彼女がよく立ち寄る喫茶店の常連になる俺に続けっ
出会いとは偶然である。
いや、より正確に、正直に言い直そう。
出会いとは、偶然を装うものである。
食パンくわえて、曲がり角でごっつんこ、狙ってやっているに決まってる。ハンカチを落とすのも、拾ってくれるイケメン狙いのように。
高度になると、忘れ物をして追いかけてくれるのを待つ。勉強後、ペンを一本、ノートを一冊。
ことほどさように、いかに相手を罠にひっかけーーげふんげふん、いかに相手と自然な関係のとっかかりをつけるかが勝負となる。
同じ委員に立候補、異性目当てに生徒会。
出会い厨でないと、出会いなんてない。
「それで、なんで毎日、うちにコーヒー飲みに来てるの?」
「だって、あの子、たまに、ここに来るでしょ」
べ、別にクラスメイトをストーキングしたわけじゃないんだからね。しかるべき偶然から、彼女がこの店に定期的に来ていることを知っただけだ。あくまでも偶然というものに導かれただけ。そう、ただそれだけのこと。
そもそも、ストーカーと言っても、学生にストーカーの暇はない。たまに、時間的都合がいい時に、偶然駐輪場とかで一緒になった際に、たまたま行く方向が一緒になっただけで……。
ま、イケメンだから、ストーカーしても許されるだろう。
「来るけど、まぁ、うちはチャリンチャリンと落としてくれるから全然いいんだけどさー」
「最近、あんまり来てなさそうだな」
「いや来てるけど」
「まさか。あまりにも居心地がいいから。そのまま勉強に集中しすぎて」
「いやいや、わたしと無駄話してるからでしょ」
「はっ、これは恋愛相談しているうちに、その子といい関係になる的なスクールの日々ありふれた日常。ごめん、惚れさせてしまって」
イケメンって罪だな。
「お腹の中、開かせていただいても」
「や、やめて。コーヒーしか出ない。てかさ、最近、ここ、混んでない?」
「うーん、ある子が常連になる。その子を追いかけてくる子が来る。また、その子を追いかけて、またまた、その子を追いかけてーー。おかげで、儲かってる。残念イケメンでも集客力あってよかった〜」
「な、なん、だとっ!? 世の中にはストーカーしかいないのか」
「行列ができると並びたくなる社会的動物なんだなぁ、これが」
「いやいや、今はラーメン店繁盛の法則ではなくて……ああ、ふぅ、イケメンすぎるって罪だな」
「そんなに自信があるなら、直接アプローチしたらいいのに」
「女子って運命が好きだろう。俺はそれを演出しようとしているだけさ」
偶然を運命に変える力を、イケメンの俺は持っている。出会ってしまえば、それはゴールなのだ。もうシュートするまでボールは離さない。
「だから残念イケメンなんだよ」
「2回も言ったな。俺は、雰囲気イケメンだ。決して残念ではない。ちょっとトイレ行ってくる」
コーヒーの利尿作用というトラップ。
しかし、罠とはかかってあげるもの。
俺は勝手知ったるトイレのドアを開けた。
「……」
「先客がいたか。これは失礼」
ペラリと床に落ちている紙を見た。セロハンテープでくっつけた耐久性のなさを見てとった。それからーー。
『ただいまドアの鍵が壊れています。中に人がいないか、ノックをして確認してください』
文字の意味を理解した。罠が貼られてあった。
俺は自然と、さっきまで会話していた店員の女子の方を見た。
そして、告げる。
「ただし、イケメンならば許される。そうだろう」
「んな、アホな」
「終わった。出会いがトイレの個室は、俺のイケメン力でも救えない」
ジャーっと後ろから水を流す音。
「……」
トイレのお姫様が、プイッと顔を背けて、無言で去っていった。
「い、イケメンすぎてビンタをもらえなかった件について」
「じゃあ、わたしがしてあげる」
ナイスな音が店内に鳴り響いた。
さて、スマートな謝罪を考えないとな。
カランカランーー。
「懲りずに、店に来るね」
「例のあの子は来てるかい」
「例のあの子って。ターゲットじゃないんだから。まだ謝ってないの?」
「絶好の機会を狙っているだけだ。恋愛も謝罪もタイミングで火に油なんだよ」
「一度壊れたものって直らないよね」
「大丈夫。第一印象が壊滅的ならば、新しく作り直せばいい。スラム街は放置だ」
「別の相手に行けばー」
「一度狙った獲物は逃さない。カジュアルに連れションにさそってみせよう」
「……」
「冗談だ。真顔でこっちを見るな」
イケメンだから許されるのにも限度がある。イケメンとは行動のスマートさもいるのだ。雰囲気がイケメンでないならば、容姿だけではイケメン足りえない。
見よ、このスムーズなコーヒー捌き。コーヒーの持ち手に、小指を引っかけて、違和感なく飲む技術。並の人間がやれば、リコーダーで小指を立てる恥ずかしさを味わうだろう。
「あっ、来たよ。早く謝りなよ。時間は解決してくれないよ」
「マスター。あの子に、俺と同じコーヒーを」
「サキー、そこの人がコーヒー代奢ってくれるって」
「……」
「サキ、大丈夫だって。この前のお詫びだよ。大丈夫。変態だけど安全だから」
