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白金(しろがね)の魔術師 もふもふ神獣との異世界旅  作者: そぼろごはん
第二章 冒険者の街ヴィルド編
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98 カークアルキスタスの非日常

カーク視点。閑話です。

俺はカークアルキスタス・シガニー。ハーフエルフで冒険者ギルドの職員だ。

「はじまりの森」の防波堤として名高い、辺境伯領都ヴィルドのギルドで副ギルド長をしている。


もともとは冒険者で、現役時代の最終ランクはBだった。短槍の実力ならAランクの連中にも負けない自信はあるが。

だが俺は一応治癒術師を名乗っている。武器を振り回すのも楽しいが、治癒術や調合した薬で人が元気になることが誇りでもある。

ハイネと結婚して程なく、足を怪我したのを機に引退し、前任の老ギルド長に勧められてギルド職員になった。

足の怪我は自分で治したが、ギルドで治癒のバイトもやっていたので、ギルドの仕事に興味を持っていたのも事実。

それに、治癒の技術や薬草と治癒の魔術を併用した治癒術の開発を思う存分やれるのが、冒険者より魅力的に思えたからだ。


ギルドでは治癒だけでなく、学院に通ったことがあるため経理を任されていたが、その関係で前任の副ギルド長が不正で私腹を肥やしていたのを見破った。しかしそのことで責任を感じた老ギルド長が引退。

王都にある本部から派遣されてきたのが、かつて俺とパーティーを組んだこともある、元Sランク冒険者エスト・スピナーシェ先輩だった。


エスト先輩はもともとこのヴィルド出身で、親分肌で面倒見もいい。すぐに此処の荒くれ冒険者どもを恭順させ、若い奴らには慕われた。

エスト先輩の奥方のアマーリエのことも良く知っている。短剣と風魔法を使うシーフ役で元Aランクだ。

若い頃は、俺と先輩と、ハイネとアマーリエの4人で、よくここのダンジョンにももぐっていた。


さて、俺の日常は、朝6時にギルドに出勤し、夕方5時に仕事を終えて帰宅。または朝9時に出勤し夜8時まで勤務。さらに週に1度はある夜勤は夕方5時に出勤、仮眠して翌朝6時まで。夜勤明けは休日で、翌日は朝6時出勤となる。

結構ハードな日々だが、ギルド職員は元冒険者ばかりなので、皆タフだし、俺も特に異論は無い。夜勤や残業をすれば手当も付くので、時にはお疲れの若手と交代してやることすらあるほどだ。

それに、休日にはハイネと一緒に治癒院や孤児院を手伝ったり、以前槍術の家庭教師をした辺境伯様の図書室にある本を読ませてもらったりと、それなりに充実した毎日だ。


俺は新人の模擬戦に付き合うこともあり、「カーク先生」とか「教授」とか呼ばれている。

確かに王立学院出の冒険者は珍しいだろう。

実は俺の父は男爵。母はエルフで平民の冒険者。まあ、よくある貴族が若気の至りで「おいた」をして、ついできちゃった庶子というやつだ。

それでも母には可愛がられたし、冒険者のイロハも教えてもらった。父親は俺を息子として認めてくれたし、養育費もそれなりにくれた。学院で学ぶための費用も出してくれたから、恨みはないし、何か権利を主張する気もない。

腹違いの兄弟のうち、特に男爵位を継いだ長兄ともうまくやっているから、時折手紙のやりとりとか、珍しいダンジョン産の物を贈ってやったりするくらいには交流がある。


そんなそこそこ幸せにヴィルドで仕事をしていた俺は、ある日、とても珍しい新人冒険者と出会った。


その日、俺は丁度隅のカウンターで依頼の整理をしていた。

ふと、不思議にさわやかな風が通った気がして目を上げると、丁度顔見知りの守備隊副隊長テッド・ランカスターに連れられて、少年が扉を開けて入ってきたところだった。


胸元まであるプラチナブロンドの髪、色白の肌で青い目。

すっきりとした優しげな顔立ちの美少年だった。

ヴィルド教会の世界樹像に似ているな。

貴族か?

