73 杖をつくろう 準備編
ローブはさっそく作ろう。腕甲とかすね当てなんかも。ああ、ブーツもいいな。
でも牙を使って剣かあ。…あいつはたくさん人を殺め、それを食った。その牙だからなあ。浄化したけど、ちょっと覚悟はいりそうだなあ。
「どうしようかなあ…うーん。」
『?うんうん唸ってどうした?』
「いや、ローブとか防具はいいけど、牙を使った剣は…ちょっと覚悟がいるかなあと。」
『何故だ?』
「いや、浄化はしたけどさ。たくさんの人間をくらった牙だもの。肉もそうだけど、ちょっと覚悟がいるなって。」
『ああ、そういう意味での覚悟か。』
「うん。変かな。」
『いや。サキらしいな。まあ、肉は俺が全部平らげるからいいとして…大剣はすぐに持つ必要もなかろう。すでにお前には魔法剣もあるしな。
どうせお前のことだ。自分で剣も作りたいのだろう。まずは稽古に短剣でも作ってみたらどうだ?それが手になじむ頃には、いろいろと踏ん切りもついているだろう。』
「そうかな…うん。そうだね!まずは短剣、作ってみるよ!」
『肉は俺が全部食うからな。』
「え、いや、美味いなら、僕も食うよ。」
『ふん。無理しなくていいぞ。』
「食べるってば。…ところで、武具の素材で思い出したんだけど。」
「?」
『ミスリルの胴着、僕じゃなくて、アラクネさんたちに頼んでみようかなと。細い針金のような糸にするのは僕もできると思うけど、それを編んだり鎖をつないだりするのは、たぶん、彼女たちの方が僕よりずっと上手いと思うんだよね。」
『ふむ。なるほど。たしかにあいつらは器用だからな。できるのではないか?』
「うん!帰ったら、頼んでみるよ。あ、あとは龍の牙で杖作ろうかな。」
『ふむ。龍の杖か…。あまり聞かぬな。』
「え、そなの?」
『龍の素材は魔法との親和性はいいが、どちらかと言えば力わざでの戦い向きだろう。剣とか盾とか防具とかな。』
「ああ、なるほど。」
『杖ならやはりユグディアルの木が一番だ。特にお前は世界樹との縁も深い。ユグディアルの杖一択ではないか?』
「あーそっか。そういえばそうだね。」
『杖の補強材とか、要所にはミスリルやアダマンタイトを使うのがいいのではないか?魔石の性質を引き出す媒体にもなるとか、昔、賢者レスリーから聞いた。』
「そなの?賢者さんがいうなら。そうか。アダマンタイトもミスリルも、うまくやれば魔力への親和性がいいんだね。うん。考えてみる。
ところで、さっき言ってたユグディアルの木の枝なんて、手に入るの?」
『さすがに今はなかなか手に入らないが…。ないこともない。』
「え、心当たり、あるの?」
『俺が一本持っている。あれならお前に丁度いいだろう。』
「え!?」
『俺だって少しは宝物の蓄えはあるのだ。』
「ひゃー。さすがシンハ。ただものじゃないね。」
シンハが森のあちこちに自分の気に入ったものを、犬と同じように穴を掘って隠す習性があることを、一緒に暮らし始めて知っていたが、まさかユグディアルの枝まで持っているとは知らなかった。
『あれを加工するといい。』
「でも、それはシンハの宝物でしょ?もらう訳には。」
『いつもお前には美味いものを作ってもらっているからな。その礼だ。それに、その枝はいつか使うこともあるかと思ってとっておいたが、俺には使い道がないのだ。お前に使ってもらえるなら、俺もうれしい。』
「シンハ…。ありがとう!」
ぎゅっとハグすると、シンハは
『ふふ。苦しいぞ。』
と照れた。
尻尾はふっさふっさと揺れているから、相当うれしいようだ。
「あ!でもそれ、まさか賢者さんの杖じゃないよね。」
『違うぞ。まだ加工前のものだしレスリーからもらったものでもない。レスリーの杖はもうこの世にはない。あいつが亡くなる前に、滅んだ。杖の寿命だったんだ。』
「そうなんだ。…ごめん。やなこと思い出させたかも。」
『別に嫌なことではないから気にしなくていい。お前は時々気を回しすぎる。』
「そう、でもないと思うけど。」
帰り道、シンハはユグディアルの枝についていろいろと教えてくれた。
賢者のレスリーさんから聞いたそうだが、昔、魔王軍と人間が戦ったことがあったそうだ。
