか身を持って知り、俺が反省していた時だった……


「ねえキリヤ君? ちょっといい……?」

 遠慮のない力強いノックをして部屋に入ってきたのは透き通るような金髪のツインテール少女。

 

 しかし俺が思うに今の発言には少々間違いがあるように思う。

 『ちょっといい?』と聞いたならまずは俺の返事を待ってから入るのが普通だろう? ノック早々扉を開けるんならわざわざ俺に許可を求める必要もないじゃないか。

 とは言ってもここは俺の部屋じゃないからどう返事すればいいのかわからないし、それを考えている間に短気なセレス嬢はきっと無遠慮に部屋へ入ってくるはずだから……


 ――――――結局全部お嬢次第じゃん。


「……何だ?」

「うぐっ……もしかして、怒ってる…?」


 顔を引きつらせながら後ず去るセレス嬢に、俺は内心首を傾げた。

 怒るって何が? 別に何もされてないし…っていうか俺は器物損害者だから、怒られるのは俺の方だろう?


「別に怒っていない……」

「…嘘。物凄く睨んでる……」

「…………」


 …目つきは元からです。

 どうもすいませんね、怖い顔でっ!


「ひぃ…! ほ、ほらっ! ちょっといかつくなったじゃない!」


 だから何で判るんだよっ! お前は読心術の使い手かっ!?

 俺の顔の微妙な変化で感情理解するなんて相当なプロだぞ!? その慧眼があったら魔道士なんかよりエセ占い師の方が儲かるんじゃないか? いっその事『読心術師』なんて職業ジョブを自分でつくればいいと思う。


「……そもそも俺が怒る理由がない」

「えっ? で、でも…アルテミスさんに暗殺者扱いされてたでしょ?」

「…………」


 確かにアレは少し落ち込んだが、それは俺のローブ姿がそう見えただけであって、別に俺個人としてじゃないだろ?

 まあ悔しくはあったが怒るほどでもないしなぁ……。


「それより……俺に用があったんじゃないのか……?」

 俺は無理やり話を逸らして、お嬢に用件を促すことにした。

「ああ、うん。……そのことなんだけどね」


 少し神妙な顔つきになったセレス嬢は、一度部屋の扉を開けて誰もいないことを確認し、再び戻ってくると俺の向かいのソファに座った。

 ちなみに今俺が座っているのは接客用の座席で、塗料製のテーブルを挟んでいる状態でソファが置かれている形になる。


「陛下たちに話したのよ。キリヤ君のこと……」

「?…………そうか」

「そうしたら、やっぱり薄々気づいてたみたい。あの“二人”…」


 “二人”っていうのは王様とアル姐さんのことだろうか? 

 しかし何に気づいてたんだ? まさか、俺の特殊な性格に気づいたとでも言うんじゃないだろうな。


「それもそうよね。だってあなたって特殊(魔術が)だから、すぐ他の人たちと違うってバレちゃうもの」

「なっ……!?」


 なっ、なっ、なんだとーー!!


 馬鹿なっ!? 何故俺の性格は特殊だということがバレたんだっ!? 『人見知り事情の無表情』でポーカーフェイスは完璧だったはず……! ましてやフードで顔を隠してたから見る隙もないじゃないか!

 まずい……これはまずいぞ! アル姐さんの方はどうか知らないが王様はきっと人をからかうことに快感を覚えるタイプだろう。セレスと喧嘩していた時にわかった。つまり王様は俺の体質を利用して地味で最悪な虐めを仕掛けてくる可能性がある。

 そうなったら俺はおしまいだ! 精神崩壊は免れない……! 

 

 はっ! ということはお嬢もずっと知っていたのか…俺の性格のこと……。まさか魔道管理局ってとこで俺をガヌロン爺と気まずい雰囲気にしたのも、魔道士たちから睨まれるような目に合わせたのも、全部俺の性格を承知の上でからかって楽しんでやがったんだな! なんて卑劣な奴だっ! お転婆なところ以外は良いところもあると思っていたのに、ずっと騙していたなんて……!

