80 龍牙のジャンビーヤ そして出発!
ついに80話!
さて、そんなこんなで、適当にシンハをいじったりしているうちに、アラクネさんたちに頼んだ鎧下着が完成した。
そして僕は、此処での鍛冶の集大成として、黒龍の牙で短剣を作った。
これは魔法で吹っ飛ばした下顎のほうのかろうじて残った短めの牙だ。
あんなすごい爆発だったのに、鑑定すると牙は無傷だった。亀裂の一つもない。ぱねえ。
それに、邪悪な波動もない。むしろしばらく僕の亜空間にいれておいたせいか、あるいは収納前に「浄化」したからなのか、うっすらと聖属性さえ感じられたほどだ。
「よし。キミはこれから生まれ変わって、正義の短剣になるんだぞ。」
と僕は牙に言い聞かせる。
鑑定さん曰く、魔獣の牙や骨を武器に加工する場合、2通りの方法がある。1つは素材のカタチをそのまま利用する方法。もう一つが粉末にして鋼に混ぜ込む方法だ。
今回は牙を見ているとそのままでいけそうな気がしたので、第一の方法をとることにする。他に必要な素材は鉄、ミスリル、アダマンタイト。
世界樹にいただいた初期装備の短剣は、シンプルな両刃のストレートなダガータイプ。本来なら主に刺突用だ。だが今回はもう少し長くかつ反りのある両刃のジャンビーヤタイプにすることにした。アラビアンダガーのちょっと長めのものだ。
牙の湾曲をそのまま活かしたかったし、剥ぎ取りの実践の時も大型魔獣では今あるストレートダガーではちょっと短すぎて不便だったので、これまでのより少し長いものがほしかったからでもある。脇指に近い。幅はあまりいらない。極端な曲がりも不要。
という訳で、またサラマンダと鍛冶場にお籠もりだ。
牙と鉄粉をたっぷり、さらに少しのミスリル粉を乗せて炉に入れ、魔力を慎重に与えていく。するとじわりと鉄とミスリル粉が溶け、不思議なことに牙に吸収されていく。それを叩いて延ばし整形していく。折り返しはしない。
十分に素材が混じったところへ手強い黒色のアダマンタイト粉を乗せ、また炉で融合させ、取りだして叩く。これを両面とも行い、整形。魔力を通して確かめて、魔力の通りの良くないところに鑑定も使って必要な材料を乗せ、また炉へ。
そういうことを数度繰り返すと、やがてサラマンダが
「クエー」
と啼いた。
もう十分だよと教えてくれたのだ。
刃文は付けずに慎重にじゅうっと水の中へ。
これで形が決まった。
あとは研ぎだけだ。
牙やアダマンタイトを使ったのに、見た目は普通の鋼に見える銀色の金属だ。
ほっとして外に出ると、シンハが待っていた。
『できたのか。』
「うん。これから研ぎだけど。」
『ふん。今回は早かったな。まる2日でできるとは。』
え、ちょっと待って。
「え、2日?」
『ああ。どうした?』
「あ、いや。なんでも。」
どうやら寝食を忘れて(いや、途中何度か食べたり飲んだり、エリクサーを飲んだりはしてたけど良く覚えていない)48時間ぶっ通しで鍛冶をしていたようだ。
はあーっとシンハがため息。
『どうせ時間を忘れて作っていたのだろう。はやく食って寝ろ。ばかものめ。』
「あははは。」
という訳でジャンビーヤの基本的な形が完成した。
牙に各種素材を加えて叩いたのに、長さにとられただけでなく、魔法で圧縮されたようで、厚みは普通の短剣くらいに薄い。
そして不思議なことに重さも適度。牙の時より素材を加えてかつ圧縮したのに、なぜか軽く感じるほどだ。重さもたぶん普通の小さめな脇指くらいだろう。(日本の脇指が何キログラムか知らないけど。)
長剣(例の魔剣)の半分以下の重さで、これは取り回しがよさそうだ。
反りは牙だった時と同じくらいで極端ではないから、いわゆる地球上のアラビアンなジャンビーヤよりは全体に形はシンプルだ。幅もないのでむしろ東南アジアのクリスという剣に近いか。
そして重さのバランスを取るため、一般のジャンビーヤに習って、柄頭は反りとは逆になるよう少しカーブしてある。
刃先から柄頭まで一体型だが、鍔は魔剣とおそろいとし、世界樹のデザインを彫金し、同時に腰に指しても違和感ない作りにする。
柄頭の飾りや、中に青いサファイアを入れたりするのも魔剣とおそろいだ。
柄はエルダートレントで作り、目貫金具も魔剣とおそろいの世界樹の葉っぱと青いサファイア露のデザインだ。
