60 冬、僕とシンハの洞窟住まい
この森に来て以来、僕は料理を熱心に研究している。やはり美味しいものを食べたいからだ。
日本では入院してからは当然料理もほとんどしたことがなかったけれど、小学校の頃に母の手伝いをしたり、入院先でテレビの料理番組を見たりしていたので、基本的なことはできたのが、僕にはラッキーだった。なんでもしておくものだな、としみじみ思う。もちろん、こちらの世界に来て鑑定さんと万能亜空間収納があったのも大きいけれどね。
台所の隅には床に掘った貯蔵庫と氷魔石で冷やすタイプの冷蔵庫があり、冬を越せるだけの穀物と野菜、果物もたっぷり。
これらの貯蔵庫や冷蔵庫には空間拡張魔法がかかっていて中は見た目よりも少しだけ広い。少しだけ、というのは、まだ僕にも難しい魔法だったからだ。時間停止はさすがにできなかったが、時間の流れをゆるやかにはできたし、温度調節も魔法でできたので、鮮度はかなり保たれている。さらに例の「シロタエギク」も冷凍庫に敷いてあって、万全だ。
これ以外にももちろん新鮮なものが僕の亜空間にはいっぱい入っている。
亜空間収納を使わずに地下貯蔵庫や手製冷蔵庫を使うのは、今後の生活の練習のためでもある。なんらかのトラブルや他人が多いところで亜空間収納が使えない時でも、スムーズに快適に生活できるように、貯蔵庫や冷蔵庫に入れた食物の賞味期限管理の感覚は必要だろうし、慣れておいたほうがいい。
たとえばキッチンを複数人で使うような時には、自分しか使えない亜空間収納ばかり活用するより、一般的な冷蔵庫を使って、アレとって、とかこれ冷やそうとかいう時もあるかもしれないし。
パン生地を寝かせて発酵させたり、煮込み料理の下ごしらえを保管したりと、ごく普通に、わざと冷蔵庫を活用している。なんでも魔法にたよってばかりでは、なんだか人間を辞めたみたいになっちゃうからね。
台所の壁をくり抜いて作った戸棚には、手製のガラス瓶にハチミツや、砂糖、塩、胡椒などいつも使う香辛料が適量だけ並んでいる。
薬類は使用期限の都合上、主に亜空間に収納してある。シンハと僕はなにかあっても治癒魔法を使うので、出しておく必要がないからでもある。
これまでに作った薬は、咳止めの飴やおなかの薬、傷薬、熱さまし、中級ポーション、上級ポーション、エリクサーなど。
将来、人間の街に行ったら売り買いできるよう、作って貯めている。
壁には蔓を渡して、たくさんの薬草が干してあり、僕の手があいて加工されるのを待っている。
手仕事もいろいろやっている。最近はアラクネさんたちが布を作ってくれるので、衣類が必要な時はその布を食べ物と交換でわけてもらい、自作している。
衣類だけでなく、僕はいろいろなものを自分でつくってきた。
竹を編んで作ったざるやカゴ、トレント製の家具、お風呂にトイレ、鍛冶場の建物に魔法剣や包丁、弓矢、魔獣の皮革製の防具、それから河原などで拾った宝石で綺麗な装飾品などなど。そして、たくさんの料理にお菓子!お酒まで!亜空間収納も駆使して、我ながらよくやってきたと思う。
今作っているのは、雪用の防寒靴。
外側はワイバーンの革で、丈夫なマダラ蛇の革も部分的に使い、防水用にスライムゴムを塗装。内側にはやわらかい魔兎の毛皮を貼ったふかふか靴だ。糸は丈夫なアラクネ糸と、部分的にマダラ蛇革製の紐で縫い合わせている。
こんな超高級な素材で作った雪ぐつなど、王都でも売っていないとシンハはつぶやいてはいたが。
接着剤は魔法で蒸着させる方法をとっているので、革がめくれてくる心配も少ない。
不思議なもので、魔法を使う時には蜜蝋で仮止めして行なうといい感じにくっつくのだ。
これも魔蜂の蜜蝋だからだろう。
今も靴下がわりに履いているのは魔兎の毛皮で作った室内履き。
洞窟ではシンハはもちろんそのままだが僕は日本人らしく三和土から上がる時には履き替えている。
手袋は魔鹿革製のものやワイバーン革製のがある。主に鍛冶や建物作りのようなヘビィな作業用がワイバーン革製。丈夫だし手を保護するから。魔鹿革製は柔らかくて上品な感じ。でも今の僕には上品さよりも、繊細な作業ができて手指をしっかり守ってくれるので、普段外出するときに愛用している感じだ。
宝石で細工物をする時は、さらに手指の繊細さが必要なので、素手に部分的結界魔法をかけながら作業することが多い。料理の時もね。
シンハにも何か防寒着を作ろうかと言ったけれど、シンハは寒くないし、動きが制約されるのが嫌なので、夏冬変わらずだ。
それでも、眠る時に僕が自分のかけ布団を自分にもかけてくれるのがうれしいようで、朝まで横で動かずにいる。かわいいんだ。
『本当によくお前は働くな。』
とシンハがつぶやいた。
「そうかな。人間なら、こんなもんでしょ。」
と今も魔鹿革製の手袋をして、新しい竹笊を器用に編みながら、僕は答えた。
目の前の囲炉裏では畑で収穫した野菜でポトフを煮込んでいる。
こうして毎晩、何かしらの保存食をせっせと作っている。
さらに囲炉裏の置き火には栗も入れてある。はぜないようにキリコミを入れて。これはあとで食べるおやつだ。
『いや、俺が知っている範囲では、少なくともお前はかなりの働き者の部類だろうよ。』
「ふふ。そうなの?ちょっとうれしい。」
昔はこんなふうには動けなかったからね、と言いそうになって、言葉を飲み込んだ。
もう生前の話はよそう。懐かしいけれど、ちょっとだけさびしくもなるから。
* * * * * * * *
シンハは思う。
ああ、本当にサキと知り合うことができて良かった。
毎日が楽しい。
毎日が刺激的だ。
毎日おいしいものが食べられる。
そしていろいろとはじめてのことばかりが起きる。
サキはいろいろと発明する。
魔法も、道具もだ。
いろいろ考えている。
考えて、行動もする。
何かやっていても、次のことを考えているし、さらに先のことまで考えている。
サキは確かにユグディアルの加護があつく、いろいろな才能を持っている。だが、それだけではない。しっかり努力家でもある。だから見ていて飽きないし、いろいろ協力もしてやりたくなるのだ、と。
* * * * * * * *
焼き栗のおやつも食べると、シンハはくわらっと大きなあくびをした。
今日もいっぱい僕の稽古に付き合ってくれて、僕を散々に雪の中に転がしてくれたからな。
「いつかきっと、人間が暮らす街に行くんだ。」
と僕は竹笊を編みながら独り言。
「その時には絶対、一緒に行こうね。シンハ。」
そうつぶやいてみる。
ん?返事がない。いつもなら俺は行かんとか、街なんか面白くない、とか言うのに。
「シンハ?」
珍しく先に眠ってしまったようだ。スピーと可愛い寝息が聞こえている。
今日は疲れたかな。
いつもは僕のほうが先に眠くなるのに。
「くふ。可愛い。」
図体はでかいけど、眠って居ると王様とは思えないかわいさなんだがな。
外は雪。しんしんとさらさらと雪の降る音だけがする。また積もるのだろう。
「お休み。相棒。」
僕はそうつぶやいて、また夜なべ仕事に精を出すのだった。
視点が一部変わるので、「* * * 」で区切りをしてみました。