3・ライフキーパー③
今は探索者と言われている者たちが、まだ大多数が冒険者と呼ばれていた時のころ、古代の遺跡や地下迷宮などで冒険者はパーティーを組んで、依頼の解決やお宝探しで生計を立てていた。パーティーを組まずに一人だけで行動する強者も割といて、弱小パーティーには是非とも欲しい垂涎の的だった。
平原や山岳には野生の動物たちが普通に生息しているし、遺跡や地下迷宮にも棲みついている。中には進化したのか特殊形態なのか、大きくて力が強い凶暴な怪動物とか超動物も出現するので、冒険者にはそれらと戦うことができる能力が必須である。それらを狩るだけの専門冒険者もいる。
ところが、ある時を境に遺跡や地下迷宮にいるはずの動物たちの数が徐々に減っていって、それとは逆にそれまで確認されたことのない異形の生物が現れるようになった。その異形の生物は遺跡や地下迷宮だけでなく、平原に突然開いた穴の中とか大きな街の古い地下街のその下の使われなくなった地下街のその下の方からとか、およそ人が生活していない暗い場所ならいつの間にかどこでもその姿を見るようになった。
おかしくなってきている生態系に危惧はするけれども、さりとてどうすることもできない。冒険者たちは必然的に異形の生物と戦うことになっていくことになる。いったいこの数の生物が出現している原因はなんなのか、遺跡や地下迷宮の深くに進んでいくが、その凶悪さや強さは怪動物や超動物との戦いが可愛く感じられるほどで、戦いに負けてしまった冒険者は異形の生物どもの喰いものになった。
ある地下迷宮の最深部にかつて到達したことのある誰もが知る冒険者パーティーが再度最深部まで向かったのだが、途中で大量の異形生物に阻まれ逃げるように戻るしかなかったとのことだ。
「いくらなんでもあの数の異形の生物たちがいられるような場所ではなかったはずだ。どこからか次から次へと涌き出てきているような感覚だが、あの迷宮は行き止まりでどこにも繋がっていないのだが」
もたらされた情報を確かめるように他の場所も冒険者たちが調査に向かったが、異形の生物たちに成す術もなく敗退せざるを得なかった。弱小パーティーなどは餌食になりに行っているようなものだった。
冒険者でありたいのに遺跡や地下迷宮には近寄れなくなってしまった。冒険者は平原とか森林などの明るい場所での薬草採取や動物狩猟に身をやつすしかなくなった。一方で異形の生物とはいったいなんなのか、どこから現れたのかなどの謎を解明したい冒険者たちもいて、身の危険を承知で遺跡や地下迷宮に入っていく者たちのことをいつの間にか探索者と呼ぶようになっていった。
単独行動していた探索者もどこかのパーティーに加わるようになった。とてもではないが一人で大量の異形生物に太刀打ちできるものではない。探索の基本は暗黙の裡にパーティーを組んでの行動となっていった。
人々から信頼を得ていた中堅どころのパーティーの一人が、地下迷宮探索中に行方不明になってしまった。休息中の見張り役に用足しを告げて休息場所を離れたのだが、いつまでたっても戻ってこない。パーティーの皆で手分けして辺りを探したのだが手掛かりなく、仕方なくもそのまま町へ戻らざるを得なかった。地下迷宮で一人になってしまったらやつらの格好の餌食だ。
もう迷宮でとっくに死んでしまっているのだろうと人々の記憶から徐々に消え始めていたころに、その行方不明の探索者が町にふらっと戻ってきた。仲間の探索者はもとより知られた顔なので町の人々も大歓喜で帰還を迎えた。その日はパーティー仲間と宿に泊まって身体を休めたが、翌日の夜には酒場を借り切った盛大な生還の祝いの宴が開かれた。酒に強い体質なのに流石に回復しきっていない身体では少しの酒でも眠気が勝ってしまって椅子から落ちて床に転がってしまった。仲間が心配して具合をみようと覗き込んだその顔から赤い液体が飛び散らかり、大きな音と振動で仰向けに倒れこんだ。どうしたのかとテーブルの下から覗いたもう一人の仲間が声高に、