 ちくしょーー! やっぱりこっちの世界の人間も同じなんだなっ! 少しでも異世界人を信じた俺が馬鹿だった!



              ===============




「それもそうよね。だってあなたって特殊だから、すぐ他の人たちと違うってバレちゃうもの」

 

 正直あんな反則的な魔術を間近で見せられて勘付かない方が不思議なくらいだ。

 アルテミス宛に送った報告書には真実を隠してそれらしいことを書いたが、その時からアレクもアルテミスも、キリヤが『古代魔道士エンシェントウィザード』ということを考慮に入れていたに違いない。

 その証拠に『玉座の間』でセレスたちを待っていたときのアレクの表情といったら、まるで興味心と不信感を同時に体験したみたいなおかしな顔だった。彼なりに国王としての仮面を取り繕っていたのだろうが、それでもセレスにはその微妙な表情の変化に、複雑な感情が入り混じっていることを確かにとらえていた。

 キリヤが古代魔道士だということを前提に置いた考察だったのだろう。


「セレス……」


 不意に自分を呼ぶ呟くようなキリヤの小さい声が聞こえたので、セレスは視線を少年に向けた。

  

「…………っ!?」


 そこにあったのは底知れぬ暗い闇だった……。

 いつの間にか少年の黒い瞳は濁り、自分を睨み殺すが如く見据えている。

 セレスの肩が恐怖で跳ねた。

 それは今まで感じたことのない恐怖だった。

 ラズルクの森で魔獣に襲われたときとは比べ物にならないほどの圧迫感が、セレスを身体の芯まで震え上がらせる。


「ぁう…え、な、なに?」


 震えで舌が回らない。

 普段強気の彼女も、キリヤの怒気の含んだ視線にはかなわなかった。

 何故彼はこんなにも怒っているのか。自分は何か間違ったことを……


「なるべく“俺のこと”は他人に話すな……。大勢に知られた暁には、後で地獄を見ることになる(俺が)……」


 

 ――――――それは紛れもない脅迫だった。



 背筋も凍るような冷徹な声が、セレスの胸に深く突き刺さる。

 裏切られた感じだった……。

 何故だ? 管理局で王宮に報告したことを告げた時は何も反応を示さなかったのに……。どうして今になってそんなことを言い出す?

 失望と絶望が心を蝕んでいく……。

 結局彼は誰のためでもなく、自分のために行動していただけなのだ。

 その過程で自分の存在を広く露見されたとき、真実を隠蔽するために行動を起こす。


 それは自分の正体を知る者の存在を消すこと。死人に口なしとはよく言ったものだ。

 その答えを理解した時、身体の震えとは別に、セレスの心は冷め切ってしまった。

 

「……用件はそれだけか?」

「…………」


 低い声が聞こえてくる。

 だがセレスは返答できなかった。


「セレス……?」

「……ごめんなさいっ……!」


 結局耐え切れなくなった感情にそのまま逃げるように部屋を飛び出した。

 目指すは人気のない場所。セレスはただ一目散に廊下を走った。




               ===============



 ヴァレンシア王国の現国王であり、“不敵王”の二つ名を持つ男。アレクシード・ファレンス・エクス・ヴァレンシアは心躍る思いだった。

 何故なら世界で数人ほどしかいないと言われる伝説の魔道士、古代魔道士エンシェントウィザードを客人としてこの国に向かえているのだから……。

 その者の名をキリヤというらしい。性別は男。ローブで容姿はわからなかったが、セレスの彼に対する対応を見る限り、結構な若者なのだろう。

 百歳を超える健康老人とアレクは予期していたが、その予想はまるっきりはずれた。むしろそんな若い年齢で古代魔道士に就いているのは驚きだった。

 となると、やはり黒い瞳という外見的な特徴が備わっていないといけないのか……。

 

