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白金(しろがね)の魔術師 もふもふ神獣との異世界旅  作者: そぼろごはん
第一章 はじまりの森編
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71 戦いを終えて

『サキ!サキ!』

シンハの切羽詰まった声で目をあける。

『大丈夫か!?』

「う…ん。だいじょぶ…いきて…る。」

はあはあ、と二人とも荒い息をしつつ、お互いの無事を確認する。

よかった。なんとか僕たちは生きている。生き残った。

僕は覆い被さって顔をやたらと舐めてくるシンハを抱きしめる。

ああ、そうだった。シンハが舐めると、ヒールになるんだったっけ。


衣服はさすがにぼろぼろだしずぶぬれだが、きっと亜空間につっこんで再生を願えば、元どおりになるだろう。

シンハの毛皮も、多少毛が焦げただけでなんとか済んだようだ。

はげちょろけたシンハなんて、絶対嫌だから。

僕は大地に寝転がったままで、少しだけシンハに魔力を注ぎ、ヒールする。

よかった。すぐにふさふさに。

『…。なぜ俺にヒールをかけてる?先にヒールすべきはお前だろうが。』

「はは。はげたシンハなんか見たくない。」

『ばか。はやくポーションを飲め。』

エリクサーを出して、身をのろのろと起こす。

そういえば、ギガ・フローズンやらアイシクル・スクリューソードやらかけたけど、どれだけMPを使ったのだろう。

エリクサーを飲む前に、ステイタス画面のMP値をようやく見た。

「え?」

MPはなんと3。HPは18。

だがそれも急速に回復を始めている。

まだエリクサーは飲んでいないから、いわゆる経験値というやつのせいだろう。

黒龍というとんでもない格上を倒した経験値のせいで、さっきからぶわっと力が全身を駆け巡っている。血が沸騰しそうだ。へとへとなのに、気力がみなぎり、魔力が体内であばれそうだ…。

もしかして一度MPゼロまでいったのか?

マイナスだった?いや、さすがにそれは無いか…。

それからNEW!となって「限界超突破」というスキルが生えていた。超がつくんだ…。

気を取り直してなんとかエリクサーを飲む。

シンハにも飲ませた。


エリクサーは、蘇生さえ可能な奇跡の薬。それほどの回復量を誇る。

なのに全回復できない。

それだけ僕の魔力量はすさまじく、その消費量もすごかったということだ。

さらにもう1本飲み、ようやくひとごこちがついた。

やっと肺の出血が止まったみたいだ。


肩先にあらわれたいつもサイズのサラマンダに、

「サラマンダ、ありがとう。」

と声をかけ、いつもより小さめの魔力団子をなんとか作り出して差し出す。

「ごめんよ。小さくて。またあとでたっぷりあげるね。」

と、付け加えた。

すると、今もらってもいいの?というようにキュウンと鳴き、ちょっと躊躇してからぱくりと食べた。それから僕をいたわるように頬ずりし、頬をぺろっとなめてから消えた。


戦いが終わったんだ、とようやく自覚した。

しばらくは、龍が起き上がらないか確認のため僕たちは動かなかったし、僕は特に焼け焦げて泥だらけの大地にへたりこんで動けもしなかったが、空中からなんとか魔素をかきあつめて念のため奴を鑑定をしてみると「黒龍の死骸」と出たので、ようやくほっとした。


『魔力の鼓動も消えた。黒龍は死んだのだな。』

「うん。そうだね。…戻れ。氷剣。」

口に刺さった氷剣を亜空間に戻しながら、僕が言った。


『奴はこのあたりでは一番の…いや、おそらくこの大陸中で一番やっかいな龍だった。凶暴でな。同じ龍たちにも畏れられていた。』

「…ぼっちだったんだ。」

『そうでもないぞ。しっぽを振る子分たちは見たことがある。だが…もうそれもないだろう。』

「…」

『哀れだなどと思う必要はない。こやつはこれまで、多くの獣、魔獣、さらには人間をも食らった。こやつを仕留めようと、多くの人間が犠牲になった。最低でも数万人、いや、数十万人はこいつに殺されているだろう。』

