89 初体験 冒険者ギルド
テッドさんに案内されていよいよ冒険者ギルドに向かう。
なんだかどきどきする。
生前、僕は病弱で、オンラインゲームで冒険をすることも、少しの時間だけだった。
それでも冒険はわくわくした。
そんな僕が、今まさに本物の冒険者ギルドに向かっているんだ!
わくどきの初体験である。
そんな僕が浮かれて見えても仕方あるまい。
「ふふ。そんなにあからさまにわくわくしながらギルドに行く奴は、初心者でもなかなかいないぞ。」
「え?あ。あは。すみません。なんだかうれしくて。」
「ふふ。まあ俺がついているから今はいいが。明日からしっかりしてくれよ。」
「はい。」
「いやー、サキ君がやたら綺麗だから、いろいろ女将さんに聞かれちゃってさー。何処の出身かとか、本気で冒険者になるつもりなのか、とか。」
「はあ。」
「とにかく、しっかりしてくれよ。まあ、そっちの犬…シンハだっけ?かしこそうだからな。ちゃんとお前、守ってもらえよ。」
「え。あ、はい。」
ぐるぐるとまたシンハの笑いうなりが聞こえた。
まったく。笑うなよ。
「でも、本当にうれしいんです。シンハと一緒にこうして町を歩けて。」
「うん?そうか。」
「はい!」
僕がにこにこして言ったのを、テッドさんは何故かちょっとまぶしそうにしてしばらく見ていた。
「サキ君は、…もしかしてエルフの血が入っているのかな?」
「?」
「いや、答えなくてもいいよ。可愛い顔の子をやっかんでからんでくる奴もいるだろう。女にももてるだろうが、毒婦だっているからな。それだけじゃない。男と知った上で男を狙う奴もいるから。気をつけるんだぞ。言っている意味、判るよな?」
「え。あ。…はい。いちおう、判ります。」
「いちおうじゃなく、自覚するほうがいいぞ。君は綺麗だ。イケメンだ。可愛い。そして見たところあまり腕力があるようには見えん。しかもおのぼりさんで根も素直のようだ。いろんな意味で、格好のカモだぞ。」
うぐ。なんか言いたいことがしがし言ってくるなあ。
ちぇ、どーせおのぼりさんだし腕力ありませんよ。
まあ、パワー不足は魔法でカバーするけどさ。
「判りました。気をつけます。でもいざとなったら、きっとシンハが守ってくれますよ!はは。」
僕はから元気でそう言った。というか、どんなツラしてなにを言えと?
シンハはまたぐるぐると笑いを堪えている。
今までもなんとなーくシンハからも遠回しに言われてきたし、お前は綺麗だから注意しろ、用心しろと言われてきたが、さすがに今日あったばかりのほぼ赤の他人に、カマ掘られんように注意しろよと言われたら、笑ってごまかすしかないじゃん。
でも、そうか。
僕はどうやらこの世界の美の基準を軽くクリアしているようだ。
いろんな意味で気をつけよう。
ギルドにむかいながら、僕は周囲の露店を横目でチェックする。ポムロルが2個で10ルビ。串焼きが一本10ルビから40ルビ。宿代なども考えると、10ルビで100円と考えればよいだろう。以前シンハから聞いていたのと物価はあまり変わっていないようだ。良かった。
「さて、ついたぞ。」
テッドさんの声で、僕は顔を正面に向け、目の前の建物を見た。
「おお。」
ここかー。
辺境伯領領都ヴィルドの冒険者ギルドは、なかなかに大きな建物だった。
場所はメインストリートの十字路で、繁華街のはじまりの場所だ。
そこに周囲と比べても大きな建物がどんと建っていた。
石造りの堅牢な建物で、3階建てだ。
大扉を開けたテッドさんと一緒に、シンハを連れて入った。
すると、そこはだいぶにぎやかな場所だった。
銀行のようにホールになっていて窓口がいくつかある。
ガラスやアクリルで仕切ってはいない。アクリルは…この世界にはないのでした。
今は一番忙しい時間なのか、6個もある窓口のうちクローズドしているのは端の1つだけで、あとは全部それぞれ行列ができていた。
テッドさんは慣れた雰囲気で、クローズドしている一番隅の窓口に向かってすたすた歩き始める。
「うひょー、美少女が入ってきたぞ。」
「馬鹿。良くみろ。あれは男だよ。…男だよな。」
「さあ。」
「エルフだ。」
「お。」
などという声が聞こえた気がしたが。
あれって誰のことだ?