さらに柄全体に、ミスリル製で所々金メッキし世界樹の葉唐草を透かし彫りした板をかぶせ、攻撃力強化と破損防止の魔法陣を組み込んだサファイア粒も飾って華やかに。
刃の根元の鎺金具にも世界樹を彫金細工した。
鞘はエルダートレントで作り、鞘尻もミスリル製金銀透かし彫り金具で装飾…ってやばい。
にまにましながら思うがままに彫金してたら、かなり豪華に。
これ初級冒険者の持ち物ではないなあ。
うーん。仕方ない。
無骨でもシンプルな鞘カバーを、ワイバーン革でさらに作った。柄は装飾の上から黒龍の太めの黒革紐でぐるぐる巻きにすれば、目立たないだろう。ふう。
できたてのジャンビーヤで大量の獲物を狩り、使い方を研究する。
長剣の時のように、魔剣化しないように気をつけて打ったけれど、魔力は通しやすく、特に火魔法は出しやすかった。うん。そのほかの魔法は通さないようにしておこう。
大型魔獣は雷撃系魔法か長剣でとどめを刺し、小型魔獣は良質な毛皮を獲るため魔法矢で仕留めるのが常だが、時には俊足とジャンビーヤを使って近接戦闘を訓練した。
特に魔兎はシンハによると今年は大繁殖しそうだということなので、徹底的に狩っておいた。
予想どおり、脇指より少し小型のマイ・ジャンビーヤは、大型魔獣の実際の剥ぎ取りに重宝した。
少し長めの牛刀みたいなものなので、本当に便利だ。
細かいところはこれまで通り初期装備のストレートダガーで処理する。解体、本当に上手くなったなあ。職にあぶれたら肉屋でバイトでもいいかもしれない。
この2本の短剣があれば、龍だってサクサク捌けるし。
旅のために確保したのは魔物肉や素材だけではない。
果物や野菜も大量に確保。
小麦粉もたくさん持ったし、砂糖も魔蜂のハチミツも忘れずに入れてある。
食いしん坊のシンハと一緒でも、軽く2年は狩りなしで行けるくらい、さまざまなものを大量にストックした。
僕たちは長距離の旅支度をしっかり整えると、最後にアラクネ女王や湖の精、魔蜂の女王など世話になった妖精や魔獣たちに料理やお菓子をたくさんふるまって、にぎやかに行ってきますのパーティーをした。
みんなからは、お餞別でいろいろなものをもらった。
いつもお乳をもらっていた魔羊たちからは、すでにミルクを10頭分、絞らせてもらったし、大魔鶏からも卵をたくさんもらっている。
魔蜂女王からはもちろん魔蜂のハチミツを、なんと5年分!いただいてしまった。
湖の精からは、あの万能の露を凍らせて作った「枯れない花」。
これは観賞用だけでなく、いざという時は、花びらを1枚溶かして飲めば、万能薬になるというスグレもの。でもよほどのことがないと、溶かせないよね。
アラクネ女王からはアラクネ糸で唐草模様に織りあげた、真っ黒な飾り帯。しかも奥底できらきら光っている。金糸とミスリル糸も使っているようだ。技術的にも凄いな。
これは貴族の前に出るときに使って欲しいとのこと。人族の場合、正式な場所では平民でもカマーベルトのような飾り帯をするものらしい。
さすが女王。よくご存じで。
しかも、もし路銀が心許なくなったら、軍資金の足しにしてくれと言われた。アラクネ布は単色の薄いものでも高価だ。ましてこんな見事な織物なら、本当に国宝級だろう。
いや、ぜったい手放しませんから。
そして、妖精達からは、珍しい草花で作った花束と、種をいっぱいもらった。
花束には、僕が見たことがない花が混じっている。
種も同様で、しかもどれも薬になり、綺麗な花が咲くものばかり。
「みんなでいろいろ考えたんだけどさ、サキなら種とかも喜ぶかなって。」
とグリューネ。
僕は泣かないつもりだったが、ついに涙腺が決壊した。
「あ゛り゛がどう゛ーみんなー。」
だばー。
「絶対、絶対、帰ってくるからねー。ぐひゅ。」
「ば、ばか、泣くなよう。おとこだろう。ぐひゅ。」
グリューネもだばだば泣いている。
「もう、あんたたち、泣きすぎよう。ふえーん。」
とトゥーリに泣かれながら怒られた。
シンハは…というと、木陰で寝たふりをしながら呆れているようだ。
仕方ないだろ、お別れ会なんだから。
そして、いつかまた絶対に会おうと皆と挨拶し、ついに僕とシンハは出発した!
