94 武器屋でのこと
魔兎引き取りも終わったので、僕とシンハはようやくギルドを出ることにした。
このほかにもジャイロアントの外殻とか、ワイバーンの皮とか、薬草の一種であるけれど森では雑草とベッドの材料だったメルティアとかさまざまあるけれど、また後日にしよう。これ以上出すと、きっとギルドを破産させてしまいそうだ。
カークさんにさよならを言おうとしたとき、ふと見つけた掲示板の横の看板。
『治癒いたします。軽傷ひとつにヒール1回または並ポーション1本1,000ルビ』
なるほど。冒険者ギルド内で応急処置ができるんだな、と思った。
皆保険の日本と違い、通常品の物価が安いここで1,000ルビは安くない。だが、それでも需要はあるようだ。
「あの。治癒も依頼として受けていいんですか?」
と尋ねると
「!もちろんだ!魔力に余裕があるなら、是非受けてくれ!ギルドで場所代として一割もらうが、手取りは1回で900ルビ。薬草取りよりはるかに高収入だぞ!」
とカークさんに前のめりで頼まれた。
でも、今日はさすがに治癒でも他の依頼でも、受ける気持ちにはなれなかった。
「あはは…。また今度…。」
「期待して待ってるよ。」
はあ。
ちょっと精神的に疲れちゃった。
町を歩きながら、シンハに念話で尋ねる。
「ふう。魔獣って取引額、結構高いんだねー。」
『お前が今日放出したのは、森の奥地産だ。含まれる魔力量も、食べたエサも違うからな。まあ、産地を聞いたら、もっとすごい値段になっただろうがな。』
「んー、魔兎なのに?そうなんだ。もっとお値段、つり上げたほうがよかっただろうか。」
『産地を言えればな。』
「あは。言えないね。」
『だろう。まあ、初めての取引にしては妥当ないい値段なのではないか?ちゃんと毛並みがいいことは評価してくれていたしな。』
「だよね。あとの売買を考えたら。貴族の手にわたる時には、すごい額になっちゃうものね。」
『ああ。』
まあ、「命の値段」と考えれば、破格に安いと言えなくもないが。
今回は魔兎の毛皮メインで肉も魔石も、売却していない。これらを入れたら、1羽あたり卸値通常で2万ルビはするらしい。魔石が高いそうだ。それが森の奥地産の魔石だとなれば…ぶるぶる。考えたくない。
「そういえばさ、冒険者カードって、書き込まれる情報は勝手に操作できないことになってるよね。」
『そうだな。』
「どうして出身地がハインツで通ったんだろう。」
『おそらく、我々の棲家に一番近いのが、滅びた村のハインツだったからだろう。』
「へえ、なるほど。結構奥地にあったんだね。ハインツ。」
『いや、そうでもないぞ。我等の棲家から直線で20日はかかる。』
「…遠いじゃん。」
『ああ。丁度森がえぐれたようにひっこんだところにあったんだ。だから直線距離では一番近かった。だがあの『黒い山』に比較的近かったから、黒龍にやられたんだな。』
「なるほど。そうだったんだ。」
それから僕たちは町をゆっくりと歩き、どこにどんな店があるか見てまわった。
武器や防具を扱う店が数件並んでいる。
僕たちはそのうちの何軒かにはいったが、値段のわりに武器も防具も質がいまいちだと感じた。
「(なんだかピンとこないなあ。)」
ひそひそと、念話で話す。お店をディスっている話だからね。
『お前の作ったものがそれだけとんでもないということだ。』
「(そなの?)」
シンハが呆れたようにため息をついた。
路地の先にも武器屋の看板が見えた。期待せずに入ってみることに。
リンロン。ドアベルが鳴る。が店内には誰も居ない。
奥から鍛冶の音は聞こえた。
壁にはさまざまな武器。まあまあだな。というか、中にはいいのもかなり含まれている。
「お。」
クナイに何本もいいのがあった。地鉄がしっかりした良質なものだ。
この世界は、剣や短刀、槍といったメイン武器はそれなり高価なのに、その他となると、かなり安い。クナイや鏃もそうだ。使う人が限られるからだろうか。
この店には投擲用の小型のクナイと、戦闘にも使える大きめのクナイがある。
たぶん王都よりは安いはずだし、さっきまで見ていた店々と比べて質も値段も、ずいぶん良心的だ。
特に大型クナイは、良質なのに破格に安いと思った。
よし、此処で買いだめしよう。
「らっしゃい。」
ぼそっと後ろから野太い声。
ちょっとびっくりして振り向くと、小さなトロルみたいなずこっとしたオヤジが、カウンターの向こうに立っていた。
ああ、これが噂のドワーフか。
でも目が恐いんだけど。
「あ、ああ。どうも。見せてもらってました。」
というと、うむ、というようにうなずいて、次にちらっとシンハを見て、ぎょっとしたように目をむいた。
「…リル…」
え、今何て言った?
