第十話 名をアレクシード・ファレンス・エクス・ヴァレンシア。傲岸不遜の君主なり…
開け放たれた扉の先。
俺の視界にまず映ったのは雲一つない透き通る青空と眩しく輝く太陽だった。
「どう? 壮大でしょ? 王都の景色は……」
セレス嬢の声がすぐ隣から聞こえてくる。
普段の俺ならこの時すぐさま彼女から離れていたはずだ。だが俺の視線は扉の向こうに現れた色鮮やかというべき、活気ある街並みに向けられ、そのあまりの喧騒に頭が一時的に麻痺してしまった。
いや、それ以上に壮大過ぎた。
――――これが、この世界の大都会……。
「ようこそキリヤ君。ヴァレンシアが誇る夢と栄光の王都、イグレーンへ!」
セレス嬢の金髪が、視界の端で細い輝きとなって波打ったのを俺は見た。
「キリヤ君は王都に来たことはあるかしら?」
「いや……そもそもこの国に来るのは初めてだ……」
それ以前にこの世界に来たのは初めてである。
そしてそれ以上に異世界トリップしたのは驚愕の域を超えて初体験である。
「ふ~ん……。じゃあ王都の街を見るのも初めてなのよね?」
「…? あ、ああ。そうだな……」
「ふふ……王都の街並みを見たら、キリヤ君きっと驚くわよ」
木製のカウンターに肘をついて、紙に何やら書き込んでいるセレス嬢はとても楽しそうに鼻歌を歌っている。
この場合、俺が驚く=セレス嬢が嬉しい、と仮定してもいいのか?
「……何故そんなに楽しそうなんだ?」
「驚くキリヤ君の顔が見れるって思ったら楽しくなるものなの」
なんだそりゃ。
「だってキリヤ君っていっつも無表情でしょ? 感情の起伏が感じられないっていうか、表情の変化に乏しいっていうか……だからあたしたちの住む街を見て、ビックリ仰天するキリヤ君の顔は滅多に見られるものでもないし、驚いたキリヤ君ってどんな顔をするのかすごく気になるじゃない。そうでしょ?」
いや、そこは俺に振っちゃ駄目だろう。
「理解不能だ……。大体、俺が驚くとは限らんぞ……」
「ふっふ~ん……それはどうかしら」
自慢げに鼻を鳴らすセレス嬢は、手に持った筆をクルクルと指先で回した。
おいやめろ。インクが飛び散る。
「水と緑の繁栄の地に敷かれる国、ヴァレンシア王国。その歴史はこのエリュマン大陸の開拓当初から始まり、初代国王であったウーサー・ヴァレッドは自然の恩恵が目立つ大陸中央部に大規模な街建設の計画を実行する――――」
再び書き事に戻ったセレス嬢は、暗記した教科書を読み返すようにゆっくりと語り出す。
わからん……。何でいきなり歴史話になるんだ?
「――――十年の歳月をかけて造られた街は、やがて大陸を渡り歩く中継場所として広く利用され、その重要性の利点から、さらなる街の発展を施す第二次の大型建設が実施される――――」
紙と向き合うセレス嬢の筆の動きは止まらず……。
そしてそれを傍から待つ俺は結局何もすることがないので、その場に立っているだけだ。
「――――魔獣の脅威や自然の災害にも屈しない頑強な経済都市。大陸中から掻き集められた有能な魔道士やドワーフの職人たちはその目標を第一とし、多くの犠牲を払いながらも完成させた城壁街は、その全ての建築物を頑丈なレンガ造りと石造りによって構成され、その分厚い壁は気候の変化にも影響を与えず、当時の都市としてはまさに誰もが憧れる夢の街であったのである――――」
遅い……まだなのか? お嬢はいったい何を書いてるんだ?
