93 魔兎の査定
亜空間収納でまた驚かれてしまった。
「珍しいんですか?亜空間収納って。」
僕が尋ねると、ギルド長が説明してくれた。
「まあ、ないことはないが…。さっきも言ったように、普通は亜空間収納がついた袋、マジックバッグを使う。
ダンジョンでしか手に入らないから、それなりに高価だがな。」
「そうなんですか。」
「はー。カーク、ちゃんと面倒、見てやれよ。あぶなっかしくてこっちの心臓が持たん。」
「はい。」
「なんだかすみません。いろいろと世間知らずなので。」
「こほん。とにかく、魔兎はとても助かる。ただ、肉はあまりいらないのだよ。それなりに美味いんだが。毛皮しか高値ではないんだ。それでもいいかい?」
「あ、はい。肉は僕もシンハも食べますので。僕も毛皮しか売らないつもりでした。」
「そうか。まず2、3羽見せてくれるかな?」
「はい。…これです。」
僕は毛皮になった魔兎を数羽分取り出して見せた。
「む!これは…。極上の状態だね。君が剥いだの?」
「え?ええ。まあ。」
剥いだのは亜空間収納くんだ。
「毛並みが良く、しかも大きい。傷があっても心臓を矢で一発か。いい腕だ。」
ギルド長も魔兎の毛皮を撫でて、そう感心した。
実は傷のない個体が多い。
それは頭を切り飛ばしたか、矢やバレットで頭を仕留めたものだ。
毛皮は首から下なので、傷なしに見えるのだ。
「角や牙もあるのかい?」
とカークさん。
「ありますよ?買い取り、できるんですか?」
「ああ。工芸品やボタンの素材などになるんでね。結構高値で取引されるんだ。」
象牙みたいなものらしい。
角と牙を出してみると、
「ほう。やはりどれも大きい。密度も十分。色も綺麗。これは高い値段がつくよ。」
「うれしいです。でも300羽分ありますけど、そんなに放出して、値崩れおきませんかね。」
「毛皮の方は大丈夫だが角や牙は確かに少しずつ出したほうがいいだろうな。君の言う通り、値崩れがおきる懸念がある。」
とギルド長。
「そうですね。ではあとは下で査定しましょう。」
「カーク。数字が出たら俺のところに持ってこい。色つけするから。」
「判りました。」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
僕はギルド長に感謝した。
下に降りると、さっそく魔兎の査定がはじまった。
普通は受付脇のカウンターで行なうらしいが、今回は大口の取引なので、広い別室で行なった。
カークさんと査定専門らしい白衣を着たおにいさん。ケリスさんというらしい。
最初のほうはテッドさんも興味津々でにやにやしながら同席したが、さすがにそろそろ詰所に帰らないとまずいということで、仕事に戻っていった。
テッドさんには、街に入る時に気になった殺人者のことを伝えておいた。
僕が鑑定持ちであることはもうばれているので、鑑定で「盗賊兼商人」だったと伝えた。
「さっきのやつの名前、ユイマンだっけ。こっちでも少し調べてみるよ。」
とさすがに真面目な顔で言ってくれた。
僕はしっかりテッドさんにお礼を言って、ついでにちゃっかり夕飯の約束もとりつけておいた。
どうも最初から、今夜はおのぼりさんの僕につきあう予定でいてくれたみたい。
テッドさん優しいね。
夕飯にはカークさんも誘ってオーケーをもらった。
カークさんは妻帯者、テッドさんは独身らしい。
魔兎は夏毛と冬毛があって、夏は黒やまだらな黒、グレー、茶などいろいろな色がある。しかし冬は真っ白だ。
人気なのは冬毛の白だが、グレーとかぶちのものとか、真っ黒のもそれなりに貴重らしくどれも高値だった。
これまでなら一羽せいぜい4,000ルビだったそうだ。
それでもこの界隈の魔獣では小さい割に結構高い方だそうだ。それだけ仕留めにくいのだろう。
だが、今は最も高騰時期。最低でも1羽で8,000から状態がよくて15,000ルビ。
加工前の卸値でこれだから、顧客の手に渡る時には襟巻きでも最低1本で8万ルビにはなっているそうだ。80万円!
地球での兎ちゃんよりはるかに高価だ。チンチラ並みか?チンチラの相場知らないが。
「状態がいいし毛並みもとてもいいので、標準価格査定でも一羽2万平均。締めて600万ルビになるが、ギルド長にかけあってくる。」
「うおお…。よ、よろしくお願いします!」
つい声がうわずる。だって日本円で6,000万円だよ!一軒家が買える!
