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秘密がある令嬢は年上夫に溺愛される

作者: 禅&采火

前半は私、後半は采火さんが執筆した、お遊びリレー小説です

「あぁ……どうしましょう」


 数日前に伯爵家に嫁いできた私は広い庭の中で途方に暮れていた。


「こんなことなら、外しておくべきでしたわ」


 後悔を口にしながら、最近流行のバッスルスタイルというお尻にボリュームをもたせた形のドレスを翻すと、尾のように波打つ裾が砂を巻きあげた。

 でも、今の私にはそんなことを気にする余裕はなくて。


「えっと、東屋のガゼボで休憩をした時はありましたから……その後、母屋へ歩いている途中で落としたのでしょうが……どの道を歩いたかしら」


 顔をあげて緑が茂る庭を見渡す。

 キョロキョロと見渡していると、穏やかな日差しとともに穏やかな風が私の頬を撫でた。


「この甘い香りは……そうでしたわ。バラのアーチの道を通りましたわ」


 早足で慣れない庭を進む。


 そもそも私はとある持病のため、生涯を独身で過ごすつもりだった。

 しかし、侯爵家のお父様が事業に失敗。多額の負債を抱え、露頭に迷う寸前だった我が家。そこに援助を申し出てくださったのが、私の夫となったクラッセン伯爵だった。


 高位貴族とのつながりが欲しい伯爵家と金銭的な援助がほしい侯爵家。


 これは完全は政略結婚。しかも、相手は三十歳も年上で、この年まで独身を満喫してきたナイスミドルなオジさま。


「小娘な私なんて相手にもされないわ」


 だから、大丈夫。

 そう思って嫁いだのに。


「初夜もなかったし、体には触れてこないからいいけど……」


 嫁いだその日から人形のように大事にされ、愛でられる日々。

 さっきも仕事の合間の休憩時間にお茶に誘われて、一緒に過ごしていた。


「クラッセン様は執務室で仕事中だから、今のうちに見つけないと」


 アレが見つかったら私の持病がバレてしまう。そうなったら離縁されて、援助を打ち切られる可能性も……


「それだけはダメ!」


 真っ赤なバラのアーチへ急ぐ。

 優雅なバラの香りを堪能する余裕もない私はひたすら下をむいて歩いていた。


「ここにもないなんて……キャッ!?」


 小さな段差に足をとられ、体のバランスが崩れた。どうにかしようとするけど、動きにくいドレスでは体勢を立て直すこともできない。

 目を閉じて衝撃に備えていると、ふわりと体が浮いた。


「大丈夫かい?」


 低く渋い声が耳をくすぐる。

 そっと目をあけると、そこには白髪混りの茶髪を頭になでつけ、灰色の瞳の目元にシワをよせたクラッセン伯爵が。

 整った渋い顔立ちと年齢を感じさせない逞しい腕が私を包み込む。


「ひゃっ! あ、ありがとうござ……」


 言いかけた私はクラッセン伯爵が手にしているモノが目に入り……


「ピヤァァァァァ!!!!!!!!!!」


 筋張った大きな手には小さな円座が。痔持ちである私には欠かせない道具である円座が。常に私のドレスの下に隠して持ち歩いていた円座が、あった。


~・~・~


「これは良いクッションですね。老骨には座り仕事が少々堪えはじめておりまして。こんなにも柔らかなものであれば、私ももう少し仕事に身が入るかもしれませんね」

「ふ、ふぇっ、あの、はい、そうですわね……!」


 円座を片手に穏やかに話すクラッセン伯爵を前に、私は緊張していた。


(クラッセン伯爵はもしかして円座を使う理由を知らない? ただのクッションだと思われている? それならまだ希望が……!)


「それにしても、これは我が家のものではありませんね」

「は、はい……! 慣れたものがやはり落ち着くものですから、実家から持ってこさせたのです……」


(持病を悪化させないために! 切実! 切実なのです!)


 おずおずと答えてみれば、クラッセン伯爵はふむ、とその白いお髭が清潔に整われた顎へと手を添えて。


「そうですね。そうでしたか。私は妻の気持ちに寄り添えない駄目な夫です」

「え?」

「至急、屋敷のクッションをすべてこれに変えさせましょう。そのほうが貴女も落ちついて過ごせるでしょうから」

「ええ!?」


 まさかのクラッセン伯爵の提案に、別の意味で私の心臓が掴まれた。


(それだけは、それだけは……! 私が痔だってことを宣伝するようなものじゃないの――――!)


「旦那様! 大丈夫ですわ! 私、このお屋敷のクッションを気に入っておりますもの!」

「ですが、こうして外にまでお気に入りのものを持ち歩くほどなのでしょう。クッションひとつとっても貴女を喜ばせたい。この老骨の楽しみですから、これしきお気になさらず」


(楽しそうなクラッセン伯爵には悪いのですが、本当にご遠慮させてください――――!)


 あれよあれよ、のうちにクラッセン伯爵が円座の手配を執事に言いつけてしまう。

 私がああ……! と羞恥に身悶えていれば、クラッセン伯爵はそんな私に片目を瞑る。


「さて、クッションが届くまではしばらく居心地が悪いままでしょうから……私のお膝の上でお茶をいたしますかな?」

「ご、ごごご、ご遠慮しますぅっ!」


 茶目っ気たっぷりのクラッセン伯爵に、私は絶叫した。執事の目が生ぬるい。絶対にこの結婚は白紙に戻される……!



 ――――なんて、そう思っていたのも僅かの間だけ。



 屋敷が円座だらけになったあと、クラッセン伯爵が妙にハッスルするようになってしまった。それまでは乗馬なんてとんでもないというような方だったのに、元気よく乗馬に行かれるようになり……。

 かくいう私も円座だらけのお屋敷で蝶よ花よと愛でられ続けた結果、持病が緩和され、こっそりと実家経由で服用していた薬の甲斐もあり、痔が完治して。

 結婚当初から白いままだった夫婦関係が変わるきっかけがこの時に生まれたのだと、後に思うことになる。



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