それにしてはごく普通の…ん?いや、まて。

白いシャツに緑グレーのフード付きローブを、前を開けて軽く羽織った姿だが、そのローブはごくありふれたもののようなのに、ちらりと見えた裏地の黒がなぜか強烈な存在感を示している。

リバーシブルか。素材はなんだろう。マット状の何かの革だろうが、底光りしている。


「(綺麗な子だな。エルフか?いや、耳は尖っていないから、一応人間族か。エルフと人間族のハーフというところか。)」

もしそうなら、俺と同じだな。

商売柄、たとえ相手がエルフでも、男か女か見分けられる俺だが、普通の男なら「彼」を女と間違えることもあるだろう。

それくらいなにげにたおやかで、冒険者っぽくなかった。

まだ未成年なのは確定だな。13、4というところか。庇護欲をそそられるタイプといってよかろう。


だが、俺はその子のすぐあとから入ってきた大きな白い犬に目が釘付けになった。

「(む?大きな犬?従魔か。いや…まさか…フェンリル!?いや…ありえない…。)」


氷結の教授と言われるほど冷静な俺が、短槍は何処においたっけ、と一瞬焦るほどうろたえた。

だがぐっとこらえ、冷静を装い、眼鏡をついっと指で上げつつ、目を強化し鑑定を試みる。

しかし、俺ごときの鑑定眼では何も読み取れなかった。むしろやんわりはじかれて、ぎろりとその獣ににらまれた。

「(うっ…。)」

王者のような威圧感に、首筋がチリチリした。危険だと俺の勘が告げている。あの獣には逆らうな、と。


テッドに連れられた少年は一見隙だらけで、ギルド内部をきょろきょろと物珍しそうに眺めている。

いや、なにかプロテクト系の魔法で護身しているのか?そんな感じがする。


テッドが俺を見つけると少年を連れてまっすぐやってきたが、俺はわざと書類に目を落とし、何食わぬふりをした。

なんでこっちに来るんだよ。ほかの受付に行けよ面倒を持ってくるな。

「新人の受付をお願いしたいんだが。」

そう声を掛けられて仕方なく顔をあげる。


野郎、わざとだな。にやにやしながら俺に面倒ごとを…。

あらためて少年を見る。うん。近くでみたらますます匂い立つような美形だ。

初々しくて可愛い。

もちろん鑑定眼を発動。しかしこれもやんわりはじかれた。

ほう。隣の魔獣だけでなく、こいつも阻害するか。なかなかやるな。鑑定阻害か魔術防御か、あるいは鑑定が俺より高いのか。

とにかく何の情報も得られない。


「カークアルキスタス。手続きを。」

テッドのやつめ。

俺がこの美少年にぼうっとしているとでも思ったのか?

「ん?ああ。テッドか。名前をフルネームで呼ぶな。失礼だろう。」

わざとテッドにそう言ってあしらう。

エルフはえてして名前が長く、フルネームで呼ばれるのは無礼ととる。俺は母がエルフで俺の名前も長いので、ギルドでも普通はカークと呼ぶよう、周囲にお願いしている。

「お前が坊やに見ほれてるから注意したんだよ。冒険者志望だ。手続きを。」

というので、あらためて少年と向き合った。


「ようこそ地獄の入り口へ。本当に冒険者になるつもりかい?」

「はい!よろしくお願いします。」

まあ、目をきらきらさせちゃって。

「ふむ…。まあとりあえず、申請書を書いて。あと身分証明書を出して。」

羊皮紙で作った紙を出す。

それは冒険者登録のための申請書用紙で、名前とかいろいろ書く項目がある。

少年は、肩掛けカバンからごそごそと真新しい仮身分証明書を出して、カウンターに置いた。


文字を見て感心する。綺麗な字だ。ますます冒険者っぽくない。貴族の子か?裕福な商人の子なのか?

