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5・記録石から①

 ワダマンが探索チームに自分を推薦したと聞いていたのでライフキーパーで推してくれたのかと思ったのだがなんのことはない。町村長会議でそれぞれの町村からチームの代表を選出することで纏まり、小さなコーウェン村では唯一の探索者である自分の名前を出しただけというのが実際のところだそうだ。目的地も遠いし絶対に必要ともされていなさそうなので断わろうかとしたら引き留められた。コーウェン村から誰も出さないと町村間のバランスに影響があるんだそうだ。ならばとナッシュの帯同と報酬増を条件に提示してみたら結構すんなりと受け入れられた。

 問題解決の手掛かりがあるかもしれない目的のものは廃鉱山の深部から出てきたようなので、異界生物体が棲みついていることを前提にした探索チームでアザの町をサンドル車で出発した。三日目の日没前にジョイカシモローコ村に到着し、翌日はムムナ車に乗り換えての登山道を半工程かけて、鉱山所有者の住むアザマンテラン村に入った。日中は殆ど休憩もなく三工程半も車に乗っていたので流石にお尻にくる。


 それから鉱山所有者のルード・ガイナンと会うのに実に五日を要した。探索チームのリーダーになったリサーチャーのテキィアームが鉱山探索の交渉にあたったのだが、話しのために持ち込んだ記録石がシーフ連中に盗まれたものだったらしく、探索チーム自体がシーフの一味ではないかと村の警備に警戒されてしまって、その誤解を解くのに町村長連名の信書まで取り寄せる羽目になってしまった。

 ルード・ガイナンとは会ってみると初老の人当たりの良い人物で、廃鉱山ならではの危険は自己責任ということで調査に入ることはあっさりと許可してくれた。しかしながら廃鉱山とはいえ何が発掘・採掘されるかわからないので、何の対価なしに持ち帰ることのないよう強く念を押された。まあそうだろうね。掘り出し物で商売していたんだろうからその話しはまた別だということだ。しっかりしている。

 何もせずの宿での待機だったので各自準備は充分に整っているはずだ。リーダーから明日の鉱山入りを探索チーム全員に伝えられた。鉱山に入るのは魔法化法のリサーチャーのテキィアームとその助手一人。鉱山内の危険回避と目的物の捜索にトラッパーの姉弟。ライフキーパーが二人。そのうちの一人は自分のことだけれども、今回は自分のゲートウィンドウについて守秘義務遵守のもとに事前に皆に知らせているため、荷物食料運びは自分だけで充分で他にライフキーパーは要らないのだが、テキィアームお抱えだということで別枠でもう一人のライフキーパーがチーム参加している。この六人を異界生物体から護る探索者でファイターが三人。そのうちの一人はナッシュだ。アタックウィザードとトリートメンターウィザードが各一人の総勢十一人。通常の探索者パーティーは五人ないし七人程度なので狭い鉱山内で移動するにはちょっと多いかもしれない。


 坑内の数箇所に設置されている昇降機は化法で動いていたようだが、ルード・ガイナン曰く錆びついていたり歪んでしまっていたりと壊れていて使えないだろうということだった。稼働しても一度に乗車できる人数は三人程度なのでそんなところで異界生物体に襲われたらたまったものではない。広くはない坑道を列をなして深くに行くしかないようだ。

 先頭を行くのはトラッパーで背の高い姉のケィケナと小柄な弟のトットのトキシン姉弟。坑内のマップはルード・ガイナンが渡してくれたのだが、道が複雑だったり廃坑になってから時間が経過していたりと安全が確保できないので、目的地へのガイドとして一番前にいる。その二人を護るように二人のすぐあとをファイターのロンダンとガノーナがついていく。中衛の先頭にアタックウィザードのミセッタが前方の警戒にあたっていて、そのあとをテキィアームと助手のコードルとライフキーパーのキノペッボが続き、トリートメンターウィザードのヴァーナに自分ニーナと後方からの襲撃の警戒にナッシュがあたって進んでいった。

 ナッシュの訓練の成果を見たけれども相当訓練を頑張ったのだろうと感じされられた。ナッシュの選んだ武器はまるで丸い団扇のような形状の双剣で、ラウンドエッジファイターと呼ばれるようだ。小柄で素早さを生かしたファイタースタイルでナッシュに合っているんじゃないだろうかと思う。

