68 黒い山
その鉱山は「黒い山」と呼ばれ、麓を流れる川は「北の赤水川」と魔獣や妖精たちが呼んでいるところらしい。一応「赤い山」から流れている「赤い川」とは区別されているようだ。
山には龍が住み着いており、黒い石が多く採れるらしい。それは石炭なのだが、それだけでなく、さまざまな鉱物が採れる。
川が赤い水ということはつまり鉄分が多い証拠。
しかもこの隣の山との間には「緑の沼」があり、これはすなわち銅分が多いことを示している。
このあたりは大小5つの山が連なっていて、「五つ山」とも呼ばれている。ただ、日本で言う山脈というほど高い山々ではない。本格的に龍が住処としているのは、さらに北にある、「大山脈」と呼ばれる山々で、急峻な山が続き、壁のようになっている。
遠くに幽かに見えているのが「大山脈」である。
魔族が住むのはその「大山脈」を超えてさらに広がる「はじまりの森」の途切れたさらに北の果てだということだ。
「鉱物のオンパレードだな。このあたり一帯の山々は、それなりの鉱物が採れそうだね。」
二人で鉱山へと歩きながら小声で話す。
龍に近づくことになるので気配を消すことは忘れない。
『ああ。「黒い山」の隣の山では「虹色の石」がとれる。さらにその隣の山は「青の山」。』
「なるほど。虹色ってことはトパーズかな。青はサファイアがとれるのかな?」
『宝石の名前はよく知らないが、青のサファイアは知っている。「青の山」ではそれが採れるはずだ。だがあそこでは赤い石も採れると聞いた。』
「ルビーだね。ルビーはたしか、サファイアの親戚というか、同じ成分だったはず。含まれる微量な不純物がちがうので、赤い宝石になるんだったと思う。」
石の種類はどちらもコランダムと言ったか。
『そうなのか。サキは物知りだな。』
「たまたま知ってただけだよ。僕も詳しくない。」
そんな会話をしていると、目的の鉱山の入り口についた。
誰かが掘ったことがあるのか、いかにも鉱山の入り口、というような穴があった。
だがシンハは
『此処ではない。こっちだ。』
と横道に入り、狭い亀裂の中へと入っていく。
「あそこは誰かが掘ったあとだよね。」
『ああ。昔、魔王が掘らせたという話だが、本当かは知らぬ。ここまで人間はこれないから、あるとすればヴァンパイアか、魔王だろう。』
「いるんだ。ヴァンパイア!」
『しい。声が大きい。』
「おっと失礼。音消しの魔法、発動させるね。」
僕はむにむにと呪文めいたものをつぶやく。
最近は高度な魔法を使おうとすると、何故か知らないはずの言葉が湧き出てくる。
しかも呪文の意味も、はっきりとわかる。
たとえば、「イ・ハロヌ」と言えば、古代魔法語で「我願う」という意味。「イ」が「我」、「ハロヌ」が「願う」という動詞だとわかる。だから他の呪文も同じように何故か理解しながら唱えられるのだ。
ちなみに「イ・ハロヌ」がつく呪文は、格式張ったもので、かなり高度な魔法だ。普通はつけないで発動する魔法がほとんどである。
簡単なものは文字も思い浮かぶ。
マンティコア退治で発明?した「聖炎」も、唱える時には古代魔法語で唱えていた。これは無意識だ。はじめての魔法でも、なんかできそうと思うと、自然にその名称や呪文、最近ではその魔法陣さえもが心に浮かぶ。
そして古代魔法語は、妖精語と似ている。
これは妖精達と仲良くなって、妖精語を教えてもらってわかったことだった。
さて、古い亀裂の道を通っていくと、ほどなく鉱石の採掘できそうな場所にたどりついた。
「ずいぶん奥だよね。ここ。」
『ああ。存在さえ知られていないだろう。』
たしかに、踏み荒らされた形跡はない。
壁をみると、たしかに鉄鉱石がある。
そして地面が黒いのは石炭だろう。
「山ってどれくらいの大きさかな。」
『まあ、相当深く掘っても、中心まではいけまい。』
「じゃあ、龍のいる裏側に出るってことはないね。」
