第五話 背負うべき代償 それは不本意な使命……
俺こと神崎桐也は、毛むくじゃらの怪物によってなぎ倒された針葉樹たちを目印に、逃げてきた道を引き返していた。
俺がついさっきまで誘拐共犯者だと思っていたツイテール少女は、俺の右隣で足を引きずりながら付いて歩いているのだが……
「………」
「………」
……気まずい。何もかもが気まず過ぎる…!
人見知りで対人恐怖症な俺が、しかも異性の横を二人並んで歩いたらどうなるか。
まず体中を寒気や恐怖とは別の震えが一斉に走り、脳の思考能力が全て停止、頭が真っ白になる。
その影響で呼吸が乱れ、息が苦しくなり、さらには心臓が圧迫されるような威圧感。そう……
……動悸。
って違あああああああう!!
いいか!? 俺は臆病者や無愛想と馬鹿にされようと、年寄り扱いされるのだけは我慢できん!
熱いお茶が好きだからとか、階段上って息切れるとか、朝刊新聞読まないと朝迎えた感じがしないとか、そんな見た目だけで突発的に中年初老扱いされるのはいったいいかがなものかっ!
呼吸乱れて息苦しくなって心臓に威圧感って言ったら緊張しかないだろう!
そうだ! 今俺は猛烈に緊張しているのだ!
時折聞こえる生き物の鳴き声以外は終始無言のこの空間で、いったい自分は何を――――――
「? ……どうかしたの?」
「っ!? い、いや何でも……」
「…?」
……どうやら俺はかなり気が動転しているらしい。
何しろさっきまで命がけの逃亡劇を見たこともない化け物と繰り広げていたからな。腰を抜かして立てなくなってもおかしくないってのに、平常心を保とうなんて無理に決まってる。
俺は現在外見こそは、普段から培ってきた人見知り事情で無表情をキープしていたが、頭の中は大荒れの天変地異が巻き起こっており、いつ発狂して暴れだしてもおかしくない状況だった。
夢なら今すぐ覚めてほしい。ここが何処かも知りたくはなかったよ……。
けれど俺は知ってしまったんだ。いや、気づかされたと言うべきか……。
怪物に追い込まれた絶体絶命の時に俺の頭に響いた銀髪少女の声、そして無意識に掲げた右手から発っせられた光。
何もかもが俺の現実を超越しているこの森で、気づいてしまった……。
たとえあのまま走り続けていても、俺は自宅はおろか日常にも帰れないということに……。
【数刻前。 場所:とある森のとある崖前の茂み】
……って崖!?
俺は左腕で支えたツインテール少女をそのままに、毛むくじゃらの化け物が消えた茂みの奥を覗き込んだ。
ビュゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ………
……底が見えない……。
あの化け物、絶対死んだな……。
俺は呆然としながらも顔を上げたが、向かい側にも森を発見した。ということはこれは谷なのか?
ふむふむ……。道理で走っていて違和感ないと思ったんだよ。この森ほんとに雑草で足場がないからな。しかも前見えないし、しかたないから獣道通るしかないわけで……。
……って俺も危ねええええええ!!!!
何一人で分析して納得してんだよ俺! もしツインテール少女に呼び止められなかったら絶対落ちてたぞ! そりゃもう何が起きたかわからない状態で、気づいたら谷底に真っ逆さまってやつだ!
ああああ~……走らなくてよかった~……!
これも全部、この少女が呼び止めてくれたおかげだよ。まさに命の恩人だ! 誘拐犯とか決め付けてホントごめんなさい。
……あれ? その肝心な少女は今どこに? え? 俺の腕の中? まさか、そんなわけないだろう。妹以外の異性にも触れたこともない臆病な俺が女性を触るなど、ましてや抱き寄せるなんて恐ろしい真似ができるわけがない。冗談はやめたまえよ。俺は今すぐ彼女に謝罪とお礼を言わなければならないのだ。
さあ、本当はどこにいるのか正直に言うんだ!
「…あたし……生きてるの……?」
ああそうとも! 君のおかげで俺は今生きている! 生は素晴らしい! それ以上に何を求めるものがあろうか。いやそんなものは必要ないっ。見渡す限りの緑に営む活気ある生命の育み! それを今!俺はこうしてこの場で生きて網膜に焼付け、生ある同志たちの鳴き声を耳にしているんだぞ!