「え、そんなに!?」

地球上と違い、この世界の人口密度を想像すると、数十万という人数はとんでもないものだとわかる。

『ああ。国も一つ、滅ぼしているといっただろう。』

「あ、ああ。そか。」

『それだけお前はすごいやつを倒してしまったんだ。自覚しろよ。』

「う…。いや、シンハのおかげだよ。最後の『風』は凄かった。とんでもなかった。さすが王様だ。」

シンハを撫でる。エリクサーのおかげで、もう普段と同じもふもふのつやつやの毛だ。

『ほう。戦闘中によくわかったな。無我夢中で気づかなかったかと思ったが。』

「はは。」

混ぜっ返す気力もなくて、苦笑するしかない。


それでも僕は、今すべきことを考えていた。

僕は真剣に言った。

「こいつがどんな奴だったとしても…とにかく僕は、今は祈ろう。黒龍の魂が成仏できるように。悪い呪いなど残さないように。」

こいつが怨念を残してアンデッドになったりしたら、それこそ大変だ。


僕は立ち上がり、泥だらけの自分にクリーンをかけた。

少しだけ黒龍に歩み寄る。

シンハが心配そうに僕の傍から離れずついてくる。

黒龍は、聖雨でほとんど薄れたとはいえ、まだ少し、黒いもやをまつわりつかせた光の粒をたちのぼらせていた。

その黒龍の亡骸に、僕は静かに手を合わせ、彼のために祈る。

「イ・ハロヌ・セクエトー。穢れたる魂よ。汝、今は安らかに、地脈に帰れ。地脈の中で、清められよ。魂が許されるまで。」

それから右手を黒龍にむけ、つぶやく。

「浄化。」

再び周囲から魔素をかき集めて、僕は浄化を願った。

すると黒い靄はすっかり消え、きらきらと上へと昇っていた光の粒が、さらに輝きを増し、加速し、大量に天空へと昇っていった。


最後の光の粒が天に昇るのを見届け、ふうっと大きく息を吐く。


『これでこいつの魂も無事に『地脈』つまり『命の河』に戻れるだろう。お前に祈ってもらえて、奴は最期に幸運だったな。』

とシンハがつぶやく。

「…だといいけど。」

もう、鱗から怨念も無念も聞こえない。ただきらきらと黒光りしてそこに在るだけ。

生物の亡骸だというのに、僕はすでに素材として見ている。なんという冒涜だろう。そう思うのは、異世界では異常だろうか。


『帰るか。』

「うん。」

僕はさらに歩いて黒龍のすぐ傍まで行き…、もう脈打たない首にふれた。

実際に遺骸に触れるのが、礼儀だと信じて。


「(収納。)」

声も出さずに魔法を使う。

とたんに大きな図体が忽然と消えた。

亜空間への収納が終わったのだ。

『そんなでかいものを収納して、体はなんともないか?』

「ん?収納に使う魔力は大きいものでも1ポイントだよ。亜空間もなんともない。戦闘でものっすごく疲れたけど。」

『しかし…サキ。お前の亜空間はどれだけなんだ?』

「さあ。今のところ、収納だけなら底無しみたいだね。さすがに今は『解体』魔法はできそうにないけど。」

解体はかなり魔力を使う。ましてこんな大物ならなおさら。

『だろうな。いくぞ。乗れ。』

「うん。ありがとう。」

ふらふらしながら、よっこいしょとふたたびシンハに乗り、ゆっくりと草原をあとにした。


森の火事はたいしたことはなく、雨で無事に鎮火した。

まるで黒龍のブレスのような真っ赤な夕焼けの中、東の空には二つの月が顔を出す。


静かな森を、シンハは僕を乗せて歩いていく。

僕はなぜか『月の沙漠』を思い出す…。


ようやく野宿に適した場所にくると、もう限界だった。

僕は倒れ込むようにしてシンハから降りた。

「ごめん。眠い。これ、食べて。」

そう言って、あぶっておいたワイバーン肉のステーキ数枚とハチミツをかけたポムロル、水を取り出すと、結界石を放り出すように配置したのち、大きめの布を敷き、ばったりとその場に倒れて眠りはじめた。テントも無しだ。


『…。はじめてだな。枯渇するまで魔力を使ったのは。まったく。底無しな奴だ。』

出された肉やポムロルをむしゃむしゃ食べ、水も飲むと、シンハはサキが風邪をひかないように、自分の体をサキに寄せ、尻尾を毛布がわりにかけてやる。

すうすうとおだやかなサキの寝息が、シンハを安堵させる。


シンハは先ほどの戦いを思い出していた。

黒龍との死闘でみせたサキの様子を。

たしかにまだ未熟な戦い方だったかもしれない。だが、圧倒的な魔力で押し切った。決断力もたいしたものだ。

行き当たりばったりだったのだろうけれど、こやつは人間たちがだれもなしえなかったことをやってのけたのだ。

もはや疑いようもなくサキは大魔術師なのだ。


でも。とシンハは思う。

やはりこやつの本質は、ヒーラー。治癒術師なのだろう、と思う。

聖人という言い方は好きではないが、世界樹が遣わした、この世界を浄化する者、という感じがする。


あのとき、どこからともなく聞こえた声は、サキ自身の声だったのだろうか…。

今、無心で眠る少年に、シンハは神性を感じている。

さきほど、禍々しい黒龍の遺骸にさえ謙虚に手を合わせ、祈る姿はまさに聖人か天使のようだった。周囲の魔素を自在に集めつつ、「浄化」と静かに唱えた姿は、何者も寄せつけぬほど神々しかった。

思わず足を折り、頭を垂れて、恭順したくなった。


『黒龍は、どうしようもない悪党だったが、最期にお前に倒してもらって、本当に幸せだったと思うぞ。』

そうもう一度心の中でつぶやいてみる。

さもなければ、あやつは間違いなくアンデッドになっていただろうから。

それほど人々の、さらには他の生き物たちの、恨みをかっていたからな。

『俺はお前に仕えることができて、光栄だ。』

そう念話でささやいて、こっそりとサキの顔をぺろぺろ舐める。

いい匂いがする。若葉の幻影を感じる。ザザッと風に巻き上げられる葉…。

世界樹の。サキの。爽やかで甘やかな。愛おしい匂いだ。

サキの首元に鼻を寄せて、すんすんとその香りを堪能する。

こんなことができるのも、シンハの特権だ。起きている時も含め、もう何度もしていることだ。


「うーん、シンハー、もふもふー。」

ねぼけてサキがしがみつく。

『ばーか。』

ふふんと笑う。

俺の前では隙だらけのサキ。

『知っていたか?お前のファーストキスとやらは、とっくに俺が奪ってるんだぞ。』

お前はちっとも気づいていないようだがな。わざと言ってみようか。どんな反応をみせるか、楽しみだ。と、シンハはひとり悦に入って、尻尾をふっさふっさと振っていた。


次は明後日UPです。

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