08 サバイバル生活 3日目、4日目
異世界3日目。
僕はシンハに教えてもらいながら、森で生きていく方法を学ぶ。おおむね食料を確保することをやっていただけ、ともいえる。
試しにシンハに話しかける。
「シンハ。僕が食べられそうな草とか木の実とか、あったら教えてね。それから薬草とかも。あとはね、香りのいい草とかもだな。よろしくね。」
「バウ!」
絶対人間語を判っている。
そう確信している。
僕はシンハが教えてくれる草を「鑑定」し、確かに食べられることを確認してから採取した。あとで畑を作るつもりなので、10株ほどは根ごと採取。ほかは食べられる部位だけ選んで採取した。全滅させる訳にはいかないからね。
不思議な亜空間収納は、野菜など植物は根があろうとなかろうと、抵抗なく入る。たしかラノベで読んだ亜空間収納は、生き物は入らないはずだが。昨日、試しに川で捕まえた生きた魚を入れようとしたが、やはり磁石の反発みたいに入らなかったので、ラノベ理論のすごさに感嘆したというのに。
ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ダイコン、ゴボウ、トウモロコシ、トマト、カボチャ、ナス、キュウリ。ニンニクもあった。ものによっては、地球とは違う実り方をしていたりもするが。(たとえばゴボウが地中でなく茎の先にぶら下がっていたり、ニンジンやダイコンが逆さまに生えていたりしている…。)形も色も匂いも、地球産に負けないというか、いずれもしっかり実っていて、まるで八百屋さんで買うような見事なものばかりだ。
「すごいね。なんでもあるし、食用に育てたみたいに肥えている。魔力のせいかな?」
「バウ!」
なるほど。この森は強い魔獣もいるようだが、魔力が強いので生物も実りがいいのだろう。この世界では魔力が肥料がわりなのだ。
果物や木の実では、ポムロルという名のリンゴや、柿、オレンジ、ブドウ、クルミや栗、ヘーゼルナッツにアーモンド、オリーブもある。
香りのいいハーブ類ではレモングラスとミントがあった。それに変わり種ではバニラビーンズ。大切な胡椒もあった!たしか胡椒は南の暑い地域の産物だったはずなのに。いや、ここは異世界。地球とは違う。
ただしトウガラシはない。むむ。あってもおかしくないのだが。不思議だ。
それにしても、今は春だと思うのだが、秋に実るはずのものも収穫できることだ。
「この世界、季節感はどうなっているんだろう。」
まだまだ判らないことはいっぱいだ。
あと採取したのは見たことのない薬草類。
胃薬になるジョムカ草。痛み止めのペイネ草。一般的な傷薬になるロンギ草。このあたりではごくありふれた下草であるメルティア草は万能薬。上級傷薬の材料でもある。しかも煮込みに使うとよくアクをとり、焼肉では臭みを消してくれるという万能草だった!
薬草はいろいろな種類があるようなので、少しずつ採取しながら覚えよう。
鑑定さんよろしくね。
シンハは僕があまり戦えないのを知っているのか、危ない場所へは連れていかなかった。時折、プテラノドンのような飛龍がばっさばっさと飛んでくるが、シンハが下からウウッと唸ると、そのまま飛んでいってしまう。
名前はワイバーンという奴だと鑑定さんが教えてくれた。
鑑定さんは、使えば使うほど進化するようで、今では物体の名前と簡単な特徴は、どんなものでも僕が望めば教えてくれるようになった。
ただし、自分より上位の魔物の場合、魔法防御されていると鑑定はできないようだ。今のところ、そうされたのはワイバーンのうちの群れのボスらしい奴一頭だけだったが。どうやら、鑑定しようとしたのを察知されたみたいで、上空から僕たちを探そうとした。すぐにシンハが牽制して地上から威嚇したら、諦めてくれたけど。以後気を付けよう。
シンハは明らかに高位の存在だが、鑑定できた。きっと僕との親和性によるに違いない。というか、シンハのほうが心を開いてくれたからだろう。そう結論づけた。
それから、「索敵」くんも鑑定さんの親戚らしく、いい仕事をしてくれる。
半径約1キロメートル以内なら、僕にとって危険な生命体がレーダーのように判るようになった。これはかなり便利だ。
夕食をまた洞窟の外の竈で残った魔兎肉とか魚とか、採取した果物や野菜などをバーベキューして食べた。