それはともかく、テッドさんが歩いていった奥のカウンターには、クローズドしていながら何か書類を見ている、魔術師のように髪の長いメガネをかけた男性職員がいた。
「新人の受付をお願いしたいんだが。」
職員は後ろの僕を見ると、何故かメガネをとってまたじっと僕を二度見した。
まるで値踏みでもするかのように。
ああ、鑑定?駄目だよ。ちゃんとプロテクトしてる。
「…カークアルキスタス。手続きを。」
「ん?ああ。テッドか。名前をフルネームで呼ぶな。失礼だろう。」
クールなおにいさんだ。にこりともしない。
そうか。長い名前を全部言うと失礼にあたることもあるんだな。
「お前が坊やに見ほれてるから注意したんだよ。冒険者志望だ。手続きを。」
「ようこそ地獄の入り口へ。本当に冒険者になるつもりかい?」
「はい!よろしくお願いします。」
「ふむ…。まあとりあえず、申請書を書いて。あと身分証明書を出して。」
羊皮紙で作った紙を出された。
それは冒険者登録のための申請書用紙で、名前とかいろいろ書く項目がある。
僕はカバンから今日作ったばかりの仮身分証明書を出してカウンターに置いた。
「…。これは、君が書いたの?」
カークアルキスタスさんは、僕の仮身分証明書をながめて言った。
「?はい。」
「綺麗な字だね。」
「ありがとうございます。」
「計算は?できる?」
「え?…いちおうできますが。」
「おい。なにさらっと職員勧誘してるんだよ。手続きが先だろ。ああ、でもそれもいいか。」
「え?え?」
「珍しく君と意見があったね。テッド。君、名前は?」
「サキ。サキ・ユグディオです。」
「ユグディオ…」
カークアルキスタスさんは、片眉をあげていぶかしむ。
どき。なんか問題あった?
「君、ギルド職員になる気はあるか?もちろん厳しい試験はあるが。」
「は?あ、ありがとうございます。でも今は一応冒険者志望なんで。」
「そうか…。まあ、気が変わったら、いつでも言ってくれ。読み書き計算ができる奴はいつだって歓迎する。」
「はあ。」
「で、何処の『集落』だね?」
「集落?えと、出身ですか?ハインツという村です。中立地帯の。」
「エルフの集落ではないのか…。まあいい。とりあえず、申請書、書いちゃって。」
僕はこの人が何を言いたいのか判らず、とにかく申請書を書き始めた。
(あとでわかるが、エルフは出身地を『集落』と呼び、何処に住んでいるかで何が得意なのかとか、エルフ内での身分とかがわかるらしい。)
名前。性別。年齢。あとは希望する職種?んー魔術師、かな。さっきもそう書いたし。あ、でも、魔術師だとパーティーを組んだら後衛ばっかりだろうから、剣の腕はあがらないな。どうしよう。でも僕が前衛向きとは思えないし。複数書いてもいいんだろうか。
「あの。すみません。この職種の欄ですが。」
僕が用紙から顔をあげると、カークアルキスタスさん…長いな。カークさんは、じいーっとシンハを見てまたいぶかしんで、片眉をあげている。
鑑定でもしているのだろうか。
シンハに鑑定は通用しない。鑑定阻害の魔法を使わなくとも、シンハは『魂の格が違う』ので、鑑定を阻害するらしい。かつてシンハがそう僕に教えてくれたことがあった。僕はシンハに会ってほどなく鑑定出来たけど。たぶんそれは親和性…好意をもっているかどうか…の問題なのだろうと思っている。
僕の場合は町に入る時に、念のため鑑定阻害をかけている。シンハにそう助言されたからだ。
たぶん、このカークさん、鑑定持ちだ。
さっきじっと僕を見ていたのも、鑑定しようとしたんだと確信した。
「あのー。」
「ん?ああ、すまない。職種、だったか?」
「はい。複数書いてもいいですか?」
「複数…。たとえば?」
「魔術師と剣士です。ああ、それとも、魔法剣士とかいうの、あるんですかね。」
「魔法剣士?…聞いたことはないな。まあ、書きたいように書いてくれていい。今は。あとで君の職種が何にむいているか、査定をするから。」
そうか。じゃあ、魔法剣士と書くと、またこれはなんだと聞かれそうだから、魔術師兼剣士と書いておくか。
「変わってるね。魔法が使えて、剣も使えるというか、使いたいのか。」
「ええ。まあ。弓や槍も使いますけど。」
「ほう。」
「あ、あと治癒魔法も使えますが、治癒術師とかもあるんですかね。」
「治癒も使えるのか!テッド!いい!実にいい素材を提供してくれたな!」
「素材って。薬の原材料じゃねーんだから。サキ。気をつけろよ。カークはマッドな治癒術師だ。まるはだかにされんよう気をつけろよ。あー、あと薬の調合と薬草採取にはちとうるさい。」
「ふん。失礼な。誰がまるはだかにするだと。それに、薬草は採取と加工の仕方で劇的に効果が変わるのだ。冒険者のはしくれなら誰でも覚えておくべきなのだ。」
「判った。判ったから。早く手続きしてやれ。」
「こほん。失礼。ユグディオ君。他の欄も書けたかな?」
「はい。書けました。」