07 サバイバル生活 異世界2日目 2
午後の2時くらいに、川で行水と洗濯。
素っ裸になるのはちょっと安全上よろしくないので、下着のまま川に入って水浴び。
「シンハ、魔獣とか、泳ぐ魔物とか来ないか、ちゃんと見張っていてよね。」
そう言いながら、僕も一応周囲を警戒はしている。
そのあと着替えてから下着を洗った。
石けんがないのが残念。
水洗いしてからクリーン魔法。便利。
この世界の服は、毛と麻と綿、そしてよくわからないが絹のような合成糸のような不思議な光沢ある糸で織ったものでできているようだ。亜空間収納に白生地の反物が4種類1反ずつ入っていて、毛と麻と綿、そして不思議糸製の4種だった。不思議糸製の反物は「アラクネ糸製の布」となっている。亜空間収納に入っていた下着は麻のようだが上等のようで、ちくちくしない。トランクスタイプでゴムはなく、紐で縛るタイプ。下着が麻ということは、綿はあるけれど希少なのかもしれない。絹製のハンカチが1枚あったので、絹も存在しているようだ。これもきっと貴重な素材なのだろう。
魔術師風の長い上着はローブといわれるものだろうか。フードがついたゆったりめのマントのようなコート。例の魔法使いの子供達が箒に乗って飛んだりする映画の、彼らが着ているローブに似ている。裏地があって厚めだが見た目よりずっと軽く、一見毛織のようだが実は例の少し光沢ある不思議なアラクネ糸で織ってある。地味だが高そうな生地だ。
中に着ていた白ブラウスも軽くて不思議なアラクネ糸製。いわゆる昔のヨーロッパの王子様か三銃士が着そうなたっぷり袖とタック入りの白ブラウスだ。着替えにもっとシンプルな麻のブラウスが入っていたので今はそれを着て、ローブを羽織る。
ズボンは麻製と毛織と、不思議糸製の3種。今は麻製のちょっと短めのズボンに着替えた。
靴は2種類。革で補強された布ズックのようなものと、獣の革製のブーツだ。今はズックにしている。
靴下はないので素足に履いているが、マメができそう。生成りの麻布が亜空間収納に入っていたので、簡易な靴下でも作ろう。針も糸もないので、針は竹で作るか。糸は布をほぐせばいい。
たくさんやることがあるな。
さっきの湧き水のところまで、薪を拾いながら戻ってくる。
湧き水を飲み、亜空間収納に水を入れてみる。そのまま水を入れたのだが、ちゃんとフォルダのように区画になって、「美味しい湧き水」という区画に入った。もちろん、亜空間収納に入っている他の物をぬらしたりはしない。
かなり入れてみたが、全然満水になる気配はなかった。出す時は水のボールみたいな形でも出せるし、指先から出るようにイメージすれば、ジャージャーとも出るし、水鉄砲のようにピューッというようにも出せた。
「あ、もしかして。」
少しお湯をイメージして出してみる。成功した。
今度は強めにお湯で。
これも成功。
「まるで水圧で油汚れをお掃除する○ルヒャーみたいにもできるな。」
とこの世界ではだれも知らない文明の利器をつぶやいてみた。
洞窟まで戻ると、洞窟前の広場に、採ってきた竹を2本地面に突き刺し、蔓を張って洗濯物を干した。
竹を地面に刺した時は、魔力を込め力を込めて、むむむ、と刺してみたら、思いのほか深く刺さった。どうやら魔力で怪力も得られるみたい。
まだ日は高いから、3時頃だろうか。
魚は鳥にとられるのが嫌なので、日中竹細工をしながら見張りをしつつ外に干し、夕方、洞窟の中の高いところに干した。
だが、どうやらくいしんぼのシンハはそれが気になるようで落ち着かない。
仕方なく、少し与えて、あとは亜空間に収納した。
夜ごはんのためのたき火は、今日は洞窟前の広場にしつらえた。
この広場は、森より一段高くなっていて、全体が丈の短い草で覆われている。青い花が咲く草だ。
端のほうは土と岩がむき出しになっている。
広場の草は「メルティア」という名で、鑑定さんによると基本的な薬草らしい。
竈は草の少ない端っこというか、洞窟から出て正面よりちょっと脇の、土と岩のところに作った。
夕飯は魔兎入り煮込みの残りと、魚を焼くことに。
