自由に自由
一ページ、一ページと私はページを繰っていた。電車の程よい揺れが、読書への集中力を上げてくれる。たまにページに差す日がこれまたいい。まさに、小説の書き出しにありそうなシチュエーションだ。
『白鯨』。私が読むこの本は、『荒山 大樹』という作家が書いた。荒山先生は、ちょうど私が高校二年生になったときに、期待の新星として新風館文庫で小説家デビューを果たし、独特な表現と、世界観が話題を呼んで、ファンタジー系の小説を代表する作家として活躍している。最新作である『白鯨』は発売から三か月後に映画化が決定した。そして、私は映画『白鯨』の披露試写会に向かっている。試写会の抽選に当たったときは、その場で何度もはねて喜んだことを今でも覚えている。今になって気づいたが、周りに座っている人で、多くはないのだが、目に付く程度に、本を読んでいる人がいる。この人たちみんなが荒山先生の小説を読んでいるなら、どれほど喜ばしいか。なぜだか、こう思ってしまう。
映画館の最寄り駅で降りた。同じように降りる人の中には、さっき本を電車内で読んでいた人たちがいた。この人たちも映画館に向かうのだろう。この人たちについて行けば着くはず。そう信じて、ついて行った。なぜこんなことをするのかというと、私が方向音痴だからだ。
映画が終わり、背もたれに思いっきりもたれて伸びをした。CGを使って、原作が忠実に再現されていて、一ファンとしては大満足。ただ、文字を読んで感じたときとは違うものを、映画を見て感じたし、なんだかそれに違和感があった。同じ内容でも媒体が違えば、与えるものが違うというのは、芸術の奥深さの一つかもしれない。暗くなっていた明かりがついて、司会役がマイクを持って檀上に出てきた。一部の人が登場と同時に歓声を上げていたが、どうやら、その司会をしているのは有名な芸人だそうだ。(正直、私はお笑いに興味がないため、しらない。)その歓声も司会者に続いて入ってきた俳優女優、そして、原作者の荒山先生が入って来て、より大きなものになっていった。特に主演俳優が入ってきたときは、女性ファンの金切り声が会場中に響いた。
順番に挨拶が進んでいき、トークショーの時間になった。定例通り、キャストが、作品に関わってどう思ったとか、撮影現場の裏話とかを順に語りだした。他の客も熱心に聞き入っているが、私にとってはどうでもよかった。私にとって重要なのは、荒山先生がこの映画をどう思ったか。私が知りたかったのは、ただそれだけ。
「とりあえず、皆さん、お疲れさまでした」
荒山先生に順番が回って、始めに労いの言葉を監督やキャストにかけた。
「えー。私は、正直、『白鯨』を映画にする必要はなかったと今でも思ってます」
会場一帯に、「え?」という戸惑いが広がった。監督やキャストも驚きを隠せずにいる。
すかさず司会者が
「荒山さん。それはいったいどういうことでしょうか?」と問いかけた。さすが、日々ドッキリだとかの修羅場にさらされる芸人とあって、肝が据わっている。
「この映画。確かに原作に忠実に作られていますし、キャストさんたちの表現も申し分ないくらいです。でも、小説って、余地があるですよ。創造するための余地がね。わざと詳しい表現をしなかったり、例えば、舞台となる漁村も、まともな表現、小説じゃしてないですし。映画って、視覚情報なんで、読者一人一人にあった十人十色の創造に一つの回答を出しちゃうんです。それは、私の中の小説を書く時のポリシーに反するんです。なので、あんまり、映画化ってのは気の進まないことだなって思うですよ。別にこの映画がダメだとか、そういうことを言ってるわけじゃないんです。ただ、創造の可能性を潰してしまうこの媒体に嫌気がさしてるだけなんで。もちろん、映画の方が伝わりやすい小説とかもあるんで、そういうのはバンバン映画化してったらいいと思いますけどね。はい」
……そういうことだったんだ。自分の創造に反抗する答えを見たから、だから違和感があったんだ。これはとても一人じゃ気づけなかった。本職として、作品の原作者だからこそわかること。こういうふうに物事を見れたらどんなにいいだろうか。
「えー。それでは続きまして、質問コーナ~!このコーナーでは、お客さんからの質問に皆さん答えていただきます!それでは質問のある方はどうぞ挙手を!」
