96 冒険者登録のお祝い
「まずはラガー。君は未成年だからジュースだぞ。何がいい?」
「ではポムロルのジュースを。」
料理は適当に大人たちが選んでくれた。
シンハ用にと、焼き鳥とか頼んでくれる。
たぶんそれではとても足りないので、生肉を提供して厨房であぶってもらうことにした。ワイバーンを出す訳にはいかないので、笹の葉にくるんだ魔兎の肉を出す。
「なに!?魔兎の肉だとっ!高級品じゃねーか。俺にも食わせろ。」
とテッドさん。
仕方ないなあ。3羽分出した。2羽はシンハの分。1羽が人間用。
店では魔兎と聞いて驚いていたが、なにしろ僕のストックには300ほど入っているから(少しは消費したけど。)僕たちとすればむしろ味付けが気になるところだ。
シンハ用には軽い塩焼きにしてもらい、にんにくや香辛料は使わない。使ってもあとで僕が軽くつけてあげるだけにする。リモーネ(レモン)はかけない。
匂いに敏感で意外にグルメなシンハ用なので、細かい味付けは僕が自分の調味料入れから出して少し味付けをしてあげて渡した。
シンハはうまそうにがしがし骨まで食っている。
おなかすいたよね。朝に軽く食べただけだし、あとはおやつの干し肉だけだし。
『いざとなったらお前の魔力をもらうから気にするな。』
と言われた。
そういえばそうだった。僕の魔力ならおにぎり一個分で満腹になるのだ。
「魔兎なんかどこで仕留めたんだ?」
「此処に来る途中ですよ。」
「まだストックをたくさん持っているのか?」
「ええ。肉はそれなりに。シンハが食いしん坊なので。」
「革はどうした?」
「ギルドで引き取ってもらいましたよ。」
「どれくらいだ?」
「隊長。それはちょっと踏み込みすぎじゃないですか?まるで尋問です。」
とカークさんが釘をさしてくれた。
「むう。」
カークさんとテッドさんがちらと目配せしている。
二人とも判っているからな。僕が300羽仕留めたことを。
「それより、おいしいですね。これ。なんの肉でしたっけ?」
としらばっくれる。知ってるけど。
「ホルストックという魔牛の肉だ。」
「いいな。何処でとれるんですかね。」
知ってるけど。
「ふふ。自分で仕留める気になっているところが冒険者っぽいな。」
とテッドさん。
「「はじまりの森」の東側の草原地帯だ。図体はでかいが、たいしたことはない。お前ならすぐに狩れるだろう。」
「シンハもおいしいって。今度狩ろうね。あと、この味付け!タレがいいですね。」
「うむ。此処はこのタレが評判なんだ。」
まるで醤油を思い出す甘じょっぱいタレがたまらない。
「いろいろなものを入れて、煮詰めて作るらしい。秘伝のタレというやつだな。」
「なるほど。これは…うーむ。どうやったら作れるかなあ。たぶん、ポムロルは使っているよね。」
「また作る気になってる。料理人にでもなるつもりか?」
「だっておいしいものが自分で作れたら、楽しいじゃないですか。」
「おー。前向き。俺ならうまいものを食べたかったら、まずうまい店を探すがなあ。」
「都会ならいいけど、冒険者って旅が多いでしょ。あ、調味料買わなくちゃ。それも楽しみなんです。」
「ふふ。なんでも前向きでいいね。」
「ギルドとしてもサキ君は有望株ですから。成長が楽しみです。」
「親戚とか、この国にはいるのか?」
また隊長が聞いてきた。ハインツが全滅と隊長も知っているから、両親は故人だろうということでの質問らしい。
「いえ。」
「…」
「…」
皆、ハインツ村が黒龍に全滅させられたことを知っているからだろう。空気が微妙になった。
僕はわざとちょっと悲しげな顔でうつむいて言った。
「実は僕、あまり昔のこと、よく覚えていないんです。気づいたら森にいて、シンハに助けてもらっていたんです。だからすみません。あまり聞かないでください。」
「…。そいつあ悪かった。」
隊長が言った。
場のみんなは大人だから、察してくれた。
おそらく身近の人たちが黒龍に殺されたせいで、記憶がないのだろうと。
ごめん!嘘だけど。だって、魂は異世界から来ました、なんて言えないし。
でも、森でシンハに出会って助けられたのは本当のことですから。勘弁してね。
「…。まあ、命があってここまでたどりつけたんだ。それでいいじゃねえか。これからは、冒険者になって、うんと稼げばいい!なっ!ほら。飲め飲め。ジュースだけどな!あっはっはぁ。」
とテッドさんが場の雰囲気を変えてくれた。
「はい!僕もそう思ってます!シンハと一緒に、がんばります!かんぱーい!」
