06 サバイバル生活 異世界2日目 1
河原の石は、エメラルドやサファイア、ルビー、クジャク石、オパール、水晶などなど。宝石まんまのものもあれば、普通の石に宝石成分が含まれているものもある。ただしダイヤモンドはないようだ。透明なのは水晶か石英が多い。水晶は石英の結晶化したものだから同じ成分。石英はガラスの材料だから、加工できればありがたい。
河原の石の成分に驚きながらも、僕は黙々と竈を作る。なるべく宝石成分のない石で。竈作りで体を動かしながらも、僕は様々に思考する。
特にこれからやろうとしていることは、生前やったことなどないこと。
獣の解体だ。
『生前』、僕は魔法なんか使えなかったし、まして魔兎…いや、普通に兎でさえ、捌いたこともない。
食料の肉は綺麗に切り身になったものを、スーパーとかで手に入れる社会に生きていた。はじめてのこの世界での食事は、自分で獣の死体を捌かないと食べられない。
ハードルは高い。ごくりとつばを飲む。
だが、自分の他には誰もやってくれない。
ここには解体してくれる食肉業者もいないし、切り身で売ってくれる肉屋さんも、調理してくれる母親もいないのだ。
ここで生きるためにと、強く決心しなければならなかった。
「はあ。なんとか竈になった。」
なるべく宝石っぽくない石を風の通り道も考えて組み上げ、かつ鍋も平らにおけるよう、高さも均一にする。
それからその辺に落ちていた枯れ枝や太めの枝も集めておく。
その間、兎さんは河原に張りだしていた枝に逆さに吊り下げ、さらに血抜きしている。周囲の見張りはもちろんシンハ。
『亜空間収納』には銅製の大きさの違う鍋が3つと鉄のフライパン、それから木製の盥も入っていたので、大鍋に湧き水を入れておく。
湧き水は『亜空間収納』で運び、河原で鍋に入れた。
竈近くにある大きめの平たいテーブル状の石を水で洗う。
もしやと思って
「クリーン!」
と念じると、きららっとなって案の定、クリーン魔法がちゃんと発動した。
自分の体にも「クリーン」を試してみると、口の中まですっきり。うん。思った通りの魔法のようだ。
石のまな板の上に置いた魔兎にもクリーン魔法をかけると、血の汚れや泥も綺麗に落ちた。大鍋に用意しておいた湧き水がほぼいらなくなったな。だが中鍋で煮込む時の水にしよう。
「よし!やるぞ。」
と気合いを入れ、まず日本人らしく、しっかり魔兎に合掌。
命に感謝。ありがとう。絶対美味しく食べてみせる、と決意。
そして切り方を頭の中でよく考えてから刃を入れた。
まずぷらぷらになっている首を切り落とす。それから手足の先を切り落とす。背中から切り目を入れ、内臓を傷つけないように注意しながら、まるっと皮を剥ぐと、思いの外きれいにむけた。
僕ははじめての魔兎捌きに悪戦苦闘しながらも、なかなかどうしてはじめての割には手際よくやったほうだろう。
魚は一応は捌けるけれど。それだって、近年はベッド生活で満足な食事すらできていなかったのだ。そんな僕が、初めての魔兎捌き。それを必死でやり遂げた。
シンハが血抜きしてくれたおかげで、内臓を痛めなければ酷く出血しなかったのも幸いした。
皮はクリーンをかけて収納。
「ふう。」
半ば青ざめ、半ば開き直りながら、なんとか捌く。
ようやく肉の塊になってきたものを、クリーン魔法で清めた。
「食うかい?」
残った頭や手足の先、それと内臓をシンハの前に置いてみると、待ってましたとばかりに生でうまそうにほとんど食ってしまった。
