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1・あっちゃん②

 二学期の期末試験も終わるころには、短編から長編から、古い作品から最新作まで、あらゆるメディアを駆使してライトノベルを読みまくっていた。もちろん勉強も手を抜いていない。それどころか気に入った作品がアニメになっていると知れば、アニメの配信サイトを探して観まくっていたので、生活の時間配分が自分でも感心するほどになっていた。睡眠時間が削られてしまって、授業中などは意識がとびそうだ。なんで一日は二十四時間(正確には二十三時間五十六分四秒ね)しかないんだ、倍の四十八時間くらいは欲しい。これだけどっぷりと沼トラップにはまっていると、「異世界に行きたい」、などと無意識に口から発せられてしまったりして、自分でもハッとしてしまう。いや、本当に行けるなどとは思ってはいないのだが、大量のライトノベルを読みまくってアニメを観まくっていたら、もしも自分が異世界に行けるとしたらどんな方法でどんな世界に行くことができるのかと妄想するようになって、これまでに得た知識を一度整理してみたいと考えるようになっていたのだ。もうすぐ冬休みに入るから、ちょっと時間を作ってみよう。


 ライトノベルやアニメに描かれている世界を場面ごとにメモ用紙に書き出してみて、いくつか想定した内容ごとに振り分けてみた。

「最初はもちろん、異世界への行き方、切っ掛けだよね」

 一番現実的で今でも実際に行くことができる方法は、仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲームにアクセスすることだろう。ゲームの主催者が作った世界のルールの範囲内だけれども、割と自由度もあってカスタマイズできるので、まるでその世界で生活しているような感覚が味わえる。ゴーグルを使って視覚的に入り込む簡易なものから、フルフェイスヘルメットなどを装着して精神的に入り込む、いわゆるフルダイブ型の本格的なものなど作品によって様々な設定がされている。その世界での姿も現実世界と同じ本人の姿の場合もあれば、主催者が用意したアバターや自由にデザインすることができるアバターの場合もある。

 扉や門をくぐったらそこは異世界だった、という設定も多い。扉や門というのは今いる場所と異なった場所とを繋いでいる境界だ。教室から廊下に出たとき。下校しようと校門をくぐったとき。買い物が済んだスーパーマーケットを出たとき。残業でくたくたになって帰宅した自宅の扉をあけたときなどにいきなり異世界に行ってしまう。門ではないが神社の鳥居をくぐったときに行く作品もある。この場合は異世界でも現実世界と同じ姿であることが多い。自分ならプラネタリウムの扉で異世界に行けたりしないだろうか。

 王道といえば異世界者の召喚儀式によるものではないだろうか。女神様や召喚術師による召喚の儀式の仔細が書かれていることもあるが、見知らぬ召喚術師がずらりと並んで祈りを捧げている前にいきなり現れて主人公が戸惑っているという作品もある。召喚の際に触媒になる犠牲者、いわゆる生贄、人柱が書かれていることもあるが、この場合の作品テイストはダークファンタジーが多い。現実世界の姿のままでそのまま召喚される場合もあれば、異世界人に精神だけが憑依する場合もある。

 悲劇がトリガーとなって転生する作品も少なくない。ふらっと立ち寄った居酒屋で呑んでいたらお店のガス爆発に巻き込まれたり、看板が落ちてきて頭頂部に直撃したり、路上強盗に襲われて反撃で仕掛けたプロレス技が自爆して頭をアスファルトに強か打ち付けたり、青信号で渡りはじめた横断歩道に突っ込んできた自動車にはねられたり、遮断機が下りて警報が鳴っている踏切に入り込んだ犬を助けようとして電車にはねられたり、などなどシチュエーションは千差万別だ。この場合主人公は死んでしまうことが殆どである。


「行くときの単位はどうなんだろう」

 これは圧倒的に一人で行く作品が多かったけど、集団で行く作品も割と書かれている。仲の良い友人達とだったり、対立するグループと一緒にまとめてだったり、ビルまるごとの場合もあれば都市一つ全部が異世界に飛ばされるなんていうスケールの作品もある。

「それじゃあ異世界に行くものと行かないものとの物理的な境界ってどうやって書かれているんだろう」

 アバター設定や精神憑依ではない場合、異世界では現実世界で着ていた服をそのまま身につけている場合が圧倒的だ。服だけじゃなく手に持っていたスマートフォンやポケットに入っているお財布も一緒についてくるので、人間とその人間が身につけていたものが一纏めに転移すると考えられる。しかしそれだけではなく近くにいたペットも一緒に巻き込んで連れて行ってしまう作品もある。逆に一切なにも身につけずオールヌードで生命体のみが行くのもある。生命体としては爪や髪の毛はもともと死んでいる細胞なんだけど禿頭とか爪が剥がれてしまっていないのが幸いだ。

