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2・生命の形①

 隣りのなにかがモゾモゾ動いてキュイキュイと言うたびに身体に発声音の振動が伝わる。そのままグイグイ反対側の壁に自分の身体が押し付けられていく。ちょっと、狭いんだから押さないで。押されて身体が少し潰れているのが感じられる。自分なにか気にさわることしたっけかな。こっちも押し返してみよう。うわ、余計に押し返してきた。

 キュイキュイキュイキュイキュイキュイ!!。

 さっきより甲高い声で捲し立てられる。なにを言っているのかわからない。それとなんだか地面に押し付けられているようで身体が重い感じがする。また押してきた。わかったわかった、自分がここにいるのが邪魔なんだね。他に移動してあげるから押さないでよ。足を一歩前に出す。けれどやっぱり身体が重く感じて動作がゆっくりになっている。足を右、左と交互に出す。前から二番目の足も交互に出す。三番目、四番目の足も順番に…。あれ、自分の身体ってこんなに足があるんだっけ。そうそう。重力が強くて動くのに強い力が必要になるから足がいっぱいあるんだっけ。よいしょっと。

 キュイキュイキュイ~!。

 なんだって?。そうじゃないって?。あれ、今度はなにを言っているのかなんとなくわかるような。ああそうか。サボってないで仕事しなさいって言ってるのか。わかったよ。でも仕事ってなんだ?。自分はなにをしていたんだっけ。まわりが真っ暗なので隣りがなにをしているのかが見えない。見えない?。見えないってなんだっけ。なんか隣りからの圧が身体の全身に響いてくるように感じる。

 キューイ、キュイ!!。

 ちゃんと世話をしなさいって言っているみたいだ。世話をする?。なにを?。ああ、そうだ。子供たちの世話をしていたんだっけ。子供たちの育児部屋で子供たちにご飯をあげて排泄物の処理をして身体を綺麗に清潔にすることが自分の仕事だったっけ。暗くて目を開けていてもなにも見えないから身体全体の感覚で仕事をこなしていくんだ。目ってなんだっけ。


 通路を通って仲間たちが子供たちと自分たちの食べ物を持ってきてくれるので子供たちにあげて一部を自分たちで食べる。排泄物は数ヶ所にまとめて寄せておいているのでそれを仲間たちが育児部屋から持ち出してくれる。子供たちの身体は敏感で繊細なので自分たちの口で舐めてあげて綺麗にしてあげる。これを繰り返し繰り返し毎日毎日こなしていくのが自分たちの仕事だ。毎日ってなんだっけ。


 通路を伝って遠くで仲間たちが騒ぎ出しているのが感覚でわかる。なにかあったのかな。足を通して部屋がビリビリと揺れているのが伝わってくる。その振動が少しずつ近づいてきているようで、揺れが僅かずつ大きくなって身体に伝わってくる。

 キュキュキュキューイ!、キュイ!、キュイ!!。

 自分に仕事のことを思い出させてくれた仲間が身体を押し付けてきて自分を動かそうとしてくる。待って押さないでってば。えっなに?。子供たちを連れて行くって?。なんで?。どこへ?。危ないから早くって?。とにかく早く!。

 部屋の揺れがさらに大きくなったような感じがする。たしかにこれはなにか起きている。自分の口を子供の背中に吸いつけて歯を甘噛みで立てて持ち上げた。甘噛みとはいえ子供は痛がって嫌がる。連れて行くって子供たちをどこへ連れ出すんだ?。えっ、ついてきてって?。仲間が子供をくわえたまま部屋の出入口の方に歩いていく。取り敢えずついていこう。

 出口から部屋の外へ出ようとしたけど出られなかった。それどころか逆に部屋の奥の方へ身体ごと強い圧力でグイグイと押されていく。

 キュイキュイキュイ!、キュイキュイキュイキュイ!!。

 通路の方から他の仲間たちが部屋の中に大勢で入ってきたらしく、出入口付近で仲間同士がぶつかっているようだ。身動きがとれない。また押される!。押されて子供たちが恐怖の悲鳴をあげている。

 ギュイ!、ギュイ!、ギュギュ!!!。

 多数の凄い声がすぐ近くで発せられた。同時になにかが弾けるようなブチブチブチッという音も聞こえてくる。地面の振動とともにその声と音が連続して自分のいる方に近づいてくる。