きっとシンハにとってはごちそうだろう。
いや、肝臓はレバーだし、頭も、地球では食べる国もあるし珍味と聞いたことがある。あるけどさ。さすがにシンハがバリボリと頭をまるごとかみ砕く音は心臓に悪い。
いや、これからはこの音にも慣れねば。
思いのほか短時間で魔兎が捌けたので、竈に火魔法で火を付け、枯れ葉、枯れ枝に行き渡らせる。
たしか前世で1度だけ経験したキャンプで、まず枯れ葉に火を移し、それから枯れ枝、やがて太い薪へと移したっけと思い出す。同じ手順でどうにか竈の火を安定させることができた。
シンハは角と牙、心臓の裏側あたりから出てきた見慣れぬ半透明の宝石のような石だけは残し、僕のほうに寄越した。この石は魔石だな、と判った。骨もばりばり食べられるシンハだ。角や牙も魔石も食べようと思えば食べられるだろう。それをわざわざ寄越すということは、きっと「価値があるからキープしておけ」ということだろう。
「判った。これらはとっておくよ。ありがとう。」
僕はシンハが寄越した角と牙一対と魔石を亜空間収納に納め、調理に意識を戻す。
皮を丁寧にはぎ取った肉のうち、腿は関節からもぎ取って、塩を振り、木の棒に刺して竈に立てる。他の肉はぶつ切りにし、串焼きと、鍋に魔兎の背脂を使ってソテーしたぶつ切り肉に水を張って塩ゆでに。
近くに生えていた草をじっと見て、『鑑定』し食用と判った草も一緒に煮込んだ。
ほうれん草のような葉っぱと、アスパラのようなものだ。
ダシがないのが寂しいが、丁寧にアクもとり、塩と兎の油で、それなりにうまい煮込み料理ができた。
こんがり焼けた腿焼きと、串焼きにしたぶつ切り肉とを、シンハにも塩控えめで提供すると、気に入ったらしくてがつがつ食べた。
自分はさすがにはじめての捌きのショックであまり食べられなかったけれど、意外にあっさりした鶏肉のような上品な味。
しかもなんというか、コクがある。すごく美味かった。
シンハもいたのであっという間にほとんど一匹食べきっていた。
少し残した煮込みを、試しに鍋ごと亜空間に入れてみると、案の定、抵抗なくすんなり入った。それから出してもみたけれど、自分が出したいものを念じれば、スムースに出すことができた。
煮込みの残りは夜にでも食べよう。
1日3食などここでは難しいだろうから、2食を基本にし、昼はおやつ程度と決めた。
そして、うまくゲットできたらしい『鑑定』を活かして、食べられる草や木の実採取をすることに。
小川では鮎(のような魚)を期待して罠を作った。
罠と言っても、少し石で流れをせき止め、魚が迷い込みやすくしただけのものだが。
水をせき止めて流れをゆるやかにした時に、僕ははじめて水面に映った自分の顔を見た。
案の定、西洋風の顔だちだった。
「…ナニコレ。」
水面は揺れていたから、はっきりは判らなかったが、どうみても白人系。髪はプラチナブロンド(これはもちろん気づいていたよ)で長さは胸くらいまで長く、目は青のようだ。どうやらそれなりにイケメンらしい。というか、カワイイ系?中性的?
いや、自分で言うのもアレだが、
「うぉ、まじ天使…。」
というのが第一印象。
水に映っているのが自分だとわかっていなかったら、美少女とまちがえて惚れてまうグレードだった。
耳は普通の長さだから人族だろうが、エルフっぽい感じがした。
まあ、ぶさいくではないようでちょっと安心。
というか、僕の前世知識基準でいけば、かなり整った顔なんですけどっ!
ナルシストになっちゃいそうなくらい、美少年なんですけどっ!