「おい坊主、そいつ、いや、『そのお方』はあんたのツレかい。」
「え?あ、シンハのことですか?はい。そうですが。あ、店内に入れて不味かったですね。すみません。外にいてもらいますねー。」
他の店では何も言われなかったし、狭い店ではシンハが気をきかせて、外で大人しく待っていてくれたから、なんの問題もなかった。
「い、いや。」
親父さんがなにか言っていたが、僕はさっとシンハを連れて外へ。
店の脇にいてもらう。干し肉を与えて。
シンハはおとなしく座ってむぐむぐと食べ始める。ぺたんと座って干し肉を両手で持つのが、なにげに可愛い。くふ。
黙っていると可愛いんだけどなあ。
「すみません…。えと、クナイが欲しいんですが。小型を30本と、大きいのを2本、かな。」
僕は店内に戻ると、そう言った。
大きめクナイは、両手持ちで戦うことを想定して2本だ。
オヤジはじろりとにらんでカウンター下から大きめクナイを2本と、投擲用は箱ごと取り出す。
大型は一本ずつ長さや重さ出来を確かめ、小型はハデめで質の下がるのをとりのけ、残り30本を選んだ。
なんでにらむのさ。
「鏃もありますか?」
「ああ。」
カウンターの下からまた箱ごと出してくる。
ほう。なかなかいいじゃん。鏃はすべて質がいい。見ただけでわかる。
値段も良心的。一個20 ルビ。200円相当だ。めちゃ安!一箱100 個入り。
いや、この世界では高いほうかも。使い捨てになる場合も多いし。
それに、鏃はなんとなく売れてないっぽい。自分で矢に仕立てる人が少ないのかも。
「鏃、3箱買うから、まけてくれませんか?」
鏃300 個。6,000ルビだ。クナイは大型が1本3,000ルビ、小型が1 本500ルビ。30本で15,000ルビ。小型クナイは使い捨てにはちょっと高い。
合わせて27,000ルビ。
「あわせて…25,000でどうですか?」
じろりとにらまれた。う、すいません!調子にのりました!
「その前に、兄ちゃん、金あるのか?即金ならその値段にまけてもいいが。」
え、ほんと!?僕は後ろを向いてカバンを漁るふりをしつつ、なるべく急いで小金貨2枚と銀貨5枚を取りだし、机に置いた。おやじさんの気が変わらぬうちにと。
「はい。これで。」
「…。あんた、何者だい?」
またじろりとにらまれる。え?僕、またなんかやらかした?