「わたし、今日は、マンデリンの気分だけど」
「マスター、マンデリン二つ」
「マスターって呼ばないでよ。マスターじゃないし。ただの店員」
「失敬。マスターの娘さん、マンデリン二つ」
「わかった、わかった。だから静かに」
「ここ座るね」
「ふふっ、一つ席開けられたね。可哀想」
コーヒーを淹れるために少し離れる時に、マスターの娘さんは嫌味たらしく言った。しかし、分かってないのだ。人間とはパーソナルスペースがある。いきなりカウンターの隣の席で初対面はきついだろう。それと同様だ。トイレハプニング程度の関係では、これぐらいの距離があるほうが自然なのだ。
さて、ここから、どうやってコミュケーションを模索していくべきか。
「ここ、よく来るんですね」
おっと、イケメンすぎて向こうから話題を振られてしまったか。
「まぁ、マスターの娘さんとは長い付き合いだから」
長いといっても、中学生からだけど。この店に通ってるのは、高校からだし。いや長いか。
「あなたも頼まれたんですか」
「頼まれた?何を」
「可愛い子が多いと客が増えるって」
理解した。ラブコメ鈍感系ではない俺は瞬時に理解した。
マスターの娘の陰謀に。策士だな。
「つまり、俺のかっこよさが目当てで客寄せパンダになっていたと」
「いいじゃない、別に。はい、マンデリン」
マスターの娘さんが、会話のキャッチボールを鷲掴みして、コーヒーの海に沈めた。
「なんなら、バイトでもしてくれてもいいんだよ」
「断る」
「あっ、それいいですね」
「ーーわけない」、危なかった。出会いを自分で捨てるところだった。バイト仲間になれば、俺は確実に物にできる。
「シフト、一緒にならないよ。一人で足りるし」
こいつ、できる。俺を手のひらの上で操っている。
「二人いた方が集客力がーー」
「最近、多くなりすぎて。ちょっとパワーダウンしたいんだけど」
「いい作戦がある。彼氏がいると知れば客足は減る。よって、俺が偽彼氏をすればいい」
「いえ、わたし、彼氏いますよ」
「ごほぉ、ちょっと待ってくれたまえ。彼氏がいる、100歩譲って、類人猿だとして、それは、どれくらいの年齢なのかな。8歳とか」
全ての作戦が水の泡となり沈黙の艦艇が水底に沈む。コーヒーの黒い色が底知れない黒一色。もう意味わかんないよ。
「小学生の時から付き合ってるけど、8歳ではないかな」
「諦めな。イケメンは引き際も大事でしょ」
「マスター、俺の方が先に好きだったのに」
「そんなわけないでしょ。でも知らなかった。サキ、彼氏いたんだ。教えてよ」
マスターの娘さん、俺を無視してガールズトークへ。
「だって、メールしかしてないし」
「はい? サキ、会ったことない子と付き合ってるの?」
「小学生のとき付き合ってくださいって言われて、突然、メールアドレスもらって、うんって答えて、それから文通みたいな感じ」
俺は聞き耳を立てる必要もなく、会話内容を理解してーー。
「マスター。ちょっとこっちに」
「何よ、いまいいところなのに」
マスターの耳に、小声で喋る。
「ごめん。それ、俺だ」
「寝言はまた今度ね」
全く信じていなかった。
「いやいや、マジだって。だって、俺、小学生のとき、メールアドレス渡した記憶あるし、まだメールしてるし、きっとあの子が、目の前のこの子という」
「いいわ、確認してあげる。メール見せて」
「は、恥ずかしい」
「乙女か。イケメンどこ行ったっ」
マスターが乱暴にスマホを強奪する。
「『今日もコーヒーが美味しいです。最近、コーヒーにハマっちゃって、子供の時は苦手だったのに不思議ですね。いい香りがしてーー』」
「何、読み上げて」
「えっ、それって。や、ちょっと読まないで」
二人の慌てようで、マスターはわかったらしい。
「ふむ。一言。君たち、写真ぐらい送ろうか」
「ロマンチックが薄れるだろう」
「だって、関係が壊れるかもしれないし」
二人の声が重なる。それに、冷めた目で言う。
「サキ、こいつ浮気しようとしてたってことだよね」
「いやいや、してないしてない。してないだろう。ただ、ここでコーヒーを飲んで、トイレの事件を謝罪しようとしていただけだ」
俺は必死にマスター様に、何も言うなアイコンタクトをする。バチリバチリとウィンクがとぶ。
「それって、二人って仲良さそうだし、えっと付き合ってたり」
「ないない。絶対ない。安心して。わたしとこいつがくっつくなんて天地がひっくり返ってもありえないから」
「ひどい言いようだな」
「黙らないと。10年の恋を終わらせるぞ」
「ははっ。カノジョがいるのに、付き合うわけないだろう」
さて、あまりにもロマンスしすぎると、反動が怖いな。
もう絶対、彼女を離さないぐらいの運命的な邂逅をしてしまったわけだが。
どうする。ここまでの出会いを演出した記憶はない。
「えっと、これから、よろしく」
「はい。今日もメールしますね」
大丈夫、俺はイケメン。俺はイケメン。
なんとかなる。この究極的な運命的な出会いを着陸させられる。