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ジンジャーエールに月明り

 自室に入って、入り口すぐにカバンを放って、勉強机の椅子に脱力して座った。背もたれの限界までのけ反って、天井を眺める。なんにもない。高二の二月となれば大学受験まで一年になるわけで、自然と塾の授業が増えてしまった。授業の予習をしたり、参考書を解いたりと、今までよりも勉強に使う時間が増えて、最近趣味の時間が全然取れていない。塾から帰れば、時間は二十二時を過ぎていて、風呂に入って、晩飯を食べていたら二十三時になってしまう。明日は土曜日、夜更かししてもよいだろうが明日のパフォーマンスが落ちるのは好ましくない。疲れもピークに来ていて、肩こりもひどい。とりあえず、風呂には入ろう。この後のことは、風呂に浸かりながら考えればいい。

 湯船に浸かって、肩を回すと、ぼきぼきぼきと鈍い音が鳴った。シャワーで体が温まって、少しだがコリが取れた気がする。ただ、こんな音がするとは思わなかった。一瞬肩が外れたかと一人焦った自分がいた。さて、この後は、どうしよう。お腹はあまり空いていない。だから、晩飯はいらない。勉強はもうたくさんだ。これ以上やると頭がおかしくなる。後は、ギターはもう時間が遅いからやれない。そうすると、残るは小説を書くくらいか。でも、今のこの沈んだテンションじゃいいものはかけない気がする。中途半端に書くくらいなら書かない方がいい。

「はぁ~」

 首辺りまでを湯船に沈めて、ぼーっと天井を見る。何気にこの全身を水に包まれているこの時が一番心地いい。このまま、二、三時間浸かっていてもいいかもしれない。でも、それだと、時間を浪費している気がしてならない。あぁ。何しよう。考えても何も思い浮かばない。なら、逆に思い出してみよう。これまで、こういう時はどうしていたか。記憶の綱を殴っていくと、なぜだか、鈴森の顔が出てきた。

「え、なんで?」

 思わず口にしてしまうほどに意外なことだった。少しずつ記憶を思い起こすと、あることを思いだした。寝落ち電話をしていたのだ。あの時は、互いに眠くなりながら、わけのわからない話をしていた。……久々にやりたくなってきた。そうとなれば、急いで連絡を取らなければ。


 風呂を出て、髪の毛を乾かして、上着を羽織って部屋に戻った。この時で、すでに二十二時四十分。あいつが起きているか怪しかったが、ダメもとでLINEをしてみた。

【なぁ、起きてる?】

 ベットの上に座って、メッセージを送ると、すぐ既読がついた。

【どうした】

【電話しない?】

【いいよ】

 鈴森の返信があってすぐに電話がかかってきた。

「もしもし」

「お、やっほー久々」

「久しぶり」

 この始まりの挨拶はもう長らく変わっていない。鈴森とは中学で知り合って、もう五年になる。性格や得意なことも正反対だが、何故だか気が合う。少し荒っぽくて、上から目線で、運動が出来る。筋肉質で、頭もいいし、人のことを思いやれる。でも、芸術だとかはからっきしだめ。本当に正反対。それでも一方的だが、親友だと思っている。

「電話自体久しぶりだよね」

「そうだな、で、どうしたの荒木さん。恋愛相談?」

「なわけない。今は好きな人もいないしね」

「いないの~ほんとに?」

「いないって、逆に鈴森と君の彼女の話を聞かせてよ」

「え~聞く?」

「聞く」

「え~……この間ハグした」

「おー……」

「なんだよその反応」

「なんか、ダメージ受けた」

「じゃあ聞くなよ」

「いやでも、なんか満足」

「なんでだよ」

「彼女いない分こういうの聞くの楽しいから、かな」

「かなしいねぇ荒木さん」

「うるせー。まぁ、別に今いないこの状況でも満足だけど……嘘。やっぱ彼女欲しい」

「はっはっは。やっぱりそうか」

 鈴森の高笑いが耳をつんざいた。やっぱり、自分を想ってくれる誰かがいるっていのはいいことで、その人が鈴森にはいて、俺にはいない。普段はこんな風になることはないのに、ある時、ある瞬間に底無しの寂しさがふっと湧き上がって、胸のあたりでぐるぐるして感情をかき乱してくる。こういう時、鈴森のような人間がやけに羨ましく思えてしまう。

「はぁ。なんでできないんだろうねぇ」

「うーん。荒木別に悪いやつじゃないもんな。優しいし。一つ言うなら、変人だよな」

「あ?変人?」

「あ、自覚ない?」

「あるわ。がっつりある」

「おー。いいねいいね」

「なにがいいんだよ」

「まぁ、まぁ。と、言っても今の時期からじゃ難しいんじゃない?」

「あ~受験もあるし、やっぱむずいか」

「ま、俺の隣ならいつでも空いてるから来なよ」

「やだね。お前にハグされたら骨が折れてまうわ」

「優しくするからさ。ね?」

「……お前、そういうとこキモイな」

「なんでだよ。どうせ寂しいんだろ?」

 え。なんでわかるのこいつ。

「図星だろ」

「いや、まぁそうだけど」

 そりゃ五年も経てば互いに今どんな状態かくらいわかるか。なんかそれはそれで、隅から隅まで知られてるようでむず痒い。

「ほらなー。じゃあ」

「いいよ。ただ隣にいてくれるだけでいいし」

「……おー」

 え?なんでそんな反応なの。変なこと言ったか?