「なんでこんなところに」
いるんだ!、と言うつもりだったのだろうが、言い切る前に身体じゅうに異形の生物が齧りついて身体を喰い破られた。その様子を見た酒場の中は瞬間でパニック状態だ。我先にと出口に向かって逃げ惑う男も女も、酔っぱらった状態で立ち向かおうとした探索者も、迷宮からの生還者の腹を喰い破って次から次へと出てくる異形の生物に襲われ喰われていった。
辺り一面どす黒くなっている血糊が飛び散っている凄惨な廃墟の町にいったい何が起こったのかは、化学魔法、化法のトレーサーに映った人々の残存エネルギーの動きを解析して推察され、この出来事は各地の探索者に伝わっていった。
平原に開いている穴の中を探索していたパーティーが異形の生物に襲われ、一人を除いて全滅してしまった。その一人が街の治療所に運び込まれたのだが、治療を始める間もなくその探索者の腹を喰いちぎって大量の異形生物が飛び出してきて、治療所はもとより街中に散らばった異形生物は人を襲い動物を襲い、街一つを廃墟に変えて街の地下にもぐっていった。
同様のことが各地で次々と起こるので、異形の生物は人や動物を喰うだけが目的ではなく、人の身体の中に異形の生物を潜ませて居住地に送り込み、生息地を拡大しようとしていのではないかと考えるようになった。そのような状況を懸念して、探索者は巣の中で決して一人になって行動してはならない。一人になってしまった探索者が勝手に居住地に入ってはならない。居住地に入る前には異形生物に寄生されていないか必ず確認期間を設けなければならない。などなどの暗黙のルールが探索者の間で出来上がっていったのだった。
「ガルス!、ナッシュのお腹を喰い破って出てきたらどうするつもりだったの!!」
ネコの強烈な体当たりで立ち上がれないガルスに怒鳴りながらナッシュを確認する。地面よりも一段低いところで横たわっているナッシュの手首足首にはつる植物のようなものが絡みついていて、動けないように拘束されていたのだろうと思われた。
「ニーナ、ナッシュ生きてる」
自分の右傍に寄って来たマノウが指を差す。その先で微かにナッシュの腹部が上下しているのが見て取れる。呼吸をしている!。良かった、死んでいない。ここで拘束されてかなりの時間経過しているのが失禁状態でわかるが、それが生きていてくれていた証になる。
「マノウ。ナッシュが強襲体にされていないか、ここで異界生物体の寄生の有無を確認します」
「そんなことできるの?」
「普通ならできないけれどね。この子がいるから」
マノウに右肩に乗っているネコを近づけた。ネコの眼がマノウの眼と合う。
「でもナッシュが寄生されていたら、身体の中から飛び出してくるかも」
ネコは自分たちとナッシュの間に猫のようなしなやかさで下りると、一度ジェル状の液体になってからまたその姿を壁のように変えて、ナッシュと二人の間を隔てた。
「大丈夫。ネコは身体に一切触らずに確認できるから」
自分側のネコの壁の一部とナッシュの方のネコの壁の一部が変形してまた長っぽそい部分が伸びると、一方は自分のおでこに先端が貼りついて、ナッシュ側の方は胃カメラの光ファイバーのように細くなってナッシュの口から胃の方に入り込んでいく。先端が進んでいる前方の映像が自分の頭の中で映し出される。細いしネコの身体は柔らかいとはいえ麻酔なしで喉を通るのでナッシュは多少の嗚咽を吐いた。
「少しだけ我慢してね。しかしこれって本物の内視鏡だよねぇ…」
ネコの能力が凄いんだけどこんなことができるライフキーパーは自分だけだと思う。ネコの体組織の廻りに極薄の膜のようなものを発生させているので、その膜で隔てられるので直接ナッシュのどこにも触れることなく確認できるんだとネコから教えられている。胃まで到達してその少し先まで確認できた。
「大丈夫。胃には入っていないから消化器官には寄生させられていないよ」
