72 龍の素材
サキ、サキ…起きて。サキ。
ん…だれ?
女のひとの声。
聞いたこと、あるなあ…
もしかして。
目をあけると、心配そうにうるうるの目をした湖の精の顔。
「おは…よう?」
「もう!サキのばかっ!どうして私を呼ばないのっ!」
「へ?」
「氷を操ったのでしょ。氷は水の変容したもの。私を呼べば、こんなに消耗しなくとも済んだのに。かわいそうに。」
きゅっと抱きしめられ、胸に、顔がうずまって、うずまって…
「!?むぎゅ。」
ギブギブ!窒息しますう!このまま昇天しますう!
『おい。いい加減、解放してやれ。サキが死ぬぞ。』
「あ、あら。抱き心地がいいからつい…。男の子なのにいい匂いもするし。」
ぜえはあ。
僕は本能的に身の危険を感じて思わず後ずさりする。
シンハがさりげなく僕と湖の精との間に入ってくれた。
「シ、シンハも…。おは、よう。」
『ああ。いろんな意味で昨日から災難だな。お前。』
「えっと…あは、は…」
「とにかく、心配したんだから。昨日急にものすごい水系の大魔法の波動を感じて、あわてて来たのよ。そうしたら、森には火事の痕跡はあるし、すごい量の龍の血の跡でしょ。そしてなにより、サキが大魔法を放った痕跡がっ!ここで野宿してるあなたたちを見つけるまで、生きた心地がしなかったわ。」
「心配かけてごめん。でももう大丈夫だから。」
『そうだぞ、湖の。こやつは存外たくましい。大丈夫だ。あまりサキの耳元できゃんきゃんわめくでない。年端もいかぬ小娘でもあるまいし。』
「あら、森の王様、なにかおっしゃいました?私は小娘の年齢ではないと?」
『こほん。いや、べつに。』
一瞬、湖の精から黒龍なみの、ものごっつい殺気が放たれた気が…。
いや、きっと気のせい、気のせい。シンハも年齢のことはニアミスであってアウトではない言い回しだったし。
「サキぃ?」
「は、はい!」
「なにか今、不穏なことを考えませんでしたぁ?」
「い、いいえ!べつに!」
「こほん。よろしい。とにかく。サキが無事で良かった。妖精たちが心配しているから、私は先に帰るけど、しっかり回復してから戻るのよ。シンハ様、サキをよろしくね。」
『ああ。』
「元気になったら、湖に来てね。」
「はい。いきますー。心配してくれて、ありがとう。」
というと、とたんに機嫌がなおって、CHUっと僕の頬にキスをしてから、ふわわっと霧のようになって空へ。湖の精…水の女王は自分のテリトリーの「妖精の湖」に帰って行った。
「ふう。驚いた。目が覚めたら、湖の精がいるんだもん。」
僕は突然のホッペチューにドギマギしつつもそう言ってごまかした。
『まあそれだけお前のことを案じてくれたということだ。察してやれ。』
「うん。ありがたいよね。(ちょっと怖かったけど。)」
こんどなにかまた新作お菓子かアクセサリでもプレゼントしよう。
もうすっかり昼だった。
『ところでサキ、本当に体調は大丈夫か?あれほどの魔力の枯渇はお前にしてははじめてのことだろう。』
「そうだね。剣を作った時とかマンティコア戦の時に少し近い状態にはなったけど、ここまでじゃなかった。」
強敵の黒龍を倒したせいだろう。ステイタスを見ずとも、HPやMP値、その他もろもろ値が跳ね上がっただろうことが実感できる。
どれくらい上がったか…ちょっと恐くて見たくない…。
竹の水筒を取り出し、ごくごくと水を飲む。
「ふう。僕は今日はトマトだけでいい。シンハはしっかり食べて。」
そう言って、唐揚げと、ベーコンとトマトとレタスのサンドイッチを出した。水と桃ジュースも。
そして自分用にはトマトと、桃ジュース。
『お前は肉を食べないのか?』
「うん。今はいいや。あとで。それ食べたら、また乗っけてね。」
『ああ。』
「この分だと、もう一泊野宿だね。ごめん。」
『いや。別に俺は構わない。』
それから僕たちはほとんど会話せず、食事をした。
シンハが食事を終えてから、僕はようやく気になっていることを聞くことにした。
「ね、黒龍のことだけど…いちおうまるっと収納してきたけどさ、こいつの肉も、食べられるの?」
『当たり前だ!何を言っている!龍だぞ、龍の肉!!極上だぞ!焼いて食べたら絶品だ!生でも美味い!口の中でとろけるんだ。』
「へえ…。ワイバーンより?」
『当然だ。なんといっても龍だぞ!龍!』
シンハがこんなに興奮して尻尾をふっさふっささせて力説するなんて。よほど美味いのだろう。
「そっかぁ。龍って全部素材になる?」
『もちろんだ。牙も鱗も革も、全部極上の武器や防具になる。骨もだ。内臓は珍味だ。血も薬の材料になるしな。だがやはり肉だ!肉が美味い!ああ、目玉も食べられるぞ。片目になったがな。だがやはり一番価値があるのは肉だなっ!』
シンハは無意識だろうが、肉肉と強調してくる。それほど美味いのだろう。まあ、肉はわかったから。
「んん、…龍の鱗って、万能なんでしょ?落雷くらわしたけど、ほぼ無傷だったし。」
『そうだな。防御力は高い。それからドワーフなら鱗から武器も作るだろう。』
「武器?鱗から?」
『ああ。』
「防具とかじゃなく?」
『防具だけではない。剣もだ。』
「剣も!?」
『そうだ。普通、剣は牙でつくるものと思われがちだが、龍の場合は鱗だけでも極上の剣になるそうだ。龍の牙に鱗を混ぜて使えば、もう武器としては最高だろう。』
「すごいね。」
『魔法を使って鍛えるらしい。』
「へえ。頑丈そうだね。」
『ああ。それに、他の魔物の牙に龍の鱗を混ぜても防御力が増していい剣になると聞いた。
龍の鱗は加工さえできれば応用範囲が広い。龍の鱗などめったに獲れないから、特に珍重される。
お前のローブもなかなかのものだが、鱗を使うとさらに防御は増すだろう。特に黒龍のものならなおさらだ。あいつの鱗は俺の知っている他の龍どもより分厚いし大きい。含有している魔力量も桁違いだろうからな。』
「そうか。…帰ったら、やってみる。ローブだけじゃなく、防具とかも。」
『そうだな。せっかくお前はドラゴンスレイヤーになったんだ。龍の素材で全身固めてもいいかもしれんな。』
「ふええ。ド、ドラゴンスレイヤーかあ。くふふ。」
急に厨二病患者になる僕。
『ふっふっ。さすがにうれしそうだな。あいつの牙と鱗で剣を作り、鱗と革で衣装はどうだ?』
「なるほど。ああ、いいかも。あーでもなあ…うーん。」
僕は唸った。