「もうこの件はいいよ。誰かを好きにならなきゃ始まらない話だし」

「そうだな。あー喉乾いた。麦茶取ってくる」

「じゃ俺もなんか取ってくるわ」

 互いにミュートにして、飲み物を取りに行った。キッチンに行って、冷蔵庫を開けると買いだめしてあった160mlのジンジャーエールの缶があった。三つ手に取って部屋に戻った。キンキンに冷えていて、おいしそう。

 部屋に戻ると、すでに鈴森は戻っていた。陽気に天丼マン(アンパンマンのキャラクター)の歌を歌っていた。鈴森は一人の時だと独り言が激しいらしく、最近は俺との電話中にでもお構いなしに歌いだす。正直、独り言の度合いは越している気がするが、細かいことは気にしてもしょうがない。

「戻った」

「おかえり」

「また歌ってたな」

「あー面白くない?」

「いや、面白いとか以前にその歳でまだ歌うか?それ」

「アンパンマンは年齢関係ないでしょ」

「……あれ、幼児向け番組だぞ」

「ならなんで幼児向け番組でアンパンマンがばいきんマン殴ってんだよ」

「うーん」

 意外と痛いとこ突くな。ってか、なんでこんな話してんだよ。性格だとか正反対で共通点はないと思ってたが、変人っていうとこは一致してんな、これ。

「結局、もめごとは暴力で解決するのが早いってことを子供に刷り込んでんじゃない?」

「うわー荒木最低」

「なんでだよ。俺悪いところないだろ」

「そういう発想があるのが悪い」

「そこかよ」


 いつも通りの意味もなく、内容のない会話。リラックスして、何も考えず、思ったままそのままに話すことが出来るこの時間は本当に心地がいい。時間はあっという間に過ぎて、二十四時を回っていた。少し、眠さを感じて、目をこすった。前に電話した時はもう少し遅くになってから、眠くなっていたのに。ふと、窓の方を見ると、満月がウサギの影を写さんと大きく明るく光っていた。部屋はまだ明かりがついていて、月明りなんて入り込む隙がないくらい明るい。なんだか、もったいなく感じた。せっかくあるものを台無しにしているような気がする。とりあえず、部屋の電気を消すと、夜の帳が部屋に降りてあたりにあったものが見えなくなった。ただ、見えなくて困ることはなく、今は月が見れればそれでいい。

 …………綺麗。目が月に釘付けになって、はなせなかった。このことに気づけたのは、鈴森の声があったからだ。

「荒木~寝たのか?」

 膝の上に置かれた手に握られたスマホはうるさく騒いでいた。それを凌ぐほど、この月は美しかった。

「……起きてる。ねぇ、月綺麗じゃない?」

「あ、ほんとだ。大きいな」

「ね」

 会話が途切れて、あたりが一気に静かになった。辺りは、ただ月明りが照らすだけで、部屋の中には俺一人。電話で鈴森とはつながっているが、そのつながりは感じられない。

 世界のだれからも隔絶され、忘れられたような孤独感。暗闇の中に、溶けて行って、なくなってしまう。感情が離散して、一つ一つが悲しく思えてくる。

「鈴森」

「ん?なに?」

「将来、何やりたいとかある?」

 どの感情でもいい、共有したかった。いや、逃げたかった。助けてほしかった。この底のない感情から。

「んー。ない」

「……ないか」

「逆に荒木はあるの?」

「そうだね。言われてみればないな」

「大学は何学部行くんだっけ?」

「経済学部」

「じゃあ、就職は商社とか?」

「そうだね。他にも公務員とかあると思うけど」

「そうなんだ」

「うん。……けど、しっくりきてるわけじゃない」

「就職先?」

「いや、そもそも大学に行くこと自体」

「あーまぁ今の大学は就職するためにいくようなもんだしね」

「うん。それは俺もそう思う。……もしさ、俺が小説家になりたいって言ったら止める?」

「いーや全く」

「え?」

 止められるか、否定されると思った。一般的に言えば、俺の言っていることは邪道で、世間から外れたことに違いない。才能のない一般人がやることではない。どうせ失敗するんだからやめろと。そう言って、周りは止める。もちろん周りは心配してそう言っているということは理解している。不安定な人生よりも安定な人生の方がずっといいんだから。それが社会の正解だから。

「え?」

「あ、いや、止めないんだなと思って」

「そりゃそうだよ。別に俺に関係のない話だし」

「あぁ、まぁそう、だよね」

「だから、自由にやればいいんじゃない?」

「……そっか……鈴森、麦茶まだ残ってる?」

「え、うん」

 枕元に転がしていた最後の一缶を開けた。

「乾杯」

 一口飲んで、缶の端に残ったしずくに月明りが反射した。

最後までご覧いただきありがとうございます。今回は、将来に迷う学生をモデルに書いてみました。この小説を通して、誰かの一歩を踏み出すお手伝いができたのなら嬉しい限りです。

もう一話ございますのでしばしお待ちください。

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