 今回ネコにはゲートウィンドウの向こう側の宇宙空間にある岩石小天体の近くにいてもらって、何かあったらいつでもこちらにこられるようにお願いしている。ネコにとってもこちらにいるより宇宙極限変態生物本来の姿のジェル状の姿で好き勝手に岩石を食べたり宇宙空間で遊んでいたりする方が良いだろうしね。


 警戒しながら狭い通路を進んでいるので、どうしても歩みは遅くなる。時間を計るものがないので殆ど感覚的なものになってしまうが、半工程くらい進んだところの少し開けた場所で休憩と食事を取ることになった。今回はゲートウィンドウをチームの皆に隠す必要がないので安心してゲートウィンドウを開く。ゲートの中に入って凍っている握り飯に見えるものとカップの中で凍っているスープを人数分取り出し、化法のワーマーで温めてからみんなに配る。≪れ≫と呼んでいるゲートウィンドウの向こう側は気体がなく、氷でできた横穴に繋がっていて天然の保冷庫にしていて、ここに食料を冷凍状態にして保管している。繋がっている場所はどこか他の凍った惑星なのではないかと思っている。トイレも出しておく。≪そ≫のゲートウィンドウの中から簡易小テントの部品と地球の洋式を思わせる便器を取り出して設置するのだが、汚水を垂れ流して異界生物体に人がいると知られる臭いをばらまくわけにはいかないので、火山に繋がっている≪ろ≫のゲートウィンドウを便器の真下に出現させて水洗の代わりにする。水洗式トイレならぬ火山式トイレだ。こんなことができるのは自分だけなので、普通はあまり必要とされないライフキーパーでもパーティーに加えてお得なのではないだろうかと自負する。時間さえあれば簡易風呂だって用意できるよ。


 冷凍されていた食品が温められてこんなところで振舞われたことよりも、初めて見る洋式風の便器とその処理の方法にみんな驚いたり感心したりしてくれていた。ゲートウィンドウがあるからできることなんだけど、作ってみて良かったと思う。

「そろそろ出発しようか」

 テキィアームの掛け声でみんな立ち上がり、各々手荷物や武具の準備を終えて移動する寸前。キノペッボの真後ろから半リーフトくらいの赤茶けた異界生物体たちが奇声を発しながら向かってきた。驚き後ろを確認したキノペッボは慌てて逃げようとして足を滑らせてそのまま倒れた。

「助け!、助けて!!」

 最初の異界生物体がキノペッボに飛び掛かる寸前、ガノーナのロングソードが異界生物体の顔を潰して後方に吹っ飛ばした。素早く動き廻るナッシュの手にしたラウンドエッジが異界生物体を次から次へと切り裂き、ロンダンのワイドソードは異界生物体の腹部に叩きつけられた。向かってきた三体にミセッタの放った金属系魔法の十数本のランスが纏めて串刺しにしていく。弱い部類の異界生物体とはいえ襲ってきた十数体をあっという間に倒してしまった。助けられたキノペッボは恐怖で身体を震わせたままだ。


「全く。休憩を入れているとしょっちゅうヤーマォが襲ってくるな。雑魚の異界生物体のくせに」

 確かに異界生物体の巣では休んでいるときに襲ってくることが多い。少し開けたところで休憩することを理解していて気配や臭いを感じて来るのかもしれない。ロンダンがヤーマォと言った異界生物体はコーウェン村ではダショと呼んでいるけれど。

「私の入っているパーティーではグマルマと呼んでいるわよ」

「うちとこでは名前じゃなくて見た目でちっこいのと言っているぞ」

 大量に湧いて出てくるオーソドックスなダショでさえいろいろな呼び方で呼ばれている。今回の廃鉱山での目的は、同じ異界生物体でも地域やパーティーによって呼び方が異なってしまっていて、異界生物体の強さや弱点などの情報の共有ができていない問題を解決できるかもしれない物質の探索にあるのだ。シーフ連中がこの廃鉱山に入って盗んだものが道具屋に買い取りで持ち込まれたのだが、その石には変わった性質があることをテキィアームが化学魔法の研究中に発見した。魔法を注入してみると、その石にはどうやら廻りの光景を記録することができるようなのだ。この石を記録石として大量に入手することができれば、異界生物体を記録してその姿を皆で共有することで、誰でもその異界生物体を特定してどんな能力があるのかや、どこの遺跡や巣に現れる可能性があるのかなど対策の事前準備ができるので、探索を有利に進めることが可能になると考えられる。

