74 杖をつくろう 製作編
ようやく棲家近くまで戻ってきた。
シンハは棲家の洞窟にまっすぐ帰らず、僕を乗せたまま湧き水近くの岩場に立ち寄った。
そこはシンハのお気に入りの場所のひとつだった。
そして、僕を降ろすと、大岩の根元をざくざくと前足で器用に掘った。
『あったぞ。これだ。』
ユグディアルの枝は、まるで立ち枯れた白樺のように白っぽい枝で、かつミイラの足のようにやせ細って長かった。杖の頭になる部分はまるで関節のようにさえ思える形だった。
ただし、この枝は見た目と違い、細いほうが根元に近く、太く節くれだったほうが先端だ。たぶんこの先、枝分かれしていたのだろう。
一見みすぼらしい枯れ木に見えた。だがきっと磨けば木目も出て、美しい杖になるだろうと僕は思った。
「これがユグディアルの枝…。うん。重さも、見た目も、予想していたとおりの枝だ。こんな感じじゃないかと思ってた。」
僕はシンハから渡された枝を持ってみて頷いた。
長さは、立てると僕の鼻先くらいまである長い枝だ。これにミスリルで上部に飾りをつけたら、ちょうど背丈くらいまでになるだろう。
僕はまだ伸び盛りなので、もっと身長が伸びたら、丁度良く貫祿がついて見えるだろうけれど、今は杖のほうが目立ってしまうだろう。まあ、仕方がない。
「シンハ。本っ当にありがとう。僕、がんばってこの枝、杖に加工するよ!」
『ああ。俺も楽しみにしている。』
その日の午後から、僕は杖作りをはじめた。
まず杖を聖なる水で洗い、やすりも使って丁寧に磨く。
半日磨けば、つややかな白木の杖になった。
翌日は朝から鍛冶場に籠もった。
一度作業をはじめると、鍛冶場を離れる訳にもいかない。
シンハと自分用にたくさん肉を焼き、シチューも作った。
そして鍛冶に専念する。
ふいごを使い、魔法を使って火を起こし、そこへミスリル鉱石をぶち込む。
さらに魔法を使って高温にすると、ようやくミスリル鉱石は溶け始め、やがてミスリルだけが銀色に輝く粘性の液体状に残った。見た目は水銀に似ている。
それを丁寧に火床から取り出し、水に入れて固める。
細工する予定の分量より少し多めにいくつかのミスリル塊を得ると、それらを集めて再び火床へ。ひとかたまりにできたら、もう一度水に入れて塊を整える。
同様に黒いアダマンタイト鉱石も溶かす。たしかにミスリルよりもさらに溶けにくく、魔力をたっぷり与えてようやく溶けた。それを精製してひとかたまりにする。
今日はここまで。
翌日からいよいよ成形だ。
粘土で杖の握りこぶしのような頭の型を取り、かぶせるように、ミスリル塊を魔力をたっぷり注ぎ込んで成形していく。
さらにかぶせたミスリルを魔法で上にのばして、ハテナマークかアンモナイトのように、くるりと大きめに渦巻きを作る。中央は空間がある形に。それをベースにして、外側にはツンツンといくつか恐竜の背中のような突起を付けて装飾。
ミスリル塊でできた渦巻きは、魔力の流れを見ながら、細く長い線やアールヌーヴォー調の唐草を彫って装飾した。
渦巻きの中央の空間には、魔力を溜めるサファイアを嵌め込むことにした。
なぜサファイアかというと、僕自身がサファイアと相性が良かったからだ。
ダイヤモンドはざくざく持っているが、カッティングは難しく、それにうまくカットすればするほど光る。僕には光りすぎる石なのだ。
ではルビーはというと、赤は嫌いではないが、やはり始終手元に置くには落ち着かなかった。
エメラルドも考えた。ルビーよりはしっくりきそうな気がしていたが、石をじっと見ていると、自分の色ではないな、と思ってしまったのだった。
これらに対し、ある時川底から偶然拾ったサファイアは、結構大きめで、なによりとても美しい明るめの青い色を発する石だった。
とても純度が高く、混じり気がない。
「(魔石なのかな?)」
そうちらと思ったが、その考えは石の美しさに、すぐに飛び去ってしまった。
とにかく、僕はひとめでこの石が気に入った。
長いこと見つめていても、まったく飽きない。しかも内側からきらきら輝いているように見える。
やはり僕にはサファイアがしっくりくる石なのだろう。いつかはこの石を何か身近な道具に使おうと思っていた。
今回、杖に使うにあたり、熟考した上でロスの少ない多面体のオーバル形にカッティングし、ミスリル渦巻きの、中央の空間に嵌めることにした。
それから、杖全体の魔力伝導率がよくなるように、下端の石突きには固いアダマンタイトを仕込んで物理的強度を加え、さらにそれを透かし彫りにしたミスリルで包むことにした。
そしてその石突きからヘッドへと優雅に銀色の2本のミスリルの線が、曲線を描きながら枝の周囲を登っていく。
さらに細い3本目は黒のアダマンタイトを石突きから伸ばす感じで入れ、アクセントにした。ミスリルより細い線にしたのは、杖の白とミスリルの銀色を強調したかったからだ。