魔王軍は龍まで従えており、圧倒的に強く、ほとんどこの世界は魔族に牛耳られていたと言っても過言ではないほどだった。
しかし魔族は少数だったが、尊大で他の種族は皆自分たちより下等な生き物として扱っていたから、次第に不満がつのるようになった。
やがて、魔族に虐げられてきた人間たちは魔王軍に勝つために、エルフや妖精、ドワーフ、獣人族などとも協力し反乱を起こした。
ユグディアルの枝はその戦いに勝つため、エルフを通じて人間側にかなりの数提供されたらしい。
ユグディアルの枝は基本的に耐久性が強いのだが、その大戦で無理な魔法の使い方をしたために、ほぼ失われた。
その後はよほどのことがないとエルフはユグディアルの枝を他種族に提供しなかったので、現在ではどの程度残っているか不明らしい。
さて、魔王軍との戦いは人間の連合軍側が勝利し、魔王軍は全滅。残ったわずかな魔族ははるか北へと逃れていった。
そこは寒さも厳しく不毛の土地だという。そこで人間たちから隠れて細々と暮らしているという。
今ではまったく交流がないので、実態は判らない。
ただ、ドワーフやエルフの商人の一部が、ごく限られた魔族と交渉して商いをしているだけだという。
「そうか。魔族は北にいるんだね。」
『ああ。今もたぶん、ある程度の数はいるのだろうな。』
「あったことはないの?」
『ある。森でさまよっていたから、北の港町まで誘導してやった。獣人たちと旅をしていたな。そのうちのひとりが魔族だった。』
「ふうん。」
『角があるから山羊の獣人かとも思ったが、あきらかに魔力の質が違っていた。隠微魔法で隠していたがな。まあ、そいつの仲間はやつが魔族だということを知っているようだった。』
「知っていて一緒にいたなら、いい仲間だったんだね。」
『ああ。仲もよかったな。魔族だからと差別もしていなかった。知っていてわざと知らないふりをしているようだった。もし魔族が大陸北部以外にまだいるなら、その魔族のように、獣人に紛れて暮らしているのかもしれない。獣人は、他の部族にも寛大な奴が多いからな。』
「なるほど。昔はどうあれ、今生きている魔族が他の種族を差別しないのなら、どこで誰と暮らそうと、まったく構わないものね。」
『ああ。俺もそう思うが…。人間はやたらと差別をしたがるからな。他の種族だけでなく、人間同士でも差別しあうだろう。』
「そうだね。人間として、恥ずかしいよ。」
『ほう。お前もいちおう人間だという自覚はあったのだな。』
「え、そこ?つっこみ所、そこなの?」
『はっはっは。』
帰りは適当に走り、適当に歩いて戻ったから、少し時間はかかったが、いろいろと話せて楽しかった。
道すがら、魔族のことや世界樹のこと、世界のなりたちのことなど、シンハが見たり聞いたりした昔話をいろいろと聞くことができた。
話しをしながら、僕はシンハが提供してくれる枝でどんな杖を作ろうかと構想を練っていたが、魔族との戦いのことや世界樹の様子などを聞くうちに、何故か自分がつくりたい杖は、こういうものだと、しっかりと構想できるようになった。
まるで立体画像が心に浮かぶように、杖の形が最初はおぼろげに、そしてやがては細部までクリアに見えてきた。
「不思議だな。シンハからいろいろな話しを聞いていたら、こういう杖を作りたいって、形がすごくはっきり見えてきたよ。」
『ああ、どうやらそういうものらしいぞ。本物の魔法使いが、自分だけの杖を得ようとすると、その杖が思い浮かぶらしい。』
「そうなんだ。へえ。じゃあ、さっそく帰ったら作るよ。」
『ああ。俺も完成が楽しみだ。』
「うん。いっとう最初にシンハに見てもらうからね!…といっても、他には見てくれるひと、いないけどさ。あはは。」
『ふふん。』
ちなみに黒龍の肉だが、シンハにせがまれて帰路の途中でステーキにした。恐る恐る食してみると…僕の複雑な思いなど一瞬で吹っ飛ぶほど超美味だった!!
黒龍は火龍だったので、食べると体がほかほかする。
あとはもうシンハと競い合うように食べた。
こればっかりはシンハにばかり食べさせる訳にはいかない!
この世は弱肉強食。苦労して倒したんだもの、きちんと食さないとバチがあたるよね。