「地球に立ったままで行くことが多いんだから、地球ごと一緒に異世界へくっついてきちゃう作品もそのうち書かれたりして」

 単位や境界は作品ごとに違い過ぎるので、あまり考えない方がよさそうだ。


 異世界の舞台設定は剣と魔法の世界を描いていくのに都合の良い中世ヨーロッパを模した世界観が圧倒的だ。近代現代兵器とか超兵器が出てくるようなSF観の作品でも魔法が書かれていることは多い。キャラクターは魔法以外にもスキルとか能力とか心技などと呼ばれる特殊な力を持っていたり、巻物などのアイテムを使って同じような能力を発動させて、世界を脅かす魔物とかモンスターと対決していったり世界覇権を目論む力になったり巻き込まれたりする。


「どの作品もエルフは特別な存在で書かれるよね」

 異世界ではヒューマン以外の別な種族や精霊がいろいろな性格や能力を持って登場する。エルフは美しく長寿で魔法を得意とする種族で、作品によっては武器も器用に操る。耳が尖っている特徴的な容姿は有名なファンタジー小説の影響だ。ドワーフという種族は背は低いが屈強なる体格で戦闘に長けており、武器や防具を作り出す能力に優れている。ノームとかホビットとか木の精霊トレントとか多すぎて整理しきれない。

 モンスターも多種多様だ。ゴブリンは書きやすい種族なのだろうか、作品ごとに解釈が異なっていて、敵として書かれるだけではなく時として味方として書かれる作品も多い。オークやコボルト、オーガやヴァンパイアなども各作品でお馴染みモンスターだ。一番馴染みの深い愛らしいモンスターとして描かれているのはぷよぷよと動くスライムではないだろうか。冒険の初期段階で経験値稼ぎの良いカモのモンスターとして書かれている場合が圧倒的だ。これは有名なテレビゲームでレベル上げの雑魚キャラとして描かれている影響なのだと思うのだが、しかしながらスライムは本来はとても恐ろしいモンスターだ。その棲み家は決して太陽がサンサンと照りつけている平原などではなく、暗くてジメジメしたダンジョンなどで入り込んできた者を密かに待ち受けている。うっかり遭遇した者はそのドロドロしたスライムの身体の中にあっという間に取り込まれ、窒息させられた後に骨も残らず溶かされてしまう。主人公の最強の敵として書かれている種族としてはドラゴンがその世界の頂点に君臨していたり、魔族を率いる魔王がその世界を支配していたりする。


「異世界から戻ってこられるのか、だけど」

 オンラインゲームの世界に入り込んだ場合はログアウトすることにより現実世界に戻ってこられるけど、ログアウトできなくなってしまう前提の作品では戻ること自体を否定されているので作品が完結するまでどちらに転ぶかなんとも言えない。

 扉や門をくぐって異世界へ行ってしまった場合、そもそも何故そこにそれが開かれてしまったのか理解できずに原因を探求できなければ、異世界で現実世界へ戻る扉や門が現れる可能性は低い。

 突然召喚された場合、異世界人に世界を救って欲しいとか魔王を倒して欲しいなどの目的をもって召喚しているのだから、そうそうおいそれと現実世界へ戻してくれはしないし、目的が達成されても送り返す逆召喚の方法ははじめからなかったりして、そのまま異世界で生きていくことになる。

 転生での異世界行きはおそらく現実世界には戻ってこられない描き方が多い。事故や事件に巻き込まれて元の身体の生命活動が終わった結果だからだ。日本であれば火葬にされて戻る身体は既に骨だけになっているだろう。転生は生きたまま異世界に行く場合とは根本的に違うから≪転生≫なのである。

「うーん。異世界に行ってみたいけど、転生での異世界行きは嫌かなぁ~」


 書き散らかしたメモ用紙の書き込みをもう一度読み返して、ノートに読みやすく整理しながら清書していった。書きながら考える。このノートのタイトルはどうしよう。自分が小説や漫画を読んだり異世界アニメを観て取り得た知識の集大成だ。内容が伝わるなにか相応しいフレーズはないものか。悩みに悩んだ末、湯船から窓越しにボーっと眺めていた夜空(都会なので星は殆ど見えない)を見ていてひらめいた。

「九百四十億光年向こうにいる地球人達。どう!、どう!、カッコいいタイトルだよー」

 九百四十億光年とは宇宙の現在の大きさとされていて、異世界はそれだけ遠い場所に存在するかもという気持ちを込めてみているのだが、おそらく誰にも伝わりそうにないマニアックなタイトルだということに気づいていない。まあ本人が満足なら誰にも迷惑をかけてないのだから良いのではないだろうか。


 三学期始まり初日の放課後の談話室。早速冬休みの集大成たる大作、『九百四十億光年向こうにいる地球人達』ノートをあっちゃんに自慢げに見せたら、またまたお腹を抱えて笑われてしまった。今度は一分どころの騒ぎではなかった。うー、頑張ったのにちょっと鬱々。

 それでもあっちゃんはノートに書かれていないことで追加したらどうかなといくつかアドバイスをしてくれた。

「ドラゴンって身体が大きくて仲間になっても普通なら一緒にいられないじゃない。でも何故か人間形態に変化できて一緒に冒険したり生活したりする作品が多いんだよ。異世界から戻ってこれるかどうかのところも、主人公がいわゆる超能力とか異能力とか特殊能力などと呼ばれる力を身につけていて、自分の意思であったり自分の意思とは関係なく、異世界への通り道を開いて現実世界と異世界を行ったり来たりするような作品もあるんだ」