僕がにこにこしてそう言ったので、あとはまた場が和やかになり、僕たちはおおいに料理を楽しんだ。
冒険者のいろはとか、薬草の採り方とか、今度行こうとしているダンジョンの情報をくれたり、いろいろ有意義な夕食会になった。
特に食文化の話が面白かった。
このヴィルドは食文化が王都と並び称されるほど恵まれているそうだ。それは新鮮な魔物肉がとれるからで、肉料理は素材だけなら王都以上に美味いらしい。ただ調理方法はワイルドで、焼くか煮るがメイン。
香辛料は肉を焼くためそれなりに流通してきているが、味付け方法は未発達で、塩が主流。かわりに塩にこだわる人はそれなりにいるそうだ。
ここの店のように秘伝のタレがあるところは珍しいらしい。ニンニクはようやく安価に手に入るようになったところ。
主食はジャガイモとライ麦パンで、パンは堅めしっかりのドイツパン系。
白いふっくらパンはまだまだ珍しいそうだ。小麦よりライ麦が安価で普及しているためだ。王都の貴族では小麦の多い、白いパンがはやりだとか。それでもフランスのバゲットのように、外側は堅いのが常識らしい。
砂糖やミルクをふんだんに使った日本の高級食パンなんか見せたら、驚くだろうな。
甘味の砂糖は王都以外ではあまりなく、ほぼ貴族用だそうで、ヴィルドではもっぱらはちみつが主流。もちろん魔蜂のはちみつではなく普通の。それでも量は限られているから、甘味は貴重だそうだ。
魔蜂の、となると、貴族でも垂涎ものらしい。
チーズ、燻製肉、ソーセージが王都なみにあるのは冒険者が多いため保存食が発達したからで、総じてここは食には恵まれている町だとのこと。
酪農も盛んでミルク(羊の)やチーズやバターも潤沢。それは領主が酪農を奨励したからだそうだ。それでも時折魔獣に羊が狙われるので、結界石が必須。気が抜けないらしい。
魚は川魚が主流で、海の魚は干し魚が少し入ってくる程度。
ところが近くのダンジョンには海もあるので、時折そこでとれた魔獣というか魔魚が食卓に上るらしい。
食に関しては全体に恵まれているが、ほかの町も同じだとは思わないほうがいいとのこと。
けれど当然マヨネーズはなし。ドレッシングもワインビネガーに塩だけが多い。気の利いた店でようやくオリーブオイルと混ぜたのが出てくるらしい。ゴマ油はあるが珍品。
食の話を聞くと、僕はなかなかいい町にやってきたと言うべきだろう。
あ、そういえば、聞きたいことがあったんだ。
「あの。ところで、質問、いいですか?」
「うん?なんだ?」
「教会、ありますよね。」
「ああ。冒険者ギルドからさらに南に行ったところの広場にあるぞ。」
「皆さんは、礼拝には毎週行ったりするんですか?」
「行かねえな。」
「行かない。」
「私は休日にたまに。月に一度くらいですかね。」
とカークさん。
「冒険者は結構、験を担ぐ奴が多い。討伐前に戦勝祈願に行ったり、無事で帰ってきたらお礼に行ったりする。」
とカークさんが教えてくれた。
なるほどね。
「じゃあ皆さんは、洗礼を受けておられるんですね?」
「「…」」
何故黙る?
「そう聞くということは、サキは受けていないのか?」
「あ、はい。たぶん。
僕の村は小さかったので、教会はありませんし。おそらく受けていないのではないかと。」
「なるほどな。普通、教会のある町では、子供が生まれてすぐか、遅くとも5才くらいまでには、洗礼を受けさせる。まあ、スラムとかは、そうではないが。」
と隊長が説明してくれた。
「巡礼の僧が、スラムで洗礼してあげたりしてますけどね。」
「なるほど。…で、やはり受けるのが普通でしょうか。」
「まあ、神様を信じていないなら、受けないかもしれないが、主神は世界樹だからな。他の国でも、世界樹だけは信仰しているから。おそらく、他国でも同じように洗礼は受けている者が多いだろう。」
「エルフや獣人族はどうなんだ?」
とテッドさん。
「エルフは洗礼ではないですが、生まれるとすぐに精霊が祝福してくれます。精霊は世界樹の伝令みたいな部分もありますからね。まあ、それが洗礼ですかね。獣人族は種族によってまちまちのようですね。私も詳しくはありませんが。」
とカークさんが説明してくれた。博識だなあ。
「貴族は絶対だろ?」
とテッドさんがまたカークさんに訊ねる。
なるほど。カークさんは貴族家出身だったな。
「そうですね。貴族は王都か領地の教会で洗礼を必ず受けます。受けていないと、きっと後々面倒になるからでしょうね。」
「教会も政治家だからな。」