ネコがナッシュに入り込んでいる状況をマノウに証人として見てもらおうとしたが、自分とネコの今の凄い姿を改めて見たマノウは驚いて数歩後退っていた。そりゃ驚くよねぇ。自分なら、妖怪ぬりかべのお腹と背中からひもが伸びていて、二人の女の子をそのひもで捕まえているように見えるよ。気丈なマノウから状況の確認完了の合図をもらった。
「ナッシュごめんね。もう少し我慢して」
口から抜け出てきたネコの先端がナッシュの下腹部へ進もうとしたときに、いつの間にかガルスが近寄ってきていてネコの壁越しにナッシュを見ようとしたものだから、ガルスを包み込んで出てこられないようにしてとネコに思考伝達した。ネコの身体がガルスを包み、その中で何しやがるとかなんとか騒いでいるけれど、男のあなたにナッシュの今の姿を見せられるわけないでしょ。ましてやこれからデリケートなところの確認をするんだから。なんでわざわざ最悪のタイミングで起きてくるかな。
「マノウ、確認完了です。こっちにも寄生させられていないから、証人の確認お願いね」
「もう触っても大丈夫だから手伝って」
「もし強襲体にされていたらどうするつもりだったんです?」
「大丈夫だよ。胃にいるくらいの大きさの異界生物体ならネコが取り込んで溶かしちゃうから」
溶かすなどと自分が言ったものだから、マノウはネコに包まれているガルスの方に慌てて振り向いて指を差した。
「大丈夫大丈夫、死んでない死んでない。何でもかんでも溶かして吸収するわけじゃないから。それよりナッシュが動けるように手伝って」
つる植物のようなものをナイフで切って手足を自由にしたあと、レザーアーマーと靴を外して着衣は全て脱がした。
「マノウには初めて見せるけれど、絶対に触らないでね」
この人はまたなにを言い出すのやらと思っているだろうな、とマノウの態度を見ていたら、普通に相槌を打っただけだった。巣の中でいろいろやったからなぁ。慣れちゃったのかマノウが大人なのか。
この場所で三つのゲートウィンドウを出現させた。多少は驚いているので念のためにもう少し注意しておく。自分にはなんともないが、自分以外の生物がゲートをくぐって中に入ろうものなら、真空の宇宙空間だったり溶岩が溜まっていたりの場所に飛ばされて窒息するか焼かれるか、いずれにしても死んじゃうからと注意した。マノウに宇宙空間とか溶岩とかの認識があるかどうかはわからないが、死んじゃうからという言葉を聞いて相槌が早くなった。
レザーアーマーと靴以外は最初のゲートウィンドウの中に放り込んだ。中は火山の溶岩に繋がっているので瞬間で灰も残らない。衣服のナッシュの臭いはこれで消滅させた。本当はナッシュからも臭いを消したいのだけれど、ここで使えそうなものを作ってはいないので今後の課題だ。二番目のゲートウィンドウから代わりになる簡易な服と下着を取り出して、マノウに手伝ってもらって着せる。レザーアーマーと靴も着けた。ナッシュの意識はうつろで一人では動けないから重くてかなりの重労働になった。最後のゲートウィンドウからは自分で調合した液状の気付け薬と栄養飲料を取り出した。これを用意するために出かける前に殆ど寝ていなかったのだ。自分たちが間に合ってナッシュが生きていると仮定した場合、動ける状態より動けない状態を想像する方が容易だ。だとするとこんな異界生物体の巣の中から人一人を運び出すなどとても現実的ではない。ナッシュ本人に起きてもらって歩いてもらわなければならないので、そのための予めの準備だ。
意識がうつろな人に液状とはいえ口から摂取させようとするのは難しい。なのでナッシュにはまた辛い思いをさせてしまうけれど、再び胃までネコに入ってもらい着付け薬を運んで流しいれてもらった。
「どうだ、ナッシュの具合は。動けそうにないか」
自分たちに背を向けながら廻りを警戒しているガルスの声は小声ながら高い。ナッシュは初めてみる自分に後ろ手で抱えられて驚いていたが、手を握って大丈夫だよと声を掛けていたマノウが眼の前にいて安心してくれた。栄養飲料をゆっくり飲ませる。
「意識は戻ったけれど、動けるようになるのはまだかかる」