「……あれが、古代魔道士の力……。一瞬手が光って見えたわ……」
はははははは……!! 何かテンション上がってきたぁーー!!
今なら空も飛べそうな気がするぞ! そうだ! この崖から飛び降りよう! それで俺は鳥になるんだ! ふはははははは……!!!
「ちょっと大丈夫!? あなた身体が震えてるわよ!……まさか、魔術を使った所為で……!?」
え? 鳥になれなかったらどうするんだって? そりゃあ谷底真っ逆さまに決まってるじゃないか。
もちろんそうなれば身体が地面に叩きつけられるだろうな。こりゃ間違いなく即死だ。あ~痛い痛い、
そして俺の身体は遺体。なんちゃって。ハハハハハハ……!!
「ごめんなさい……。あたしが助けを求めたから、あなたに余計な負担を……」
ところでさぁ、死ぬって素晴らしいことだと思わないか。死ねば嫌なことも悲しいこともみ~んな忘れられるんだぞ! 例えば今の俺だったり……。 え? 臆病者には無理だって? 失敬な! 俺は今同年代の少女を脇に抱きかかえているんだぞ。ヘタレなら絶対に真似できない行為だ!
………そう、ヘタレかつ対人恐怖症の俺ならなお更に……。
「…あ、頬に傷が……」
「っ!!? 触るなっ……!」
「きゃあっ!!」
顔に迫った手に、俺は思わず少女を突き飛ばしてしまった。
あ、あ、危ねぇぇぇぇ~……。もう少しで思考がオーバーヒートしてショック死するところだった。
…ってそうじゃねぇだろう!! 俺は何てことしちまったんだっ! よりにもよって謝って心配してくれた女性を突き飛ばすなんて……!! 馬鹿だ! 大馬鹿だっ! 俺が彼女から引けばそれでいいだろうが!!
俺は突き飛ばした少女を助け起こすこともできずに、身体を震わす姿をただ見ていることしかできなかった。
ああもうっ! 不甲斐無い自分に腹が立つ! 今すぐこの場を逃げ出して人気のない草むらで一晩正座したいぐらいだ! けどこの人を置き去りに逃げるなんて今の自分にはできないし、だからって助け起こす手伝いも抵抗があるし……くそったれ! そんなこと言ってる場合かっ!
「い、いきなり突き飛ばしてすまない……。その、大丈夫か……」
結構喋ったぞ。俺にしては上出来だ。
だが、あと一歩手がでない。少女を助け起こす腕を前に! そしてそのガチガチに固まった拳を開くんだ……!
「あたしは大丈夫よ……。それより、どうかした?」
しかし俺の行動も虚しく、少女はすでに立ち上がっていた。
俺の顔を覗き込みながら心配そうに聞いてくる少女は、非難されるべき自分に怒って責めてくることはなかった。
俺はその彼女の背後に、一瞬神々しい光を見た気がした。
なんて優しい心の持ち主なんだ! 親切心からの行動を突き飛ばして拒絶したというのに、彼女はそれでも尚、俺のことを気にかけてくれる。今なら彼女に土下座して謝ってもいい。俺のちっぽけなプライドなど、この少女の寛大な心遣いに比べたら極寒のマッチ火のようなものだ。わざわざ吹き消さなくても勝手に消えてくれる。
結局何が言いたいんだって? 俺にもわからん。
しかしいつまでも感動に打ちひしがるわけにもいかなく、俺は少女の質問に答えなくてはならない。
けど実際問題、もし俺がここで土下座して突き飛ばしたことを謝罪し、自分が対人恐怖症であることを白状すれば、俺はこの少女から見くびられるのではあるまいか。
今さらなんだ、と思うかもしれないがこれは重要なことだと言うのを理解してもらいたい。と言うのも、この少女が俺の性格を知り尽くしてしまった時、それは同時に俺の弱みを彼女が全て握っているということになる。まさか彼女がそれを利用して俺をあらゆる手で脅迫しようとは思いたくない。あくまで思いたくないんだ。
人間不信に陥っている俺がこの期をもって心をさらけ出すなど、高所恐怖症の人間が罰ゲームでバンジージャンプするよりも勇気がいる。決して大げさなんかじゃないからな。
だが勇気を振り絞って真実を話すまで、返答を待っている少女を待たせるわけにはいかない。だからって嘘を話せば俺は一生罪悪感に苛まれるだろう。
結局俺は、本当とも虚偽とも言えない曖昧な答えで返してしまった。
「……少し、嫌なことを思い出したんだ。すまない……」
「……嫌な、こと?」
「………ああ」
頼むから聞かないでくれっ!
