六十七、推しとお祭り 4
「これは・・・圧巻だな」
「ここは、装飾品関係のお店が並んでいるのでしょうか。向こうまでずっときらきらしていて、とてもきれいです」
オリヴェルに手を引かれたままその通りへと辿り着いたデシレアは、少し背伸びをして、陽光を受けて輝くそれらを見た。
「ああ。かなりの距離があるようだが。仕方ない、とりあえず見て歩くか」
「はい。オリヴェル様、何かお探し物ですか?」
オリヴェルの希望で来たのだから何か手伝えれば、とデシレアが尋ねると、迷い無く頷きが返った。
「ああ。この祭りでは、春の女神が着けている花冠に模した髪飾りを、こいび・・・こ、婚約者や家族、友人に贈る風習があると聞いて」
やや言葉に詰まり、照れた様子で眼鏡の細い縁を持ち上げて言ったオリヴェルに、デシレアはなるほどと頷きを返す。
「それでは、花冠、というか、それを模した髪飾りをお探しなのですね」
「そうだ。ああ、デシレアも一緒に選ぼう。好き嫌いがあるだろうからな」
「了解です」
すちゃっ、と敬礼したデシレアは、ふむふむときれいに陳列された髪飾りを見つめた。
さて。
聖女様に似合いそうなのは、と。
それにしても、オリヴェル様考えましたね。
友人に贈っても良い物なら、お土産に最適です。
「しかし、材質も大きさも色々なのだな。花冠を模した、と言っていたから、もっと単純に選べるものだと思っていた」
オリヴェル様ってばやっぱり策士、と思いつつ選ぶデシレアの隣で、オリヴェルが唸る。
「そうですね。これぞ花冠、みたいな物から、天界へも飛んで行けそうなくらい羽根がたくさん付いている物もありますし」
「どうせなら、今日の服装にも合う物がいいと思うのだが」
「え?今日の服装、ですか?」
きょとんと聞き返すデシレアに、オリヴェルが焦った声をあげた。
「もしかして、この場で着けるのは嫌か?すまない、先に聞くべきだったか」
「いえ、そうではなく。あの、それってつまり、私にも買ってくださるということですか?」
「ん?デシレアにしか、買うつもりは無いが?」
怪訝な顔で言うオリヴェルに、今度はデシレアが焦る。
「え?え?そうなのですか?」
「当たり前だろう。他に誰が居る」
「聖女様への、お土産かと」
周りに聞かれないよう、デシレアがこそっと言えば、オリヴェルがじろりとデシレアを見て、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
「だ、だって。聖女様も、いらっしゃりたいようだったから。お友達に渡してもいい物なら、お土産に最適だと思いまして」
こそこそと言うデシレアをオリヴェルが通りへと連れ出し、再びその手を引いて歩き出す。
「デシレア以外の女性に、土産など買わない。それに、俺がドレスや装飾品を贈るのは、後にも先にもデシレアだけだ。例外は無い」
きっぱりと言い切るオリヴェルに、デシレアはまたも虚を突かれたような顔になる。
「え?先も?とうことはつまり、これまでも?過去ずっとということですか?」
「そうだ・・・はあ。そこも何か勘違いしているのか。この際だ、全部吐け」
「は、吐けってオリヴェル様。取り調べじゃないんですから」
「いいから、吐け。そうだな。この通りを直進して、また戻って来よう。向こうの端に辿り着くまで。それまでの間に、洗いざらい全部吐け」
幾度も強く言われ、デシレアは観念したように口を開いた。
「全部と言っても、もう後はひとつだけですけれど。カーリンさんのお店に行った時、オリヴェル様が顔見知りでいらしたので、その」
「あの店は、母に教えてもらった。急に、引っ越しをさせることになってしまったからな。いきなり俺の邸に来ても、デシレアが困ることなど無いように整えたのだが・・・もしや」
そこまで言って気づいたらしいオリヴェルにぎろりと睨まれ、デシレアはあわあわと両手を振る。