この3本の優雅な曲線が、僕の魔力を杖に効率よく行き渡らせ、かつ杖の威力をあげてくれるにちがいない。
誰かに教わったわけでもないのに、この枝とミスリル塊とアダマンタイト塊を見た時、自然にどう組み合わせれば一番魔力の流れがしっくりするかが判ったのである。
世界樹の枝とミスリルとアダマンタイトと僕が「対話」することで、この形が一番いいよと語りかけてくれた気がした。
ヘッドの仕上げに、カッティングしたサファイアを螺旋状の装飾的なミスリルでしっかり固定。さらにサファイアを保護するために、ミスリル線2本とアダマンタイト線1本を原子モデルのように空間に巡らした。
仮にメイス代わりに杖のヘッドで堅い魔物をぶったたいても、絶対にサファイアが外れたり壊れたりしないように工夫した。
さて、大切な僕のための杖は、結局3日3晩かけて僕自身の手によって製作された。
素材を整えるのに1日、素材を合わせ、基本的な杖の形にするのに1日、装飾と仕上げに1日である。
初めての杖作りだが、換えのない貴重な世界樹の枝がベースなので、失敗は許されない。どの工程も一発勝負の仕事となった。
それでも、細心の注意を払い、自分の「器用さ」とか「幸運」とかを総動員して、無事に杖を作り上げた。
いちばん最後に、僕はヘッドのミスリルに古代魔法語で小さく小さく、魔法で言葉を刻む。
「とつくにより来たりし我
此処に友と在り
何方に行きしか
知るはユグディアルのみか」
僕の決意と今の境遇と故郷への思いと将来のことと…そんなものをないまぜにした詩もどき。
杖を作っている時に、何か秘密で刻もうと思いついた。いろいろ考えたけれど、誰かが作った言葉は違う様な気がした。日本語でとも考えたけれど、なぜか浮かんだ言語は古代魔法語だった。もう魂はこちらの世界に根付いたということかもしれない。想いを込めて刻もう。この杖をくれた友、シンハに心から敬愛と感謝を込めて。
そして、非破壊の魔法陣も刻み、完成とした。
今後調整が必要な時は、非破壊の魔法陣を解いてから行なえばよい。
いよいよ杖に軽く魔力を流してみる。
すると、杖は光り、まるで渇ききった杖が喉をうるおしているかのような感覚を味わった。
渇いた杖が魔力を与えられて、喜んでいるような。
サファイアも、枝も、ミスリルも、アダマンタイトも、である。
その感覚を感じた時、ああ、これは僕の杖だ、と実感した。
それにしても、結構魔力を吸われた気がする…。
まあ、僕は大丈夫だけど、他の人には使わせないように気をつけよう。
「できたよ!シンハ!」
僕は杖を手に、汗と炭で汚れた顔をしたままで洞窟に駆け込み、シンハに杖を見せた。
『おう。できたか。』
シンハはむくっと起き上がって、尻尾を振りながら僕に寄ってきた。
『ほう。なるほど。ミスリルとアダマンタイトを巡らせたのだな。頭には青いサファイアか。お前の昼間の眼の色だな。なかなか凝った作りではないか。』
「でしょでしょ?がんばったんだから。」
僕はバトンのようにくるくるっと杖を回して空中に放り投げ、またくるりっと回転させて杖を自慢した。
『ふむ。杖からお前の気配がする。我には心地がよい。』
と不思議なことを言った。
「え、そなの?」
『ああ。』
「不思議だねえ。」
杖をためつすがめつ見ていると
『ふふ。良い杖だ。さあ、風呂にでも入ったらどうだ?お前らしくない。汗まみれ、炭まみれではないか。』
「あは。たしかに。すぐに湯を沸かすよ。一緒にはいるだろ?」
風呂の湯を沸かすのに、試しに杖を使ってみたら、ぐらぐらと熱湯になったのはご愛敬である。
杖は僕の魔法をさらに強力にしてくれるようだ。
いつもと同じく、シンハと一緒に適温にした湯に浸かる。
シンハ用に湯船の一部は浅く作ってある。
「んー。はやく杖を使っての魔法に慣れないとなあ。」
湯に浸かってくつろいでいるシンハの背中に湯を掛けてやりながら、気づくと声に出してつぶやいていた。
これまでは、なんの媒体もなく、自分の魔力を引き金に、周囲の魔力を取り込んで魔法を作っていた。
けれどこれからは、さらに効率よくなる杖があるのだ。
ちょっとの魔力で大きな魔法が作れる。
けれど加減が難しい。
強力になりすぎて、物を壊したり、周囲に影響を与えたりしないように、別の配慮が必要になることが判った。
(…ていうか、すでに杖なしでもいろいろ「やらかして」しまっているけどさ。)
杖を使いこなすのは難しいけれど、とても楽しく、やりがいのある訓練であるのは間違いなかった。
「あー明日から、また修行で忙しくなりそう。でも楽しい!」
と湯船で大きく背伸びをすると
『ふん。楽しいなら重畳。我もしごきがいがある。』
「えー。」
湯の中で揺れるシンハの尻尾が、楽しげで、ちょっと癪に障ったので、むにむにと尻尾を揉んでやった。
『気持ちいいぞ。もっと揉め。』
ちぇ。言ってろ。