六十九、推しと聖女様と亀のブローチ
「お。これは、いい出来だね。エメリも、そう思わないかい?」
「ええ。本当に素晴らしいわ。ありがとう、デシレアさん」
王子カールと聖女エメリ。
ふたりの言葉に、デシレアはほっと息を吐く。
「お気に召して何よりです。型紙を作成しましたので、職人さんの方で作成できるかと」
はわわ。
今日の聖女様は、普通。
よかった、睨まれなくて。
「良かったな、デシレア」
「はい、安心しました。オリヴェル様」
王子カールと聖女エメリ婚姻の際に作成する、特別な絵皿の図案が無事に通った事はもちろん、恐ろしい聖女が降臨しなかったことに、デシレアは心から安堵の笑みを浮かべた。
今回の絵皿は、王子カールと聖女エメリ、ふたりが当日着用する衣装も細部に渡って表現できるよう、色々苦労した甲斐があった、とデシレアは見本の絵皿を見つめるふたりを見つめる。
「殿下、メシュヴィツ公子息、お話し中に失礼いたします。おふたりを、陛下がお呼びでございます」
その時規則正しく扉を叩く音がして、礼をして入室した侍従が恭しくそう言った。
「急ぎか?」
「はい。そのように伺っております」
告げられた言葉に、王子カールはすぐさまオリヴェルへと視線を移す。
「分かった。オリヴェル」
「ああ。デシレア。すぐに戻るから、ここで少し待っていろ」
「え?でも。それなら、わたくしは先に」
「待っていて欲しい。聖女も、それでいいか?」
「ええ、もちろんよオリヴェル。デシレアさんと、仲良くお話ししているわ」
にっこりと笑う聖女にデシレアを頼むと頷き、オリヴェルはデシレアが胸に着けている亀のブローチをそっと直す。
「いい子で待っていろ」
「はい、オリヴェル様」
「それでは、いってくるよエメリ」
「いってらっしゃいませ」
はあ。
陛下のお呼びでお出かけするオリヴェル様も、素敵です。
後ろ姿も、きびきびと。
「デシレアさん。どうぞ、おかけになって」
立ち上がり、互いの婚約者を見送ったところで、聖女エメリがデシレアにそう声をかけた。
「ありがとうございます」
「その亀のブローチは、オリヴェルから?」
「はい、そうです」
「ふうん。亀ねえ」
そう頬杖を突いて言う聖女エメリは、オリヴェルと王子カールが居た時とは、確実に纏う空気が違う。
な、なんでしょう。
亀だと何かあるのでしょうか。
「あんまり、恋人に贈るような物ではないわよね。あ、そうか。デシレアさんは、オリヴェルの恋人ではなく、婚約者だったわね。これは、失礼」
むむ。
なんでしょう、このちくちくした感じ。
怖い聖女様降臨、の予感がしますよ。
「ああ、そうね。婚約者への贈り物なら、義務なのかも。心が籠っているとは限らないわよね」
「え、それは無いです」
怖い聖女降臨に怯えていたデシレアだが、そのひと言には、素に戻って反論してしまう。
「どうして分かるのよ」
「いつだって、オリヴェル様はわたくしを大切にしてくださいますので」
「まあ。亀で、それを感じるというの?」
「亀は、縁起が良い生き物とする国もあると聞きますから」
それに、私が亀を可愛いと言ったから、このブローチをくれたに違いないのです。
オリヴェル様ってば、そういう細かな気遣いも素敵なのです。
「何か、結構オリヴェルに貢がせているわよね」
デシレアが、うふふと思っていると、聖女エメリが痛い所を突いて来た。
「はい。なので今度、何かお返しをしたいと考えているところです」
「それがもう、ずうずうしいのよ。お返しを考える前に、少しは遠慮をしたらどう?この間だって、隣街へ行った際、オリヴェルと仲が良いところを見せつけて来たそうじゃないの」
「隣街で、ですか?」
隣街、には確かに行きましたけれど、見せつけてなんていないですよね。
それに、今は貢がせているというお話だったはず。
はて。
聖女様は、何をおっしゃっているのでしょう。
「ええ。隣街のお祭りで、色々な物を買ってふたりで分け合って食べたり、仲良く品を選びあったりしたのでしょう?随分仲良さげだった、とわたくしの所まで聞こえてきているわ」
「確かにしましたけれど、周りも皆さんそのような感じで、取り分け目立つような行動ではなかったと思いますが」
え?
貢がせ疑惑は何処に?
もしや、それは既にして終了?
色々と考えつつ言うデシレアに、聖女エメリはしかし厳しい目を向けた。
「目立っていない?どの口が言うのかしら。髪飾りと帽子を、広場で交換し合ったそうじゃないの。それを見ていた者達が、こぞって真似をし始めたとか。それに、貴方達が品を買った店は、それだけで人気となっているというじゃないの。流行を作ってでもいるつもり?」
「いいえ、まったく」
あの時はただ単に、食べたい物、飲みたい物、欲しい物を買っただけだとデシレアは首を横に振った。
「それに、ホテルでだって。最高級ホテルの最上階の特別室に我が物顔で泊まって、しかも限定の晩餐とワインを楽しみ、挙句の果てには朝食まで。今や、貴方達と同じ体験をしようと、特別室や限定の晩餐は無理でも是非一泊、しかも二食付きで、という希望者で予約が殺到しているとか。許せないわ」
「オリヴェル様が体験なされたことを自分も、というのは当たり前だと思います。オリヴェル様が、人目を引くのも無理からぬことですし」
流石です、オリヴェル様!
皆さんの憧れの的!
「何よ、嬉しそうに笑って。大体貴女、出しゃばりすぎなのよ。便利な発明だか何だか知らないけど、街でも城でも名声を得て。それでいい気になって<あの地>にまでオリヴェルに連れて行かせるなんて、どういう神経しているのよ。それで勝手にいなくなったと思えば、騎士団に協力?『此度、このように大きな事件を無事解決するにあたって、非常に得難く大きな協力を得た』って、わざわざ陛下にまで奏上があったなんて信じられない。どうせ、貴女が騎士を誑かしたのでしょう。大した役にも立ったと思えないのに、不愉快だわ」
ふん、と本当に不愉快そうに言って聖女エメリはデシレアを睨みつける。
しかし、その聖女に向かい、デシレアは凛と声をあげた。
「私に誑かされて、どうこうなる騎士団ではありません。名誉を汚すような発言は、いかに聖女様といえ、不適切と思われます」
「何よ、偉そうに。大体貴女、邪魔なのよ。貴女と婚約してから、オリヴェルは貴女を優先してばかり。こんなの可笑しいのに、誰も可笑しいって言わない。貴女、何をしたのよ?もしかして、何か魔法を使った?ひとの心を操るなんて、違法よ、まあなんて怖い」
「そのような魔力、わたくしにはございません」
「じゃあ、なんでオリヴェルはわたくしを優先しないの!?婚約したから何だっていうのよ!今までずっとそうだったんだから、この先もそうであるべきなのに!貴女を優先?狂っているわ!」
聖女に、それこそ狂気を帯びた目で言い切られ、デシレアはこくりと息を飲む。
オリヴェル様、心のなかでは聖女様最優先・・・という感じでもないからこその、この荒れ具合だと思うのだけど。
どうしましょう。
何を言っても、地雷を踏み抜くだけのような気がしますよ。
桑原桑原・・・は、雷様除けでしたか。
現実逃避するように心のなかで呟くデシレアは、ひたすらにオリヴェルの帰りを待つ。
オリヴェル様。
お早くお戻りください。
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