 なんだかんだ、あっちゃんはやっぱり優しいなぁ。


 三学期も異世界物のライトノベルは読みまくったけど、配信サイトでアニメを追いかけていると際限がないので観る回数はちょこっとだけ抑えた。その代わり深夜に放送している異世界アニメは再放送も含めてしっかり押さえることにした。配信の既存アニメでもあっちゃんとは普通に話せるけれど、リアルタイム進行の新規アニメはやっぱり話しの盛り上がり方が違う。熱くなりすぎて二人の大きな声に談話室の他の人達を驚かせてしまうことも度々だ。毎日が充実していて本当に楽しい。

「そういえば春休みの間に異世界ラノベの展示会やるって」

 ライトノベルを発行している出版社五社が合同でアニメ化された異世界作品を中心とした展示会を開催するんだそうな。

「アニメの上映会とかキャラの等身大フィギュア展示とか原作者やイラストレーターのサイン会とか、兎に角盛り沢山らしいんだ」

 勇者困った召喚シリーズのアニメ上映もあるらしく、大画面で観たいとあっちゃんは行く気満々である。特に春休みの予定がないことを自分に確認しておいて、既に一緒に行くこと前提で、アニメ上映に加えて原作者のサイン会が開催される日で二人分の入場チケットをスマートフォンで購入していた。宇宙関連の展示会は博物館などに何回か行ったことはあるけれど、そういう展示会は初めてなので自分も結構期待してしまっている。


 学年末試験も無事終了して終業式を迎え、談話室であっちゃんと展示会へ行く当日の待ち合わせの打ち合わせをした。

「会場でしか買えない限定本やグッズも売っているから、お小遣いいっぱい持ってくるのを忘れないようにね~」

 展示会のホームページに詳しく載っているので事前確認をしておくことを勧められた。そうか、限定本が買えるのか。それは是非とも手に入れなきゃ。アニメの上映と原作者のサイン会はそれぞれ人数制限があって、一週間前に抽選申し込みをホームページからしなければならないことが後からわかったときは二人して頭を抱えた。考えてみればそりゃそうだ。うーん、どちらも当選してほしいけれど、特にサイン会は絶対に当たってほしい。抽選結果がメールで送られてきて、無事両方とも当選していたときは二人して歓喜した。サイン会は本へのサイン入れになるので原作者のライトノベルを購入する条件も付いているが、自分で持っている初版本にサインしてもらいたいあっちゃんは、購入した本と差し替えるつもりでいる。サイン入り初版本はお宝にして購入した方は読む用にするそうだ。もう一冊初版本を持っていたはずだけど何冊あっても困らないので良いんだそうな。流石マニアは違う。上映会は午前の部が十時からでサイン会の入場開始時間は午後一時から。合間に会場を廻るとして、開場の九時に間に合うように朝七時に駅の改札前で待ち合せようということになった。


 深夜アニメは録画もするけどリアルタイムでいち早く観ることに決めている。展示会当日くらい録画だけにして早く寝ればいいのに、布団に潜り込んだのは三時過ぎになっていた。スマートフォンの目覚ましコールが鳴ったのに気づかずに寝坊してしまった。まずい、あっちゃんとの待ち合せに遅れるかも!。朝食を抜いて慌てて家を出た。普通に歩いていたら間に合わないけれど小走りならなんとかなるかも。インドア派には小走りでも息が切れる。駅に繋がるアーケード商店街は途中から登り坂になっていて、家からずっと小走り続けた足にはかなり応える。腕時計に目をやると待ち合せ時間をもう七分過ぎていて、スマートフォンで遅れそうなことを連絡している時間より走った方が間に合うだろうと思った自分の体力のなさを呪った。少しくらいは体力をつけなきゃ。商店街を抜けて右折すると横断歩道の歩行者信号はタイミングよく青だった。改札前にいるはすのあっちゃんが駅の外でこっちを向いているのが見えた。右手を高く挙げて左右に振って横断歩道を急いで渡りながら、

「ごめんー!あっちゃん!!」

 と言ったつもりだった。急にあっちゃんが視界からいなくなる。同時に変な音が聞こえた気がする。誰かが大きな声を出して怒鳴っている。女の人のかん高い声も聞こえてくる。ごめん、ちょっと静かにしてくれないかなぁ。なんか身体の全部が今まで体験したことのない激痛まみれになっている。本当、静かにして。痛みが倍増する。「静かにして」と言ったつもりだったけど声が出ていない。おかしいな。あれ、なんか痛みがさっきより柔らかくなってきたような。あれ、誰かが自分の名前を呼んでいるような。誰だろう。痛みがどんどんとひいていく感覚。遠くでサイレンが鳴っている音。救急車のサイレン。なんだろう。寝たりなかったみたいだ。眠いや。

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