俺は早く外に出たいんだよ。あんたの言う驚くほどすごい王都の街並みを今すぐ拝見したいんだがなぁ~。
しかしセレス嬢の手は止まらない。
紙にひたすら何かを書き続けている。
「――――夢の街完成から二十年後。ウーサー王はその街を正式に王国の首都と定め、地方に伸びる最大経済通域を国の境として新生ヴァレンシア王国の建国を宣言した。文明開化の中枢を担った大陸最初の大都市は、完成から千年経った今でもその栄光の輝きを失うことはない――――」
長い長い街の歴史を語り終えたセレス嬢は今度こそ筆を置くのかと思ったのだが……
「…………」
「…………」
そう思うように上手くはいかなかった。
むしろ字を書くスピードが一段と上がっているんじゃないだろうか。
くそ! 浅はかだった……!
そういえばお嬢は、何か喋る度に身体の動作が激しくなっていくのだ(変な意味はないぞ)。
ガヌロン爺の執務室に飛び込んできた時も、喚きながらの身振り手振りが物凄かった。その時の俺は正直驚愕してその驚きが表情に表れていたはずなのだが、興奮していたお嬢は俺の顔など眼中になかった。それはそれでお嬢は惜しいことをしたな、と思う。
いや、そんな事はどうでもいい!
問題は俺がセレス嬢に話しかけたのが原因だということ。その所為でセレス嬢は昔話を始めたわけだが……。
……結局何が言いたいんだ?
「あ、あの…魔道士様……?」
セレス嬢が肘をつくカウンター。
その向かいに座っていた受付員と思われる女性の魔道士が、今だ筆の動きが衰えないセレス嬢に恐る恐るといった感じで話しかけてきた。
「うん? なに……?」
「……その、大変申し上げにくいのですが……文字数が千字を超えられますと、伝報水晶に読み込むのに非常に無理がございます……」
「えっ? 五千文字まで大丈夫じゃなかったっけ?」
「それが……『東の国』に新たな動きがあったとかで、軍の方々が拡張型の伝報水晶を全て貸しきってしまいまして…」
「嘘!? そんな話あたしは聞いてないわよ!?」
セレス嬢が身を乗り出して受付魔道士に迫る。
それに合わせて受付の人も後ろに身体を反らした。
「い、いえっ! その報が届いたのは昨日でしたから、まだ王都にいらっしゃる方しかご存知ありません、はい……!」
「え? そ、そうなの…? じゃあ仕方ないわね……」
乗り出した上体を戻すセレス嬢。
うむ……。何の話かさっぱりわからん。
軍がどうとか言ってたし、お嬢のあの慌てぶりでは決して善いことではないのだろう。
だが伝報水晶なら知っている。たしか『グィアヴィア支部案内パンフレット』の説明欄に記載していたはずだ。
俺はズボンのポケットに折りたたんで入れておいた羊皮紙を取り出し、破れないように慎重に開く。
どうもこの羊皮紙っていうのはそれ程丈夫ではなく、少し力を入れただけでも千切れてしまうようだ。まあ俺自身この世界に来てから身体能力が格段に向上していて、筋力も以前の倍ぐらいはあるみたいだから、無意識に力を入れてしまっているのも原因として一理あるんだろうが……。
『伝報水晶。分類:魔道具。用途:文字による情報伝達手段。事前に文字が書された紙を特製の水晶に照合させることによって文章を読み取り、伝達させたい場所に送ることが可能。ただし、その送り場所に水晶が設置されていることが最低条件である。※文章作成に用いた筆や用紙等に関しては、特に限定はされない※』
……なるほど。
つまり伝報水晶ってのは地球であるところの電子メールみたいなものなのか。たしかに情報伝達としては速いし便利だよな。
そしてセレス嬢は紙に書いた内容を伝報水晶を使って誰かにメッセージを送りたい。けど何かいろいろ不具合があって困っている、と。
うん、大体お嬢のやってることもわかってきたぞ。
俺も結構この世界の専門用語に慣れてきた気がする。
『ピロリロリン! キリヤはかしこさが2上がった……!』
…………は?
「セレス……俺をからかうな」
「へ? あたし何も言ってないわよ?」
「…………」
……あれ? 気のせい……なのか?
「それよりもキリヤ君。早く外に出ましょう!」
セレス嬢が嬉々として建物の出口へと歩き出す。
お嬢はそんなに俺に街を見せたいのか? いや、この場合俺が驚いた顔も込みだったっけ?