その日の夕方。みんなとお別れして、最初の野営。
しんみりするかと思ったが。
なんとサラマンダが、いつものようにちゃっかりたき火の中にいた。
「あれ、来ちゃったの?」
と訊ねると、
「クエー」
と啼いて、火の中を行ったり来たり。
どうやら、僕たちに勝手にくっついてくるみたい。
「ふふ。君は相変わらずマイペースだな。僕はうれしいけど。」
いつものようにサラマンダがいたことで、僕は肩の力が抜けた気がした。
それから数日後。
抜けるような青空。その青空より深い青の水面。
絵画より美しい森の湖のほとりで、湖水と同じ色の髪の女性が、ため息をついていた。
「どうしたの?ため息なんかついて。」
「あら。アラクネさん。ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
「おひとり?珍しいわね。」
「ええ。最近はお忍びで歩くのが楽しくて。」
「女王様なのに。いいの?」
「いいのよ。私を襲うようなおろかな奴はこのあたりにはいないわ。それより。ずっと遠くまでこだましそうなくらい、深いため息だったわよ。」
「だって…。貴女は寂しくない?あの子が…サキが行っちゃったのよ。さよならって。」
「ほんとねえ。私もすっごく寂しいわ。こんなふうに人族との別れが寂しいだなんて、私自身驚いているところよ。はぁー。」
「変わった人間だったわよね。サキって。」
「そうね。我々と平気で話しができるっていうだけでも不思議な子よね。」
「人間だから、人間のいる町へ行ってみるって。何が楽しいの?此処のほうがずっと綺麗だし、素敵な場所なのに。」
「そうよね。本当にそうだわ。」
「私、あの子のことすっごく気に入っていたの。魔力は多いし、世界樹のいい匂いはするし、なにより可愛いし。」
「私もよ。笑うともっと可愛くなるのよね。」
「そうなのよ!うふふ。はあー。此処で凛々しい殿方になるのを楽しみにしていたのに。」
「貴女も?私もよ。本当に残念よね。食べちゃいたくなるくらい、魅力的な子だったのに。」
「あら、本気で食べちゃだめよ。」
「もののたとえよ。おほほ。」
「こほん。よく私の湖で魚を捕っていたわ。水の中でも上手に泳ぐの。まるで人魚族みたいに。素敵だったわー。」
「私も森で狩りをしてるのを何度も見たわ。弓を引くとき、凛々しい目になるの。かっこよかったわぁ。染め物も教えてもらったのよ。手取り足取り。うふふ。」
「まあ、ずるい。見てみて、綺麗なブローチでしょ。サキからもらったの。私の好きな青い石入りよ。」
「私ももらったわ。私の目と同じ赤い石なのよ。自分で作ったなんて、器用よねえ。」
「私の魔法で作った滝と虹がお気に入りだったわ。」
「私たちが作った糸や布を、すっごく気に入ってくれて。たくさん褒めてくれたわ。」
「それからたくさんのお菓子!見たこともない料理!」
「そうそう、どれも本当においしくて!」
「ああ、あのポムロルパイ、作り方は教えてもらったけど。きっとサキみたいにはうまくできないわ。」
「最後にいっぱいお料理もお菓子も作ってくれたけど。もう食べられないなんて。本当に残念。」
「妖精達も、落ち込むくらい残念がってる。…あの子がいると、それだけで楽しかった。」
「…ほんとね。なんだかとてもかなしいわ。」
「「はー。」」
二人同時にため息。
「でも、また絶対に来るって言ってたわ。あの子。」
「私にもそう言ってくれたけど、『何年かかっても』とついていたわ。」
「確かに。」
「まあ、人間の住む町は此処からは遠いから、人の足で此処まで来るのはなかなか難しいわね。」
「でも森の王…シンハ様がいれば、もっと早く来れるわ。」
「シンハ様、どうするおつもりかしら。また昔みたいに、あの子にずーっとくっついて旅をするのかしら。それとも。」
「判らないわ。こっそり聞いたけど、教えてくださらなかった。」
「はー。サキがいないなんて。さびしすぎるわ。」
「本当ねえ。」
「「はー。」」
美しい妖精と魔物の、二人の女王は、深い憂いのため息をつくのだった。
ついに出発です!
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