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二十、魔法陣クッキー









 ええと。


 冷凍の魔法陣と保冷の魔法陣は、ここが違う。


 で、耐熱の魔法陣は、ここがこうなってこっちがこうで。




 その夜。


 夕食を終えたデシレアは、これまでに覚えた魔法陣を脳裏に思い描きつつ、焼きあげたクッキーに只管アイシングをしていた。




 うん。


 大丈夫そう。


 それぞれ結構複雑だから不安だったけど、ちゃんと覚えられてよかった。




 魔法陣を描くオリヴェル、という鼻先のにんじんのために頑張った甲斐あって、記憶に抜けも無さそうだ、と安心すれば、思い出すのはオリヴェルが名付けようとしている蜜蝋を塗った布ラップのこと。


 デシレアラップという商品名にしよう、と言ったオリヴェルは冗談かと思いきや本気で、デシレアは当然のように反対したものの、ならば代替案を出せと至極尤もなことを言われてしまった。


 そこでデシレアは今、オリヴェルも納得する違う名前を捻り出そうと必死なのである。




 いっそ、オリヴェル様ラップ、ってしたいわよ私は。


 ああ、でもそうしたら愛でてしまって使えないわね。




 はあ、とため息を吐きそうになった時、デシレアは自分の手元を熱心に見つめる目があることに気が付いた。


 手元にあるのは、アイシング中のクッキー。


「デシレア様。この模様、魔法陣ですか?実際に見るのは初めてですけれど、素敵ですね」


「え?・・・あ!」


 にこにことリナに言われ、改めてアイシングをしたクッキーを見れば、見事、そのすべてにそれぞれの魔法陣が描かれていた。


 魔法陣自体は機密ではないが、主な用途が戦闘のため一般的でない。


 デシレアも、魔石に浮かぶ魔法陣を初めて見たときは、とてもきれいな模様だと思ったことを思い出した。


「こちらは、旦那様への贈り物ですか?随分たくさんありますけれど」


 そう言ったリナの目は期待に満ち満ちているし、いつのまにか周りに居た料理人達も、デシレアをちらちらと見ている。




 オリヴェル様も、今日は帰りが遅いと言っていたし。


 いいかな。


 この時間にお茶しても。




 夕食も済んだ時間ではあるけれど、今夜、紳士会へ出席しているオリヴェルの帰りはとても遅くなると聞いている。


 紳士会とは、言ってみれば令夫人や令嬢にとってのお茶会のようなもので、成人した貴族男性のみが出席する社交の場。


 女性と違うのは時間が夜であることと、楽しむのは酒とシガーがメインであること。


 今日は国王主催の紳士会ということで欠席するわけにはいかないと、オリヴェルも気が進まない様子ながら、父であるメシュヴィツ公爵と共に王城へと出かけて行った。


『有意義な話が出来る時もあるのだが』


 けれど、圧倒的に娘自慢の挙句、薦められることの方が多い、とため息を吐いていたオリヴェルを思い出し、デシレアは思わずにんまりしてしまう。


 デシレアという婚約者が居る今も、それは減っただけでなくならないのだとオリヴェルは嘆いていたが、それを聞いたデシレアは、そうでしょうそうでしょう、という思いを強くした。




 だって、オリヴェル様ですもの!


 希代の天才魔法師様ですもの!


 流石、青銀の貴公子様!


 あら?


 でも私、そうすると風除けの意味をなしていないのでは。




 オリヴェルとの婚約の目的は、公爵家嫡男としての役目を果たすこと、王子カールと聖女エメリにオリヴェルの気持ちを悟らせないこと、ではあるが、他の縁談の風除けになれるに越したことはないだろう。




 でもやっぱり。


 オリヴェル様に人気がある、って知ると嬉しい方が(まさ)ってしまうのよねえ。




 作動しないよう念のため、と描いた魔法陣の一部を崩しながら頬を緩めていたデシレアは、出入り口となっている扉の把手に器用にとまって、何かを熱心に見つめているかるかんの姿を認めた。


 その熱い視線を追った先にあったのは、侍女達、料理人達が嬉しそうにお茶の準備をしている姿、ではなくて、皿に並べられたクッキー。


「かるかんも食べる?」


 驚かさないようそっと声をかければ、びくりとしたようにデシレアを見た後、ぱたぱた傍へと飛んで来た。


「し、仕方ないから食べてやる」


 偉そうに言いながら、目を輝かせてテーブルの端にとまったかるかんの前に、小皿に乗せたクッキーを置く。


「丸くて白い模様。これが、かるかんか?」


「これはクッキー。上にかかっているのはアイシングというもので、甘いのよ」


「ほう」


 穴が開くほどクッキーを見つめ、かるかんは翼を手のように使って、クッキーを器用に持ち上げた。


「くっきーか・・・っ!」


 そして、恐る恐る、と言った様子でひと口クッキーを齧ったかるかんは、はっとしたように目を見開き、それから夢中ではぐはぐと食べ進めていく。


「気に入った?」


「ま、まあ悪くない」


「また作ったら、食べてくれる?」


「もち・・んん、まあ、いいぞ」


「仲直り、してくれる?」


「もっと別のものも、食べさせてくれるなら考えてやる」


 夢中でクッキーを食べながら、かるかんがデシレアをきらきらした目で見た。


「もちろん!私が作った物でいいのなら喜んで!」


「仕方ない。今回は、くっきーに免じて許してやる」


「かるかん。この間は、危険を知らせてくれてありがとう。気づかなくてごめんね」


「まあ、うん。今後気を付ければいい。ちゃ、ちゃんと他の菓子も作れよ!?かるかんもな!」


「約束ね」


「絶対だぞ!あ、あと、足。治ってよかったな」


 もじもじと言うかるかんに、デシレアの気持ちがほっこり温かくなる。


「心配してくれてありがとう。もうすっかり大丈夫よ」


「ふ、ふんっ。別に心配など。ただ、おぬしが痛いのは、見ているだけでもつら・・いや何でもない!」


 そう言って誤魔化すように羽をばたつかせるかるかんの頭を、デシレアは嬉しく撫でた。


「ふふ。ありがとう、かるかん」


「それは、さっきも聞いた。それと、この魔法陣を描くのは邸のなかだけにしろよ」


「あ!」


 満足そうにクッキーを食べ終えたかるかんに言われ、デシレアはこの魔法陣がオリヴェルが創作したものだと気づき青くなる。


「やはり気づいていなかったか。鈍ちんめ」


 ありがとう、気を付ける、とこくこく頷きながら深刻な表情で言うデシレアの頭を、かるかんはその翼で楽しそうにぽんぽんし続けた。












ありがとうございました♪

薬液の名前は、実際にあるものをブレンドしてあります。

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