「用事はもういいのか?」
「ええ、終わったわ。内容は少なくなったけど、キリヤ君のことも含めて知らせておいたから」
「俺のことだと? ……いったい何を書いて何処に送ったんだ?」
俺の問いに振り向いて不思議そうな顔するセレス嬢。
「何って……ラズルクの森の調査報告よ。それを王宮に送ったの」
「そこに何故俺の名前が出てくる?」
「ええ!? ちょっとキリヤ君! まさか忘れたの?」
何が? 鞄はちゃんとベルトにぶら下がってるぞ。
「命の恩人!」
セレス嬢は腰に両手を当てて頬を膨らませる。
うむ。普通に可愛い。ぶりっ子って感じがしないな。
「あたしが誘ったんでしょ! キリヤ君を客人として、王宮に招くって!」
うおおっ! わ、わかったから俺に近づくな! ふ、不自然な痙攣が起こる!
「はぁ……。古代魔道士ってみんなこうも自己中心的なのかしら? 何か日常から少しずれてるっていうか……」
「…………」
……その言葉、エンシェントウィザードって単語抜きにしてそのままお嬢に返してやる。
「さあキリヤ君! こんな寂れた魔道士の詰め所なんかより、外の活気ある空気を胸いっぱいに吸い込むのよ!」
胸の前でガッツポーズを取って大声を上げたセレス嬢は、途端に周囲のローブ人たちに睨みつけられた。
馬鹿だよホント……。張り切るのはともかく、他の人に喧嘩売ってどうすんの?
空気吸い込む前に空気読もうよ。『寂れた魔道士の詰め所』ってのは正直同感だけど……共感するけど、やっぱりそういうのは心の中に留めて置くのが賢明だ。仮にも王立の管理局なんだからさぁ……っていうお嬢も魔道士だよね!? あなたもこの建物の利用者だよね!? しかも友人が働いてる場所じゃん! どうして馴染みある建築物を侮辱してまで俺に王都の街並みを見せたいかなぁ……ってツッコミどころ多すぎじゃボケッ!!
俺は敵意の篭った魔道士たちの目を背中に感じながら、いそいそとセレス嬢について玄関へと向かった。
ちくしょう! 俺は濡れ衣だ! 言ったのはセレスさんです! 僕は無実だーー!
「ねぇキリヤ君。この建物薄暗くて陰気臭いわよね?」
「ああ……」
ギロッ……!
「…………」
……決めた。俺もう二度と此処にこない。そしてお嬢は一生恨まれろ。
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ヴァレンシア王国最大の都市にして、大陸最古の城壁街、夢と栄光の王都イグレーン。
その建築物の大半が丈夫なレンガによって建てられ、色鮮やかに建ち並ぶ街並みは、街の中央部……王国最大の権力者が居座る宮殿に近づくにつれ、その標高を高くしていた。
遠くから王都全体を眺めると、円錐をなだらかにしたようにも見えなくもない。何分、街を包み込む巨大な城壁がその半層を隠しているため、街の詳細な形状は設計図でも見なければ知りえないからだ。
そのもっとも高い場所に建つ建物たる宮殿の内部。
大理石で造られた幅広い廊下をカツカツとブーツの音を響かせて歩いているのは、仕官の軍服に身を包んだ一人の女性。
名をアルテミス・ケリュネイア。齢二十三歳。
ヴァレンシア王国軍の精鋭、『国家の盾』と呼ばれる近衛騎士団をを率いる団長である。
その証拠に腰には金の装飾が施された一振りのレイピアが鞘に納まり、軍服を押し上げる豊かな胸元には、近衛騎士団の一員である証の交差する剣の紋章が刺繍されている。
絶世の美女と言っても差し支えないその整った顔立ちからは表情が読み取れず、額縁のない眼鏡から覗くつり上がった目は油断なく前を見据えていた。
否。それは睨んでいるようにも見える。
普段勤務に私情を持ち込まない彼女であったが、現在はその歩みの速さに焦りを含み、その切れ長の瞳はいつにも増して険しい。
如何なる時も冷静な彼女にとっては珍しいことであった。そして裏を返せば、それはアルテミスが動揺する程の緊急事態が起こったということになるのだ。