「早くここから出ないといつやつらが食料を取りに来るかわからないぞ」
ネコからようやく解放されたガルスは悪態をつきながらもナッシュが生きていることを確認すると、ここがどういうところなのかを確認して廻った。ガルスも今やるべき自分の役割は理解しているようだ。戻ってきたガルスが言うには、野生動物が縛られて壁に沿って転がっていて、大多数は既に死んでいるが、中には微かに動いているのもいるそうだ。この寒さと乾き具合とここの状況から、奴らの食肉保管庫の可能性を考えるべきだろうということだった。
ナッシュが立ち上がってゆっくりだが歩けるようになるまで異界生物体が来なかったのは時間が稼げて幸運だった。ネコにナッシュの歩行補助をしてもらって通路に出ると、ここまで来た道を戻ることにした。出口を探してまた彷徨うよりは確実な方法だ。問題は崖の急斜面を逆に登らなければならないことだけれども、ネコがジェル状の液体ボールに四人を取り込み包んで、ゆっくりずるずると登っていった。度胸があるのかまだ驚く気力もわかないのか、ナッシュは三人の顔を見ただけでその身をジェル状の中にゆだねていた。
来た道をそのまま間違わずに戻れるのは、ネコが時々地面に下りて付けていた痕跡を辿っているからだ。転移罠などの特殊な場所でない限りは有効な手段だ。
事の起こりの最初の広場、休息をとっていて中型の異界生物体に遭遇したところに戻ってきた。出口まで休まずこのまま行ければ取り敢えずの安全は確保できるけれど、体力のあるプロフェッションのガルスも息を切らしている。今の状態でここで留まるのは危険だし精神的にも一番良くない場所だけれども、ナッシュもマノウと自分も疲れ切ってしまっているので、止むを得ず小休止することにした。残っている栄養飲料を全員に配って少しでも体力を回復しておく。
短時間の休息だったが、みんな動けるようになったので出口へ向かおうとしたその矢先、ネコが急激に膨張して作った壁になにかが体当たりしてきた。
「奴らだ!、中型!!」
巣に入ってから異界生物体に襲われるのはこの場所だけだな。もしかして侵入者である探索者を一斉に襲うために狩場にしているのがこの広場なんじゃないだろうか。ロングソードを構えたガルスがネコの壁左側から飛び出して異界生物体の足に斬りかかる。化学魔法シャインの光源を最大にして広場全体を照らし出すと、中型の異界生物体が七体、いや、八体はいて、その背後からは数えきれない小型の異界生物体が自分たちの方に向かってくる。マノウはネコの壁右側から身を乗り出して火炎系の攻撃魔法を放つ。小型の何体かを黒焦げに変えたが、数が多すぎて全く減らない。
ガルスのロングソードが中型の喉元付近を切り裂いて一体は倒れたが、その間に他の中型が突っ込んでくる。
「相手にできる数じゃない!。お前たちここから逃げろ!」
中型二体目と対峙したガルスが振り向かずに叫ぶ。マノウも火炎系攻撃魔法を連続で放って黒焦げの数を増やしていく。
「なにしてる!。魔法攻撃はもういい!。お前も逃げろ!!」
ここで逃げだしたら、自分たちを逃がそうとして残って異界生物体にロングソードを向けているガルスが中型に喰い殺されるかもしれない。ネコの体内取り込み溶解能力に頼りたくとも、中型の大きさでこれだけの数がいると流石に簡単にはいかない。
「ガルス!、マノウ!、もう少し時間を稼いで!!」
大声で二人に声をかけるが二人に余裕はないので聞こえたかどうかわからない。それでも今、自分ができることをやるしかない。
「ナッシュ!、そこから動かないで!。絶対に触らないで!」
ゲートウィンドウの危険性を説明したかったけれど慌てているので、言ったことが言葉足らずになっていて理解してもらえたかなど頭が廻っていない。その状況でゲートウィンドウを出現させると、その中から自作の化学魔法、化法のアンカーを取り出して地面に置いて作動させた。扇形の要に当たる部分から勢いよくワイヤーの付いたアンカーが飛び出して広場の壁に突き刺さって固定されると、扇形の中骨に当たる部分からはワイヤーの付いたリングが三本飛び出して生き物のように正確にガルス、マノウ、ナッシュに向かっていき、三人の腰にリングを固定して三人を浮かしながら連れ戻ってきた。