「聞きました!それも、カーリンさんから聞きました。私の為に、オリヴェル様がご自分で選んでくださった、とても時間をかけて吟味してくださっていた、と。すっごく感謝しています」
「知っていたのか・・・ん?しかし、それを聞いていて、何を勘違いする?」
心底不思議そうに言われ、デシレアはこくりと息を飲んだ。
「それ以前に、公爵夫人に教えていただいていたのではないかと・・・その。思いました」
「ほう。つまり、俺は以前から彼の者に贈り物をしていたと、そう思ったわけか」
「はい。おっしゃる通りでございます」
自供し終わった犯人のように神妙に頷き、デシレアは隣を歩くオリヴェルを窺うように見る。
「彼の者に贈り物などした事は無いし、これからも無い。まあ、こればかりはデシレアに信じてもらう他無いのだが」
「すみません。傷を抉るような真似をしてしまいました」
推しを愛でる資格無し、としゅんとしたデシレアを見て、オリヴェルが穏やかな笑みを浮かべた。
「抉られてなどいない。その傷は、既にデシレアが癒してくれた」
「え?」
「感傷に浸る間も無いほど、珍妙な話を聞いたり、斬新な物を見たりしたからな」
しみじみと言われ、デシレアは遠い目をしてしまう。
「ああ、つまり。忙しかったから、ですね」
「それも否定はしないが、それ以上に楽しい。こういうのを遣り甲斐があるというのだと、実感している」
オリヴェルの言葉に、デシレアはほっと肩の力を抜いた。
「そう言ってもらえると、嬉しいです。なんか、色々巻き込んでしまっているので」
この間なんて奇妙な同居生活まで、と呟くデシレアに、オリヴェルは真顔で答えた。
「俺は、デシレアがひとりになるような事こそ許さない。何かあったら、絶対に俺を巻き込め」
「・・・・・はい、オリヴェル様」
言い切ったオリヴェルの凛々しさに見惚れ、一拍遅れてデシレアが答えれば、オリヴェルがその両肩に手を置いて、くるりと方向転換させる。
「では。改めて選ぶとするか」
「はい!あ、オリヴェル様。男性用には帽子がありますよ。女性からのお返しに、だそうです」
「なるほど」
「是非、贈らせてください!どれがいいでしょう?たくさんあって、迷ってしまいますが・・・あ、あの見事な羽根が付いているのなど、オリヴェル様の品格にも負けなさそうな立派さです」
目を輝かせて探し始めたデシレアの隣で、オリヴェルもまた真剣に吟味を続ける。
「レースや宝石が使われている物もあるのか・・・だがな」
客層は平民が多い祭りの屋台や露店だからか、安価な分、使われているレースは余り質が良くなく、宝石も屑石が多い。
「見た目はいいと思うのだが」
それはそれだと思いながらも、祭りの記念となるものでもあるし、とオリヴェルは、その中でもよりデシレアに似合う物をと探し歩く。
「オリヴェル様、こちらなどいかがでしょう?」
「・・・・・本気で言っているか?」
その最中デシレアに呼ばれ、そちらを見たオリヴェルの眉が見事に寄るも、デシレアは嬉々としてそれを薦める。
「駄目ですか?大きさの違う花束が幾つも付いていて、お祭りって感じがしません?」
「そうかも知れないが、俺にそれを被って歩く勇気は無い」
オリヴェルに却下だと言い切られ、デシレアがしゅんと肩を落とす。
「そうですか・・・」
「おい、本当に本気だったのか!?」
流石に冗談だろう、というオリヴェルにデシレアがへへっと笑った。
「ちょっといいな、と思いました」
「俺は、奇術師か」
「いえ。どちらかというと、奇術で帽子を花だらけにされたお客さん、みたいな?」
「・・・・・もっと、普通ので頼む」
デシレアが選んだ物なら、とは思うが限度はあると言われ、デシレアは再び選び出す。
オリヴェル様、華やかなのも似合うし、落ち着いた感じの物も似合う。
うううう、迷う!