 これまでは多少の絵ごごろのある探索者が、倒した後や探索を終えた後などに記憶を頼りに異界生物体を描くことがあったが、絵を描く専門家ではないので個性も相まってなかなかその姿を共有するところまでは至っていなかったのが現状だ。この記憶石の記録を後から映し出せるいわゆるプロジェクターのようなものを化法で作ることができれば、本物の画家などにじっくりと写実的に異界生物体を描いてもらうことができる。

 本当は記録石を使ってカメラを作れればいいんだけどね。画像を固定する印画紙がないというかそんな考えがないので、印画紙を作るところから始めなきゃならないなぁ。


 坑道は狭いままで緩やかな下りで深く続いている。気温も湿度も割と一定で少し肌寒い感じだ。

「こんなにずっと奥まで人が掘ったんですね。結構壁が綺麗」

 ナッシュが辺りを見廻しながら感心している。

「手掘りだけじゃなくて魔法使いが手伝ったり化法も使って掘っていたみたいだよ」

 この世界でも金属を使おうとすれば鉱石を掘って製錬・精練して鋳造する必要がある。この宇宙に存在する元素は異世界の惑星でも基本は変わらないんだろうなぁとは思うけれども、魔法が使える世界の物質は自分の知識からは何かが違うんだろうな。

「でも掘りつくしたはずの場所でよくシーフが入りこんで見つけてきましたよね」

「異界生物体が棲みつくようになって探索者パーティーに紛れることはできそうだね。それで記録石を見つけたあとにシーフ仲間以外は毒殺するとかしかねないでしょ、あの連中は」

 記録石の鉱石には淡く青い物質が混ざっていて、青の部分を取り出して研磨すると鮮やかな輝きの瑠璃色を思わせる宝石のような石になる。シーフ連中は青い石が綺麗なので幾許かの金になればと持ち出したのかもしれないけれども、実はかなり価値の高い特殊な石とは思うこともしなかっただろうな。

 複雑に枝分かれしている広大な坑内を探索するのには数日を要して、その間も大小さまざまな異界生物体が出現し戦闘には勝って全て退けていったが、目的の記録石が含まれる鉱石を見つけることができない。

「持ってきた記録石がここから盗まれたものだと言っていたくらいだから間違いはないのだろうけれど、ここまで見つからないと本当にこの鉱山で合っているのか心配になるな」

「採鉱し終えたはずの場所で新しく見つけているんだからもっと目立ってわかりやすそうだけど」


 自分の様子になにか変な違和感を覚えたのは並んで移動していたナッシュだった。

「どこか具合が悪いんですか」

 近くを歩くヴァーナにも気づかれないようにさりげなく自然な体制で呟いてきた。自分も廻りに気づかれないように返した。

「ちょっと前からリングに違和感。大丈夫だけどね」

 身体に着けているゲートウィンドウを開くためのリング七つ全てでピリピリとした痛みと締め付けが起こっていて、リング間でまるで電気が走っているかのような感じだ。坑内最深部の未探索場所にもうすぐ到達するらしいのだが、進むにつれて強く刺激が肌を刺してくる。ナッシュが顔をちらっと覗き込んでくるけれども、心配させたくはないので平静を装った。

「みんな止まって」

 先頭を行くケィケナが振り向かず左手で静止の合図を出すと、各自順次にその場所に立ち止まって前方を注視した。ケィケナの前には暗い空間が広がっている。

「独特の臭いが鼻奥で痛いな。体液吸いが大量にいる感じだ」

 チームの皆を挟んで見えないトキシン弟の嫌悪した鼻声が前方から聞こえてくる。体液吸いとは自分の握り拳大くらいの極小型の異界生物体で他に似通った個体がいないことから唯一共通の認識で名前が付けられている。ホードニードルという名前で磯巾着をひっくり返したような大量の触手足がある姿なのだが、一体二体程度なら簡単に倒せてもその本質は集団で捕食対象を襲ってくることで、全身に襲い取りついてきた大量のホードニードルは触手足の中心から出してくる針を突き刺して、獲物になった対象から体液という体液を吸いつくして乾涸び死に至らしめる。なので別名を体液吸いと呼んでいる。