カークさんは階段を上がっていった。
僕は喫茶部で肉感的な職員のお姉さんお勧めの、プラムのような味のジュースを頼んだ。
それもタダ。
今日はVIP待遇だ。
シンハは匂いをかぐと、すっぱいからいらないと言って、飲まなかった。
かわりに干し肉のおやつをあげ、僕の手から水を飲んだ。くすぐったい。うふ。
「おおきなわんちゃんねえ。」
「でもおとなしいのね。可愛いわあ。」
シンハはお姉さんたちに大評判だ。
「撫でてもいい?大丈夫かしら。」
「どうする?シンハ。」
わざと声に出して尋ねる。
『(好きにしろ。)』
ふふ。
「撫でてもいいって。」
「そう!ありがと。わあ。いい毛並み。」
「思ったよりやわらかい毛ね。」
「気持ちいいわあ。」
シンハは撫でられても嫌がりもせず、干し肉を夢中で食べている。
普通、食べているときに手を出されると、獣は本能的に敵とみなすものだが。
「(シンハって、女の人には優しいんだねえ。)」
と僕がいうと、
『(ふん。此処で暴れたら、お前が困るだろう。おい、鼻の下のびてるぞ。)』
そんなことないもん。のびてるの、お前だろ。シンハ。
「名前、なんていうの?」
「シンハだよ。」
「あら、わんちゃんじゃなくて、あなたの名前よ。」
「え?」
「ふふ。」
「えと。…サキです。サキ・ユグディオ。」
「ふうん。エルフなの?」
「いいえ。違うみたいですけど。」
「あんまり綺麗だから、エルフかもってみんなと噂してたのよ。」
「そうそ。カーク副長が独占しちゃってるから、ちょっとすねてたの。私たち。ねー。」
「そうそう。」
と受付嬢たちが口々に言う。
そこへカークさんが降りてきた。
「こらこら。皆さん、何をしてるんですか。サキ君が困ってるでしょう。仕事に戻りなさい。」
「はあい。」
「またね。サキ君。」
「はい。どうもです。」
女性たちはにこにこしながら、仕事に戻っていった。
結局僕、もてあそばれてたみたいだね。
でも、彼女たちは僕の魔兎の査定額は知らない。
たぶん知っていたら、もっとしつこく迫ってきたんじゃないかな。
だっていきなりの成り金坊やになっちゃってるからさ。
カークさんに別室に呼ばれて商談だ。
「取引価格、出ましたよ。…こんなものでどうでしょうかと。ギルド長が。」
みるとさっき600万ルビだったものが、650万ルビに上がっている!?
「え、いいんですか?こんなに。」
「いや、これでも控えめなんだよ。あとで入ってくる利益を考えたら。とにかく君の持ち込みはどれも極上でね。それから、お金はできればすぐに引き出さずにギルドに預けてもらえるとなおいいね。」
「ギルドに預ける?預金できるんですか?」
「ああ。大金を持ち歩く必要がないようになっている。そしてどの支部でも引き出せるシステムだ。」
詳しく聞くと、利子はないが手数料もない。原初的な預金システムと言えた。
「なるほどー。どうしようかなあ。」
僕の場合、亜空間収納があるから、僕が殺されない限りお金は奪われない。いや、僕が死んだら、きっと永遠に収納物は亜空間内をさまよい、いずれどこかのダンジョンにでもひょっこり現れるのだろう。
一応預金します、と言いかけていたところで、
「預金に回してくれるとギルドとしてはありがたい。今なら預金分については、預金総額の百分の5を加算していいと、ギルド長が言っている。」
ほう。5パーセントは、日本の金利よりすごくいい率じゃないか!でも表情はわざと変えないようにしないと。
「そうですねー。えーと、そうなると、全体はいくらかな?」
などとしらばっくれて悩む振り。
「あ、そういえば、角とか牙はどうしましょうか。今換金しなくともいいですかね。」
「うーん。少しは放出してもらえると、ギルドとしては助かる。」
「そうですか…。どれくらい?」
「そうだな。角15本、牙30本くらいでどうだ?」
「15羽分ですね。一本それぞれいくらですか?」
「普通は標準の大きさのもので角が1本2,500ルビ、牙は1本1,500ルビだが、今日はそれぞれ3,000と2,000だしていいとギルド長が。たぶん君のストックはどれも大きいから、もっと高くなるだろうな。」
「今日だけ?」
「ふふ。判ったよ。君にはこれからも最低3,000と2,000出すよう、こちらも努力しよう。」
「ありがとうございます!なるべく状態のいいのをこれからも出しますね!」
「君は商才まであるのか。恐れ入ったよ。」
「えへへ。」
結局、角はどれも破格に良質で大きいということでなんと1本3,500ルビ、牙は1本2,500平均で引き取ってくれた。計52,500と75,000ルビであわせて127,500ルビ。
革とあわせて6,627,500ルビ。さらに、現金一括でなく預金したことで、ギルド長裁量で、預金には5パーセント上乗せ。なので端数の627,500ルビは現金とし、残り600万を預金した。すると利子がわりの上乗せは30万ルビもつくことになる。つまり合計で6,927,500ルビ!小金持ちになった。
手元に残した現金は、時価620万円以上にもなる。そんなにいらんだろうとは思うが、道具類は高そうだし、シンハは食いしん坊だし、国をまたいだ依頼だったらそうそう大金を引き出せない。まあどうせ現金の入れ先はバッグに仕込んだ亜空間収納。僕以外だれにも手を突っ込めない。それに、たとえバッグを盗まれても亜空間収納は僕の周囲の空間ならどこからでも取り出せる仕様だから、防犯上も全く問題ない。
「此処、いいギルドですねえ。」
と山と積まれた現金を収納しながら、僕がにこにこして言うと、
「まったく。君には負けたよ。」
とカークさんが苦笑していた。