もうこれ以上、俺の第二秘技『人見知り事情の無表情』を保てそうにない!
ただでさえ屁理屈みたいな返答をしてしまったというのに、このまま誤魔化しきるなど到底できんからな! 俺は嘘のつけない健全な男子高校生なんだ! どうせ真面目以外になんの取り柄もありませんよ……。
「……余計なお世話よね。変なことを聞いてごめんなさい」
俺の無言に何かを感じ取ったのか、少女はそれ以上問いたださず頭を下げてきた。
「それ以上謝るな……」
俺はそれ以上喋るな。
何様だっての。何か勝手に口が動いたし…。次からは言葉選んで話さないとな。
俺の無神経な言葉に少女はこちらを見上げて少し驚いたような顔をしていたが、やがてその傷だらけの顔に微笑みを浮かべた。
「ふふ……そうね。あたしも謝りすぎたかしら? ちょっとらしくなかったかな……」
それは恥ずかしがっているようだったが、人見知りの俺にもその笑顔は正直可愛いと思った。
初めてあった時は森の薄暗さで顔はよく顔が見えなかったが、今は日影もなく、その頬を少し赤らめ綺麗な蒼い瞳を細めている。俺の通っていた学校にも、これほどの美少女はいなかったな…。
そして俺はふとその顔の違和感に気づいた。
蒼い目? そういえばこの子も外国人なのか? 髪の色も透き通るような金髪だし、それを二つに括って腰まで垂らしている。
日本にはこんなに髪の長い人は滅多にいないだろう。少なくとも俺の近所にはいなかった。いたとしても人気を避けてるから俺には見つけられそうになかったが……。
それにしても日本語上手いよな。片言でもないし、かなり流暢に喋っていると俺は思うぞ。もしかしてハーフなのか?
などと俺が再び冷却された頭でいろいろ考えていると……
「あ、自己紹介がまだだったわね。あたしの名前はセレスよ。セレス・デルクレイル。ヴァレンシア王国の宮廷魔道士を勤めています。よろしくね」
その俺にとっては眩しい程の笑顔に、反射的に頷いてしまう自分。
しかしわからないなぁ……。
外国の女性たちは皆理解不能な冗談を言うのが好きなのか? 銀髪少女もそうだったし、しかもあの子は真顔だったぞ。とても冗談を言っているようには見えなかったが……。
けどここで俺が普通に自己紹介っていうのは野暮だよな。
あんなに笑顔で冗談を言われたら、顔はまだしもせめて彼女の期待に添えられるような返答をするのが得策だし。ただでさえ俺は無口なんだ。ここは一発、面白いジョークでも言って好感度を上げてみるか。
「…俺は桐也だ。神崎桐也。出身国は訳ありで言えない……。今は一人で旅をしている……」
「ふ~ん……そうなんだ……。大変そうね」
羞恥を覚悟で言った俺の冗談はしかし、少女の素っ気無いほどの真顔な返答で逆に呆気に取らわれてしまった。
あれ? それだけ? ちょっといろんな意味で驚きだよ、コレ。君が言い出したんじゃない。魔道士だか魔法使いだかわかんないけど…。
確かに俺って声が低くて電話する時年を間違いられたりするけどさぁ。だからって真顔は酷くない?せめて愛想笑いぐらいしてほしかったな。
これじゃあなんか俺がふざけてるみたいじゃないか。
そうして俺がふて腐れていると、セレスと名乗った少女は立っていた場所から後ろに一歩下がって俺に向き直り、いきなり膝を折って頭を下げてきた。
な、なんだ? 今度はいったい何の冗談なんだ? っていうかまだやるのか? 俺はもうしたくないぞ! またすべるなんて懲り懲りだ。真面目な俺に面白いギャグなんて言えるわけがない。
さらなる未知な脅威に俺が恐怖していると、少女は頭を下げたまま、おもむろに話し出した。
「この度は、偉大なる賢人であらせられるあなた様に、多大な迷惑をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます。しかし、あなた様の奇跡的な魔術によって命を救われたのもまた事実。よって、わたくしセレス・デルクレイルがお礼と感謝の念を込め、是非王宮へとご招待したいのですが、よろしいでしょうか? 古代魔道士、カンザキ・キリヤ殿?」
『……古代魔道士としての使命を…』
セレスの言葉が終わるや否や、俺の頭の中を銀髪少女のものと思わしき声が響いた。
それは思い出したというより、まるで頭に直接語りかけてくるような存在感があり、そして拒絶を受け付けないはっきりとした声だった。
『氷と鉄の生まれる国、グルセイル帝国。かの国は不可…。あなたに居場所は存在しない……』
な、なんだっ!? 頭ん中に、声が……! あの少女の声が聞こえるぞっ!?