 突然、身体が潰れる強さで上からなにかに叩きつけられる。くわえていた子供は口から弾け飛びどこかへいってしまった。衝撃に耐えきれなくなった部屋の床がぬけて近くにいた仲間たちと一緒に部屋の下を通っていた通路まで落とされた。通路の天井であったはずの子供部屋の床で、巨大ななにかが激しくうごめいている。なにが起こったのか、ようやくわかった気がする。敵が来たんだ!。自分たちが掘って作った通路を伝って育児部屋に突っ込んできたんだ!!。あのブチブチという弾けるような音が大量に聞こえてくる。逆に子供たちの小さなギュイギュイという声はだんだんと聞こえなくなっていく。なんて嫌な音だ。あのブチブチ音は敵が自分たちの仲間や子供を喰って潰されていく音だったんだ。ここにいてはダメだ、逃げなきゃ!。早く逃げなきゃ!!。

 動こうとしても動けない。動けるはずがない。上から部屋の残骸が大量に落ちてきて、通路と仲間たちの隙間を埋めていくし身体に絶え間なくぶつかってくる。巨大な敵が強い力で上で動くたびに嫌な音をたてながら仲間が潰れていく。

 動けない身体を動かそうとして右に左に捻ってみたつもりでも、僅かに動いた気がするだけで結局は全く動いていなかった。気持ちだけが焦りまくる。

「またダメなんだ」

 えっ?!。今、小さいけどはっきりとした言葉?、が聞こえた気がする。どこから?。またダメってなに?。

 自分の隣りに身体がピッタリくっついている仲間がいる。敵が暴れる振動音の中でも、これだけ近く密着しているなら小さな声でも聞こえてくるんじゃないだろうか?。

「今の駄目って言葉はあなたが言ったの?」

 声をかけたつもりだったけれどそれは多分伝わらなかったと思う。なぜなら床がぬけて開いた穴のまわりに落ちずに僅かに残っていた床を全部崩してそれが落ちてきたからだ。育児部屋の仲間を潰して潰して喰いつくし終えた敵が。聞いたことのない仲間たちの悲鳴があちこちから聞こえる。ダメだ、逃げなきゃ!。このままじゃみんなと一緒に敵に喰われる!!。でも動けないよ!!。誰か助けて!!。

 身体を捻ろうとした次の瞬間、自分の身体の真ん中からあの嫌な音が聞こえた気がして、意識がすっと消えていった。


 気が付いたら身体が左右からなにかに挟まれてグイグイと押されていた。押されるたびに絞りだされるように身体が後ろの方に動かされる。自分は足を踏ん張って左右のそれを押しのけるようにして前に進む。左右のそれも自分の前進を阻もうとしているのか、より強い力で邪魔をしてくる。ここで負けたら絶対に後がない気がする。考えてそう思うというより、なにか本能的なものだ。足に力を入れて足先を柔らかいなにかに引っ掛けながら前進する。ずん!と今度は下から突き上げられて身体の後ろが前のめりに浮き上がる。左右だけではなく身体のまわりじゅうに邪魔をしてくるなにかがいる。負けないよ。もっと強く足を後ろに蹴り上げて前に進んだ。柔らかくて暖かいものが口に当たった。それに吸い付くと濃い味の液体が喉を通ってお腹に入ってきた。空腹が少しづつ落ち着いていく。まわりから押されて口が離れそうになるけど自分も押し返したり足を引っかけたりして抵抗する。お腹いっぱいにしなくちゃ。頑張って飲んでお腹がふくれたら、今度は眠くなってきた。生きるために空腹を満たすのも眠くなるのも全て本能だ。本能ってなんだっけ。


 まわりで寝息をたてているのは自分の兄弟姉妹だ。産まれたばかりの時は空腹を満たす母親から出る液体の争奪戦でみんなイライラしていたけど、無事に大きく成長することができて口から固形の食べ物を摂れるようになってからは、お互い余裕ができて無用な争いも少なくなった。なのでこうして食べた後はみんなと身体を寄せてゴロゴロしながらうたた寝をしてしまう。誰かが眠りから覚めて誰かとじゃれあいはじめるとみんな起きて追いかけっこや取っ組み合いなどで遊びまくる。遊び疲れてまた団子状態になってみんなで寝る。