 まだまだ未知の部分は多々ある。

 だがその疑問もすぐにわかるだろう。何せその本人が今、この国の、この王宮の一室に滞在しているのだ。今から聞きに行くことも十分に可能だった。


 ――――――そう……隣で俺を“見張る”騎士団長がいなければ、とても容易いことだった…。


「どうしました陛下? 筆を持つ手が止まっていますよ……?」


 眼鏡の縁を持ち上げて、無表情にアレクを見下ろす女性。


 名をアルテミス・ケリュネイア。若くして、しかも女性ながら近衛兵騎士団の団長を勤める才色兼備な貴族の令嬢である。

 乱れ一つない近衛仕官の軍服に身を包んでいるが、はちきれんばかりの豊かな胸が窮屈そうに胸元を押し上げているためか必然的に曲線ラインには皺が刻まれている。


 苦しくはないのだろうか、と普段から思っていたがアレクは口には出さない。

 どうせ言っても、一言目には不埒だのセクハラだの自分を責めてくるに決まってる。

 そして二言目には必ず慰謝料を要求されるのだ。


 だがこれに関してはアレクにもわからなかった。

 名門貴族の息女で、しかも指揮官位の軍人である彼女が金に困ることはないはずである。

 それなのに何故か慰謝料請求。

 どうせなら職場の転属でも要求すれば、日々からかわれずに済むのではないか。

 まさか生真面目なアルテミスが冗談を言うとは思えない。小耳に挟んだ噂では、どうも彼女は『無情のアルテミス』という影の二つ名があるらしい。アルテミスが冗談を言うのは見ものだが、逆に冗談の落ちを自分に振られてでもしたら、それはそれで何か恐ろしいような気もする。


「陛下……。また善からぬことでも企んでいるのですね」

「おいっ。何で質問じゃなくて肯定なんだ?」

 心外だな、とでも言いたげに半眼になるアレク。

「陛下が考え事をするときは悪戯を思索するか不埒なことを妄想するときだと決まってますから」

「……お前はいつも俺をどんな奴だと思ってるんだ……?」

 アレクは机に積まれた書類の束から目を逸らすと、隣のアルテミスに向き直った。

 彼女はただ眼鏡を押し上げると、アレクを見向きもせず淡々と告げた。


「ヴァレンシア王国の命運を預かる“奴”です」

「“奴”はいらんっ! っていうか何気に王国の命運とか言って俺を脅すなっ!」

「脅したつもりはありません。現に今、このエリュマン大陸の国家間の均衡は崩れかけています。もし大戦が勃発したとき、ヴァレンシア王国を栄えある国として存続させるのは、全て陛下次第なのですよ。おわかりですか! 陛下が国民の運命を握っていると言っても過言ではないのです!」


 だからこそ王としての自覚をしかと持ってください、と一方的に話を進め、アレクに反論させないようにするアルテミス。

 父親から受け継いだこの国を守ることは、アレクにだって無論承知である。

 だがいつ起こるかもわからないいくさに対処するより、その戦を起こさせないことに意味があるのではないかとアレクは考えていた。

 戦争が起これば犠牲者が出ることは避けられない。少年期に父親を戦で亡くしたアレクだからこそ、大切な人を失う悲しみを誰よりも理解しているつもりだった。国が起こした殺し合いに巻き込まれ、悲痛に嘆く臣民を見たくはないのだ。

 たとえそれが敵国の者であっても……。

 

「それで陛下。いったい何を考えていたのですか?」

「少し……例の魔道士のことでな……」

「キリヤ殿の…ですか?」


 その時初めて、アルテミスの表情に動揺が生まれた。

 珍しいこともあるものだな、とアレクは思いながらも話を続ける。


「ああ……。偉大な魔道士様にちゃんとした挨拶してないからな。客人として王宮に招いたのに、国王である俺がお言葉なしというわけにはいかないだろ?」


 唇の端を吊り上げるアレクに、何を思ったかアルテミスは顎に手を当てて考え込んだ。

 てっきり即行で拒否してくると読んでいたアレクだったが、彼女の意外な反応の様子に驚くどころかつい拍子抜けしてしまった。

 しばらくしてアレクに向き直ったアルテミスは、これまた意外な言葉を口にした。


「わかりました。では、私も共に参ります」

「えっ!? い、良いのかっ?」

「陛下一人で行かせるわけに参りません。ただでさえ、先ほど“東国”の刺客に狙われたばかりなのですから、他に不届き者がいないとは限りませんでしょう?」

「い、いや…だったら俺を行かせなければいいじゃねぇか」

「行くのですか? 行かないのですか?」

「いえ、行きます……」


 アレクは椅子から立ち上がり、護身用の短剣をベルトに通すと、前を歩くアルテミスと共に執務室を後にした。

 アレクが側近の尻に敷かれていることは、まだ気づいていない……。

 