実際に彼女は自分の執務室を風のように飛び出し、とある報告をするために主君の元へと先を急いでいる。
片手には一枚の紙が握られており、歩きながらもその紙の内容を確認するように何度も目を通していた。
やがてその内容が自分の間違いでないことを理解すると、アルテミスはその切れ長の目をさらに細め、ほとんど早足の状態で目的地まで進んでいく。
そのらしくない行動に、廊下の歩哨に当たっていた兵士までもが軽く目を見開いたぐらいである。
やがて彼女がたどり着いた場所は、宮殿の上階。二人の衛兵が守る巨大な鉄の扉の前だった。
アルテミスはその場で一旦立ち止まると、軍服の乱れを直し、後頭部で結い上げた燃えるような真紅の髪を整え、美貌を覆う縁なしの眼鏡を掛け直すと、軽く息を吸い込んだ。
「ヴァレンシア王国近衛騎士団団長、アルテミス・ケリュネイアです。国王陛下に報告の謁見を望みます」
内心の動揺はともかく、声音は高くはっきりとしていて凛々しかった。
要望を聞いた衛兵は、アルテミスの言葉に敬礼して迷うことなく鉄の扉を外側に引っ張る。
重いものが地面を擦れる摩擦音を上げながら、巨大な扉はゆっくりと開いていく……。
外開き仕様なのは、外来からの侵入者を正面から強行突破させないためだ。この国では、要人が行動する主な場所では大概外開きの扉になっていることが多い。つまりそれを含め尚且つ衛兵の守りや鉄でできた頑丈な扉が設置させた大部屋となると、王が住まう宮殿にとって場所は一つしかない。
がごーん、という大きな反響音と共に完全に開いた扉。
アルテミスは一歩一歩慎重に歩みを進め、柔らかい絨毯を踏み締めながら奥へと進む。
人気のない広すぎるその部屋の最も奥に置かれた豪華な椅子。
国の命運を担う選ばれし者しか座ることが許されないその玉座に、アルテミスが目的とする人物が居た。
目の悪い彼女でも見分けがつくほどの漆黒の髪。
だらしなく着込んだ国王の礼服。
肘掛に肘をつき、猫背になりながらも器用に頬杖をするその男はとても王としての礼儀は備わってはいないだろう。
そのつまらなさそうなに細められた瞳は金色。その視線は大窓から覗く城下街に注がれている。
しかしその表情も『玉座の間』に現れたアルテミスを視界に捉えて一転。
眉と唇の端を同時に吊り上げ、何か悪戯を企む悪ガキのように顔を歪めた。
主の不敵な表情にアルテミスは憂鬱感を覚えながらも、玉座に近寄り膝を折って頭を下げる。
「よぉ、アル。今日も相変わらずデカイ胸してんのな」
頭上から聞こえた呑気な声に、一瞬頭に青筋を浮かべながらもアルテミスは冷静に話を切り出した。
「陛下…。無連絡の急な謁見、真に申し訳ありません。何分、ご報告したい事がございまして…」
「報告だと……? おお、そうか! やっと教える気になったか!?」
「……は?」
検討違いな主の雰囲気に、思わず顔を上げるアルテミス。
「陛下? 何か勘違いをされてはおりませんか?」
「勘違い? 何を言っている。お前は今から俺に報告するんだろうが」
「いえ。ですから、その内容をご存知で?」
「アルのスリーサイズ」
「不埒です陛下。死んでください」
「……お前、たまにお嬢より口が悪くなるよな」
「それは陛下の自業自得です。それに『お嬢』なんてお下品な呼び方もお止めください。彼女はれっきとした宮廷魔道士で、『セレス・デルクレイル』という名前があるんですから」
「そんなの今に始まったことじゃないだろう? このままでも問題ない」
「ではせめて私を愛称で呼ぶのはおやめください。部下に示しがつきません」
「注文が多いぞ、『アル』。俺が問題ないと言えば何も問題ないんだ」
何を勝手な、とアルテミスは内心で思いながらも、自信満々に腕を組む主に躊躇しながらも付け足す。
「お言葉ですが、陛下は『噂』をご存知ないからお気楽なことが言えるのです」