『ああ。大丈夫だ。だが音と気配は消したほうがいい。龍は敏感だからな。もっとも、沢山の鉱物のせいで索敵魔法は効かないだろうし、こんな狭いところまでは入ってこれまいが。』
この世界の龍は、西洋風のドラゴン。
翼があって、ライオンのような四つ足の魔獣だ。
尾が長く、牙や爪も脅威だが、なにより鱗が硬く、そしてブレス攻撃がある。
シンハでさえ手こずる強敵だということだ。
「じゃ、さっそくはじめるね。」
もごもごと呪文を唱え、鍛冶仕事で作った特製ツルハシを使って掘削。
「ふん!」
さすがアダマンタイトも混ぜた鉄製の特製ツルハシ。
堅い岩もサクサクだ。
もちろん、肉体強化魔法も併用しているからこそのサクサク感なのだが。
しかも、全く音を立てずに岩を削り取っていく。削られた岩はすぐに亜空間に収納されていく。
こぼれた岩を、シンハが一山にしてくれる。
小一時間ほど採掘をした。
鉄だけでなく、ミスリルや銅、アダマンタイトも採れた。
さすがに多少は魔力を消費した。
「ふう。さすがに疲れた。ちょっと休憩。」
『相変わらず凄い魔力量だな。』
「そうお?比較するひとがいないから、よくわかんないし。」
などと言いながら、焼きリンゴを食べる。
『ほとんど手伝えぬのが歯がゆい。』
といいつつも、しっかり一緒にバターとはちみつたっぷりの焼きリンゴを食べているシンハ。
「ふふ。そんなことないよ。僕が取りこぼした岩を集めてくれてたじゃん。」
『まあな。』
休憩が終わり、今度は床を掘る。
石炭採掘だ。
『真っ黒い石ばかりだ。』
「うん。石炭だからね。」
『やわらかいのだな。』
「うん。」
がしがし掘って大量にストックしていく。
そしてまた休憩。
今度は水と桃ジュースだけ。
そしてまた今度は別な壁を掘り進む。
『此処は光る石が多いな。』
「これは…エメラルドだって。鑑定さんが言ってる。」
『なるほど。こっちは…ルビーというやつではないか?』
「あ、そうだね。じゃあ、これはサファイアだ。らっきー。いろいろ出るじゃん。」
隣やそのまた隣の山までいかないと、宝石類は出ないかと思ったが、どうしてどうして。
掘り進む壁面によっては、トパーズもトルコ石も、金鉱石も出る。
光り物は特に楽しい。
僕は夢中でそれらを掘った。
どの鉱石も、かなり良質。
この「黒い山」は宝の山だと判った。
たっぷりの石炭や鉄鉱石、その他もろもろの貴重な鉱石をたんと採掘し、亀裂から出てきた時はすでに夕方。
最初はサファイアが採れるという山も掘るつもりでいたが、「黒い山」で十分に採れたので、もう帰ろうということになった。
今夜はもう一度野宿するが、昨日の場所ではなく、少し此処から離れてからがいいだろうと、話し合っていた。
龍との遭遇をさけるためだ。
さて、予定の野営地目指して走ろうと、少し大きくなったシンハに僕がまたがった時だった。
後ろの山から
GYAUA!!
と聞き慣れない魔獣の声がした。
『!やばいっ!龍だ!』
「なんで見つかったの?」
『さあな。運というやつか。つかまっていろ!』
すぐにシンハが走り出す。
僕は防御魔法をかけた。
ばっさばっさと翼の音が近づいてくる。
後ろを振り向くと、もうすっかり見つかっていて、黒い大きな龍が近づいてきていた。
振り返ると、以前一度だけ草原で見たのよりもかなり大きい気がする。それに…禍々しい。
「げっ!なんか、デカくないっ!?」
『ちっ、一番やっかいな奴に見つかった!』
「そなの!?」
『ああ、黒龍だ。龍のなかでもむちゃくちゃ強い!しかも性悪で、死神と呼ばれている!』
「まじでっ!」
『こんなところに潜んでいたのか。最近見かけないと安心していたのに。』
とシンハが走りながら忌々しげに言う。
『森に入ればこっちのものだ。急ぐぞ!』
「判った!」
シンハはさらに加速した。
ぎゃー!見つかっちゃった!どうする!?サキ!シンハ!