               ===============



 

  走りに走ってセレスがたどり着いたのは、植物の植えられた宮殿の中庭だった。

 ガラス張りの天井から降り注ぐ日の光が、生い茂る緑を神秘的に照らしている。実はこの中庭はとある人物の要望によって、アレク自ら計画して作らせた場所であった。元は訓練場があったらしく、ここの取り壊しに反対した兵士たちも振り切って強行したのだという。無茶苦茶な話ではあるが、セレスもこの場所は嫌いではない。むしろここの落ち着いた雰囲気に何度癒されたであろうか。

 仕事で嫌なことがあると、セレスは決まってこの場所へきていたのだ。


 幾重に張られた人工の小川を跨いで奥に進むと、花壇に植えられた色鮮やかな花弁が自分を迎えるように揺れる。その都度つど風に運ばれる甘い香りが鼻をくすぐり、今回も楽な気分になれるはずだった。


「…………」


 しかし、中庭の中央に造られた噴水の傍までやってきても一向にその気配がない。

 胸に溜まったわだかまりは、相変わらずセレスの精神を蝕んでいた。

 

 それは裏切られた喪失感と吹っ切れないことへの疑問。

 

 セレスを助けた漆黒の少年の行動は、結局は偽善でしかなかったことなのに、彼に掴まれた手の温かみが忘れられない。抱きとめられた時の少年の胸の鼓動が頭から離れない。

 それがとても心地が良いものだったから、なおさら決別することに抵抗を覚えていた。


 セレスは顔を上げ、噴水を見上げる。

 石を削って造られたそれは、その頂点に美しい女性像の彫刻を構えていていた。

 ローブを被り、足元までに届きそうな長い髪を後ろで纏め、フードから覗く顔には微笑みが浮かんでいる。その天に向けられる両腕はまるで降り注ぐ日の光を受け止めるかのようであり、セレスは時としてその女性像が生きているかのような錯覚にとらわれることがあった。

 

 彼女こそが初代国王、ウーサー・ヴァレッドの后であり、生涯夫を支え続けた妻女。レンシア・コンスタンチーヌである。

 文献に載る彼女の英雄譚は数知れず、セレスが図書館で漁った伝記書物にレンシアの話が綴られていないものはなかったほどだ。

 称号の数は古代魔道士エンシェントウィザードにも引けを取るまい。

  

 普段活発なセレスが髪を伸ばすのも、彼女に憧れている節があった。

 美しい見た目だけでない。彼女が掲げた教えが何より、衝撃的にセレスの胸に響いたからである。


 それが――――――


「『全てを愛し、全てを許しなさい。それが皆が手を取り合える真の絆です』 ……レンシア王妃は、とても寛容のよろしいお人だったのですね」


 突然セレスの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返るとそこにいたのは、純白のドレスを身にまとい、つやのある漆黒の髪を後ろで丁寧に束ねた少女がいた。

 ロングスカートの裾が擦れないように両手で持ち上げ、かかとの高いヒールで器用に歩きながらこちらに近づいてくるその少女は、闇を照らす月光のような金色こんじきの瞳を細め、綺麗に微笑んでセレスを見つめている。


「アプロディーナ様!? あの、どうして……? 今はまだお勉強のお時間では……?」

 アプロディーナと呼ばれた少女は、やがてセレスの前で立ち止まると小さく頭を下げた。

「お勉強どころではなくなりました。何でもお兄様が他国の魔道士にお命を狙われたとかで、宮殿中大騒ぎですから……」

「あ。勉強どころじゃありませんよね……」

「はい。とは言っても、わたくしはそれほどお兄様が心配ではありませんが……」

「…“不敵王”、ですからね」

「ええ。“敵なし”ですから」


 口元に手を当てくすくすと笑う少女は、清楚でとても上品な感覚が漂っている。

 