広場の「外竈」ができあがると、亜空間収納から朝に作った魔兎の煮込みを取り出してみる。するとまだあつあつだった。
どうやら僕の亜空間収納は優秀で、中では保存状態が完全らしい。
シンハにも同じメニュー。
まだ明るいうちに夕食を終えると、僕は寝床の改良に取り組んだ。
いくらなんでも固くて冷たい石の上にごろ寝を続けるのは嫌だからね。
材料はメルティアと竹の葉っぱ。それに亜空間収納に入っていた毛布。
メルティアは薬草でもあるが、けっこうあちこちで見るので、この辺では雑草扱いらしい。しかも食用でもある。
そういえば、むかし綺麗な風景の番組があって、僕は病室でよくその番組を眺めていた。
イギリスのなんとかいうところに、辺り一面青い花が咲いている森があるのだと紹介されていた。ブルーベルとかいう花だったか。森の木々の下一面に咲いていたっけ。
地球ではそんな風景を直に見ることは叶わなかったけれど、此処で見られるとは思わなかった。
いや、あのブルーベルよりずっと背が低い。せいぜい臑の半分くらいまでなので、僕だけでなくシンハが歩くのも全然気にならないくらいの草丈だ。
それにしても、いい匂いだな。
そんなことをつらつら思いながら、僕は広場をきれいにする目的もあって、結構な量のメルティアを刈り取った。
大岩の寝床には、竹の葉とともにメルティアもいっぱい敷き詰めて、その上に毛布を敷き、ベッドにした。淡い幽かなミントに似たメルティア草と竹の香りが気持ちいい。においに敏感なはずのシンハもメルティアと竹なら大丈夫なようで、さっそく毛布の上に上がり座り込むと、ふつうに毛繕いをしていた。
「におい、嫌じゃない?大丈夫?」
声を掛けてみたが、くわらっと大あくびをして、むしろ毛布に鼻を突っ込んでいる。嫌じゃないなら良かった。もしかしたら、メルティアも竹も、シンハにとってはテリトリーの証拠というか、故郷のにおい、みたいなもの?
夜は少し冷えるようなので、洞窟の中にも囲炉裏を作った。
もちろん、シンハに許可をとって。
というか、火を洞窟の中に持ち込んでも、落ち着いたものだった。
この囲炉裏は洞窟の中央。
かなり強く火を焚いても、たぶん大丈夫。
上へと煙は抜けていく。一酸化炭素などは少しそよ風を魔法で起こすと洞窟入口から出ていくし。
そう。僕は火、風、水、土、光の魔法は簡単なものならすぐに使うことができた。亜空間収納は無属性か空間魔法とでもいうのだろうか。それも使えている。それにしても、この世界の人たちはみんなこの程度の魔法は簡単に使えるのかな。魔力量は、大丈夫みたいで、枯渇感はない。魔力酔いなんてのも感じない。いずれもラノベ知識だが。
今、季節は春らしい。
冬がどんななのか判らないから、いろいろと準備しないといけないなと思う。
というか、僕は此処でいつまで暮らすつもりなんだろう。
いずれ小屋でも立てて、森の中で暮らすのもいいけれど、でも人にも会いたい。
この世界に来て、僕はまだ人間に会っていない。
それから、僕はシンハを「鑑定」してみて驚いた。
シンハ
種族 フェンリル。
フェンリルとは神獣の一種。霊獣とも言われる。精霊と魔獣の上位的存在。
年齢不詳
レベル:測定不能
使用可能魔法:風、光
はじまりの森の白き王
と出た。
フェンリル!?
聞いたことあるぞ。神獣、だと!?
どうやらシンハは、この森(「はじまりの森」というのをはじめて知った。)の王者らしい。
ついでに僕自身も鑑定してみた。
??
人族
異世界から転生
レベル:5
魔力:2万
体力:5000
知力:80
使用可能魔法:各属性魔法レベル1(水、火、土、雷、氷、緑、風、光、闇、空間、空間以外の無属性)…。
さっぱりわからない。
たぶん、魔力はとんでもなく多いようだが。
雷や氷は予想がつくが、緑魔法はまだよくわからない。たぶん植物を早く成長させるとかなのだろうが。闇もまだよくわからない。
「まあ、いっか。」
と僕はあえて自分のステイタスを考えないことにした。
その日の夜。
僕は洞窟前の広場で、空を見上げている。
満天の星空。そして煌々と光る月はなんと2つ!
