57 妖精たちとの薬草採取 前編
収穫祭を終えて数日後。
僕とシンハは、緑妖精のグリューネを連れて、薬草採取に出発した。
時折気まぐれにやってくる妖精達のなかでも、特にグリューネと、よくグリューネにからんでいる火妖精の女の子(愛称トゥーリ。火の精霊の三番目トゥーリールというところかららしい)が僕やシンハの行動に興味津々で頻繁に姿を現す。
今日は薬草採取に行くので、たまたま現れたグリューネに道案内を頼んだら、待ってましたとばかりに引き受けてくれた。
緑妖精が一緒なら、鑑定しなくともきっとよい薬草が採れるだろう。
「今日はどっちに行くんだ?」
グリューネが、僕の肩に座って話しかけてくる。
彼は土の一番くんとちがって、自分からシンハに乗ったりはしない。大抵僕の肩とかフードの中とかにとまりたがる。頭を腰掛けにされるのは、さすがにお断りした。
「今日は湖をぐるりと半分回って、その向こう側をまっすぐ進む予定だよ。」
「ああ、じゃあ、「お化け樫の木」までか?」
「うん。そうだね。そのあたりまでかな。」
「お化け樫の木」というのは古い樫の巨木で、エルダートレント化したけれど樫の木であることはまだちゃんと自覚している、温厚な魔物の大木だ。最初の場所から動かず、この森を見守っているかのようにそこに在る。
大抵の妖精達は明るい湖の周辺を棲家としているが、一部は「お化け樫の木」の周辺に棲んでいる者もいる。それだけ慕われている樫の木なのだ。
「薬草って、なんの薬草が欲しいんだ?」
「うーん。なんでも。このあたりで採れるものは、だいたい手に入れたから、此処じゃ採れないものを、探しにいくんだ。毒草でもいいよ。」
「毒でもいいのか?変なものも欲しがるんだな。サキは。」
「はは。毒草もね、使い方によっては、薬にもなるんだよ。眠れないときの薬とか、痛みを和らげるための麻酔薬とか。だから、なんでも。」
「わかった。オレに任せろ!」
グリューネが張り切っている。なんだか微笑ましい。
湖まで来ると、妖精達が僕とシンハに寄ってくる。
「あ、サキだ!」
「王様だ!」
「シンハ様だ!」
「ね、サキ、チョコレート、ちょうだい。」
「おれ、クッキーがいい。」
「あたしはポムロルパイ!」
「あ、プリンがいい!プリン!プリン!」
「おれ、アイスクリーム!」
どんどん要求がエスカレートしていく。僕はお菓子屋さんじゃないよ。
「あーごめんよ。今から行くところがあるから。今日はこれだけね。」
と言ってポケットから出したのは、妖精たちのサイズに合わせた小さな飴玉。
ひとつひとつを、開発したての色とりどりの硫酸紙に包んである。シャリシャリした半透明のクッキングペーパーといえばわかりやすいかな。
ちなみに硫酸を作るのは、鑑定さんを駆使すればできるだろうが、危険なので薄く漉いた紙に魔法をかけて、表面のセルロースを溶かして硫酸紙を作ってみた。
色も無害な草木染めでつけてある。
「わあ!きれい!これ、なあに?」
「ハチミツや果物で作った飴だよ。君たちが食べやすいサイズにしてみた。いろんな味があるから、試してみて。あ、外側は食べないでね。紙だから。それは折り紙にでもしてみて。」
とひとりに3個ずつあげる。
「!おいしい!イチゴ味!」
「ボクのはシュワシュワする!」
「それはラムネ味だな。」
「ちょっとすっぱい!」
「リモーネだな。」
わいわいと、飴談義で盛り上がる。
「サキは無駄に器用だな。俺たち用のちっちゃな飴を作るなんて。俺たち、慣れてるから大きいままでもいいのに。」
とグリューネ。あげた飴を食べながら、偉そうに文句を言ってくる。
「だって食べきれないし、べたべたするだろ。」
「まあ、そうだけどさ。」
妖精たちは10センチいや10セントーから15セントーくらいの大きさだ。普通サイズの飴では、両手で抱えることになる。食べ終わるのに何日もかかってしまうし、顔も服も、べたべたになってしまう。
「文句があるなら、食べなきゃいいんだわ。」
とは、またもや火妖精のトゥーリだ。
「うるさいな。」
ふふ。相変わらず仲良しさんだな。
「ねえサキ、今日は何処に行くの?」
とトゥーリ。
「うん?今日は「お化け樫の木」あたりまで。グリューネと一緒に薬草採取だよ。」
「ふうん…。そうだ!あたしも一緒にいってあげる!あたしが一緒だと、寒くないわよ。」
「今日は暖かい。お前なんか来たって、役に立たないよ。薬草、わからないだろ。オレは仕事で行くんだ。し・ご・と!」
「あら、お前なんかとはなによ。失礼ね!それに、いくら緑だからって、グリューネがわかる薬草なんかあるの?あたしのほうが、よっぽどこの森の知識は豊富よ!」
「なんだと!」
「あー、ほらほら、喧嘩しないの。」
トゥーリはなんのかのと言っているが、グリューネと一緒に居たいのだ。グリューネも本当はトゥーリのことを、憎からず思っている。
「わかった。じゃあトゥーリも一緒に行こうか。道案内は、二人に頼むよ。」
「オレひとりでいいのに。」
「そう言わないの。(一緒にいて、君もうれしいだろ?)」
「(お、オレは…別に。)」
「いーだ。」
ふふ。まったくもって幼稚園児か小学生の喧嘩だ。微笑ましい。
シンハが、まるでお前は引率の先生だなとでもいうように、ちょっと同情気味の目をして僕を見ている。
言いたいこと、わかるよ。神獣さま。でも可愛いじゃん。
妖精達と別れ、グリューネとトゥーリだけ両肩に乗せて、湖畔をぐるりと散歩がてらのんびり歩く。
このあたりの薬草は、一応チェック済みだから、採取もしない。
今日は小春日和で天気がいい。
湖畔を四分の一も回らぬうちに、今度は湖の精が姿を現した。
「サキ、シンハ様。」
鈴を鳴らすような声って、こういうのを言うんだな。
「あ、こんにちは。」
ちょっと長いので分割しました。次回は1時間後にUP予定です。