「ネコ、お願い!」
その声を聞いて、アンカーと三人の上からジェル状液体になったネコが覆いかぶさり、アンカーごと全体が動かないように固定してくれた。自分の腰にもネコの身体の一部が伸びてきて巻きついてくれたので、自由に動けるけれども自分も飛ばされる危険性が低くなった。
「じゃあやるからね」
動ける身体で七つのリングを決められた順番にぶつけていって、≪て≫と名前をつけているゲートウィンドウを開くキーワードを解除した。自分たちと異界生物体の間に直径で二リーフトほどのゲートウィンドウが音もなく出現する。リング状の枠が青白く輝きゆっくり回転している。
「開くからね」
ネコに声で伝える。その前に思考伝達でネコには伝わっているけれども、つい出てしまう。
リングを五回ぶつけてゲートウィンドウの向こう側とこの世界を物理的に連続で直接繋いでしまうと、先頭でガルスに倒された中型異界生物体が勢いよく吸い込まれていなくなり、廻りの小型の異界生物体も次々と吸い込まれていく。中型の異界生物体はその太くて瘤でぼこぼこな足で地面に踏ん張って堪えたり出っ張っている岩を掴んだりして抗ったが、ゲートウィンドウの吸引に負けて次々と吸い込まれていった。吸い込まれたゲートウィンドウの中は真空の宇宙空間が広がっていて、いつもネコが棲んでいる岩石小天体の尖った岩に激突していった。
広場にいた異界生物体の全てがゲートウィンドウの中に吸い込まれていなくなったのをネコと一緒に確認してから、ゲートウィンドウを閉じるキーワードをリングでぶつけた。もう一つのゲートウィンドウを閉じる前に化法のアンカーをしまわなければ。アンカーのリングから三人を自由にして、ゲートウィンドウの中にしまい込んでからこちらも閉じた。ネコがうまい具合にブラインドになってくれたので、ガルスには最後までゲートウィンドウを見られずに済んだのは良かったと思う。いろいろやらかしてくれたガルスには見られないに越したことはないだろうな。
ただこの状況を三人にどう説明すれば誤魔化せるか。あれだけいた異界生物体が一体もいなくなってしまっていては、なんの説明なしでは皆納得はしないだろう。ここはやっぱりネコが退治したことにしておいた方が言い訳としては無難だろうか。三人を包んで防御姿勢を取った後、ネコが吐き出した溶解液で全部の異界生物体を溶かしてしまったんだとちょっと苦しい説明をしてみた。案の定ガルスがそんなことできるものかと捲し立てて突っ込んでくる。
「なんだったらガルスの身体で試してみる?。防具も服も溶けて肉が溶けて、骨も残らずに消してみせるよ」
意地の悪そうな顔を目一杯につくって言ってみたら、ひと言ふた言文句をブツブツ言いながらも黙り込んだ。よし、誤魔化した!。マノウの疑念っぽい視線がちょっと気になるけれど。
出口までの通路は異界生物体との遭遇もなく割とあっさりと外に出られた。入るときに使った狭い裂け目口ではなく本来の出入口から出たので、その近くの見張りテントから見ていた探索者が武器を構えて近寄ってくる。何人も巣の中に通したはずがないのに四人の探索者が出てきたものだから、訝しんでいるようだ。口数の少ないマノウが両手を挙げて敵意がないことを示しながら近づいていき、こちらの状況を話すと、隔離車を呼ぶので離れたところで待つように言い渡された。隔離車とは異形生物の寄生の有無を確認する期間中に居住地の外で待機するための頑丈な部屋を備えた車の事だ。