 彼女こそがヴァレンシア王国現国王の妹君、アプロディーナ・ファレンス・エクス・ヴァレンシアであり、この中庭発案者の王女である。

 そしてセレスがこの宮殿に仕えて初めて出会った同年代の少女にして、数少ない友人の一人でもあるのだ。身分としては大きな差があるものの、二人がその縛りを気にすることはない。


「ところでセレス。また何か嫌なことでもありましたか?」

 セレスの顔を心配そうに覗き込むアプロディーナ。

 それはこの場所で彼女と遭遇したときのいつもの言葉だった。


 セレスがこの中庭に来るのは、仕事での鬱憤を晴らすためであるのが大半である。

 しかしアプロディーナも頻繁にこの場所へ足を運ぶので、時々めぐり合わせになることがあった。その際はアプロディーナによく悩みについて相談し、彼女はセレスの言葉を全て受け止めた上で、いつも

的確な助言や応援を送ってくれるのだ。

 

 それがセレスにとっては嬉しい以外の何ものでもない。しかし今回は、その悩みをこの少女に打ち明けてもいいか躊躇われた。

 頭に響いたのは、客室でのキリヤの忠告。



『なるべく“俺のこと”は他人に話すな……。大勢に知られた暁には、後で地獄を見ることになる』



 セレスにはあれが冗談だとは到底思えなかった。

 何よりあの時の黒い無関心な目が、それを証明している。


 アプロディーナにキリヤの正体をばらすのは危険すぎる。セレスは良くとも、大事な親友を巻き込んでまでも今の苦悩から逃れるつもりは毛頭なかった。


「……セレス?」

 怪訝そうに顔をしかめるアプロディーナに、セレスは笑みを浮かべて首を振った。

「何でもないです、アプロディーナ様。あたしの機嫌は上々ですよっ」

「……親友のわたくしに隠し事ですか?」

「ううっ……」


 全てお見通しのアプロディーナに、動揺を隠せないセレス。

 しかも“親友”などと言われては、情厚いセレスに秘密を貫くこともできそうになかった。だからといって真実も言えないから、話をどう切り出していいかわからない。


 結局セレスはアプロディーナから視線を外すことしかできなかった。

 強情な性格だった自分は、たった一人の少年の言葉によって臆病になりつつある。それが何より恐ろしいはずなのに、自分の心はどこか上の空だった。


「……一人に……していただけませんか……」

 それはお願いというより呟きだった。

 そのいつもと違う親友の異常に息を呑んだアプロディーナは、素早くセレスの両手を掴み、胸元で強く包み込んだ。

 セレスの目が大きく見開かれる。

 その視線でさえも、王女は真剣な眼差しで受け止め、逸らすことなく見据えた。


「『全てを愛し、全てを許しなさい。それが皆が手を取り合える真の絆です』……セレス、あなたの苦悩は、あなた個人の問題ですか?」

「え……?」

「もしそうであるなら、わたくしも深い追求はいたしません。ですが、セレスの苦しみに他の方が関係しているのであれば、わたくしはセレスの友人としてこの問題を捨て置くわけにはまいりませんよ?」 だから、とアプロディーナは続ける。

「何があったのか話してくれませんか? どうすればいいのかは、その後で考えましょう。……もちろん二人で、ね?」


 柔らかく微笑んだ少女に、セレスはただ頷くことしかできなかった。

 喋ったら、泣いていたかもしれなかった……。



              =============== 

 


 

 ローブを着込んだまま、俺はソファに横たわっていた。

 フードはすでに外している。セレス嬢がいない今なら、見咎められる心配もないからな。


「…………」


 …くそっ。俺はまたやっちまった……。

 森でお嬢を突き飛ばしたときよりも、もっとひどいことをした。

 あのときは反射的に身体が動いたが今回は違う。

 