 お腹がすいて目が覚めた。自分だけじゃなくてみんなもう起きている。でも食べられるものはまわりにはなにもない。しばらくすると奥の方でガチャンという音とともにドッドッドッドッと複数の地面をたたく音が入ってきて自分たちのいる方に近づいてくる。みんな待ちきれないとばかりにウロウロとしだしてお互いの身体がぶつかる。地面をたたく音がすぐ近くまでくると、目の前の左右に大きく窪んだ溝にジャラジャラとそれを入れていった。この時は兄弟姉妹のことなどお構いなくみんな我先にそれに向かっていく。口を大きくあけてそれにかぶりつく。とにかくお腹をいっぱいにするんだ。味なんか二の次。早く食べないと他のみんなに食べられてしまう。頬張っては飲み込み頬張っては飲み込みを繰り返し、お腹がパンパンに膨れるとまた眠くなってくるので、後ろに下がってゴロンと身体を地面に横に倒す。自分の隣で誰かがゴロンと横になる。起きたらまたみんなと遊ぼう…。視線の先で食べ物を持ってきた連中が動いている。お腹がすくころにはまた食べ物を持ってきてくれるんだ。こんな親切な連中は誰なんだろう。兄弟姉妹の姿とは全然違うしひょろひょろした身体をしていて弱々しく見える。もっといっぱい食べた方がいいよ。


 身体が重い。重くて動くのが鬱陶しい。お腹がすくころに何度も何度も食べ物を持ってきてくれるから好きなだけ食べ放題だし、眠ければ好きな時に眠りたい放題寝ていると、身体がどんどんと大きくなっていって重くなるから余計に動くのが鬱陶しくなって、みんなと遊ぶことも少なくなっていく。身体の重さが四本の足にかかって痛い。あれ?。足は四対あったんじゃなかったっけ。思い違いかなぁ。動かないと余計なことを考える時間もできる。今更だけども。目の前の景色が白黒とその中間色で見えている。大昔のテレビ番組を見ているようだ。いつもはもっといろいろな色を見ていた気がするんだけどなあ。テレビ番組ってなんだっけ。


 見ている景色が暗くなって明るくなってを何十回も繰り返したあるときに、自分たちの兄弟姉妹とは違う仲間が、いつも食べ物を持ってきてくれる連中に連れられていなくなってしまった。次の仲間は暗くなって明るくなってが数回で連れていかれた。みんな二度と連れられて戻ってこないので、どうやらいつも食べている物よりももっと美味しい物があるところに行ったんじゃないかと、残っているみんなで話をした。なんとも羨ましい限りだ。早く自分たちも連れて行ってほしい。


 それから明るくなるのが二回繰り返されたときに、自分たちの前にひょろひょろした連中が来て、何体かでなにか音を出していた。会話をしているのかもしれない。ひょろひょろ連中が柵を開けて自分たちのいる場所に入ってきた。いよいよ美味しい物があるところに連れて行ってもらえるのだろうか。連中が持っていたなにかを、自分も兄弟姉妹も身体に巻きつけられた。みんな身体が大きいから連中のひょろひょろした身体では巻きつけるのも大変そうだ。兄弟姉妹を見てみると巻きつけられた物の背中のあたりからなにか出っ張りが出ていた。その出っ張りを別のところから取り出した長っぽそい細い物で結んで、その先を次の兄弟姉妹の出っ張りのところに引っ張っていってまた結んでいる。これが次々と繰り返されて、兄弟姉妹は長っぽそい細い物でまるで電車ごっこみたいに繋げられた。電車ってなんだ?。ひょろひょろ連中の誰かの合図で兄弟姉妹は一列になって白く明るくなっている方へ移動させられていく。重くて動くのが辛いのに背中の出っ張りが前の方に引っ張られるから嫌でも身体が動かざるを得ない。明るくなった方の口をくぐり抜けると、見覚えのあるような景色が目に飛び込んできた。なんか牧場みたいだ。牧場ってなんだ?。そのまま前に引っ張られて移動させられると兄弟姉妹みんな箱のようなところへどんどんと押し込められていく。みんな身体が大きいので、それほど広くない箱はすぐにみんなでいっぱいになり、身動きがとれなくなった。


 しばらくしてドクンという音とともに箱全体が揺れ始めた。身体がお尻の方に急に押し付けられていったので、お尻のところにいた兄弟姉妹の誰かが痛がっているようだ。箱全体が顔の前方の方に動いている感覚。自分が動いてもいないのに動いている。これは楽だよ。このまま美味しい物があるところに連れて行ってくれるのかな。楽しみだな。


 箱が動き出してから結構長い時間経つけど目的地にはまだのようだ。狭い箱にぎゅうぎゅうに入れられているので通学に使っていた朝の満員のバスを思い出すな。駅から出ているバスは女子学生ばっかりが乗っているので、たまたま乗り合わせたサラリーマン風のおじさんがばつの悪そうにしていたっけ。箱前方にある壁の向こうから時々なにか聞こえてくる。ひょろひょろ連中が会話しているのかな。多分この箱の運転席があるんじゃないだろうか。…。バス?、通学?、サラリーマン?、運転席?。自分はなんの事を考えているんだ?。なんのことか全く知らないはずなのに頭に浮かんでくる。


