75 アカシックレコード 前編
ミスリルとアダマンタイトやサファイアで飾った杖は、かなり長く大きいのだが、使いこなすうちに、縮めることができることも判った。しかも縮めると、本来の杖より出力を下げることが容易にできる。そこで、手軽に使える長さにして使ううち、ようやくなんとか使いこなせるようになってきた。
そんなある晩。僕はいつものようにシンハの隣で横になりながら、いろいろと考え事をしていた。
今夜は何故か眠れない。
そんな晩には、無理に眠らず、いろいろなことを考えることにしている。
今夜は鑑定について考えていた。
鑑定。実に不思議な魔法だ。
僕の場合は呪文なしで、じーっと物を見つめただけでも発動する。
薬草採取とかに重宝なので、しょっちゅう使っていたせいか、最近では簡単な説明だけでなく、たとえば薬の作り方や、もっと深く知りたいと念じれば、その薬にまつわるエピソード、さらに最近は薬効成分の化学式までわかるようになってきた。
一番重宝なのは、たとえば砂糖の作り方やバルサミコの作り方など、作ったことがないものでも、完成品を知っていれば、念じただけで作り方が判ることだ。
この鑑定さんだが、いったいどこにある知識をひっぱってきているのだろうか。
そこでシンハがいつぞや言っていた、アカシックレコードの存在である。
僕が思うに、鑑定さんは、アカシックレコードという巨大サーバから知識をひっぱり出してきているに違いない。
そして、僕の鑑定レベルが上がるにつれ、開示される情報は高度になっていった。
ではアカシックレコードはどこにあるのだろう。
シンハは、地脈の話をすることもある。
地脈とは、生命の根源で、深い深い地中の奥底に流れている光エネルギーの流れらしい。
地中、と言ったが、それは物理的なこの世界の地中とはまた別の、平行している精神世界にあるもので、この世界の地中または空の彼方で繋がっているところらしい。
何億、何兆というおびただしい数の光の粒が、脈々と流れている川。
その光の粒は、ひとつひとつが命の素なのだ。
生命体の魂は、その光の粒が複数集まってできている。
だからほら、黒龍が死んだ時も、光の粒がたくさん天に上がっていったのだ。
天地の上下はなく、いずれ巡ってゆったりと、他の光の粒と同化して川となって流れている。
ではアカシックレコードはどこに?
地脈の傍なのだろうか。
それとも、まったく別の領域なのか。
そんなことをつらつらと考えているうちに、僕はいつしか眠っていたようだ。
夢を見た。
僕が真っ暗な中に立っていた。
下からほんのり明るい光を感じたので、見下ろすと、ずーっと下の方で、光の川がゆったりと流れているのが見えた。
まるで飛行機の上から車のたくさん通る道路でも見下ろしているような遠さで、その川は見えた。
じいっと見ていると、やがて不思議にも川との距離が近くなっていて、僕はもっと近くで、その光る川を見下ろしているのだった。
綺麗だな。
そう思いつつも、
此処は危険だ。
じっと見ていたら、目がつぶれるぞ。
いや、魂を持っていかれるぞ。
自分が光の粒となり、川の一部になってしまうぞ。
そんな警告が、心の中に沸き上がってくる。
それで、僕は無理やりに、川から顔をあげた。
すると、そこにはたくさんのスクリーンが展開していて、まるで映画のように、さまざまな場面が次々と映し出されていた。
音はない。
無声映画のように、でも、リアルなカラー映画が、いくつもいくつも、同時に展開している。
ある場面は戦いの場面だった。
必死に敵と戦う人間の兵士の姿。
装備からすると、どうやらこの世界での戦いのようだ。
斬られ、そして生首が飛んだ。
そんな凄惨な場面。
ある場面は、大海原だった。
そこをクジラのような大きな海獣が、ジャンプしていた。
ある場面では、誰の視点なのだろう。小鳥だろうか。
急いで森の上を飛行しているようだった。
ある場面では、果てしない草原が続き、やがて森が見えた。
とりわけ大きな樹が、森から飛び出して生えていた。
あれはきっと世界樹だろう。
その傍には、エルフだろう。耳の長い美しい人たちが、暮らしているのが見えた。
ある場面は文字ばかりが映っていた。
ああ、この世界の人間の文字だ、と思った。
かと思うと、他の場面では色ばかりが次々に。
魔法陣が次々に映っているのもあった。
とにかく、ありとあらゆる場面が、映し出されていた。
けれど、僕が昔居た地球でのできごとは、何故かひとつも映し出されてはいなかった。
いや、きっともっと長い時間見ていれば、出てきたのかもしれない。
けれど、僕が目にしたものは、きっとこの世界の中のできごとだろうと予測できるものだけだった。
これがアカシックレコードなのだな、と僕は唐突に理解した。
アカシックレコードは地脈の近くにある、と認識した。
僕の鑑定さんも、このサーバから知識をひっぱり出して答えてくれていたに違いない。
そろそろ帰りたいな。シンハのところに。
僕が目覚めなかったら、シンハが心配する。
そう思ったとたん、僕は目が覚めた。
ちょっと長いので2つに分けました。後編は1時間後にUPです。