『山と日輪を頂く国、神聖レイフォン教国。かの国は不可…。あなたに教えは理解できない……』
お、おい! 一体なんの話だ!? グルセイル? レイフォン? そんな国知らないぞ!
しかし、俺の焦りの問いを知ってか知らずか、少女の声はさらに続ける。
『荒野と炎を崇める国、ディニール皇国。かの国は不可…。あなたの精神に相反する……』
や、やめろっ! 俺の頭に変な記憶を埋めるなっ!! 違う! そんな国は『地球』にはないっ!
俺の記憶にそんなものはないっ!!
知りたくないっ! 何も知りたくないっ! 認めないっ! 絶対に認めないぞっ!!
『水と緑の繁栄の国、ヴァレンシア王国。かの国を望むべき…。なれば、あなたは使命を果たさん』
瞬間、俺の記憶は新たに植えつけられた『使命を果たす』ための知識によって、全てを理解した。
―――銀髪少女の目の前で起きた、不可解な会話と全身を走った衝撃。
―――目が覚めた森で感じた焦燥感と異様に軽い体。
―――突如現れた巨大な怪物とそれに追われるローブの少女。
―――頭に響く声。光る手の平。谷に落ちる怪物。
―――森で出会ったローブの少女の謎の言語。
『漆黒の瞳・・・・・・あなた、古代魔道士なの・・・・・・?』
―――俺は全てを理解した。
この森がどんな場所で、何処にあるのか。
銀髪少女と、ローブの少女は何者なのか。
あの化け物は、いったい何だったのか。
知りたくはなかった。けど知ってしまった。
俺を『ここ』へ召喚少女が、全てを教えてくれたんだ……。
『時の賢者の名において示す…。使命を背負う者、古代魔道士よ…。貴殿は今、ここに完全に覚醒した。あなたに時の運あらんことを願っている……』
………誰にだって信じたくないものぐらいあるだろう。
俺の場合はそれが、日常からの脱退であったわけだ。
だから俺は信じなかった。たとえ不可解な現象が起ころうとも、目を疑うようなものを見ても、絶対に日常へ帰るために……。
だが此処は俺の知ってる近所じゃない、日本じゃない、地球ですらなかった。
―――――魔術が人を支配する世界、フィステリア。それが『この世界』の通称であり、『元いた世界』から遠くかけ離れた『異世界』なわけだった。
【現在。 場所:怪物もとい魔獣によって破壊された樹木の道】
四次元やら平行世界やらパラレルワールドやら非現実的仮想空間なんて話はよく耳にする。
確かにゲームや漫画、雑誌や小説なんかではごく当たり前に存在するが、それはあくまで二次元の話だったから、俺の許容範囲は好印象で留まっていた。
だが実際にそれを体験したならば話は別だ。
俺はかつての日常を、学生ライフを不本意ながら送ってきたつもりだが、異世界に行って一生を過ごしたい、なんて本格的に考えたことはなかった。むしろそういう世界は二次元だけに限ると、儚いながらも常日ごろ抱いていた異世界的価値観なのである。
夢がないなんて言われても結構。
楽しい異世界ライフが待っているかもわからない不確定要素よりも、社会進出が約束された現実の方がまだ楽しさを掴み取る可能性があるってもんだ。
第一異世界召喚やら迷い込みって話は多々あるが、その大半ってのがほとんど勇者になって魔王退治やら、一国の王様になって国を平和で豊かな国する、なんてのだろう?