そういえば、『鑑定』すると文字が浮かぶし読めるし理解できる。だが話し言葉は文字がよくわからない。ということで、僕は魔兎肉を食べたあとの串で地面に「サファイア」とか「魔兎」とか、鑑定で映し出した文字を見よう見まねで書いた。
読めるけれど書けない、という状態なので、元日本人としてはなんとしても年相応(見た目)の語学力はつけねばと思う。
書き出したものを今度は発音別に50音方式で書き始める。これが「ア」、これが「イ」というふうに。
「サファイア」はこちらの世界では「ディーレ」というのだが、「ディ」が一文字、伸ばす音にはアポストロフィみたいなものが二つついている。「レ」は「RE」とおなじように母音付き子音で表す。ほぼヨーロッパ言語に近い。
大文字小文字の区別はないようだが、文頭は大きい文字で書くようだ。
それから冠詞もある。「エ」とつくことが多いが、「レ」とか「ル」、「フェス」なんていう冠詞もある。ちなみに「魔兎」は「エラフォ」。「エ」が冠詞。複数は「エルラフォ」。ラフォの語尾が変わることはなく、冠詞だけで単数か複数を示すようだ。「ル」の音をわりとはっきり言うのが特徴。
そんなことを考えながら、黙々と地面に文字を書いていると、急にシンハがその文字の上にどっかり居座り、撫でろ、というように僕の膝に頭を乗せてきた。
「ああ、ごめんごめん。勉強してたんだよ。たまにはしないとね。退屈だった?」
ふん!と鼻からわざとらしく息を出すシンハ。
「ふふ。わかった。今日はもうやめる。そろそろ寝ようか。」
シンハをぐりぐりと両手でかき回し、もふもふを堪能してから、火の始末をした。
「さ、寝床いこ。」
日本にいた時ならまだまだ眠くない時間のはず。だが明日も早起きして食料探しだ。おやすみ、シンハ。
4日目も朝はやくから食料をいろいろと採取して歩いていたが、ふと気づくと洞窟からかなり離れたところまで来てしまっていた。
「シンハー。かなり遠くまで来ちゃったね。」
とさすがに疲れてしゃがみこみながら言うと、シンハが隣できらきらと光りだした。
「ん?」
そしてむくむくと大きくなる。
「えっ!」
ぎょっとした。
牛くらいになっただろうか。かなりの大きさだ。こんなシンハに噛みつかれたら、僕は一口で胴体が真っ二つになってしまう。
そんなシンハが僕の横に伏せをして、僕を見て、尻尾を振っているのだ。
「すごいシンハ!こんなに大きくなれたんだ。…え?もしかして…乗れってこと?」
「バウ。」
おお。腹に響くいい声だぜ。尻尾をわさわさ振っている。
「ほんとにいいの?」
「バウ。」
どうやらそうらしい。
「んじゃ遠慮なく…。よっこいしょっと。」
僕が背にしっかり乗ると、ゆらりとシンハが起き上がる。
おお、高い。
「ばう。」
つかまってろ、と言った気がした。
「ぎゃっ!」
すでにシンハは風のように走っていた。
僕は振り落とされないよう、あわててシンハの背に伏せる。
シンハはあまり揺れなかった。揺れないように走ってくれていたのだろう。
なめらかな走り。なめらかに動く肩甲骨の振動が、いかにシンハが優秀な走り手であるかを伝えている。
速い速い。風景が、どんどん流れていく。
「ばう!」
シンハが止まったのではっとして前をみると、もう洞窟の前だった。
「すごっ!シンハって速いんだねえ。ありがとう!」
僕はわしゃわしゃと白い毛を撫でた。
その晩、僕はとれたて野菜とまたシンハが獲ってきた魔兎でシチューを作った。
トマト味ベースで、ジャガイモ、ニンジン、タマネギを入れて塩を加えて煮込んだもの。それに万能草メルティアの刻んだものを、バジルかパセリのみじん切りのようにぱらぱらと。どれ、味見は…。
「うん。僕って結構料理の天才?」
などと誰も褒めてくれないので、自分で自分を褒めながら作った。
いや、本当に美味い。僕の腕がいいからというより、きっと素材がいいからだろう。
シンハも満足そうに食べてくれていたから、よしとした。
「それにしても、お前、あんなに大きいんじゃ、いくら食べても足りないんじゃないの?」
と問いかける。
「もっとも、これ以上食われたら、僕、困るよ。足らない分は自分で調達してね。」
とクギを刺す。まあ、魔兎はシンハが獲ってきてくれたわけだけど。野菜は全部、僕が採取したんだからね。
「きゅうん」
といつになく情けない声を出した。
「あはは。」
つい笑ってしまう。
「仕方ないなあ。あと一本だけだぞ。」
と言って、僕は魔兎の腿をもう一本焼いてあげた。