次の店、隣の店、あちら側の店、と歩き回り、時折はぐれそうになりながらも歩き続け、探し続けた結果、遂にデシレアはこれだと思う物を見つけた。
「オリヴェル様!こちらはどうですか?」
それは、黒を基調とした小さめの帽子に、幾枚かの羽根が少しずつずらされた形で付いており、その根元には小ぶりの水晶が輝いている。
「これはいいな。しかし、石が」
「他の物がいいですか?羽根や石は、幾つか種類があるみたいですけど。他のだと・・・あ」
羽根と石の色合いを見ていたデシレアは、そこに紅茶色の石があるのを発見した。
これって、私の瞳の色に似ている・・・?
実際に比べることは出来ないので、確実とは言えないが似ている気がする、と思いつつ、デシレアは、それをおずおずとオリヴェルに差し出す。
「あの、オリヴェル様。これなんて、どうでしょう?」
嫌だ、って言われたら辛いけど、でも身に着けてくれたら嬉しい。
「あったか!」
「へ?」
何を言われても鋼の心で、と構えていたデシレアは、オリヴェルが嬉しそうにその帽子を手に取るのを信じられない思いで見つめた。
「その顔。俺が嫌がるとでも思ったのか?心外だな」
「ああ、いえ・・・その。実は、そうなのですが・・ああ、でもあの!嬉しいです!・・・え、ええと、こちらをお願いします!」
オリヴェルに胡乱な目を向けられ、デシレアは誤魔化すように店主に声をかけると、そそくさと支払いを済ませる。
「しかし、帽子が先になってしまったな」
「んー。別にいいのではないですか?それとも、後で交換にしますか?」
「そうしよう」
そして再び歩き出し、そろそろ通りが尽きるという辺りで、漸くオリヴェルは納得のいく品を見つけた。
それは、幾種類かの青い石と真珠が花の形に編まれたレースを彩り、小さな銀細工が揺れる仕様になっている物で、着けた姿を正面から見れば結構な大きさにはなるが、デシレアには絶対似合う、とオリヴェルは嬉しくその姿を想像する。
しかし、それには値札が付いていない。
もしや売り物ではないのかと危惧し、オリヴェルは店主に声をかけた。
「これが欲しいのだが。売り物ではないのだろうか」
「おや、お目が高い。これは、確かに今日は売れないだろうと思って、客引き用に置いておいたものだが。売り物だよ」
「そうか。それでは、頼みたい。幾らだ?」
そうして店主が告げた価格は、確かにこの祭りには似合わないもので、それを聞いたデシレアは、思わずひゅっと息を飲む。
「お、オリヴェル様」
「では、これで頼む」
しかし、そんなデシレアに構うことなく商談は成立してしまった。
「毎度あり。これでもう、祭り期間で想定してた売り上げを越えたよ。ありがとな」
にやりと笑う店主から品物を受け取り、オリヴェルは揚々とデシレアの手を引いて歩き出してから、ぴたりと止まった。
「オリヴェル様?」
「すまない。デシレアの意見を、一切聞かなかった」
自分はあれほど口を出したのに、と言うオリヴェルにデシレアは首を横に振る。
「いいえ。私の場合は、口を出してもらって良かったです」
「そうか?無理はしていないか?」
「もちろんです。オリヴェル様が却下していなければ、私はあの花束塗れの帽子をお贈りしていましたから」
「・・・・・本当に、本気だったのか」
「はい。ですが、あれを却下してくださったお蔭で、こちらの、より素敵な帽子を見つけられましたので。これからも、このような時は、よろしくお願いします」
「ああ、そうだな。これからも、積極的に口をださせてもらう」
にこりと笑って頭を下げるデシレアに、オリヴェルは片頬を引き攣らせながら、大きくしっかり頷いた。
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