考え込んでいたら、次のコーナーに進んでいた。質問が募集されたと同時に、前の方で人の腕が一気に生えてきた。腕の正体は恐らくさっきの金切り声の持ち主の腕だろう。その人たちが、司会者によって指名されて、質問をするたび、あの、「きゃあぁー」という叫び声に近い、騒々しい声がする。あぁ、騒々しいと、遠巻きに見ていた私だが、私にも荒山先生への質問がある。実は、私、小説を書いて、ネット上にあげている。書き出したきっかけは勿論荒山先生だ。先生の作品に出会って、自分の世界を文字で表現するということを知って、自分でもやってみたくなり、書き始めた。最初のうちは上手くいかなくて、何度もやめたくなったが、書いているときの、あの自分の世界に浸かる感覚が忘れられなくて、結局大学生になった今でも、書き続けている。そんな私も、あと一年ほどすれば就職の頃合い。が、就職したいところなんて私にはなかった。昔から、将来の夢は何?って聞かれたときに何も答えられず、黙りこくっていた。将来に対する希望というか、目標というか、願望というか、そういうのが全く無い。そんな私が今、なりたいと思うのは、小説家だ。荒山先生への憧れもあるが、一番の理由は、これしか自分の職業はない気がするのだ。小説を出して、たくさんの人に読んでもらって、話題になって、十年後、二十年後、その先まで語り継がれる作品を書くことが出来る。こんな根拠のない自信ばかりがあるのだが、その自身とは裏腹に、ためらいもある。小説家として、飯を食っていけるのは、荒山先生のような、本当に一握りの人間だ。みんながみんな有名になれるわけじゃない。それに、世間体として、歓迎されることがない。「自分の人生なんだから、自由に決めさせてよ!」そういっても、「お金が。安定した生活が。失敗したら。」とネガティブなことばかりを連ねて何としてでも止めてくる。これが周りの人の心配なのはわかっている。でも、周りが言う安定した生活というのは、私からすれば、これっぽっちの魅力もない、つまらない人生だ。でも、こっちに行けば安全にこれからの日々を過ごせる。いくら、つまらない、魅力がないと言っても、その肝心の一歩がなかなか踏み出せない。
だから、荒山先生に聞いてみたいのだ。
私は、ぴっと、目立つように手を挙げたが、なかなか当てられない。前に座っている人ばかり当てられている。見かねたように、キャストの一人が私を当てるように司会に勧めた。司会が、マイクを持って、私の座席までやってきた。
「では、どなたに質問ですか?」
マイクが私の手に渡った。ただ少し、話をするだけだというのに、手が震える。緊張しているつもりはなかったが、心の奥底では、緊張があるのかもしれない。
「荒山先生に、お願いします」
少し震えた声で、荒山先生の名前を挙げた。
「はい、どうぞ」
すぐに、低い声で応答があった。私と違って、とても落ち着いている。
「あの、私、小説書いてて、小説家をやってみたいなって思ってるんです。でも、なかなか覚悟か決まらなくて、それで、荒山先生が小説家になろうと思った時のことを聞かせてほしいです」
緊張で頭が回らなくて、途切れ途切れの質問になってしまった。荒山先生は少し考えて話し始めた。
「私が小説家になろうと決めたのは高校二年生の二月でした。一応、大学に行って、それから小説家になったわけなんですけど、きっかけは私の親友の言葉でした。悩んでいた時期が受験期に入るかどうかってところで、私もなかなか覚悟が決まりませんでした。そんなときに、その親友に電話して、その流れで聞いてみたんですよ。『小説家になりたいって言ったら止める?』って。そしたらあいつ、『全く』って言ったんですよ。『それでなんでだ』って深堀したら、『自分に関係ないから、好きにやればいいんじゃない?』の一言です。電話が終わってから、言っていたことを考えて、たぶん、『自分は自分。相手は相手で、やりたいことがあって、やりたくないことがある。それを他人に決められたり、とやかく言われる筋合いはないから、自分で決めて、自由にやれよ』ってことが言いたかったんじゃないかなと。そう思ったんです。この一言のおかげで、やっと決心がついたって感じです。だから、あなたも、自由にやってみればいいと思いますよ。後になって後悔するでは遅いですから」
「ありがとうございます」
「はい。あ、でも優秀な作家が増えるのは少し嫌ですね。ライバルが増えちゃうんで」
「はーい!ありがとうございました!それじゃ他の人~」
すぐにマイクが回収されて、私は席に着いた。自由にやってみればいい、か。マイクを持っていた手で閉じて開いてを繰り返してみる。ふわふわと、彷徨っていた覚悟が固まっていく。そんな気がした。
最後までご覧いただきありがとうございます。恐らく色々予想はつくと思いますが、そういうことです。あの電話から、また別の誰かの背中を押すことになった今回の作品。次は、あなたの番かもしれません。