 箱の移動する速さがいきなり変わって、うとうとと眠りそうになっていた身体が後方にまた強く押し付けられた。前の方からひょろひょろ連中の怒鳴りあう声が聞こえてくる。なんだろう、なにかあったのかな、と思った次の瞬間、箱が右に左にと急激に揺さぶられはじめた。身体も合わせて左右に押し付けられるから箱の中ではみんな痛がって叫びまくっている。左右と後ろの箱の壁にくっついていた兄弟姉妹は逃げ場がないから身体が潰されて高い悲鳴の叫びだ。速さも左右に振られる動作もさらに身体にきつくなっていく。まるでなにかから逃げているような感じだ。アメリカの街中で犯人が乗った自動車が追ってくる警察車両から無理矢理逃げようとしているテレビを観たことがあったけど、犯人の自動車の挙動ってこんな感じじゃないかな。…。またなにか訳のわからないことが頭の中に浮かんできてるなぁ。


 ひょろひょろ連中の声が金切り声に聞こえたと同時に、箱の進行方向右側からなにかがぶつかってくる音響とともに箱が衝撃で軋む音と合わせて箱全体が上方向に急激に浮き上がる感覚と箱の床に押し付けられる感覚がいっぺんに身体に襲ってくる。箱の天地が逆さまになって逆さまになってを繰り返して目が廻りながら気持ち悪くなる。箱全体がゴロゴロともの凄い勢いで回転しているんだ。箱にかかる重力が遠心力で外側の壁にかかるから、壁に張り付いた兄弟姉妹は息もできない程に他の兄弟姉妹に潰されて、ひしゃげて悲鳴もあげなくなった。何回転もゴロゴロと転がり地面に叩きつけられまくった箱は、箱の壁が壊れていって兄弟姉妹を地面に放り投げる放物線で地面に叩きつけていった。自分も叩きつけられたが、先に落ちていた誰かの身体の上だったので、その身体が緩衝材になったのだろうか。激痛に見舞われたけど致命傷にはならなかったようで意識と身体はしっかり保っていた。自分が入っていた箱だったものは遠くの方まで転がってバラバラになっている。箱を動かしていたはずのひょろひょろ連中はどうなったろう。美味しいものがあるところへはもう連れて行ってもらえるんだろうか。

「お前ら、逃げるぞ!」

 後方から野太い声が聞こえてきた。振り向くと少し離れたところに、自分たちと姿こそ同じだがかなり大きな身体と頭から突起が二本突き出ているなに者かが三つ見えていた。母親よりかなり大きい感じだ。

「動けるやつはついてこい、急いでここから逃げるぞ!」

 逃げる?。逃げるってなにを言っているんだ。戸惑っていると、動けている兄弟姉妹も同じように戸惑っている感じだ。

「死にたくなければ急げ!」

 言っている意味はわからないけれど、兎に角今いるここから一刻も早く離れた方が良さそうなことは、切迫したその声から伝わってきた。兄弟姉妹をつないでいた長っぽそい細い物はその大きな身体の口で噛み切ってくれたので、自由に動くことができるようになった。身体が重くて足が痛いけれど、三つの巨躯の後になんとかついていった。


 箱が動いていたところとは違って、地面から上の方へなにかが沢山伸びているところに入り込んでいった。伸びているのは植物?。ここは箱が動いていた両側に広がっていた森みたいで、奥に行くにつれて廻り中その植物しか見えない。森なんて見たことないのになんで知ってるんだ。なんだろう。なにかを考えるたびに自分の記憶にない知らない言葉が頭の中を駆け巡る。浮かんできてしまうのだから自分でもどうしようもない。あまり気にしないようにするしかないかな。

「取り敢えずみんなここで休息しよう。ちび達には長距離移動は体力がなくてきつい」

 三つのうち一番大きな身体がみんなに声をかけた。ちび達というのは自分たちのことらしい。食べて寝て遊んでの繰り返しだった身体には確かに長く動き続けられるような体力はない。お腹もすいているので余計に力がでない気がする。みんなの方に眼をやってみて、いつも一緒にいた数よりも少ないことに気がついた。さっき箱から投げ出されたときに動かなくなったのがいたんだと思う。自分だって誰かの身体の上に落ちていなければ助からなかったかもしれない。