見張りの数人の探索者がいつでも戦える体制で近くに木の簡易椅子を置いて自分たちの様子を窺っている。強襲体にされているかもしれない探索者が巣穴からぞろぞろ出てきたんだ。警戒して当然だろう。隔離車が到着するのはおそらく空が暗くなってからになるだろうからと、見張りの探索者から簡単な食事が差し入れられた。皆で食事を摂っていると、先ほどゲートウィンドウに吸い込んだ異界生物体を喰らいに≪て≫のゲートウィンドウに戻りたいとネコが伝えてきたので、見張りが見ているこんなところでゲートウィンドウを開くわけにいかないからと伝えると、ちょっとふてくされたような感情が戻ってきた。それだけではなく、この世界の空気の何かがネコの組織に悪い影響を与えるらしく、長時間留まっていられないので戻りたいのかもしれない。ごめんね、もうちょっと我慢して。
食事の後は皆うつろうつろして睡魔に勝てず、かなり回復したとはいえ少し前まで捕らわれていたナッシュは深く眠ってしまっているようだ。こんな場所じゃなくて早く身体に負担のかからない快適な環境で眠らせてあげたい。見張りの探索者がいるからと自分も安心して警戒を緩めてしまっていた。膝を抱えて寝ているお尻の下の方から微妙な振動を感じて頭を上げた次には揺れが大きくなり、少し離れた地面から砂煙が噴き出している。その中に一際の大きさの異界生物体が見えている。殆ど姿を現わさない地上に巣の天井を破壊してまで出てきたのか。広場にいた異界生物体が残らずかたずけられてしまって、怒りで自分たちを追いかけてきたのかもしれない。自分たちを見つけてこちらに向かってきた。
起きないナッシュを起こそうと慌てている自分の眼の前から、今まで見せなかった速さでロングソードを構えたガルスが異界生物体に向かっていった。それを追いかけてマノウもなにかの魔法を詠唱しながら走り出す。ガルスに接触する少し手前で地面が大きく陥没して異界生物体は前のめりに地面に激突していく。地面の陥没はマノウの地岩系魔法の発動によるものだ。ガルスは跳躍しながら動けない異界生物体の頭部にロングソードを振り下ろして一撃で絶命させた。この二人なかなか良い連携を見せてくれるじゃない。ガルスは新人の育成を請け負っているだけのことはある。
全員無事に助かって良かったと安心しているところへ敵が突然に現れる展開はライトノベルとかでも王道だけれども、追い打ちの異界生物体は一体だけだったようだ。アザの町から隔離車が到着するまで、見張りの探索者の数人が異界生物体を焼却するために解体を始めていた。異界生物体が巣の外に出てくるのは滅多にないことなので可食肉にできる既知の個体は貴重なのだが、未知の個体は毒の有無や部位が確認されるまでは腐敗や野生動物が口にできないよう焼却処分することが探索者のルールなので、倒したガルスは儲けそこなったとぼやきまくっていた。
隔離車でアザの町まで戻るとしばらくは隔離車の部屋の中での待機期間が課せられるのだが、自分の帰還を知らされたミランのご主人が町長などの関係者に既に手をまわしてくれていて、他の三人とは別に先に解放された。ミラン以外にも自分がゲートウィンドウを使えて宇宙極限変態生物のネコの異界生物体の体内除去能力も把握している人が町には僅かながらいるので話しがはやい。依頼を受けて巣に入ることを伝える手紙をカトマミンに託してミランに届けておいてもらったお蔭で、結果早く自由になれた。
自分はこのままミランの自宅で一晩厄介になるつもりだけれど、他の三人は暗黙のルール通り寄生されていないと安全が確認されるまでは隔離車の部屋でしばらく退屈な時間を過ごすことになる。既に寄生体でないとわかっている一部の人以外にはその可能性の疑いを晴らす時間が必要だから、こればかりは仕方ないだろう。
ガルスから請け負った異界生物体の巣からの探索者の救出はこれで完了だ。ガルスに支払ってもらう依頼料はミランと今回の探索の内容を協議しながら決めていくことになる。ナッシュへの巣の中で見聞きしたことの他言無用の件についてもミランにお願いしておくつもりだ。
日本で事故に遭遇して転生してこの世界でライフキーパーを生業としている「異世界に行きたい」と願った自分の異世界生活は、望むと望まざるに拘わらず、こんな感じで生きています。