それの何に楽しい異世界ライフが待っているんだ? 結局は危険で過酷な冒険に死ぬまで振り回されるだけじゃねぇか。そんな無謀な召喚系は絶対にごめんだね。迷い込み系ならなお更だ。
だがこうやって非現実的思考を愚痴っていても俺が元いた世界に戻れるわけでもない。
『地球』と『異世界』を繋ぐ扉みたいな便利な道具があったら良かったのにな。それこそ異世界移住願望の人にとっては喉から手がでるくらいほしいものだろうな。某ネコ型ロボットの未来道具みたいな……。
はぁ……俺相当鬱になってるな…。このまま脳細胞使い切って頭が萎れるんじゃないだろうか? それはヤバイな。もしそうなったら元の世界へ帰る方法を考えられなくなるじゃなか……。
……何を言っているんだ俺は? 否定的思考ばかりで善からぬ方向に考えが飛んだか?
だとしたら今の俺はかなり重症だな……。
「キリヤ君! そこ気をつけて! 倒れた木の下敷きになって枝が飛び出してるから……!」
突如聞こえたセレス嬢の警告に、俺は思考を中断した。
どうやら前方に一際大きな大木が横倒しになっており、俺たちの行く手を遮っていたようだ。
セレス嬢は果敢にも、裾の長いローブをたくし上げたまま木の枝に足を引っ掛け登ろうとしているようだ。
しかし見ていて危なっかしい…。
旅人用の頑丈なブーツを履いてはいるが、あれじゃあ登りきる前に枝が先に折れてしまう。
別にセレス嬢のことを重いって遠まわしに言ったわけじゃないぞ。足場にする枝が細いだけだ。
俺は落ちてくるであろうセレス嬢を支えるため、ちょうど彼女の背後に立って意識を集中した。
だが対人恐怖症たる俺に女性を『素手』で触れるのは不可能…。
だったらどうするか……。
俺は開いた右手の平をセレス嬢に構え、目を瞑って精神統一をした。
やがて俺の頭から一切の思考が消え、構えた右手がじんわりと温かくなっていくのが感じる。
よし、準備は万端だ。いつでも落ちていいぞ、お嬢!
……バキッ!
「ひゃあっ……!?」
枝が折れる鈍い音とセレス嬢の悲鳴を聞き、俺は瞬時に目をかっ、と見開いた。
「止まれ……!」
俺の右手が淡くて白い光を放ち、それと同時に大木から落下していた少女の身体は、地面衝突の寸前で空中に静止した。
「……不安定な足場は危険だ。迂回した方がいい……」
「そ、そうね。ごめんなさい……。あたしが浅はかだったわ……」
セレス嬢は顔を引きつらせながらも、俺に謝罪する。
う~む……俺は意見を述べただけなんだが、まさか謝られるなんて思わなかった。
そんなに俺は無愛想なのか? なるべく声音は押さえたつもりだったんだが……。
俺が右手に拳を握ると、空中停止していたセレス嬢の身体は自然と重力を取り戻し、地に着地した。
しかも落ちてきた彼女は尻餅をつく態勢だったので、横たわった木の前でちょこんと座るセレス嬢はなかなか愛嬌があり、俺も思わず笑みを零しそうになった。
さらにはその顔を赤く染め、括った二つの金髪をヒラヒラ揺らしながらこちらに歩いてくる様子は、まるで悪戯が失敗して羞恥を隠す幼女のようで、俺の疲労しきった頭を少しばかり和ませてくれる。
……誤解を生みそうなので念のために言うが、別にロリータコンプレックスなる幼女属性は持ってないからな。
前にも言ったが、俺は嘘のつけない健全な高校生なんだ。目の保養には眺めのいい景色が一番だ!
俺の前までやってきたセレス嬢は、ハニカミながらこちらを見上げて……
「助けてくれてありがとね、キリヤ君……」
……うむ、どうやら俺の頭は完全に参っているらしい……。
セレス嬢の表情を間近で見た瞬間、なんか知らんが頭がくらくらしてきた。
やばいぞ~……視界がぼやけていやがる。これじゃあセレス嬢の美しい顔が見えんではないかぁ~!
「くっ……!」
「……え? ちょっとキリヤ君っ!?」
次の瞬間、俺の意識は完全にブラックアウトした………。
五話目終了です。