きっとこの世界は美男美女が多いに違いない。うん、きっとそうだ。
いやいや。見た目より、今はメシの心配だ。
罠となる流れの溜まりを作って川からあがると、早くも次々に、鮎のような小さめの魚が迷い込んできた。
しめしめ。
試しにふと思いついたので、
「電撃!」
とやってみたら、うまくいって、罠に入った魚がぷっかぷか浮いた。
「やった!これで夕飯は魚が食べられるぞ。」
シンハが欲しそうにしていたので、その場で3匹ほどあげると、最初は気絶している魚は食べられるのか、というようにつんつんと足でつっついていたけど、魚がピョンとはね起きたので、そこをぱくっとやっていた。
あとの2匹は迷いなくがっついていた。
「はは。美味いか?良かった。」
自分の分は川の水でさっと洗ってそのまま亜空間へ。夜に食べるためだ。
おっと。どうせ夜にもシンハが欲しがるから、もう少し、とっておこう。
罠にまた魚が入るまで、近くの木々からプラムのような実を採取。
もちろん、食べられると、鑑定さんが言っている。
それから鑑定さんはポムロルと言っているが、リンゴもあった。
これはありがたい。
お、あっちにはオレンジみたいなのもある。
ビワもあるぞ。
採り放題だ。
下をみればサラダ菜のような葉っぱとか、グリーンアスパラとかがある。
それも次々採取。
「此処は楽園だな。食べ物もいっぱいあるじゃん。」
と言うと、
「バウ!」
とシンハが吠えて答えた。
「あは。お前、絶対僕の言葉、判ってるだろう。うん?」
とわしゃわしゃ撫でると、ゴロゴロと猫みたいに喉を鳴らし、尻尾を振った。
そういえば、自分も知らない言語をしゃべっている。
ヨーロッパ言語に似ているような。
異世界転生でよくある、神様の配慮というやつだろう。気にしないことにした。
小川のほとりには竹林もあった。
季節がよければ竹の子もとれるだろう。
それに、竹はなにかと便利だ。
竹槍、水筒、器にもなるし、竹蒸しもできる。
箸が作れる!
串も作れる。
針や爪楊枝だって作れる。
竹には殺菌効果もあったはず。
此処の竹が地球の竹と同じ性質なら、だけど。
まあ、匂いも同じだし、きっと同じ性質だろう。
僕は箸や水筒を作るため、手頃な竹を数本切って収納した。
竹林の傍に、サクラによく似た木が、花を付けていた。チェルツリーというらしい。
その花を見たらふっと過去のいろいろを思い出しかけたが、あえて考えないことにした。
今は生きるための食糧調達が先だ。
それにしてもこの短剣、ほんっとよく切れる!
というか、短剣で切る時に無意識に少し魔力を刃にまとわせていたようだ。
それでますますよく切れていたみたい。
ありがたい。
神様に感謝。
これがなかったらかなり不自由しただろう。
生の竹が真横に切れるなんて!
おっと夢中になってしまった。
たくさん水筒を作ってしまった。ははは…。
少し歩き戻って、仕掛けた川の罠をみる。すると、なんとシャケのようなでかいのが入っていた。
「おっ!大漁じゃん!」
僕はすぐに覚えたての電撃でしびれさせてシャケをゲット。
ぴちぴちしている奴の頭を木の枝で串刺しに。
なんだかすっかり残酷なサバイバル生活に、一日で馴染んでしまった。
これは半分は保存食にする。
その場で開いてみると、すじこがいっぱい!雌だったようだ。
「すごい!生すじこ!大漁!」
驚きながらも、すじこは洗って軽く塩をしてから亜空間へ。それから切り身の半分は生、残り半分は塩を振ってから亜空間へ収納。あとで塩振りのほうは干す予定。
アラ汁にしてもうまそうだ。
それにしても今は春っぽいのに、鮭が子持ちとは。
まあ、そういうこともありな世界なのだと思うしかない。
あと、小魚も開いて塩を軽く振って。あぶって食べられるように。
塩の革袋が大きめで助かった。
いろいろと使える。
今はとにかく食料を得るのに必死だった。
今こうして魚をさばけているのは、まだ元気だった小学生のころに、母を手伝って台所で料理のまねごとをしていたから。
魚のさばき方も、イカのさばき方も、その時覚えた。あとは寝たきりの病室で、料理番組ばかりのテレビを、なんとなく眺めていたこと。それが今、結構役に立っている。
まさかあの時、病室でぼおっと見ていた無人島サバイバル番組が、こんな異世界で役に立つとは思ってもみなかった。
思い出して苦笑しながらも、ちょっと寂しくもなった。
かあさん、元気かな。とうさん、ごめんね。親より先に死ぬなんて、一番の親不孝だよね。
ほんと、ごめん。でも、こうして今は、元気だよ。
そんなことを何気に考えながらも、僕は大量の魚をさばいていた。