81 森の旅 1 10日目トカゲ山まで
3千キロを踏破する。
しかもこれは直線距離。山あり谷ありだから、4千キロメルは覚悟しないといけないだろう。
アカシックレコードにこの惑星の地図、とか、この大陸の地図、はじまりの森の地図、などを要求したが、すべて拒否された。要求が通ったのは、自分で行ったところのみ。森の東西と南北の距離の概数は教えてくれたのに。他の数値も沈黙で拒否された。
あと要求が通ったのは、超アバウトな周辺諸国までを含んだ地図で、周辺諸国名と首都、おおまかな目印が書かれたものだけ。海とか大河とか山とか程度。いわゆる異世界風の宝さがしの絵図みたいなものだけだった。
シンハの話では、これから行こうとしているヴィルドまでは、北と違ってヒマラヤのような大山脈があるわけではないが、一応山越えと谷越えはあるようだ。それでもシンハが母親から教えてもらった「近道」とか「楽な道」、「比較的安全な道」を行く予定だから心配するな、と言われたが。
僕たちは時に走ったり、時にシンハに乗せてもらったり、たまにはちょこっと飛んでみたりして、順調に進んだ。
飛行の魔法はどうやら僕のレベルではまだ難しいらしく、膨大に魔力を消費する。効率が悪いのは、何か間違っているのを強引に行っている感じ。魔法陣も調べると、確かに数カ所不自然な穴がある。なんとか使用はできるが、せいぜい3分が限度で、どんな危険があるかわからないのであまり強引に行いたくはなかった。
この巨大な森は基本的にはなだらかな大地で、時折日本でいうところの県境にあるような少し高い山とかがある程度。谷はいくつかあるが、特に深いところが一つあって、「ペルメア大渓谷」というのが難関とのこと。最も深いところは毒ガスが充満していて、長くいられる環境ではないらしい。
「迷いの森」と呼ばれる一帯も本来なら難関だとのこと。なんどもぐるぐると同じところをさまようことになるらしい。
だがここはシンハが通り方を知っているそうだ。
途中で出会った魔獣たちは、逃げていくなら追わないが、襲ってくるなら容赦なく狩った。
夜は結界を施したテントで眠る。
普通なら交互に見張りをするのが鉄則だろうが、シンハは異変があれば起きるし、僕もそれなりに危険が近づけば起きる。結界石もあるからまったく問題はない。
これまでの洞窟での暮らしで、そのあたりは魔獣なみに敏感になった。
なのでこれまで通り、シンハと一緒にテント内のベッドで眠る。
起きている時は、僕も索敵をする。
これは索敵魔法によるレーダー探査だ。常にスイッチオンにしておいても魔力消費は微々たるものになっていた。
周囲2キロ四方にどんな魔獣がいるか、索敵すると、危険度や魔獣の大きさ、魔力量などで色わけされて感じられる。
すべての生命体を検索していては、木々や羽虫まで含むので実用的ではないが、ある程度条件を加味すれば、うまく運用できる。
周囲5キロ四方まではいちおう索敵可能だが、使い勝手を考えると、2キロで十分。せいぜい延ばして3キロか。
とにかく魔力をかなり使いこなせるようになった僕には、息をするより簡単に索敵が使えるようになっていた。
出発して5日目。
「む。何か群れがいる。前方やや右の方向。魔力は一個体あたりは魔鶏くらいだけど、動きがはやい。木々を渡ってきてるかんじ。」
『エイプだな。』
「ああ。猿か。」
シンハの洞窟近くでは見かけない魔獣だ。
『狡賢い奴らだ。道具も使う。気をつけろよ。』
「判った。…狩るの?」
『邪魔なら狩るが、食料は足りてるしな。あまり美味くないんだ。奴らは。』
「あ、そう(苦笑)。判った。蹴散らす方向で。」
『ああ。』
良かった。サルを調理しろと言われてもね。さすがに霊長類は調理したくない。
そうこうしているうちに、エイプたちの姿が木々の間から見えてきた。
ザザッガサガサッと木々を渡る音も聞こえる。
「キキッキィ!」
僕たちを敵とみなして、威嚇してくる。
シンハが「ガウッ!」と威圧した。
やはりシンハは恐いらしい。
寄ってこない。
そのうち一匹がパチンコのようなスリングを発射しようとした。