 セレス嬢を睨んだのは間違いなく俺の意思だ。

 俺への親切が偽者だということに気づいたとき、怒りのうちにセレス嬢に当たっていた。


 だがその反面、俺は睨みだけでお嬢が逃げ出すとは思わなかった。

 

 俺に謝って部屋を飛び出したときは、それこそ最初はわけがわからなかった。

 男勝りなセレス嬢だからこそ、いつもの強気な反論を俺は心の隅でどこか期待していたのかもしれない。いっそのこと殴ってくれた方がよかった。

 いやだがしかし…殴られるのはやっぱり痛いから嫌だ。


 済んだことを嘆いても仕方がないのだが、何か納得いかない。

 実はグィアヴィアの街で俺を待たせ続けたお嬢を睨みつけたことがあったが、その時は仰け反るだけで大して気にすることはなかったはずだ。

 では言い方が悪かったのだろうか。

 

 先ほどのことを思い出してみる。

 だが思い当たることはない。

 執拗な虐めという地獄が降りかからないように、なるべく他人に俺の体質の事を話さないでほしいと頼んだつもりなのだが、どうやらセレス嬢はそれが気に食わなかったらしい。

 ヘタレな俺に嫌気がしたのかもしれない。


 そんなことを考えながらソファの上で身悶えていると、不意に扉を叩く音が響いた。

 うおっ! び、びっくりした……。いったい誰だ?


 起き上がって耳をすましてみると、扉の向こうから声が聞こえてきた。

(陛下! そんな乱暴に扉を叩いてはお客人に迷惑です)

(寝てたらどうするんだ? 少しの物音じゃ目覚めんだろうが……)

(彼は例の魔道士なのですよ? お休み中でも足音でお気づきになられるでしょう)

(まさか、夜這いを警戒するアルじゃあるまいし……)

(現に彼は潜んでいた刺客を見破りました。その研ぎ澄まされた五感から察するに、キリヤ殿の実力は私を軽く上回っているはずです)

(俺のボケを軽く無視するとは、なかなかやるではないか)

(伊達に陛下の目付け役をやっていませんから……)

(…ったく、可愛げのない奴め)


「…………」


 その声には聞き覚えがあった。

 確か広間にいた王様とアル姐さんだろう。

 しかし人の部屋の前で“夜這い”やら“刺客”やらといった健全な高校生にとって恐ろしい言葉を普通に話す彼らは、ある意味お嬢よりもすごいかもしれない。いや、実際にすごいんだろうな。


 だがノック(?)されたのなら答えないわけにはいかない。

 俺はなるべく粗相のないように、言葉をかけた。


「……開いてるぞ」


 …まあこれでも間違いではないよな?

 鍵かかってたらそもそも開かないし、だから確認を取ることは大切だ。うん……。


 間も空かずに扉が開かれ、お嬢みたくズカズカ入ってきたのは不敵に笑う青年だった。


「よおっ。調子はどうだ魔道士殿。ここは大賓客を招くときに用いる大部屋だ。あんたにゃ絶対損はしないはずだ………ぜ?」


 意気揚々と語りだした男だったが、俺を視界に捉えた瞬間に黙りこくってしまった。

 口を大きく開き、顔を笑った状態のまま引きつらせ、まるで恐怖の夢を見た直後の寝起き姿のようである。

 

「……陛下? いったいどうし――――なっ!?」


 男の様子に疑問を感じたアル姐さんが前に進み出る。

 そして俺の顔を見た瞬間、いきなり言葉を詰らせた。


 ん? なんだよいったい……。俺の顔に何かついてるのか?


 さりげなく顔を触ってみたが、特に異常はない。

 

 しかし俺を呆然と指差す男の視線が、顔に集中している。

 そんなに見られると照れるな……。


「……お前…その顔……」

「……ん?」

「……似ています、とても。まるで瓜二つです……」

 似てる? 誰に?

「親父のガキの頃の肖像にそっくりだ……」


 知らねぇ~!

 つーか何だよこの間はっ!?


 いきなりのそっくりさん宣言に、俺は恥ずかしさよりも気まずさを覚えた。


  

 十三話目終了

 

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