 逃げるぞと言われてついて来たけど、突然の出来事がよく理解できていない自分たちのことを察した一番大きな身体が、なにが起こったのかを話し始めた。

 箱が左右に振られながら速くなっていったあとに勢いまかせにゴロゴロ回転して壊れたのは、箱を止めるために箱に突進していったからなのだそうだ。なんでそんなことをしたのかというと、ひょろひょろ連中から自分たちを助けるため、他に手段がなかったからなんだそうだ。自分たちを助ける以前にも他の仲間連中を助けるために箱の前に立ちふさがって何回か箱を止めていたけれど、ひょろひょろ連中も何度も襲撃されれば警戒するのは当然だろう。飛び道具を使って攻撃してくるようになったので、進路から逃げざるをえず、隙を突かれて突破されるようになった。なのでこちらは追いかけて箱に突進する方法で対抗するようになっていったそうだ。でも自分たちを助けるってどういうことなのか、その理由を聞かされてもしばらくは言っていることが理解できなかった。ひょろひょろ連中は美味しいものがあるところに連れて行ってくれようとしていたんじゃなくて、食肉加工工場に向かっていたんだと言われた。お前たちは連中の食料にされるために飼育されていた食用の肉なのだと。


 森の奥まったところに穴が開いていて、その中に連れていかれた。奥には自分たちと同じ姿をした大きさの違う他の仲間がいっぱいいて、入ってきた自分たちを見ている。ここが救出の拠点または居住地なのだろうか。

 聞かされた話しが真実ならば、ひょろひょろ連中は自分たちに親切でもなんでもなく、大量の食べ物を持ってきてくれていたのは、自分たちを肥えさせて肉として食べるためだったことになる。自分も唐揚げとか生姜焼きとか焼肉とかよく食べてたし好きだったな。立場が逆になっちゃっているけどそれと同じことか。…。なんだその食べ物は?。そんなものこれまで食べた覚えはない、はず…。


 自分たちが連れてこられた後も、同じようにひょろひょろ連中から助けられた他の仲間連中が何組か連れてこられたので、元からそれほど広くない穴の中は仲間同士の間隔がかなり狭くなってきていて快適とは言い難い。それでも食べ物は大きな身体の仲間連中があまり美味しくない物だけれども増えた仲間分も持ってきてくれるので心配することはない。それよりも動き廻って身体の重さを減らすように言いつけられた。いざという時に素早く動いて逃げるためだそうだけど、食べて寝てを繰り返して大きく重くなった身体には動き廻るのもかなりの重労働だ。


 なにか匂ってくる。なんだろう。今まで嗅いだこともないはずの匂いだ。でも頭の中ではこの匂いを知っていて、この狭い穴の中で嗅ぐこの匂いに危うさを訴えている。ここにいて大丈夫だろうか。早く外に出た方がいいんじゃないだろうか。

「みんな逃げろ!!」

「やつら森になにかしやがったぞ!!」

「逃げるってどこへ!!」

 穴の出入り口付近から怒鳴り声が聞こえてくる。まずい!、やっぱりこの匂いはまずいよ!、ここにいてはダメだ!。早く外に出なくちゃ!!。動きたくても動けない。自分も仲間も大きな身体で動きが遅いのに穴の中は狭いから余計になかなか動くことがままならない。

 近所で火事があって木造建築の家屋が数軒全焼した昔の記憶が蘇る。鎮火したあとも木の焼けた匂いがあたり一帯に留まっていたっけ。この匂いに近いんだ。木が燃えていく匂い!。

「熱い熱い熱い!!」

 出入り口の方から誰がが叫んでいる声が聞こえる。今は暗いはずなのに出入り口は明るく光が激しく揺らいでいるように見える。穴の外には森が広がっている。木が焼ける匂い。これって森が燃えているんじゃないか!。みんな火なんて見たことないはずなので、なにが起こっているのか理解できていないんじゃないだろうか?。熱さから逃げようと穴の奥側にみんなが無理に動くので外に出るのに難儀したが、穴の外はどちらを向いても木から炎が出ていて、森は隙間なく燃えていた。白黒しか感じられない眼には明るい白に見えているけれど、光の三原色を感じられる錐体細胞ならきっと赤白く見えているんだろうな、などとこんな時にも思ってしまった。

「なんでダメなんだよ」

 穴の外にも中にもどこにも逃げ場がなくて、身体が熱くて呼吸が苦しくて薄れていく意識の中で、誰かがダメだと言っている声が聞こえた気がした。

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[良い点]  第1部分・第2部分とは 打って変わって,食べられてしまうかもしれない恐怖と背中合わせの,気の抜けないお話になりました。   まさかまさかの予想外な展開に,度肝を抜かれました。 [気になる…
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