「調べるのはここで最後の場所だろう。一挙にいくぞ」

 見えない前の空間の大きさがわからないので火炎系魔法で一掃するような自分たちが窒息を招きかねない策はとれない。ヴァーナの発動した魔法が全員の身体にまとわりついてシールドの役割となったのを確認して、ガノーナとミセッタがほぼ同時に氷水系魔法のアイスニードル・ボムを前方の暗い空間に放った。ホードニードルに発声器官はないので、聞こえてくるのはアイスニードルがホードニードルに突き刺ささり裂いていく音と、壁や天井に貼りついていた個体が力を失ってボトボトと地面に落ちる時の音だけだ。シャインで照らされた空間に三人のファイターが先行して入るとアイスニードルで倒れきれなかったホードニードルを屠っていった。


 シャインで明るく照らされた広い空間の地面は、切り裂かれたホードニードルの肉片だらけで見えなくなっている。歩くのもままならないので≪ろ≫のゲートウィンドウを開いて肉片を火山に落として処理することになったのだが、ゲートウィンドウを開いた瞬間からリングから受ける痛みと締め付けが強くなってその場で立ち尽くしてしまった。みんなに心配させられないので我慢しているけれども本当はしゃがみこみたい。

「大丈夫ですか」

 自分の体調を気にしていたナッシュが近づいてきて地面に座れるように気を使って身体を支えて下してくれた。

「そこで休んでいてください」

 ゲートウィンドウの使い過ぎで体調が優れないので少し休ませたいと、ナッシュが機転を利かせた理由をテキィアームに話しているのが聞こえる。ゲートウィンドウを使ってこんな状態になるのは初めてなんだけどね。腕と足のリングもきついけれど首のリングが一番辛く感じる。


 チームみんなが不自由なく歩ける程度にホードニードルが片づけられたので、誰かがうっかり落ちてしまわない前に無理矢理身体を動かしてゲートウィンドウを閉じた。閉じてまた動けずにしゃがみこんでしまう。一体全体リングに何がおこっているんだ。

 お祖母ちゃんからリングを受け継いでからこれまで、身体に装着してゲートウィンドウの開閉の練習をしていても、新しいゲートウィンドウを見つけるためにリングを出鱈目に無茶苦茶なぶつけ方をしたときでも、リングがこんな異常な状態になるのはただの一度もなかったことだ。

 リングについてお祖母ちゃんに聞いたことがあったのをふと思い出した。

「これってなんなの?。誰がつくったの?。いつからあるの?」

「パッシィフィールドに当たり前に昔からあるものだから、なんであるのかは誰も知らないねぇ」

 リングを装着してゲートウィンドウを開くにはパッシィフィールド家の遺伝子能力の発動が不可欠ならば、先祖の誰かの手で作られたのか誰かに作ってもらったのか、いずれにしても専用の特殊な装身具になるだろう。こんな時だけれども改めて考えると不思議な物体だ。


 自分以外のみんなが最後の場所だと思われる空間を調べるために散らばっていった。鉱山内で未確認の場所はこの最深部で最後だと思う。見た目の感覚で日本の学校の二十五メートルプール一つくらいだろうか。何か見つかるならこの人数ならすぐにでも発見できそうな広さだ。

「記録石の特徴は薄く青いものが混ざっていることだが、こう暗いと見落としかねないからな。丁寧に調べてくれ」

 テキィアームに改めてわざわざ言われなくとも今までもしっかりそうしてきたんだけどね。ここで見つからなかったら何のためにここまで来たのかわからないから気持ちはわかるけど。

 誰も何もひと言も発せず足音と着衣の擦れる音だけが聞こえてくる。この場所で何もなければ早く外に出て一度リングを全部外したい。蹲ってそんなことを考えていたら。

「ここから光が見えてる!。赤い光!。この向こう側から!」

 背の高いトキシン姉の目線から下を覗き込むように壁の一部を見ている。壁には地面に落ちずに凹凸に引っ掛かってへばりついているホードニードルの肉片が見て取れて、その隙間から光が漏れ出ているようだ。ミセッタの火炎系魔法で肉片を蒸発させると、そこだけ石積みでふさがれている壁の間から細い数本の赤い光線が反対側の壁まで伸びた。

「この石をどかそう。奥に別の空間か何かがありそうだ」

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