「うん? 噂って…お嬢のか?」
「違います。私と陛下に関してです」
玉座の男は首を傾げる。
アルテミスは指で眼鏡を押し上げると、咳払いして続けた。
「陛下が私を愛称で呼ばれるのが原因で、宮殿の者たちから私達が…その、よ、よからぬ仲なのではないかと噂をしているのです」
少つっかえながらも一気に喋った彼女は、再び眼鏡の縁を押し上げる。
恐らく顔は上気して赤く染まっていることだろう。自分らしからぬ取り乱した発言をした、と胸中で深く反省するアルテミス。
「ほぉ……」
そして予想通り、こちらを見下ろしながら口元をにやつかせる我が主。
「照れてるってことは…別に満更でもな「オホンっ! では、報告いたします」
アルテミスは強引に話を逸らすと、握った紙を構える。
「『王都のソーサラー教会本部、王立魔道管理局より通達。差出人、ヴァレンシア王国宮廷魔道士セレス・デルクレイル。昨日、ラズルクの森の現地調査が終了した次第。原因は魔獣にあり。以上、調査報告を終了する――――』」
「はあ? 何だその如何にも説明面倒だから簡略化したみたいな報告は」
「確かに報告文章としては手抜きの部分がありますが、それよりも重要な文面がその後に綴られていました」
緊張に顔を強張らせたアルテミスに、初めて怪訝に顔をしかめる王。
彼女はその様子を一目し、再び文章に目を戻した。
『「――――追伸、、、現地調査中、森にて魔道士の少年と遭遇。その者、魔獣との戦闘において未知なる魔術を行使せり。容姿は不明な部分もあり、現大陸出身者でないと判明。危機を救ってくれた恩人ということもあり、客人として王宮に招く所存』……これで、文面は終わっています」
「…………」
玉座に深く座り込み、珍しく思考にふける君主。
――――傲岸不遜が代名詞のその王、名をアレクシード・ファレンス・エクス・ヴァレンシア。
ヴァレンシア王国第八十二代目国王であり、『賢王』と呼ばれた前代の国王ガレスの長男である。
無論、アレクにも二つ名がないわけではない。しかし、その名は滑稽で表沙汰ではあまり知られていない。
「お嬢を救った恩人の魔道士か……。しかも他大陸の人間で未知の魔術を使うときた」
アレクは唇の端を吊り上げた。
肘掛に置いた手を忙しなく震わせ、その視線は自然と城下を伺える大窓へと向かう。
「陛下。もしやセレス殿を救った魔道士というのは……?」
何か悟ったような顔のアルテミスが、緊張を保った表情でアレクへと訊く。
「まあそんな焦んなよ……。どっちにしろ今日中には『此処』に来るんだ。気長に待とうぜ」
不敵に笑ったアレクは立ち上がって大窓の元へ歩み寄った。
何百年もの間繁栄を謳い、平和を維持し続けてきた王国。
それが今、脆くも崩れかけようとしているエリュマン大陸の国家情勢。世はまさに戦乱を巻き起こそうかの勢いで、その均衡を分け隔ててゆく。
――――そんな冷戦最中、突如現れた謎の魔道士。
――――もし彼が例の伝説なら、あるいは…………
「陛下……」
「何だ?」
「待つだけで、本当によろしいのですか?」
「捕まえて牢屋にぶちこむってか?」
「いえ…そういうわけでは……」
「止めとけ。もしそいつが例の人物なら、俺たちが敵う相手じゃない」
それに、と続けるアレク。
「お嬢を救った『勇者』らしいじゃねぇか。そんな根性の座った客人を粗相に扱うなんてできないっての」
振り返った王の顔は笑っていた。……それも不敵に。
――――前王が『賢王』なら現王は『不敵王』。
誰が言い出したか今では定かではない。
「ところでアル?」
「アルテミスです。もしくはケリュネイアとお呼びください」
「そんな堅いこと言うなよ。……老けるぞ?」
「もしそうなったのなら全て陛下の責任です。慰謝料を請求します」
「あん時なんで照れたんだ?」
「セクハラです。慰謝料を請求します」
「何でだよ!?」
十話目終了……
新キャラ続々登場中です。