「こほん。あまり純粋な未成年に聞かせたくはありませんが。まあ、そういうことです。」
「…受けた記憶が無いなら、受けといた方はいいだろうなぁ。」
と隊長。
「そうですね…。明日にでも教会に相談に行ってみるのもいいかもしれません。…まあ、なんと言われるか…わかりませんが。」
カークさんが、ついっと眼鏡を上げながら、なんとなく含みのある言い方をした。
「下世話な話だが、ご喜捨を要求されるからな。教会で受けるとなると、今いくらくらいだ?」
「平民で…相場はカク5枚とか…銀貨1枚とか?旅の僧なら格安だがな。」
なるほどね。他の物価を考えると、それくらいか。
「まあ普通なら。」
「普通なら、な。」
またなんとなく微妙な言い方。なんだろう。
「なりたて冒険者にとっては安くはないが。それくらいなら払えるか?」
とケネス隊長。心配してくれるんだ。優しいな。
そういえば、隊長だけ魔兎の取引を知らなかったっけ。
「はい。大丈夫です。ありがとうございます。」
と笑顔で答えたが、テッドさんとカークさんは、ちらと目配せをしただけで、何も言わなかった。さすが大人だ。でもちょっとは隊長さんを信用して、バラしておこうか。
「実は今日、魔兎の毛皮をギルドで引き取ってもらったんで。コガネ持ちなんです。」
とひそひそと言う。
「あー、せっかく俺たちがナイショにしてやってるのに。」
「サキ君。そういうことは、口にしないほうがいいですね。どこに耳があるかわかりませんから。」
「はーい。」
とにこにこして答える。
「お前ら。せっかくサキが俺を信用してバラしてくれてんのに。そうか。そういうことか。テッド。此処の支払いは、お前持ちな。」
「なんで俺だけ!?」
ほんと、仲がいいというか。面白い大人達だな。
それから、また別の話で盛り上がる。
武器の話しになった時、僕はこの町で一番の腕のいい鍛冶屋は何処かを尋ねた。
すると
「それはやっぱりドワーフのゲンじいさんのところだな。」
「うん。ゲンさんが一番だ。」
「そうそう。あそこ以外、ないね。」
なにその日本の職人的なお名前の方は。
「店って何処なんですか?」
「ギルドを出て大通りに武器屋がいっぱい並んでいるだろ?あそこから西に路地を曲がったところだ。」
ん?
「頑固者だし商売下手だから、いっつもぴいぴいだがな。」
「道楽息子が、ついに有り金だけでなく、自慢の品まで持ち出しちまったらしい。さすがにじいさんも息子を勘当したようだが。」
「そういえば、最近、よほど金まわりが悪いらしくて、まがい物を売ってるって話しだ。」
んん?
「それは言い過ぎでしょう。他の職人が作ったのを、しぶしぶ店に置いているんですよ。それでもちゃんと自分で手を入れて、一応のグレードにはしているみたいですがね。」
あー。やっぱりあそこね。ゲンさんというのか。あのドワーフさんは。
「あ、僕さっきそこ行きました。少し買わせてもらいました。クナイとか。鏃とか。」
「ほう!もう見つけたか。君はなかなか目がいいなあ。うん。」
隊長さん、なんだかうれしそう。
「ゲンさんとは仲良くなったほうがいいぞ。いろいろ初心者には親切だしな。」
「そうそう。ちょっとこわいけど、根はいい人だからな。」
そんな話で盛り上がっていると、テラス席にひとりの客がやってきた。
高そうな金属鎧を着たままで、テイムしたグリフィンを連れている。
うわー。グリフィンだ。
と珍しくて見ていると、向こうのグリフィンもなんだかプライドが高そうだ。
テイマーは王国騎士だろうか。上品な感じだ。
新客はひとつ隔てたテーブルに座った。
「おい、あれ。」
「おお。グリフィンだ。」
「珍しいな。」
店内もそんな声がざわざわ聞こえている。
客はそれが聞こえているのかどうか知らないが、涼しげな顔で何品かの品と酒を注文していた。
髪は金色で背が高く、ハンサム。いかにも王国騎士ですという感じだが、鎧以外の靴や手袋などは少しやつれていて、冒険者かな、とも思う。
ちなみに得物は大剣だ。
「…それと、この子用にホルストックのステーキを1枚とステーキ用生肉1枚。ステーキは味は薄めで野菜なしで。あと水を。」
と言っていた。
ホルストックのステーキ2枚分って、やっぱり金持ちなんだな、と思う。
テイマーは餌代にかかるから、特に大型魔獣は、普通はそれなりに稼げる冒険者でないと飼えないだろうな。あるいは町に入る前に、森に放し飼いにしてくるとか。
まあホルストックよりもずっと魔兎の肉のほうが高いんだけどさ。