「えと、成り立て冒険者ですけど。」
僕は言われる前に冒険者カードを出す。
「田舎で狩人してたんで、獲物売ったらお金になったから。何か問題でも?」
ちなみに今回出した硬貨はさっきギルドで一部現金化した報酬だ。武器武具や衣類、生活雑貨を買うため、20万ルビ分は銀貨や角銀貨を取り混ぜてもらった。
「…。そうか。あんまり危ないことするんじゃねぇぞ。大金得た新人は、うかれて失敗しやすいからな。」
「肝に命じます。」
「立ち入ったこと聞いて悪かったな。」
「いえ。おやじさんの言う通りですから。気を引き締めます。」
「それより坊主、なんでこっちをとりのけた?」
にやりとしながら僕がとりのけたクナイを指して言う。
「え?ああ。ハデだけど、投げたら折れそうだし。こっちのシンプルなほうが、明らかにバランスもよくて質がいいですからね。」
「ほう!」
なんだかおやじさん、機嫌がいい。
「じゃあどうして鏃は箱買いなんだ。使い捨てするのに、質なんかあんまし関係ねーだろ。」
「とんでもない!命のやり取りするのに、質が関係しないわけがない!硬い魔獣と向き合った時に鏃が役立たずじゃヤバいっしょ!いくら弓の腕が良くたって、信頼できる道具がないと、不安ですよ。ましてや僕みたいな新人は。」
「新人は硬い魔獣なんかに会わないようにするもんなんだよ。」
「まあ、そうですが。それに、さっき買った鏃は使い捨てなんかしません。極力拾います!それこそもったいない。」
「拾うのか。」
「当然です。あんないい鏃、たぶんなかなか売ってない。」
「気に入った!」
「?」
「おい、坊主、これからはなるべくウチで買いな。まけてやる。」
「!ありがとうございます。でも、なんで?」
「決まってんだろ。久々に武器の良し悪しが判る奴に会えたんだからな。」
「はあ。」
「お前が買うことにしたクナイは俺が打ったやつだ。ちなみに鏃は俺が全部作ったもんだ。
お前がとりのけたクナイだが、あれらはすべて他所からしぶしぶ仕入れたものだ。見た目ハデなだけのを、腰に飾りたがるやからもいるからな。他の刃物もそうだ。多少質が悪くても、こっちも食っていかなきゃならんから、泣く泣く置いてるのさ。
俺だってそんなのは売りたくねぇ。あんたが言ったように、命のやり取りした時に、俺が売った飾り剣のせいで死んだりしたら、寝られねえ。だから一応最低限度の手入れはした上で売るようにしてるがな。」
なかなか苦労しているようだ。鍛冶屋の良心ということだろう。
「なるほど。でも地鉄が良くないなら、手を入れるにも限界あるでしょ。」
「ああ。だが先立つもんがないと、いい地鉄も手に入らん。」
「確かに。難しいですね。」
「まあ、坊主が心配することじゃあねぇな。」
と、少し寂しげに笑った。
なんか励ましてあげたくなった。
「あ、そうだ。おやじさん、僕が打った剣、どの程度のものか、見てもらえませんか?」
僕は背中で亜空間収納を開き、まるで背負っていた剣のふりをして、剣を取り出した。
さすがに今腰に下げているジャンビーヤは黒龍の牙だから見せられない。そう思い、逆にカウンターに置いた剣におやじさんの目が向いている隙にさっと亜空間収納に隠した。僕だって少しは考えているんだよん。
剣のほうはどうせ鑑定阻害をかけてるから、見れるのは普通に剣としての良し悪しだけのはず。地鉄の重ねにこだわったから、プロに見てもらいたかった。
『 あ、馬鹿よせ。』
と店の外からシンハの声がしたが、後の祭り。
「ん?」
僕が外のシンハを振り返ってちら見する。とその間に、おやじさんはなにかにはっとしたようになり、次の瞬間にはカウンターの剣をさっと鞘から抜いていた。
「…。こいつぁ…。」
その後かなりの間沈黙したまま上から下へ、ためつすがめつ剣をなめるように見て
「…坊主。本当に坊主が打ったのか!?」
「ああ。うん。まだまだ未熟だけ」
「すごい!」
「え。」
「お前、何者だ?いや、いい。お前が何者でもいいから、俺の弟子になれ!いや、俺を弟子にしてくれ!頼む!」
「あ?(  ̄▽ ̄;)?」
なんか、僕はまたやらかしたようだ。