夜でもそのせいでほの明るい。
周囲の森の闇は深く、木々の影の部分はとても歩けそうもない暗さだ。
しかし夜の暗さに慣れてくると結構明るく感じる。木々の葉が月光を浴びて木洩れ日のように地面に濃淡の影をつくっているのさえ認識できる。
どうやら今の僕の体はかなり優秀で、暗視能力も高いようだ。
それもあって、夜の森はあまり怖くはなかった。
傍にはシンハ。何か危険なものが近づいてくるなら、彼が唸るなり、起き上がるなりするだろうが、伏せをしたまま動かない。
僕は彼の背をゆっくりと撫でてもふもふの毛並みを堪能しながら、満天の星月夜を眺めていた。
2つも月があるせいで、月のある方角(おそらく東南)は星の数が減っているものの、それ以外の方向では満天の星。
まるで今にもあらゆる方角から星が降ってくるような不思議な感覚だ。生プラネタリウムみたいな感じ?
この世界で目覚めて以来、僕は日本語ではない言語でしゃべっている。
たとえば「僕は人間です。」という場合。
発音としては「メ・エステ・マル」みたいな感じ。
ゆっくり言えば「メ・エスト・エ・マル」。
疑問形は「僕は人間ですか?」だったら
「ポルケ・メ・エステ・マル?」みたいな。
「これはペンです。」は
「エレ・エステ・フィナ」。
文法的には欧米のラテン語系統の言語構造で、格変化もあるから、フランス語とかスペイン語みたいな感じ。慣用句やリエゾンもあるので、もしまったくゼロから学ぶのだったら、かなりつらかったと思う。
まあ、これでも昔は真面目な優等生だったから、それでもきっと一生懸命勉強して話せるようになったとは思うけど、時間はかかっただろう。チートさまさまだ。
「シンハ。僕のいたところはね、結構都会だったんだ。だから、夜でも空はこんなに星は見えない。ああ、月は一つだよ。空の色は夜でももっと明るかったし曇っていたら白っぽかったくらいだ。こんな降ってくるような星空なんか見たことないよ。」
シンハは僕の話がわかっているのかいないのか、尻尾をぱったぱったとゆっくり動かしているだけだ。伏せをして、いかにも眠そうにして、時折耳を動かしたりするだけ。
「僕がいた『地球』はね、魔素も魔力もなかった。たぶん、なかったんだと思う。ここは魔素も魔力もいっぱいだ。魔法初心者の僕でも感じるよ。だから魔法も使えるんだね。この『星』、丸いのかなあ。天動説?地動説?太陽から何番目の星なのかな。それとも、大地は真っ平らで、端っこからざあざあ海の水が流れちゃうのかなあ。」
僕は勝手に独り言を言っている。
夕食のために煮炊きをしたたき火の燃えさしだけが、真っ赤に見えている。そこを今、ちょろっと何か通った。
「ん?ヤモリ?」
いや、きっとサラマンダというやつだ。
僕はなぜかそうわかった。
だって火の中にいるヤモリなんて聞いたことはない。
「妖精?」
とつぶやくと火の中のヤモリ?がこっちを見て、
「キャーウ」
とかわいい声で啼いた。かわいい。
「おいで。」
と言って手を出してみる。
シンハがちょっと緊張したように僕とそいつを見ている。
毒とか危険があれば教えてくれるだろうと、僕は根拠なく思った。
「あ、熱いかな。お前。」
ちょっと警戒したけれど、手に乗ってきた真っ赤なヤモリはあったかい程度で、ヤケドするほどではない。火の中にいたのに。
「ふふ。あったかいな。お前。」
僕が頭をなでると、気持ちよさげに目を細めた。しばし僕の手の上でちろちろと舌を出していたが、やがてぱっと消えた。
「消えたし。」
あとはまたわずかな風が、黒い森の木々をさわさわと揺らしていくだけ。
それからしばらく、僕は森の夜を堪能していたが、さすがに眠くなってきた。
「そろそろ寝よっか。」
そう言って、手から少し水を出して完全にたき火を消すと立ち上がった。
シンハもむくりとたちあがり、大きく前足を伸ばして背伸びした。
長く鋭い爪がにゅっと見えて、ああ、こいつは本当は獰猛な獣なんだな、と思う。
それでも僕には優しい。
「寝床、いこ。」
シンハを誘い、右手の上には魔法で作れるようになった光球を浮かべながら、僕はシンハと洞窟の奥にある「メルティアの寝床」へ向かった。毛布を通してほのかに香る、竹とミントのようにすっきりしていながらも、ふわりと優しいメルティアの香りが心地よい。
「明日も晴れるといいね。」
などと語りかけながら、僕はローブを掛け布団かわりにかけて、シンハと眠りについた。