僕は咄嗟に土魔法で小石を撃ちだす。
「バレット!」
「ギャ!」
手にあたったエイプはスリングを取り落とす。
「ギャーギャー!」
「キキッ」
怒り、木々を揺さぶる。
「うるさいなあ。静かにしろよな。」
僕はそう言って、威圧とともにピカッと雷光を発した。
「キキャッッ!!」
エイプたちは怯えたようだ。
そしてそれ以上、僕たちを襲わず、遠巻きにして僕たちが悠然と遠ざかっていくのをながめていた。
エイプたちのいたところから小川を渡ったところで、ふふんとシンハが笑った。
『あいつら、サキの魔法にびびっていたな。』
「みたいだね。」
『お前が実力者だと判ったのだろう。今後の旅が楽になる。』
「?どうして?」
『エイプたちの情報網はなかなかなのだ。お前が俺といるのは俺と同じ実力があるからだと、エイプたちは情報をばらまく。そうなれば、他の獣たちもお前を用心するようになる。』
「ふうん。でもそれって買いかぶりだよね。」
『いや、自覚していないのは、お前だけだ。』
「それはないよ。」
と僕は笑った。
『はあー。相変わらず自覚なしか。』
「ん?なんか言った?」
『いや、なんでもない。少し走るぞ。』
「うっし。」
10日が過ぎた。
旅もようやく三分の一ほどだ。
シンハが「トカゲ山」と呼ぶ山にさしかかった時だ。
「シンハ、なんで『トカゲ山』なの?」
『うん?それはな…!サキ。あれが食いたい。あれをとろう!』
シンハが上を見上げて言った。
「ワイバーンか。そうだね。ワイバーンならいくらあってもいいものね。やるか。」
『よし!』
ワイバーンが、ゆっくりと上空を旋回していた。
あっちはあっちで、獲物を探しているようだ。
少し行くと、狭いが原っぱに出た。
僕たちが原っぱに進むと、ワイバーンも僕たちを見つけたようで、急降下してきた。
どうやら僕かシンハを掴もうとしているようだ。
僕は奴を狙って
「バレット!」
と礫を強めに飛ばした。
「ギャ!」
目つぶしが効いたようだ。
翼にも穴が開いた。
とたんに浮力を失って、ワイバーンが落ちてくる。
今度はシンハがワイバーンめがけて走って行き、その喉をがぶり。
ギギェという悲鳴が聞こえて、あとは大人しくなった。
「やったね!」
と声をかけると
「ガウ!!」
と珍しく雄叫びをあげた。
勝利宣言だ。
トカゲ山の中腹。森がとぎれ、やや広い草原の台地の入り口で、僕たちはテントを張った。
「まったく。シンハ強すぎ。」
僕はとりたてのワイバーン肉のステーキを食べながら、シンハに言った。
あれからさらに3匹、ワイバーンを仕留めている。
『お前こそ。石つぶてだけで落としたぞ。』
「仕留めたのはほとんど君だ。」
『ふん。まあそういうことにしておいてやる。』
ふふっと僕は笑った。
「ねえ、もしかして『トカゲ山』の名前の由来って。」
『ああ。この山にはワイバーンやコモデリアドラゴが多いからな。あとはトカゲの背のように、岩肌がざらついて見えるからだな。』
「なるほどー。」
もう夕暮れ。
ここはトカゲ山の途中の台地になったところなので、右に目を転じれば、山のざらついた岩肌の崖が見えている。たしかに夕日を浴びた岩肌は、まるで火属性のワイバーンとか、爬虫類の肌のようだ。ちなみに今たき火の中でちょろついているサラマンダは、ヤモリみたいにつるんとした緋色の肌に見えるけどね。
森の夕暮れは普通は恐ろしいことかもしれないが、僕にとってはシンハがいるので全然恐いことはない。次第に暗くなっていく森を背に、夕焼けが引いてゆっくりと夜になっていく空をながめる。
此処なら真夜中にはまた満天の星を見ることができるだろう。
と、森のほうで、ギャーギャーという獣の声が聞こえた。
「ん?今の、魔イタチの声だよね。」
『そうだな。』
「シンハ。次は蛇肉、食べるかい?」
『そういえば、しばらく食っていなかったな。』
「いるみたいだよ。狩る?」
『そうだな。少し食後の運動でもするか。』
「了解。」
僕たちはまた森へ入り、今度は最初に洞窟近くで仕留めたのと同じくらい大きな蛇を、仕留めていた。
今回は、2話同時投稿しちゃいました!