それなら危険な冒険者より、万年人手不足気味な我がギルドを手伝ってもらいたい。

よし勧誘してみよう。


「…。これは、君が書いたの?」

身分証明書をながめつつ尋ねる。

「?はい。」

「綺麗な字だね。」

「ありがとうございます。」

「計算は?できる?」

「え?…いちおうできますが。」

「おい。なにさらっと職員勧誘してるんだよ。手続きが先だろ。ああ、でもそれもいいか。」

「え?え?」

少年が混乱してテッドと俺を交互に見る。

「珍しく君と意見があったね。テッド。」

そうさ。テッドだって俺だって、こんないたいけな子供を、みすみす死なせたくはない。


「君の名前は…。」

一応本人確認のため、名前を言わせる。

「サキ。サキ・ユグディオです。」

「ユグディオ…。」

ユグディオ姓はエルフにはありがちな姓だ。

世界樹のしもべと言ってはばからないのがエルフ族だからな。やはりエルフの血筋か。


「君、ギルド職員になる気はあるか?もちろん厳しい試験はあるが。」

「は?あ、ありがとうございます。でも今は一応冒険者志望なんで。」

「そうか…。まあ、気が変わったら、いつでも言ってくれ。読み書き計算ができる奴はいつだって歓迎する。」

「はあ。」

まあ、後々ギルド職員になるにしても、ある程度は冒険者として経験があったほうがいい。


「で、何処の『集落』だね?」

エルフの村は「集落」と呼ばれる。何処の集落かわかると、大抵エルフ内の身分や生業までわかる。

それくらいエルフは集落から出てこないし、他の民族と交わらない。

身分証明書には「出身地:ハインツ」と書いてはあるが、念のために訊ねた。

「集落?えと、出身ですか?ハインツという村です。中立地帯の。」

ハインツは、たしか10年近く前に、黒龍に滅ぼされた小さな村だったな…。ではこの子はやはりエルフではなく、人間で、かつ貴族でもないのか。

「エルフの集落ではないのか…。まあいい。とりあえず、申請書、書いちゃって。」

少年は一生懸命かりかりと羽ペンで丁寧に書きはじめた。


「あの。すみません。この職種の欄ですが。」

少年が書き物をしているうちに、俺は隣の神獣?をもう一度見ていた。

だが相変わらず何も見えない。獣は俺をじーっと見返すが、今は威圧をかけては来なかった。まるで俺を値踏みしているようだ。

この少年にとって、脅した方が有益か、それとも従順な振りをしていたほうが得か…。そんなことでも考えているような眼だった。


「あのー。」

「ん?ああ、すまない。職種、だったか?」

「はい。複数書いてもいいですか?」

「複数…。たとえば?」

「魔術師と剣士です。ああ、それとも、魔法剣士とかいうの、あるんですかね。」

「魔法剣士?…聞いたことはないな。まあ、書きたいように書いてくれていい。今は。あとで君が何にむいているか、査定をするから。」

少年はちょっと考えて、魔術師兼剣士と書いた。

「変わってるね。魔法が使えて、剣も使えるというか、使いたいのか。」

「ええ。まあ。弓や槍も使いますけど。」

「ほう。」

「あ、あと治癒魔術も使えますが、治癒術師とかもあるんですかね。」

なに!?治癒も使える、だとっ!これは掘り出し物だ。

「治癒も使えるのか!テッド!いい!実にいい素材を提供してくれたな!」

「素材って。薬の原材料じゃねーんだから。サキ。気をつけろよ。カークはマッドな治癒術師だ。まるはだかにされんよう気をつけろよ。あー、あと薬の調合と薬草採取にはちとうるさい。」

「ふん。失礼な。誰がまるはだかにするだと。(そんなエロいことをしたら、隣の獣に引きちぎられそうだ。)それに、薬草は採取と加工の仕方で劇的に効果が変わるのだ。冒険者のはしくれなら誰でも覚えておくべきなのだ。」

「判った。判ったから。早く手続きしてやれ。」

「こほん。失礼。ユグディオ君。他の欄も書けたかな?」

「はい。書けました。」


推薦者欄にはテッドが署名した。

「俺が推薦者だ。ああ、隊長の代理、ということにしておこうか。なかなかサキ君は有望みたいだしな。」

と笑って言った。

「いいんですか?ケネス隊長に許可とらなくて。」

と言ってみる。

「なあに。俺をこの子につけた時点で、そういうことだろ。」

「まあ、そうとも言えますかね。」

と俺はテッドに同意した。


こんなふうにしてサキは冒険者となり、そしてなったとたんにとんでもなく驚かしてくれるわけだが…。俺から見たサキについての感想は、まだまだ書き足りないが、それはまた別の機会に譲ることとしよう。


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